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シンガポール人気TV番組が来鹿

   先週4月15日~17日の日程で、シンガポールより人気TV番組「ChannelU」の取材班が来鹿しました。シンガポールでは、まだまだ認知度の低い鹿児島をPRできる絶好のチャンスです。番組のホスト3名を含む計9名の取材班が、県内霧島から指宿まで鹿児島の魅力を撮影されました。
番組は、「温泉」「ファッション」「食」の3テーマで校正され、鹿児島では「砂蒸し温泉」と「黒豚」をメインに取材されました。
20~30代の若いシンガポール人を視聴者ターゲットに持つ中国語の人気番組ということで、始終アイディア満載のストーリー仕立ての内容となりました 黒豚    

まずは、霧島にて黒豚の撮影。霧島の深い緑に癒され、「まるで映画の世界みたい。」と感動でしていました。その大自然の中、飼育されている黒豚を目の当りにし、驚いた様子。飼育方法を熱心に取材され、「なぜ鹿児島の黒豚が美味しくて、有名なのか。」と謎解きに迫りました。実際に黒豚しゃぶしゃぶや豚カツを食すと、一言「美味しい~」と顔がにんまりほころんでしまいました。撮影後も、「噂通り、本当に美味。」と他の取材班も食され、大満足の様子。 砂蒸し温泉

 

   指宿では、世界に通用する「天然砂蒸し温泉」を体験。砂をかぶされると、「こんな体験、生まれて初めて。」と叫び声をあげる瞬間も。体験後は、20代、30代の視聴者向けに美容、デトックス効果、肌つやの良さ等を強調し、体が軽くなったと旅の疲れを癒されていました。世界でも珍しい、ここでしか味わえない「砂蒸し温泉」を面白おかしく、またその効能を分り易く紹介して頂きました。

 

   また、指宿では薩摩伝承館を取材し、長太郎焼きで陶芸体験もしました。鹿児島の特産品として、薩摩焼を挙げ、その伝統的な歴史をPRして頂きました。シンガポール人にとって、鹿児島の何が魅力的なのか、どう見せることで視聴者が興味を持ってくれるのか、取材班はアイディアを出し合い、時間をかけて熱心に撮影をこなされました。   

桜島   最後はもちろん鹿児島のシンボル「桜島」。ただ、残念なことに、悪天候が続いたため自慢の桜島の7割は雲をかぶり、あの雄大な姿を見せてくれませんでした。それでも、視聴者にとって「鹿児島がどんなところか」印象付けるために桜島は必須アイテム。諦めることなく、地元の方に知恵を借り、浜辺にて砂を掘ると海水温泉が湧き出る場所をご紹介頂き、そこで足湯を体験できました。活きた画が撮れたと、プロデューサーもご満悦の様子。 

  最終日まで天気は晴れることはありませんでしたが、それでも熱心に鹿児島の魅力を探し続け、撮影してくださった取材班には感謝の気持ちでいっぱいです。鹿児島のTV番組は5月末~6月にかけ3週に渡り放映予定。シンガポールに鹿児島がどのように紹介されるのか大変楽しみです。   現在、シンガポールからは福岡定期便を利用し、鹿児島にもツアーが入っております。今後も更なる送客を目指し、誘客に努めて参りたいと思います。          海外誘致部 森田 

KICS主催「街並みウォッチング」に参加しました

街並みウォッチング_桜島背景

去る2008年4月19日、鹿児島大学・鹿児島国際大学に留学している学生たちに鹿児島の街並みを案内しつつ交流する「街並みウオッチング」に参加しました。

私が参加したのは、鹿児島大学の留学生会館から出発する留学生24人のグループ。この24人をさらに4人~6人ほどの人数にわけて、それぞれのグループごとに分かれて鹿児島の街並みを散策します。留学生は、洋の東西を問わず世界各国から来日していて、4月はじめに来日したばかりの方、すでに半年以上鹿児島で勉強に励んでいる方、国籍も環境も多種多様でした。幸い、当日は天候に恵まれ、街歩きにはもってこいの日和。私は留学生5人のグループに加わり、留学生会館から電車で移動し、鹿児島市中心街周辺を散策しました。

はじめは少し恥ずかしそうにしていた留学生たちも、こちらが話しかけると、徐々にうちとけて日本語で話しはじめました。通常の観光案内ではないので、日本・鹿児島での生活や母国との環境の違い、大学での学習状況など、より生活に密着したことを多く話しました。仙巖園・照国神社などの歴史的建築物がきちんと整備されていること、鹿児島の人々がとても礼儀正しく親切なこと等、留学生たちが感動・感心したことを熱心に語ってくれました。特に、車道・電車通り沿い・歩道と、鹿児島の“道”が日本の他の都道府県と比べても本当に美しくきれいで、また緑も豊かで素晴らしいと絶賛していました。これは、どの国の留学生もまず鹿児島の良いところとして挙げていたことです。薩摩人としては聞いていて少しくすぐったくもあり、一方でやはり誇らしくもあり、かれらが鹿児島や日本に対して好印象を持っていることがうれしく、また安心しました。人々が生活していくうえでまず誰もが接せずにすませることができない“道”を讃えられたことは、地元民の私たちにとっては大いに自信になることだと思います。

街歩きにはもってこいの日和、と書きましたが、なにしろ各地から留学生がやってきているので、南方から来た学生は「暖かいわね」と春物のニットを着て微笑み、北国から来た学生は「暑い!」とTシャツ一枚になって汗をいっぱいかいていたのが印象的でした。こんな彼らのようすからも、おおまかながらどんな地方からやってきたのかがわかるのはなかなか興味深かったです。

 各グループは12時過ぎごろに福祉プラザへ集合し、お弁当をいただきました。そのまま午後は「国際交流 春のつどい」に参加です。このイベントの趣旨は、留学生だけではなく鹿児島在住の外国人も含めて交流を深めるというもので、老若男女を問わず、そしてもちろん国籍も問わず、多くの方が参加されていました。冒頭に行われたゲームでは、まったく初対面の外国人といっしょにグループを作って少しお話しをしたり(そうせざるを得ない状況になるゲームなのです!)、生け花や和服の着付け、折り紙など日本文化に触れるコーナーもあれば、ドリンクやお菓子をつまみつつ日本語や外国語を駆使して自由におしゃべりに興じたり、たいへん活気のあるイベントでした。 

春のつどい_いけばな 春のつどい_和楽器

「外国人と交流する」と大上段に構えてしまうと、言葉が通じないのではないか、どう話しかけたらいいのかしら、などといろいろと気をもむこともあるかと思いますが、言葉がうまく通じなくても、なにかを伝えたい気持ち・熱意は相手に伝わるものです。外国語と日本語を交えて話す、ゆっくり話す、メモを取る等々、コミュニケーションを取る手段は意外に多いものです。「うまく、上手に伝えよう」という野心は捨てて、まずは触れ合うこと。それを、二つのイベントで強く感じました。

(海外誘致部 松田 京子)

天璋院篤姫展~江戸東京博物館を訪ねて

「天璋院篤姫展・江戸東京博物館」

2月19日~4月6日まで江戸東京博物館で「天璋院篤姫展」が開催されています。JR両国駅西口隣に江戸東京博物館はあります(徒歩1分)。天璋院篤姫展(特別展)入場料1,200円。

