イノベーションを巻き起こす島津斉彬
日本の最南端に位置し、海に開かれた薩摩藩の跡取り息子として生まれた島津斉彬は、外国の文化や新しいものが大好きだった曾祖父に可愛がられたせいもあって、成人してからも海外の情報を熱心に調べていました。
そんな時、海を隔てたお隣の国・中国が、強い軍隊を持っているイギリスに侵略されたと知り、斉彬は大変なショックを受けます。そこで、新しい技術を使った武器を持つ外国に侵略されないようにするためには、日本も最新の技術を取り入れて、外国と戦争をしても負けない国にするべきだと考え、43歳で薩摩藩の当主になるとすぐさま新しい技術を導入するよう行動を起こします。
日の丸をつくった斉彬
斉彬はまず、外国の軍隊が攻めてきても打ち払うことができるように、大きな大砲をつくるための設備を島津家の別荘の裏の竹やぶにつくります。そして、「海からやってくる敵は、海で防がなければならない」と考え、大砲を備えた軍艦をつくり始めますが、外国の書物で蒸気を動力にした蒸気船が優れていることを知ると、実物を一度も見たことがないのに図面だけで蒸気船をつくってしまいました。
