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農家民宿「元気印の菜園畑」(鹿屋市吾平町)

 「何もない田舎に、わざわざようこそ。」のおばちゃんの声で迎えられた。 敷地の入り口 鹿屋市吾平町の家屋が散在する集落の一軒家「元気印の菜園畑(げんきじるしのさえんばっけ)」。迎えてくれたオーナーは、農業や農産品加工に励む堀之内節子さんである。
 九州自然歩道に面した敷地の入り口に木製の立て看板があり、横の細い筋を30mほど進むと屋敷にたどり着く。その間、10羽ほどのインコの小屋、鯉のいる池、放し飼いの鶏などを見て、安堵感に包まれる。突き当たりの、やはり木製の看板の  ある  宿泊棟で改めてご挨拶をした。天井がかなり高く、梁が太いし  っかりした建物でかなり古さを感じるが、床や壁はリニューアルし、一部2階部分も作っている。本宅の離れの配置になっており、もしやと思ったがやはり、もともとは牛小屋だったそうだ。もちろん、今では牛がいたとは感じさせない。部屋  には、農業に取り組むモットーなどが貼られており、接客の間としても用いられている。
 「私自身まだまだ元気で、人との交流大好き人間なのです。」というオーナーとは、あっさりおしゃべりが進み、以前から付き合いのある方と会っているという感覚になった。
 しばらくすると造園業もされているというご主人も帰って来られた。あいさつそこそこ、麦茶を飲んで、早速普通に世間話がはじまった。「主人もこんな人で交流大好きですから。」といわれ納得した。おばあちゃんもあいさつに来られると「こんな田舎まで大変だったでしょう。」と先ほど聞いたようなフレーズである。娘さんは、早速、連れてきたわが子達と遊んでくれている。すっかり、家族に加えてもらっている。
 堀之内さんは、平成3年にグリーンツーリズムのドイツ研修にも参加したことがあるが、宿として許可を得たのは、今年1月とのこと。宿としてのお客の受け入れに少々とまどいがあったが、まわりから、農家そのままで迎えたら良いという薦めもあって宿を始めた。宿の名前も農業改良普及員のいわれるがままに決まった。畑を大隅では「ばっけ」というので、方言そのままを用いることとなった。農家が自主的に取り組んでいる都市の子供達との「こいも交流」で、近く鹿児島市内から子供達が泊まりにやってくるとのこと。これまで、特に宣伝しているわけでもなく、今回の私の宿泊が一般客第1号となった。
  全員参加で敷地を囲む菜園に行き、ピーマン、なすび、きゅうり、トマトなどを夕食の材料を収穫し、庭でバーベキューである。とれたての野菜を即食べるという贅沢を味わう。さらに、畜産農家から、近所数件で1頭を共同購入しているという黒豚を出していいただいた。当然、「うまい」の一言である。  しばらくすると、ご主人が子供達とカブトムシを捕りに行こうと提案し、車まで出してくれた。(私は、その間黒豚&焼酎三昧)30分ほどすると9匹の戦利品を持って笑顔の集団が帰ってきた。その後は、用意してくれていた花火を楽しむ。出会ったばかりの家族とすっかり田舎の夏休みであった。風呂は、薪の薫りを久しぶりに味わった。部屋にクーラーはなく扇風機で寝付いたが、しばらくすると寒いと感じるほどの涼しさであった。また、冬場は薪の熱を部屋に通し暖房となる。室内のテーブルは、天板をはずすといろり風になるものを設置している。 
 翌朝は、そのテーブルで野菜たっぷりの朝食をいただいた。オーナ  ーが「昨日の卵だから温泉卵にしたよ。」という。都会では、いつ採れた卵を生で食べているのだろう。水は山水を引いており、池を作って水をためているのは防火水槽を兼ねているとのこと。 
 帰りには、スーパーで買えない卵をお土産にいただいた。「野焼きの臭いはいいよね。」という共感からはじまった1泊2日。TVを見ることもなく、とにかく家族とのふれあいで過ごした時間は、お金で買えない人としての原点を感じさせた。(国内誘致部 長島和広)

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