 篤姫と篤姫をとりまく人々ゆかりの品、江戸城大奥の華麗な調度品、幕末の騒乱を伝える歴史資料や手紙など、篤姫の波乱に満ちた生涯を見ることができます。

 終了近い4月2日訪ねてみました。開館して1時間後の10時30分位には、すでに10分待ちで人・人・人・あまりの混雑に驚きました。二重、三重に人垣ができて展示物や説明文もゆっくり見ることができない状態です。  約7割の方々が別料金500円で(トランシーバ)説明を聞きながら鑑賞されていました。 

 天璋院篤姫筆の「竹図」や鹿児島を離れるときに持参したといわれる「薩州桜島真景図」「霧島栄之尾図」「磯御庭焼香炉」「藍色切子酒瓶」「お雛人形」など、緻密で見事な品々が展示されています。 

徳川13代将軍家定筆の「柿」というとてもきちんとした質素な絵がとても印象的でした。

  鹿児島での「篤姫展」(9月6日~10月17日)を楽しみにしたいと思います。 

鹿児島県観光連盟

国内誘致部 渡辺さつき  

鹿児島大学シニア短期留学イン東京

「鹿児島大学シニア短期留学」の公開講座を4月1日東京で実施しました。

 今回は鹿児島大学原口泉先生の「江戸・東京の篤姫」とかごしま探検の会 東川隆太郎専務理事の「鹿児島の世間遺産~どこか懐かしい鹿児島の魅力」をテーマに講演を行いました。100人の定員に400を超える応募があり、篤姫人気を物語っています。シニア層約100名が大変熱心に講義を受けました。

今回初めて東京で公開講座を行いました。かごしま遊楽館浜田課長の挨拶、観光連盟から篤姫館の入館者10万人達成、県内の観光ボランティア情報など、最近のかごしまの動きや見所等についてPRいたしました。    

 団塊の世代が一斉に定年退職を迎え、あらゆる産業シニア層をターゲットにした事業戦略を展開する中、体験型観光と生涯学習のニーズの高まりを受けて、大学と観光業界がタッグを組んだ「シニア短期留学」。 

鹿児島大学では今年11月に第3回目を予定しています。この「シニア短期留学」は、シニア層を対象に鹿児島に2週間滞在してもらいながら鹿児島大学で講義を受け、一般的な観光旅行では知ることのできない地域の歴史や文化を学んでもらうプログラム。地元ではなく全国から参加者が集まってきます。

 ロングスティしていただくことで、鹿児島の伝統文化や食の豊かさを的確にアピールし、鹿児島への理解を促し、参加したシニアの方々に定期的に鹿児島を訪れるリピーターになってもらうことを期待しています。このツアープランが日本各地で動き出しています。金沢大学、琉球大学、北海道大学、弘前大学など。他地域にはない、鹿児島の新しい魅力付けが求められています。 

鹿児島県観光連盟

国内誘致部 渡辺さつき  

第9回『観光まちづくりネットワーク九州』に参加して②

平成20年3月19日(水)~21日(金)
九州観光推進機構主催の第9回「観光・まちづくりネットワーク九州(大分)」が開催されました。
講義内容については先に紹介がありましたので、地元の方々から学んだ事などについて報告します。

今回は、大分・安心院と別府で3日間の間に4回の講義と、安心院視察、別府まち歩き、ワークショップという内容で開催された。講師は、安心院グリーンツーリズム研究会会長の宮田静一氏、「九州のムラへ行こう」編集長の養父信夫氏、NPOハットウ・オンパク代表理事の鶴田浩一郎氏、ツーリズム大分会長の桑野和泉氏とそれぞれツーリズム、地域づくりの第一線でご活躍され、特に観光関係に携わる方達なら、その名は知らぬ人はいない方々ばかりで大変勉強になった。リーダーシップをとる人達がいて、地元にはヤル気のある人々がおり、地域住民が一緒になって地域の資源を掘り起こし組み立てながら、地域をおこしていく姿は、今回お話いただいた内容すべてに共通している。やはり「人」なのであることを、再認識させられた。

 大分が一歩すすんだツーリズムの地として注目を集めるのは、人が人を育てている風土があることもその一つと思う。例えば旅館業の先代の方々が次世代を育て、またその次世代が今の若者達を育てている。別府のNPOにいる立命館アジア太平洋大学卒業生の若者達は、まだ別府でやれることがあると語っていた。自分達で何かやろうというこの思いが、大分の元気の源なのだろうと思った。

食卓  また、特に印象的だったのは、安心院の農家民泊に取り組む女性達のグリーンツーリズムへ対する意識の高さ。自分の母親以上の歳の方々が「まだまだ安心院の交流人口を増やすのよ」と笑顔で語る姿はとても頼もしいものだった。農泊には女性の力が大きいと聞いてはいるが、お父さん方も負けてはいない。九州各地の地域の事をよく知っており、話題が豊富なのである。
 皆で勉強して安心院型のグリーンツーリズムをつくろうと勉強を重ねて10年。農業にかかわる人だけでなく、様々な分野の人々が一緒になって安心院を理解し、作り上げてきている人の信頼関係が安心院を作ったと言われているのも、この里に足を運べば一目瞭然であった。
  観光に携わっているはずの私達のほうが本当に勉強、知識、意識不足と考えさせられた。鹿児島には豊かな自然と農畜産物があり、グリーンツーリズムとしての土壌は十分あるのを思うと、鹿児島なりの姿を作っていけたら、との思いは膨らむ。

別府では、講義の合間に「別府八湯ウォーク・別府の商店街まち歩き」が行なわれ まち歩き た。風情ある竹瓦温泉をスタートに、昔ながら細い路地や商店を廻り、ポイントで地元の美味しい食を堪能し、大分方言講座、別府の寅さん口上を楽しむなど、約2時間のまち歩きを楽しんだ。それも、まち歩きガイドの平野さんだけが案内するのではなく、商店や地元の皆さんが一緒になって訪れた人に語ってくれる。ガイドそのものをご本人達が楽しんでいるようだった。

最終日に行なわれた、立命館アジア太平洋大学准教授の牧田正裕氏をファシリテーターに迎えてのワークショップでは、地域づくりやオンパク、ツーリズム素材の可能性、ツーリムズ人材とは、について6つのグループに分かれてそれぞれの意見を発表した。私達のグループでは「意識」をキーワードに発表したが、当然ながらそれぞれのグループで捉え方は様々。こうしたワークショップで、参加者それぞれの意見を交わすことで、自分の考えがまとまっていくさまは楽しく、再発見できる事が多い。

 この講座は毎回、20~30名程度。参加できる人数は限られているが、今回、鹿児島からは薩摩川内市、桜島、鹿児島市と参加があった。お隣の宮崎県からも日向、高千穂、都城などから参加があり、大分や福岡からは地域交流の為のサイトを運営する方、大学生など、多種多様な方が集まってきた。
「ツーリズムとはなんだろう?」と初歩から学ぶ人や、自分の地域が大好きで、自分達でどうにか考えていきたいと思う人たちばかりであった。
 鹿児島からも観光関係者だけでなく、地域を考えるいろんな分野の人々、特に現場に係わる方々ともこういう交流ができればと思う。いろいろな地域を勉強することで知識は増え、共通の意識を持つ事でまさに、ネットワークが広がる。九州各地の動きをただ真似るのではなく、それも参考にしつつ鹿児島にあったものを考えていく力もできてくるだろうと思う。      (総務部 鹿籠六貴子)

