西郷隆盛が育ち、最期も迎えた鹿児島城下

西郷隆盛が生まれ、そして最期を迎えた地である鹿児島城下は、現在の鹿児島市街地にあたります。
誕生地のある加治屋町周辺は、同時代に活躍した人物を多く輩出した地域で、まさに明治維新のふるさと。城下の外れにあたり、下級武士が多く暮らす地域でした。
全国各地を飛び回り、いろいろな地域で暮らした西郷ですが、晩年は家族と鹿児島で過ごしたこともあり、ゆかりの地が多くあります。
西郷隆盛が生まれ育った家は鹿児島城下を流れる甲突川の河畔地域・加治屋町にあった。
その敷地は明治22年に、近くにある大久保利通生い立ちの地とともにほぼ同じ広さ、同じ大きさの石碑が建てられ公園化され、今も守られている。
<アクセス>
JR鹿児島中央駅から徒歩約10分。維新ふるさと館前から徒歩約1分。Pなし。
西郷が江戸で働いている安政2(1855)年、生活に困窮した西郷家は加治屋町の家を手放し、この地に移った。慶応元年に坂本龍馬が鹿児島を訪れた際は1泊したといい、妻イトに龍馬がふんどしの借用を願ったというエピソードが伝わる。

<アクセス>
JR鹿児島中央駅から徒歩約5分。Pなし。
安政5(1858)年、安政の大獄で幕府に追われた京都清水寺の勤皇の僧・月照とそれをかくまった西郷は、ともに錦江湾に入水。西郷のみが一命をとりとめた。現地にある茅葺き屋根の家は昭和44(1969)年に復元されたもの。

<アクセス>
JR鹿児島中央駅から国道10号沿いに北上、車で約25分、バス停花倉から徒歩すぐ。Pなし。
明治2(1869)年に西郷家が移り住み、西郷も晩年を過ごした屋敷。使用したと伝わる井戸等が残る。戊辰戦争後に旧荘内藩士菅実秀らが教えを乞いにこの屋敷を訪れたことから「徳の交わり」の像も据えられている。

<アクセス>
JR鹿児島中央駅から徒歩約10分。Pなし。
鹿児島城下の郊外にあり、西郷家の畑仕事のための屋敷。
西南戦争時には、妻・イトが11人の家族と生活していた。西郷が最期を迎えた城山が遠くに望める場所にある。

<アクセス>
JR鹿児島中央駅から車で約20分。
かごしま文化工芸村から徒歩約10分。Pなし。
青年期の西郷隆盛や大久保利通が心身を鍛えるために座禅をくんだという石が残る。もともと誓光寺という寺があった場所で島津家の菩提寺である福昌寺で住職も務めた無参和尚
が指南したという。

<アクセス>
JR 鹿児島中央駅から車で約10分。バス停坐禅石公園から徒歩すぐ。Pなし。

おすすめ!こちらの記事も読まれています