“まち”に詳しい友人と散歩する感覚で~鹿児島 ぶらりまち歩き
最近、「まち歩き」「ボランティアガイド」という言葉をよく耳にします。バスに乗って旅行会社のガイドさんの案内で有名な名所古跡を巡るのは観光旅行の定番ですが、もう少し踏み込んで、実際にその土地の生活に密着した場を巡る「まち歩き」を、地元有志による「ボランティアガイド」の解説を交えて行うのが、もうひとつの観光の形として定着しつつあります。
2008年4月から、土・日・祝日に鹿児島で「鹿児島 ぶらりまち歩き」が行われています。鹿児島市内の各スポットを12のコースに分けて、ボランティアガイドと一緒に廻る「まち歩き」です。西郷隆盛ゆかりの地や仙巖園・異人館等の磯地区、桜島・袴腰周辺といった、他県にも有名な場所を巡るコース、いま話題の"篤姫"ゆかりの地を歩くコースのほか、地元・鹿児島に住む私たちも見逃してしまいがちな、薩摩義士ゆかりの地、城下町としての鹿児島、鹿児島市内の随所に見ることができる近代建築の数々、作家・向田邦子さんが少女時代を過ごした現在の市街地周辺、"御着屋""いづろ""納屋"といった地名にちなんだルートなど、組まれているコースは多種多様です。
私が今回参加したのは、「古地図でめぐる城下町かごしま Part I」コースです(城下町かごしまツアーは全部で3ルートあります)。石橋記念公園、祇園之洲公園、多賀山公園を歩きます。「公園ばっかり見て歩いても」「石橋は見る価値あるかもしれないけれど……」と思われるかもしれません。しかし、"だれと、どう巡るか"で、いつもはなにげなく、小さな子供たちに水遊びをさせたり、まったりとすごしている公園が、とても魅力的なものになるのです。
ボランティアガイドは、二人一組で案内をしてくれます。一人がメイン、もう一人がそのサポートにまわります。「西田橋は参勤交代で使われた、五石橋のなかで最もステイタスの高い石橋」「祇園之洲に保存されている高麗橋、玉江橋は庶民のための橋」といったことは、石橋記念館にも説明文があるのですが、石橋記念公園から祇園之洲公園にかけての芝生で覆われた地にあるクロガネモチの木、縦に長いものと、横に長いものの2種類のクロマツの木があることなどは、目に入ってはいるものの、ガイドさんに説明していただくと、「ああ、そういえば!」と気づき、はじめて意識するものです。「"篤姫"で、篤姫のお父さんが、"於一は、クロガネモチのように、まっすぐにしっかりと伸びる木だ"と言っていましたね? そのクロガネモチの木が、あれです」などと説明されると、思わず「ほお!」「へえ!」と声をあげてしまいます。
歩きながら、目につくものひとつひとつに説明を加えてくださるので、まったく飽きがきません。さらなる「まち歩き」の魅力は、一方的に説明を聞くのではなく、ボランティアガイドや、他の参加者のみなさんと一緒に「会話を交わす」状態で歩いていける、というところでしょう。明治以降の歴史は、いまに生きる私たちにとっては決して遠いものではないので、地元で幼少期を過ごされた方は「そういえばこの辺で遊んだ記憶が……」「遠足で来たことがあったような」といった思い出話もできますし、西南戦争官軍死亡兵士慰霊碑前で「曽祖父が官軍兵として従軍していた」などといった、思わぬ話が出てきます。ボランティアガイドもそれを無視することなく、自然に会話に加わって話を進めてくださるので、興味深く街並みを見ることができます。
多賀山公園の急勾配を、ゆっくりとしたペースで登り、東郷元帥のお話を聞く一方で、公園の高台からはるか錦江湾を眺め、ザビエル上陸の地や、「われは海の子記念碑」の場所を教えていただいたり。東郷元帥像よりさらに先に進むと、鬱蒼とした緑が公園内を覆っていますが、そこかしこに見える苔むした石垣が、実は鶴丸城よりはるかに古い歴史を持ち、島津氏が鹿児島の地を制した際の本拠地となった東福寺城の跡であったり。出水の地から鹿児島に、各地の豪族たちと熾烈な戦いを繰り広げながら勢力を拡大していった島津氏の歴史を聞きながら、実際のかれらの足跡を目の当たりにすると、「たしかに、その時代に、そうやって生きていた人々がいたのだ」ということを実感します。
「まちの歴史に詳しい友人と一緒に散歩」する感覚で参加できるのが「鹿児島 ぶらりまち歩き」です。"歩いて巡る"各コース1時間半から2時間ほどかけて歩きます。また、勾配が急なところもありますので、動きやすい服装、歩きやすい履物で「まち歩き」を楽しんでみてください。
※ご注意:「ぶらり鹿児島 まち歩き」は、酷暑期の7月・8月は一時お休みとなります。
(海外誘致部 松田 京子)
仙巌園では、その施設の「和」の雰囲気を楽しまれ、写真撮影に夢中でした。また、中国との関わりを踏まえつつ説明して頂くと、大変熱心に聞き入っていました。
施設内では、様々な講座が整備されており、この日はフラダンス、木工教室、室内ゲートボールを見学させて頂きました。笑顔で楽しく活動されている様子を見学し、視察者にとっても大変刺激的な視察となったようです。
る日田の豆田町は、今でこそ古い町並み、風情ある町並みで知られていますが、20年前、その地域を守ることから活動を始め今の姿を作ったのが、石丸会長たち地域を思う人々だったのです。