第9回「観光まちづくりネットワーク」に参加して

九州観光推進機構主催 第9回「観光・まちづくりネットワーク 九州」に参加して
 

平成20年3月19日(水)~21日(金)、安心院での農村民泊と別府での八湯ウォークの体験及びグリーンツーリズムやホテル関係者の講義が行われた。 

 

○宮田静一さん(安心院グリーンツーリズム研究会会長・観光カリスマ)講義

日本の中でも「東の遠野、西の安心院」といわれるほど、安心院は農村民泊の先駆け的存在である。 農村民泊現在15箇所。体験型受け入れ先は30ほどある。安心院農泊宿泊者の約6割が口コミによるもの。

「グリーンツーリズムをやっているお母さん(奥さんたち)の目が輝いている。ビジネスにならないと意味がない。」「日本の田舎はどこも変わりはないが、田舎ぶりがいい方が勝ちである。」とのこと。

 

    安心院の農村民泊体験

 私が宿泊した「桃源郷こびら」は、安心院の山奥(標高520m)にある。携帯は圏外となる地区。稲作やさまざまな野菜を作るご夫婦と「鏝絵」を制作されるお嬢さんの3

家族。韓国人やオーストラリア人受け入れの経験もある。「桃源郷こびら」のお母さんと夕食作りをした。山菜たっぷり使った炊き込みご飯、どじょう鍋、旬のたけのこを使った煮しめ、自宅の山で採れたふきのとう、山柿、どんこの天ぷら、お腹いっぱいであったがデザートは女性に嬉しいチーズケーキ。別腹実感。 焼酎好きなお父さんと焼酎談議・・ 

民泊を率先したのはお父さんだった。「高齢化する中で、家で無理なくできるサイドビジネスをやってみたかった。お客様を迎えることで刺激を受ける。この年齢ではできない出会いをさせてもらっている。」

1泊朝食 4,500円、夕食をつけることも可(1,500円) 1日1組だけ。 夕食、温泉は原則外で済ませる。

 一緒に食事の準備をし、ご家族と食べる・・・遠い親戚の家に来たような感覚だ。まるで日常の風景。あいにく天気が悪く体験できなかったが、季節のあらゆる山菜採り、野菜採り、山歩きが楽しめる。構えることなく、自然に身をおき、採れたての野菜たっぷりの食事、そして山奥の深い空気を楽しむことができた。

 

大分県宇佐市グリーン・ツーリズム推進係 http://www3.coara.or.jp/`ajimu/ 

 

○別府八湯ウォーク体験

 別府八湯ウォークとは??(別府・鉄輪・浜脇・観海寺・明礬・堀田・柴石・亀川)を地元住民ボランティアガイドが歩きながら案内するウォーキングツアー。 平野さん(ガイド)の案内で2時間程度まち歩きを行った。

 最後平野さんの「観光関係者ではない地元の人々がどれだけ熱意をもって活動ができるかどうかで、まちあるきや街づくりの繁栄ができるか大きく変わる」と語った。 毎日参加できるウォークもある。http://www.beppu-navi.jp/walk/ 

 

   鶴田浩一郎さん(株)ホテルニューツルタ代表取締役 観光カリスマ

   竹瓦温泉を別府市がなくすことにしたときに、反対運動が起きる、同時にまちづくりへの機運が高まった。九州の温泉地はどこも衰退傾向にある。湯布院の街を「ムラ」と見せる工夫、仕掛けは大変上手、黒川温泉地位の拡大の傾向が見て取れる。

オンパクとは? 「別府八湯温泉泊覧会」のこと。別府八湯を舞台に知らない別府の素顔を発見しようという試み。様々なプログラムがある。オンパク事務局  http://www.onpaku.jp 

 

別府の地域再生には

①地域を「語れる」こと愛着を持つこと。タクシーの乗務員さん、ホテルの仲居さんはじめ 住民が、「ここには何もありません・・ではなく ここにはこんなものがある!!」誇って語 れるようにする。 ②民間の発案が大事。③人材ネットワークと仕組みづくり(とくによそものと女性が必要)

   商品の決定権は圧倒的に女性が持つ。女性の企画力が必要。女性参加は成功のコツ。 

 

○桑野 和泉さん(財)ツーリズムおおいた会長)  由布院は小規模な宿をオンリーワンの宿づくり(平均14室)を目指してきた。(料金は6,000円ぐらいから60,000円まで。連泊もリピーターも多い。)由布院盆地「風の食卓運動」10年継続している。由布院の調理師たちが勉強会を定期的に行い、由布院全体の食のレベルを上げている。イベントをやることにより(湯布院映画祭など)地元の人との交流が増える、地元の人々の関心を起こさせる効果がある。大分県観光協会は、3年前 ツーリズムおおいた へと新しくなった。大分は農村漁村の魅力が多く、一村一品運動の核となる人材がいる。もっと活用していきたい。ツーリズムおおいたと県下の観光協会とコラボし、それぞれの地のツアーを造成する取り組みを行っている。 県下のボランティア団体どうしのコラボ・・・お互いボランティアどうしの勉強会を行っている。 

 

*「ツーリズム」とは何か?毎回議論になる「ツーリズム」の定義は?下記は九州推進機構企画部 宮崎泰さんによる定義)

①本物であること。単なる「~体験」ではない。人とのふれあい。異日常

②物語を大切にすること地域にある物語(歴史)をしり、これからの世代にのこすことの大切さ。たとえ負の記憶でも目を背けない。

③みんなが幸せになれること

媚を売る交流ではなく、対等の関係を築くべき。その地域に住んでいる人達の生活を第一に考える。   受け入れ側からの感謝の気持ちがなければ感動がない。「金儲け」より「人儲け」。身の丈の受入れをする、無理はしない。

④人とのふれあい、生活のおすそ分け   

 

最後に恥ずかしながら「鏝絵」(こてえ)をはじめて知った。大分県では一般的であり、安心院には「鏝絵ロード」もあり、一軒  一軒の鏝絵を眺めるのも楽しい。江戸時代中期から徐々に盛んになり、静岡県松崎町出身の名工、入江長八が鏝絵として芸術の域にまで昇華させたが、戦後、在来工法の衰退と共に腕利きの左官職人が減少。一時は幻の技巧となったが、近年、建築の分野で再評価が進んでいる。安心院観光協会では、鏝絵ガイドが鏝絵の案内をしている。是非一度ごらんください。 

 

