今も残る明治の金山集落
今も残る明治の金山集落
1日
レンタカー
かつて日本屈指の産出量を誇った金山集落の面影をたどる♪

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鹿児島中央駅から車で約60分(九州自動車道経由) 
1

観音滝発電所跡

鉱山機械の動力を蒸気機関から電気に切り替えるため、さつま町観音滝に計画された水力発電所。1898年に建設が始められたものの、観音滝の水力が少なく十分な発電量が得られないと判断され、工事は中止されました。しかしながら、1907年に霧島市隼人に水天淵発電所が建設。観音滝の上流に堰をつくって取水し、水路とトンネルで崖上の放水路まで運びます。高さ約20mの崖の斜面を利用して水車を回し、発電を行う仕組みでした。観音滝公園内には2条の放水路、中津川には堰や取水口が残っています。
住所 鹿児島県さつま町
電話番号 0996-53-1732
車で約10分 
2

永野金山

宮之城領主・島津久通が、1640年に発見した山ヶ野(永野)金山。現・霧島市横川町上ノ山ヶ野とさつま町永野をまたぐ大金山です。1904年、第7代・鉱業館長となった五代龍作(五代友厚の娘婿)は、莫大な予算を投じて大規模な近代化に着手。1907年に永野に最新式の三番滝製錬所を築きます。さらに、胡麻目坑の堀進、三番滝竪坑の開削なども実施。第8代・鉱業館長の西郷菊次郎(西郷隆盛の長男)は、永野に夜学校を開設し、人材育成に尽力しました。今も1904年以降に建設された坑道跡やトロッコ跡、鉱業館跡などの遺産が残っています。
住所 鹿児島県さつま町永野
電話番号 0996-53-1732
車で約10分 
3

山ヶ野金山

宮之城領主・島津久通が1640年に発見した金山。1751~1829年の間は採金量が全国一位でした。最盛期には2万人が働き、金山周辺には大規模な鉱山町が形成されました。江戸時代は人力による採掘や運搬が行われていましたが、幕末に島津斉彬が研究をはじめ、島津忠義により本格的な技術導入と施設整備が実施されて近代化が進みます。さらに、忠義はフランス人技師を招き、新たな技術導入を行いました。江戸時代から明治30年代まで金山経営の中心地であった山ヶ野金山には、江戸期の役所跡や採掘跡、明治期の精錬所跡、搗鉱所跡など当時の盛況を偲ばせる数多くの遺産が残っています。
住所 鹿児島県霧島市横川
電話番号 0995-64-0708
車で約20分 
4

山ヶ野金山関連資料(横川郷土館)

横川郷土館では、山ヶ野金山の古写真や図面、採掘道具(ツルハシ、ランプ)、金鉱石などが展示されています。江戸時代から明治30年代まで金山経営の中心地であった山ヶ野金山の歴史を学ぶことができます。
住所 鹿児島県霧島市横川町中ノ1192-7
電話番号 0995-72-1596
営業時間 9時から17時まで
定休日 月曜日(祝日の場合はその翌日)12月29日~翌年1月3日
車で約25分 
5

水天淵発電所

1903年、第7代鉱業館長に就任した五代龍作(友厚の養子)は、山ヶ野金山の大規模な近代化を図りました。その一環として、金山から約30キロ離れた天降川沿いの水天淵に発電所を建設すると、金山の設備を電力に切り替えました。発電所はヨーロッパ風の石造建造物で、昭和58年まで使用されていました。その後、解体されましたが、現在も屋根の一部が記念碑として仙巖園に保存されています。
住所 鹿児島県霧島市
電話番号 0995-64-0708
車で約30分 
6

金山橋

金山橋は凝灰岩で建設された美しいアーチ形の石橋で、長さ22.6m、幅4.2m、川からの高さは約10m。島津家は幕末にフランス人技師のコワニエを雇い、山ヶ野金山の近代化に着手しました。コワニエが去った後、1878年にオジェが雇われると近代化事業を継続。オジェが行った金山の近代化事業は、鹿児島県の年間予算に匹敵する20万円が投じられました。その一環で山ヶ野から加治木港までの馬車道も整備。金山橋は、この馬車道整備に伴い、網掛川にかけられたものです。橋の近くには、当時の馬車道とみられる旧道が残っています。
住所 鹿児島県姶良市加治木町小山田
電話番号 0995-62-2111
鹿児島中央駅まで車で約40分(九州自動車道経由) 

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