鹿児島県観光連盟

国内誘致部 渡辺さつき

第12回龍馬ハネムーンウォーク in 霧島

[ 第12回龍馬ハネムーンウォーク in 霧島]
3月15日(土)~16日(日) 第12回龍馬ハネムーンウォークが開催され、2日間で6つのコースに約5,000人が参加いたしました。
16日(日)「隼人・天降川コース(20Km)今回新設されたコースに参加しました。 駐車場も受付も大変スムーズでした。
九面太鼓の演奏でスタートし、龍馬とお龍が参拝されたと言われる鹿児島神宮や、石体(しゃくたい)神社、蛭児神社、西郷どんの宿、西郷どん湯、神代の楠、菅原神社麿崖仏などを巡りました。
20キロコース間に給水所(簡易トイレ)が7箇所ほど設置されていました。
どこに行っても地元のボランティアの皆さんの「お疲れ様です!」という明るい
声かけと笑顔がとても印象的でした。
  給水所全てに、「関平鉱泉水」が飲用でき、参加者は大変喜んでいました。
ポイントごとに、振舞われるものが違い、歩くたびに楽しみになりました。
豚汁&みかん、がね&漬物、ふくれ菓子、キャンディー、やき芋などが準備されて
いました。 地元の婦人会で作られた「豚汁」と「がね」は格別に美味しかったです。
約13キロ地点で昼食を済ませ折り返します。
それ以降が本当にきついでした。往路で観光の目玉のほとんどを回り、復路は県道に沿ってとなります。復路、もう少し楽しませるコースにできれば、またボランティアの声援が往路に比べて少なく、寂しい感じがしました。
ゴール地点にはミス&ミスター霧島が扮する「龍馬とお龍」がお出迎え、お茶&お饅頭で迎えてくださいました。 
菜の花があちらこちらの畑に一面に咲き、また20キロ完歩の後の日当山温泉
は最高でした。春の霧島をたっぷり体感できる一日でした。
 (足まめと足の痛み付き) 
鹿児島県観光連盟
 渡辺 さつき 
 中村 加奈子

マキシムゴーリキー!入港

其田プロデューサーコラムにもありましたが、3月17日(月)8:00 「Maxim Gorkiy(マキシムゴーリキー)」(24,220トン)がマリンポートに 寄港しました。 (バハマ船籍) 435名の乗客の多くはドイツ人。
船内公式歓迎セレモニーで 鹿児島県観光連盟 松永専務理事が 地元代表挨拶を行いました。 船長はロシア人 ウラジミール ヤキモフさん。 乗組員はロシア人、乗客はドイツ人ということで、ロシア語、ドイツ語、英語での歓迎セレモニーとなりました。  
 マキシムゴーリキーは、今から17年前の12月、アメリカ合衆国のブッシュ大統領 とソ連最高会議議長・党書記長のゴルバチョフが、荒れ狂う地中海マルタ 洋上の船内で首脳会議を行い、その結果、44年間続いた東西冷戦時代 の幕が閉ざされたという歴史的な船です。

          1992年からドイツの世界一周の客船として活躍しています。今回日本の寄航地は大阪、鹿児島、長崎の3箇所。 
 17日(月)20時に長崎へ向けて出港いたしました。
鹿児島県観光連盟
 国内誘致部 渡辺 さつき

中国からの修学旅行について

 1月24日から31日にかけて,中国からの修学旅行団が連続4本鹿児島へ入ってきた。訪日団体旅行がスタートしたのは,2000年9月。本格的な修学旅行誘致への取組はここ2~3年である。これまで,北部九州の方へは修学旅行が実施されていたが,交通アクセスや知名度不足などの問題もあり,中国から南九州へのまとまった修学旅行は今回が初めてである。今回,広東省広州市から3本,北京市から1本。小学生から高校生まで,合計200名の中国の学生が鹿児島へやってきた。

北京市科迪実験中学校 於 鹿児島空港

  中国からの訪日修学旅行は,日本の修学旅行と違う。まず,訪日旅行を扱う現地旅行社がツアー案を作成し,教育委員会や学校へ提案を行う。たとえば,環境保護をテーマとしたツアーをセールスポイントにして説明を行う。教育サイドのOKが出た後,学生へのツアー募集案内を行い,最終的には旅行費用を払う学生の親が承諾すれば参加できるという仕組み。裕福な家庭しか参加できない。さらに,一つの学校で応募する学生が少なければ,他校といっしょにしてバス1台分の人数(40~50人)を確保したりする。学年全員が参加する日本のスタイルとは全く違う。ともかく現地旅行社へのセールスや旅行社・教育関係者等の招聘が誘致の鍵となる。

  さて,中国からの訪日修学旅行では,ツアー中に学校交流が1~2か所組み込まれていないと中国の教育サイドがOKを出さない。今回の鹿児島を含む4本のツアーの中では,1本だけだが1月28日(月)に鹿児島市立荒田小学校で学校交流が行われた。年末年始を挟み約1か月前であったが,荒田小学校はこの広州市からの修学旅行団の受け入れについて快諾してくださった。今回は鹿児島市国際交流課の協力が有り、荒田小学校に打診をしていただいたが,受け入れOKの連絡があったときは,大変有り難くほっとしたのを覚えている。というのは,我々観光サイドの人間が県内教育現場へ直接中国や韓国などの学生受け入れお願いの話をしても,なかなか引き受けてもらえない実情があるからだ。

  1年前から日程が決まる日本の修学旅行と違い,早くて1か月前に日程が固まる中国からの修学旅行は,学校交流の組み込みが最大の課題だ。日本の学校現場では授業カリキュラムが決まっており,簡単にその計画を変更できない。担当の先生が困惑するのもよくわかる。交流するには十分に準備をして臨まないと,双方で不快な思いが残り交流が「逆効果」になるという懸念もあるからだと思う。  先の荒田小学校での交流は2時間足らずの短い時間であったが,学校側の工夫で卓球,福笑い,縄跳び,お手玉,紙風船,ピアノなどを通じてのとても有意義な交流会となった。通訳はいらない。言葉の壁を乗り越えて身振り手振り,アイコンタクトで交流をしていた。交流した日中の子供たちの純真な笑顔を見たとき,学校交流を鹿児島でアレンジできて本当に良かったと思った。

広州市内の小中学生混成団 於 荒田小学校
  

2008年から日中政府間で日中青少年友好交流年がスタートした。今後,中国からの訪日教育旅行は増えてくる。事前の先生方の視察も増えてくる。子供達にとってマイナスにはならないこの修学旅行団学校交流を「喜んで受けたい」とか「中国からの学生は,今度はいつ来るんですか?」と言ってくれる県内の小学校,中学校,高等学校が少しずつでも増えるように願っている。
 (写真は,広州市内の小中学生混成団 於 荒田小学校,北京市科迪実験中学校 於 鹿児島空港)

 海外誘致部 宮崎 剛

奄美はおもしろい/観光かごしま「よかとこさるっかた」名瀬まちあるき講座

地域の宝を見つめなおそうと、NPO法人鹿児島探検の会 東川氏を講師に迎えて、県下10ヶ所で観光かごしま「よかとこさるっかた事業」(鹿児島県観光課・各地域振興局主催)が展開されてきた。 名瀬まち歩き①

 12月14日は奄美・名瀬で開催され、全講座の最終講座となった。基本的に1時間30分程度でまわれるまち歩きを楽しむもだが、どの地域も歩いて回るとその町の歴史から今の生活が垣間見え楽しいもの。
  今回の奄美のまち歩きはとても充実していた。永田川沿いにスタートし、永田橋市場や商店街、奄美大島カトリック教会発祥の地、奄美の発展に尽力した人々の石碑や銅像をめぐり、そこにまつわる話を聞きながら歩く。東川氏の説明だけでなく、市場のお 名瀬まち歩き② ばちゃんたちの愉快な話や地元参加者の思い出などを聞きながら巡り、より内容の濃いものになった。
 その良さは名瀬だけでない。笠利は文化財が豊富で、一集落に一つは教会がありそれを巡るだけでも立派なまち歩きになる。琉球珊瑚の石垣が残る龍郷の集落や古仁屋の集落、加計呂麻島など、まだまだ魅力的なまち歩きが出来そうだ。

奄美でいつも驚かされるのは活気ある名瀬の商店街や飲み屋街。それでも地元の方からみると、一時期からするとだいぶ客足が落ちているらしく、名瀬市では「Comeモーレ(カンモーレは奄美の方言で“こっちへおいで”)!商店街」と銘打ち永田橋市場などに人を呼び込むイベントを展開した。今はそれを受けて、なぜまちカンモーレプロジェクトで、商店街をもっと盛り上げようとフリー情報誌発行したり、商店街での独自の企画を練って活性化に向けて取り組んでいるそうだ。 紬幟
  商店街を歩いていると店先や通りに「すきすき紬デー!!」の大島紬柄の幟が目に付く。毎月15日、もっと大島紬に親しんでもらおうと、紬に関するイベントや講座などを開いており、この幟はそのPR用である。2月には今回のまち歩きの要素も取り入れた「紬ウォーク」を開催したいと企画中である。本場大島紬の地でも、もっと紬を身近にとその活性化に力を入れている。
  奄美コンシェルジュ事業では、ガイド育成の前の段階として、住民の人が誰でも奄美について答えることが一番のおもてなしになると、講座を開き勉強会を重ねている。しっかり足固めをして町全体でおもてなしを、というのが目的である。ふらっと訪れた先でさらりと答えてもらえたら、旅行者にとってこんなに安心な事はない。まさにまち歩きにつながる取り組みをされている。(問合せ:奄美市紬観光課 0997-52-1111)。

 ほかにも、奄美市では「一集落1ブランド推進」を進め、集落の連帯と融和の源としながら地域活性化に生かして欲しいとしている。選ばれたブランドは自然や伝統文化などを中心に17点、だが、まえひだのパパイヤ漬けや打田原の塩づくりなど食も入っている。ツーリズムの基本、自分の地域を見つめるきっかけになり、そのブランドがつながったまち歩きも楽しめるのではと期待できる。
名瀬 郷土料理  久しぶりに奄美の郷土料理を楽しんだが、今回初めて“つらんこ”(豚の面の皮)をいただいた。豚足同様に脂が上手に抜かれており、ヘルシーにいただける。沖縄と同じ食材でありながら、脂っぽくないのが奄美の特徴ではないだろうか。厚切りの刺身やもちもちしたつきあげの煮物など、奄美らしい食をいただきながら、店にいる常連客が島唄を披露してくれる。ただ唄うだけでなく島唄やサンシンについて教えてくれ、一緒にチジンなどをたたき島唄に参加できる場をつ 名瀬 島唄 くってくれる。いつ訪れても人懐っこくて陽気な人達だなぁと嬉しくなる。
  また、30歳代の若手も奄美の文化・風土を残したいと動いている。まったく新しいものが入り、新しい奄美を見せることもひとつの道だが、「今ある地域のものを生かし、創造し、残していきたい」と自分の肌で感じてここ10年近く活動を続けている麓さん達の話を聞きながら、なんだか胸の中があたたかくなった。こういう人達がいて奄美らしい部分が守られているのだろうと思う。 2009年の皆既日食では、笠利が観測地最南端になる。奄美復帰50周年の一致団結した力を生かしたいと、それにあわせた企画を模索中だ。そんな話を一生懸命に語る若手の姿はまぶしく、やっぱり奄美はおもしろい!の一言。Iターンで奄美に移住した人々が、パン屋さんやCaféなどの新しい店もオープンさせている。そのお店ものんびり楽しいものばかり。伝統や既存のものと新しいものが無理なくしっくり融合して、奄美らしさを守り続けて欲しい。(総務部 鹿籠六 貴子)

南九州修学旅行誘致関西地区セールス実施

  鹿児島、熊本、宮崎の南九州3県で構成する南九州修学旅行受入対策会議において、10月9日から11日、大阪、兵庫、奈良の中学校、エージェントに対し、修学旅行の誘致セールスを実施した。

 関西地区の中学校では、一部に南九州を修学旅行先として実施している学校もあり、また、九州新幹線全線開通を控え、今後可能性が期待される地域である。(以下は、平石が担当した班を中心に記載)

  鹿児島、熊本、宮崎の各県1名の3人1組で班を編成し、神戸市、大阪市内の公立中学校を訪問したが、訪問した学校では、新幹線を利用しての関東方面への旅行が多く、面談した先生の話では、航空機を利用する場合は、沖縄、北海道がやはり多い傾向にあるとのことであった。ただ、原油価格高騰の影響により航空運賃が上がり、旅行経費のうちの交通費を占める割合が大きくなると、移動の手段が航空機利用となる地域はなかなか難しいとの声も聞かれた。地域によっては、バス利用による信州方面へ変更した学校もあるとのことであった。修学旅行の目的については、中学3年間のさまざまな活動の集大成として位置づけており、それぞれの学年の状況を見て目的を設定し、それにより、修学旅行先も決定しているようであった。毎年決まった地域となっている学校もあったが、それぞれの学年で判断し決定する学校も多く、毎年旅行先を変えている学校もあった。ただ、経費についての話はどこの学校でも聞かれ、修学旅行を取り巻く厳しい状況も感じられる一方、九州新幹線が全線開通し、最短4時間で鹿児島まで行くことが可能となることを伝えると、関心を示される先生も多く見られた。 学校としても、エージェントを通じての情報提供が主となるため、エージェントの担当者の持つ南九州の情報が少ないとそれ以上情報が入ってこないため、直接学校への訪問を歓迎する声も聞かれた。 夏に訪問した首都圏に比べ、学校で長年旅行先を固定している感じは少なく、特に学年単位で旅行先が変わる学校もあり、南九州を取り入れた学校がよい評価をしてくれるとそれに続く学校も出てくる可能性はあると感じた。(その反面も当然念頭に置かなければならないが。)

 ただ、費用の面で、特に交通費に占める割合が高くなることが、学校としても問題視しており、航空運賃や新幹線開通後の鉄道運賃等の動向に注視する必要性を感じた。(国内誘致部 平石)

2007年度九州ツーリズム大学 小国で開講

 当連盟、其田プロデューサーが何度も素晴らしさを強調されている、2007年度九州ツーリズム大学。その9月講座が98()10()までの3日間、熊本県小国で開催された◆◆◆九州ツーリズム大学サイトはこちら◆◆◆
 
今年度の大学には、嬉しい事に鹿児島からの参加者は、本科生、聴講生合わせて6名。大学関係者も大変喜んでくださっている。南さつま市の地域を上げての取り組みをはじめ、今回は、仕事にも繋がるがまずは自分が「地域」を見直すためにと、大口市、鹿児島市、西之表市から個人での参加が特徴だ。こういう所から鹿児島に動きがでてくることは大変喜ばしい事と思う。自分も聴講生としての参加だが、積極的に毎月参加できるようにと考えている。是非、多くの皆さんに「地域を見つめる」きっかけに参加してみて欲しい。 
 以下、今回の講座での内容をまとめてみました。
 

 
今回は、2007年度九州ツーリズム大学の入学式ということもあり初日は講演、2日目講義となったが、講師陣をはじめ事務局のスタッフも研究員としてツーリズムを実践する上での経験が豊富でかつ理論的に説明をしていただき、大変分かりやすく勉強になった。小国の立地・環境がいいのか、「人」がいいのか、居心地の良い中での研修という印象。取り組む人々のフットワークの軽さとネットワークの良さを実感した。
 鹿児島にも真剣に取り組んでいるNPO・市町村はあるが、私達はさらにその連携を育て支援いくことを考えていかなくてはいけないと感じた。

 
 今回、参考になったのは熊本の阿蘇地域振興デザインセンター 坂元英俊事務局長の講義。この5年間、阿蘇でのツーリズムを組織的に動かすところまで育てているその実績もだが、地元の人が地域を見つめ直し地域を育てることで意識を持ちそのチームワークを生かしながら、観光の手法を取り入れ使い地域に経済的な活性化をもたらすことが「ツーリズム」と考えている点の話が大変分かりやすく、鹿児島の地域づくりにも参考になるのではないかと思う。私達は仕事上、観光という視点からだけで見つめがちだが、一朝一夕では出来上がらない「地域づくり」に視点を置くということの重要性が大変よく理解でき、是非、阿蘇の地域へ遊びに出掛けてみたいと思わせる内容だった。

 

 以下、参考になった講師の方々のの講演・講義の要点を紹介します。

 

【ツーリズム大分 桑野和泉会長】

 「ツーリズムを支えるひとづくり」をテーマに講演。

自分の役割は現場をつないでいくことだと考えている。住んで楽しいところが「来て楽しい」のは当然。地域があってこそ観光も成り立つのである。大分は観光資源が豊富で、独自の手法で全国にその名が広がっている地域が多い。その連携を上手に図り、さらに大分の過ごしやすさをPRしたい。

現在、湯布院温泉観光協会の会長にも就任、その他理事も若がえりを図った。地元に住む自分達は、どこにも逃げるわけにはいかないからこの風景を守っていかなければいけない。湯布院には地域づくりに関して素晴らしい諸先輩方がいらっしゃる。その方々の意見も参考に、さらに観光の手法を活用して人々を引きつけ定住の地としての地域を作り上げていけたらと考える。


【九州ツーリズム大学 宮崎暢俊学長】
 
 地
域定住を考えていかなくてはいけない。小国のまちづくりは、経済的な豊かさは当然だが、福祉、健康、食など地域に住む人々の暮しやすさを考える。地域にあるものと生かし、固定観念にとらわれない自由な発想が必要。ネットワークのネットは網であり、それで集まったものの中で、自分がワーク(外に向かって働く、動く、チャレンジする)しなければ、ネットワークは意味をなさない。

【岡崎昌之観光まちづくり学科長(法政大学教授)】 
    
 農山村では自己で判断できる能力が養われる。ライフスタイルがしっかり持てて、生活の場があり、日常が垣間見られるとツーリズムになる。    
 欧米での農山村ツーリズムでは、国土保全、環境保全の為に国民の税金を使う事を国民が認めており、インフラ整備なども素晴らしい。大都市が住人50人程度の村を支援する制度など充実している。
 
日本の環境破壊の第一歩は公が親切心からしているところが多い。 
 
地域の地層を見る=自分の町の歴史・文化などを見て未来を見ることが地域づくり。個性があって初めて交流が成り立ちそこから新たな関係が始まる。無個性はただの行きずりで何も残らない。持続的産業が地元に根付いてこそツーリズムへつながる。

【九州ツーリズム大学 江藤訓重学長代理】
 熊本ツーリズムコンソーシアムの設立について説明。
 九州新幹線全線開業に焦点を合わせ、熊本県内各地のツーリズムの個性をそれぞれ伸ばしながら、県全体で全国発信していこうという取り組み。 すでに大分・湯布院から熊本・人吉までの連携を始めている。今後は鹿児島を視野に入れ、九州横断の縦のラインをつくり盛り上げたいと考えている。今回は鹿児島からの参加者が多く、これからの鹿児島の動きに期待したい。

【阿蘇地域振興デザインセンター 坂元英俊事務局長】 
 
 阿蘇カルデラツーリズムについて説明。       
 

         基 本            次の手段    
地域づくり ツーリズム  ← 観光業

町や村、人材を育て地域の住民の意識を変えながら、

   住みよい地域の良さを観光の手法を使い、経済的な自立へ持っていく。

それがツーリズムとなる。

           ↑   ↑    ↑ 
 
阿蘇ではこれ全体を旅のしくみと考えている…「ツーリズムシステム」   

 カルデラツーリズムとは滞在型観光=平日にお客様に来てもらうことを考える。
九州新幹線開業に向けての取り組みの一環で、今年で5年目を迎える。
 
自分の住んでいる30分圏内に好きなものがあるか、自信を持って言えるか。そこから地域を見直すことができる。地域で取り組む方が持続性もあり、後からの効果も大きい。 
 阿蘇では先ず商店街に手を加えたが、集落にもともとあった「ゆい」の組織を上手く活用してツーリズムまで育てた。その地域が自分達で機能する為に、AGTや国と組んで練習の意も込めて一緒に取り組む事も必要。

 九州全体の構想を考えると、公共交通機関+JR+AIRですべてが繋がる。今後は、全体を見つめて取り組む事が大切と考える。

【佐藤誠北海道大学観光学高等研究センター教授】

 生命力の豊かさが新しいライフスタイルの推進力になっている。リゾートツーリズムからグリーンライフへ移行している。ヘルス・食が特に重要になっている。いのちを豊かに生きるライフスタイルの追求が始まった。
 今まで言われてきた「国の光を見る観光…観国光(易経)」から「風地観(卦)ツーリズム」へ移っている。生命溢れる、命の結びつきを考える人々がいるところにツーリズムが育つ。
 また、生きていく手段としての経済から、健康で幸せな人生を実現する「目的」としての「経済」を作りだしていこうという提言。
 
さらに一つ先に進んだツーリズムの考え方で、欧米ではあたりまえのルーラリズムにも精通しておられ、話題が豊富で今回だけでは話が聞ききれなかった感がある。もう一度ゆっくりお話を伺いたい先生であった。 
                      (総務部  鹿籠六貴子) 

“タイ国・バンコク”より『YOKOSO! JAPAN TRAVEL FAIR』報告

 近年、訪日旅行者数の伸び率が著しいタイに対し、鹿児島への誘致拡大を図るため、今回日タイ120周年修好記念事業として国土交通省ビジットジャパンキャンペーン事業主催による旅行博『YOKOSO! JAPAN TRAVEL FAIR』にブース出展している。  鹿児島ブース  
  今日(9/20)は旅行博の初日。鹿児島ブースには、其田観光プロデューサーとクレアシンガポールより内山所長補佐(鹿児島県から出向されており、今回は応援を頂いた。)、そして通訳のケセラポンさんと私の4名体制。今回は、「ようこそ鹿児島へ」とタイ語で書かれたお揃いのTシャツやタイ語での鹿児島紹介付きの竹箸(鹿児島の竹林面積は全国第一位)も用意した。 通訳ケセラポンさん
 

初日ということもあり、午前中はオープニングセレモニーも開かれ、プレスの方々など多くの人々が訪れた。鹿児島ブースでは、通訳のケセラポンさんが大活躍。長年のガイド経験を活かし、訪れたお客様を逃さない。鹿児島の親善大使というくらい、タイ人が惹かれる鹿児島のポイントを大いにアピールしてくださった。 

昨日、JNTO(国際観光振興機構)バンコク事務所を訪問し、タイにおける旅行情勢などを伺ったが、ここ一年、タイからの訪日旅行者数の伸び率は第1位。過去3年程は北海道、東北3県を中心に支援されてきたJNTOだが、だいぶ認知定着して来た今年は九州、四国、中国地方を中心に支援くださるとの事。そういった意味では、今回の旅行博には西日本からの自治体参加は鹿児島のみ。意義のある旅行博に違いない。少しでも多く、鹿児島の認知度向上を図りたい。   
 旅行博内には、商品販売をしている現地の主要旅行社がブース出展している。そこで鹿児島県観光の情報提供及び旅行商品造成依頼を行った。しかし、ヒアリング結果としてやはり九州はまだまだ弱いのが現状。福岡定期便による九州ツアーを販売されている旅行社は10社中4社。いずれも1商品ずつ。しかし、旅行社の反応としては、悪くはなかったと思う。今後の新ディスティネーションを求める真摯な態度に思わず力が入った。
 明日からまた自慢の鹿児島をタイ人の皆様にPRしていきたい。明日は、強力助っ人が来てくださる予定だ。昨年、ビジットジャパンキャンペーン事業の招聘事業により、タイの女優JAJAさんが訪鹿され、ガイドブックを作成した。そのJAJAさんが鹿児島の為に来てくださるとの事。有り難いお話だ。  

 さて、ここからは私にとって初めてのタイ国バンコクについての印象をご紹介したい。
 二日目にして完全に惚れ込んでしまった。「一目惚れ」と言いたいところだが、実際はその逆だった。
 バンコクに降り立った最初の印象は、がっかり・・・というのが正直な思い。2006年9月にオープンした近未来的な建物のスワンナプーム国際空港。見た目は本当に素晴らしい。その期待が大きすぎたせいか、到着時の長いバス移動、到着後のイミグレーションの対応は残念で仕方なかった。ただっ広い空港のどこに自分の飛行機が着くのかとワクワクしながら窓から外を見ていると、どんどん空港から離れていく。もしかして、の思いは的中し、飛行機よりバスでの移動。しかも長い。空いている場所はいくらでもあるのに何故だか理由は分らない。また、イミグレーションでは先が見えない程の長蛇の列。そこから約一時間待ち。後でチェックしたところ、他にもイミグレはあり、空いている。係員はそちらに案内しようともしない。素晴らしい建物なだけに、上手く活かしきれていない空港は、単なる箱にしか見えず残念に感じた。

  さて、そんな印象のバンコクであったが、町中を歩き、タイ人に触れ、タイ料理を食していくうちに、どんどん魅了されていくものがある。「心からのホスピタリティ」、「美味しいタイ料理」そして「豊かな独創的な文化」がここにはある。
 「コップンカ~(ありがとうございます)」と目の前で両手を合わせ、優しい笑顔でお辞儀をする習慣。見ていて大変気持ちの良いものであり、ホスピタリティを感じる。一つ一つの行動に思いやりが溢れている。穏やかな性格のタイ人だが、一方で、ビジネス等に関しては強い向上心と誠実さが感じられた。見習いたい程の真っ直ぐで素直な姿勢。他人を尊重する礼儀正しい態度。「一緒に仕事をしたい」と思える人々だ。   green curry
 そして、癖になる本場のタイ料理。想像以上の美味しさはたまらない。初日の晩は、地元の方にも人気のタイ料理レストラン。トムヤムクンやグリーンカレーは絶品。最後のデザートはマンゴーとその横にココナッツミルクでもち米を煮たもの。程よく甘くて美味。二日目の晩は、宿泊ホテルでの宮廷料理。「この味を知ってしまった。」という程の最高級な味。生まれて初めて頂いたフルーツの女王、マンゴスチンは私にとってタイの味となった。あの独特の味は日本にはない。本当に美味!とにかく、バンコクは魅力万歳だ。今回は特に其田プロデューサーのJTBバンコク支店長時代のお陰で素晴らしい方々との出会いとタイ料理に感謝。明後日は、タイ鹿児島県人会との情報交換会も予定されている。タイで活躍されている鹿児島の皆様とお会いできるのは、楽しみである。
(海外誘致部 森田)

農家民宿「元気印の菜園畑」(鹿屋市吾平町)

 「何もない田舎に、わざわざようこそ。」のおばちゃんの声で迎えられた。 敷地の入り口 鹿屋市吾平町の家屋が散在する集落の一軒家「元気印の菜園畑(げんきじるしのさえんばっけ)」。迎えてくれたオーナーは、農業や農産品加工に励む堀之内節子さんである。
 九州自然歩道に面した敷地の入り口に木製の立て看板があり、横の細い筋を30mほど進むと屋敷にたどり着く。その間、10羽ほどのインコの小屋、鯉のいる池、放し飼いの鶏などを見て、安堵感に包まれる。突き当たりの、やはり木製の看板の  ある  宿泊棟で改めてご挨拶をした。天井がかなり高く、梁が太いし  っかりした建物でかなり古さを感じるが、床や壁はリニューアルし、一部2階部分も作っている。本宅の離れの配置になっており、もしやと思ったがやはり、もともとは牛小屋だったそうだ。もちろん、今では牛がいたとは感じさせない。部屋  には、農業に取り組むモットーなどが貼られており、接客の間としても用いられている。
 「私自身まだまだ元気で、人との交流大好き人間なのです。」というオーナーとは、あっさりおしゃべりが進み、以前から付き合いのある方と会っているという感覚になった。
 しばらくすると造園業もされているというご主人も帰って来られた。あいさつそこそこ、麦茶を飲んで、早速普通に世間話がはじまった。「主人もこんな人で交流大好きですから。」といわれ納得した。おばあちゃんもあいさつに来られると「こんな田舎まで大変だったでしょう。」と先ほど聞いたようなフレーズである。娘さんは、早速、連れてきたわが子達と遊んでくれている。すっかり、家族に加えてもらっている。
 堀之内さんは、平成3年にグリーンツーリズムのドイツ研修にも参加したことがあるが、宿として許可を得たのは、今年1月とのこと。宿としてのお客の受け入れに少々とまどいがあったが、まわりから、農家そのままで迎えたら良いという薦めもあって宿を始めた。宿の名前も農業改良普及員のいわれるがままに決まった。畑を大隅では「ばっけ」というので、方言そのままを用いることとなった。農家が自主的に取り組んでいる都市の子供達との「こいも交流」で、近く鹿児島市内から子供達が泊まりにやってくるとのこと。これまで、特に宣伝しているわけでもなく、今回の私の宿泊が一般客第1号となった。
  全員参加で敷地を囲む菜園に行き、ピーマン、なすび、きゅうり、トマトなどを夕食の材料を収穫し、庭でバーベキューである。とれたての野菜を即食べるという贅沢を味わう。さらに、畜産農家から、近所数件で1頭を共同購入しているという黒豚を出していいただいた。当然、「うまい」の一言である。  しばらくすると、ご主人が子供達とカブトムシを捕りに行こうと提案し、車まで出してくれた。(私は、その間黒豚&焼酎三昧)30分ほどすると9匹の戦利品を持って笑顔の集団が帰ってきた。その後は、用意してくれていた花火を楽しむ。出会ったばかりの家族とすっかり田舎の夏休みであった。風呂は、薪の薫りを久しぶりに味わった。部屋にクーラーはなく扇風機で寝付いたが、しばらくすると寒いと感じるほどの涼しさであった。また、冬場は薪の熱を部屋に通し暖房となる。室内のテーブルは、天板をはずすといろり風になるものを設置している。 
 翌朝は、そのテーブルで野菜たっぷりの朝食をいただいた。オーナ  ーが「昨日の卵だから温泉卵にしたよ。」という。都会では、いつ採れた卵を生で食べているのだろう。水は山水を引いており、池を作って水をためているのは防火水槽を兼ねているとのこと。 
 帰りには、スーパーで買えない卵をお土産にいただいた。「野焼きの臭いはいいよね。」という共感からはじまった1泊2日。TVを見ることもなく、とにかく家族とのふれあいで過ごした時間は、お金で買えない人としての原点を感じさせた。(国内誘致部 長島和広)

農家民宿「元気印の菜園畑」(鹿屋市吾平町)

 「何もない田舎に、わざわざようこそ。」のおばちゃんの声で迎えられた。 敷地の入り口 鹿屋市吾平町の家屋が散在する集落の一軒家「元気印の菜園畑(げんきじるしのさえんばっけ)」。迎えてくれたオーナーは、農業や農産品加工に励む堀之内節子さんである。
 九州自然歩道に面した敷地の入り口に木製の立て看板があり、横の細い筋を30mほど進むと屋敷にたどり着く。その間、10羽ほどのインコの小屋、鯉のいる池、放し飼いの鶏などを見て、安堵感に包まれる。突き当たりの、やはり木製の看板の  ある  宿泊棟で改めてご挨拶をした。天井がかなり高く、梁が太いし  っかりした建物でかなり古さを感じるが、床や壁はリニューアルし、一部2階部分も作っている。本宅の離れの配置になっており、もしやと思ったがやはり、もともとは牛小屋だったそうだ。もちろん、今では牛がいたとは感じさせない。部屋  には、農業に取り組むモットーなどが貼られており、接客の間としても用いられている。
 「私自身まだまだ元気で、人との交流大好き人間なのです。」というオーナーとは、あっさりおしゃべりが進み、以前から付き合いのある方と会っているという感覚になった。
 しばらくすると造園業もされているというご主人も帰って来られた。あいさつそこそこ、麦茶を飲んで、早速普通に世間話がはじまった。「主人もこんな人で交流大好きですから。」といわれ納得した。おばあちゃんもあいさつに来られると「こんな田舎まで大変だったでしょう。」と先ほど聞いたようなフレーズである。娘さんは、早速、連れてきたわが子達と遊んでくれている。すっかり、家族に加えてもらっている。
 堀之内さんは、平成3年にグリーンツーリズムのドイツ研修にも参加したことがあるが、宿として許可を得たのは、今年1月とのこと。宿としてのお客の受け入れに少々とまどいがあったが、まわりから、農家そのままで迎えたら良いという薦めもあって宿を始めた。宿の名前も農業改良普及員のいわれるがままに決まった。畑を大隅では「ばっけ」というので、方言そのままを用いることとなった。農家が自主的に取り組んでいる都市の子供達との「こいも交流」で、近く鹿児島市内から子供達が泊まりにやってくるとのこと。これまで、特に宣伝しているわけでもなく、今回の私の宿泊が一般客第1号となった。
  全員参加で敷地を囲む菜園に行き、ピーマン、なすび、きゅうり、トマトなどを夕食の材料を収穫し、庭でバーベキューである。とれたての野菜を即食べるという贅沢を味わう。さらに、畜産農家から、近所数件で1頭を共同購入しているという黒豚を出していいただいた。当然、「うまい」の一言である。  しばらくすると、ご主人が子供達とカブトムシを捕りに行こうと提案し、車まで出してくれた。(私は、その間黒豚&焼酎三昧)30分ほどすると9匹の戦利品を持って笑顔の集団が帰ってきた。その後は、用意してくれていた花火を楽しむ。出会ったばかりの家族とすっかり田舎の夏休みであった。風呂は、薪の薫りを久しぶりに味わった。部屋にクーラーはなく扇風機で寝付いたが、しばらくすると寒いと感じるほどの涼しさであった。また、冬場は薪の熱を部屋に通し暖房となる。室内のテーブルは、天板をはずすといろり風になるものを設置している。 
 翌朝は、そのテーブルで野菜たっぷりの朝食をいただいた。オーナ  ーが「昨日の卵だから温泉卵にしたよ。」という。都会では、いつ採れた卵を生で食べているのだろう。水は山水を引いており、池を作って水をためているのは防火水槽を兼ねているとのこと。 
 帰りには、スーパーで買えない卵をお土産にいただいた。「野焼きの臭いはいいよね。」という共感からはじまった1泊2日。TVを見ることもなく、とにかく家族とのふれあいで過ごした時間は、お金で買えない人としての原点を感じさせた。(国内誘致部 長島和広)

体験民宿「陽なたぼっこのよしおちゃん家」(知覧町)

体験民宿「陽なたぼっこのよしおちゃん家」(知覧町)&知覧町立図書館

 民泊に必要な行政の許可をすべてクリア、取得して開業したのが、平成18年8月16日。オープン2年目を迎えた最初の客として宿泊することとなった。
「陽なたぼっこのよしおちゃん家」は、知覧の中心から10分ほど走る永里地区にある。ここは農家ではなく、ご主人の宮崎義雄さんは木工職人である。あえて体験民宿としてスタートした。宿泊定員10名。1泊2食6,000円

さすが、木工職人さんのお宅(宿)、屋根が高く木のぬくもりたっぷりのヒノキ造り。築4年と新しく、職人のご主人が自ら造った「ねこま障子」や5尺寸という普段見られない大きな柱を随所に使っているのも見事。細かいところまで掃除が行き届いており、清潔感あり。ウォッシュレットトイレも女性には嬉しい。


 
旬の野菜を中心にした家庭料理も体に優しい。今夜の献立は鰹のタタキ、にがうりの酢の物、タケノコやわらびたっぷりの煮物、アオサのおすまし、等など。鰹以外は全部自家製である。今の時期にたけのこ?と思いきや「緑竹」という夏の珍しいたけのこを料理してくださったとのこと。野菜はほとんど自給自足。

 

入浴は近くの知覧温泉センターまで送迎してもらえる。温泉でよく見かけるプラスティックのかごにシャンプー、ソープセットを準備してもらって出かける。知覧温泉センターは大人300円、こじんまりとしていて小ぎれい。ヘアドライヤーもあった。3畳ほどの畳の着替えスペースで、地元のおばさんたちはゆっくり火照った体を冷ましていた。温泉は冷泉加熱。 とにかくお客さまがゆっくりできるよ