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2008年06月 アーカイブ

2008年06月09日

“まち”に詳しい友人と散歩する感覚で~鹿児島 ぶらりまち歩き

 最近、「まち歩き」「ボランティアガイド」という言葉をよく耳にします。バスに乗って旅行会社のガイドさんの案内で有名な名所古跡を巡るのは観光旅行の定番ですが、もう少し踏み込んで、実際にその土地の生活に密着した場を巡る「まち歩き」を、地元有志による「ボランティアガイド」の解説を交えて行うのが、もうひとつの観光の形として定着しつつあります。

2008年4月から、土・日・祝日に鹿児島で「鹿児島 ぶらりまち歩き」が行われています。鹿児島市内の各スポットを12のコースに分けて、ボランティアガイドと一緒に廻る「まち歩き」です。西郷隆盛ゆかりの地や仙巖園・異人館等の磯地区、桜島・袴腰周辺といった、他県にも有名な場所を巡るコース、いま話題の"篤姫"ゆかりの地を歩くコースのほか、地元・鹿児島に住む私たちも見逃してしまいがちな、薩摩義士ゆかりの地、城下町としての鹿児島、鹿児島市内の随所に見ることができる近代建築の数々、作家・向田邦子さんが少女時代を過ごした現在の市街地周辺、"御着屋""いづろ""納屋"といった地名にちなんだルートなど、組まれているコースは多種多様です。

私が今回参加したのは、「古地図でめぐる城下町かごしま Part I」コースです(城下町かごしまツアーは全部で3ルートあります)。石橋記念公園、祇園之洲公園、多賀山公園を歩きます。「公園ばっかり見て歩いても」「石橋は見る価値あるかもしれないけれど……」と思われるかもしれません。しかし、"だれと、どう巡るか"で、いつもはなにげなく、小さな子供たちに水遊びをさせたり、まったりとすごしている公園が、とても魅力的なものになるのです。

kurogane-mochi ボランティアガイドは、二人一組で案内をしてくれます。一人がメイン、もう一人がそのサポートにまわります。「西田橋は参勤交代で使われた、五石橋のなかで最もステイタスの高い石橋」「祇園之洲に保存されている高麗橋、玉江橋は庶民のための橋」といったことは、石橋記念館にも説明文があるのですが、石橋記念公園から祇園之洲公園にかけての芝生で覆われた地にあるクロガネモチの木、縦に長いものと、横に長いものの2種類のクロマツの木があることなどは、目に入ってはいるものの、ガイドさんに説明していただくと、「ああ、そういえば!」と気づき、はじめて意識するものです。「"篤姫"で、篤姫のお父さんが、"於一は、クロガネモチのように、まっすぐにしっかりと伸びる木だ"と言っていましたね? そのクロガネモチの木が、あれです」などと説明されると、思わず「ほお!」「へえ!」と声をあげてしまいます。

歩きながら、目につくものひとつひとつに説明を加えてくださるので、まったく飽きがきません。さらなる「まち歩き」の魅力は、一方的に説明を聞くのではなく、ボランティアガイドや、他の参加者のみなさんと一緒に「会話を交わす」状態で歩いていける、というところでしょう。明治以降の歴史は、いまに生きる私たちにとっては決して遠いものではないので、地元で幼少期を過ごされた方は「そういえばこの辺で遊んだ記憶が……」「遠足で来たことがあったような」といった思い出話もできますし、西南戦争官軍死亡兵士慰霊碑前で「曽祖父が官軍兵として従軍していた」などといった、思わぬ話が出てきます。ボランティアガイドもそれを無視することなく、自然に会話に加わって話を進めてくださるので、興味深く街並みを見ることができます。

tagayama-view 多賀山公園の急勾配を、ゆっくりとしたペースで登り、東郷元帥のお話を聞く一方で、公園の高台からはるか錦江湾を眺め、ザビエル上陸の地や、「われは海の子記念碑」の場所を教えていただいたり。東郷元帥像よりさらに先に進むと、鬱蒼とした緑が公園内を覆っていますが、そこかしこに見える苔むした石垣が、実は鶴丸城よりはるかに古い歴史を持ち、島津氏が鹿児島の地を制した際の本拠地となった東福寺城の跡であったり。出水の地から鹿児島に、各地の豪族たちと熾烈な戦いを繰り広げながら勢力を拡大していった島津氏の歴史を聞きながら、実際のかれらの足跡を目の当たりにすると、「たしかに、その時代に、そうやって生きていた人々がいたのだ」ということを実感します。

「まちの歴史に詳しい友人と一緒に散歩」する感覚で参加できるのが「鹿児島 ぶらりまち歩き」です。"歩いて巡る"各コース1時間半から2時間ほどかけて歩きます。また、勾配が急なところもありますので、動きやすい服装、歩きやすい履物で「まち歩き」を楽しんでみてください。

鹿児島 ぶらりまち歩き ホームページ

※ご注意:「ぶらり鹿児島 まち歩き」は、酷暑期の7月・8月は一時お休みとなります。

(海外誘致部 松田 京子)

2008年06月10日

2歳の駅長さん(霧島温泉駅)と人吉との連携!

  6月8日~9日、ポスト「篤姫」、新幹線全線開業を見据えた南九州の新たな新コースとして「鹿児島・人吉」を造成しようとする検討研修会(人吉市)に参加した。

 鹿児島中央駅から「はやとの風」に乗車。日曜日ということでほと  んど満杯の乗車率である。嘉例川駅はさすが人気の駅である。すでに駅には観光  バスが1台停車し、はやとの風と駅舎見学に訪れている。名物の福元駅長さんもお客さんとの写真撮影をてきぱきとこなし、サービス満点。

 今回嬉しい驚きだったのが、「霧島温泉駅」・・可愛い2歳の駅長さん 山下淋太郎君が(お父さんにだっこされ  ながらも) 

 

乗客を出迎えてくれる。そして手打ちのそば200円や煮しめ300円が売ら  れている。

国立公園霧島国立公園霧島観光協会 中堀事務局長はこの駅で草払いの作業中。この一杯のかけそばが人気なんだとか。 無料の冷たいお茶もふるまわれた。4分の停車にかかわらず乗客は地元の人との交流にとても楽しそうであった。そばも煮しめも完売。  

はやとの風を吉松駅で下車し、40分後発の「しんぺい号」を待つ。雨天もあり、乗客は駅舎内の休憩所で思い思い時間を過ごしている。「歓迎」?や町の売込みがあっても面白いのでは?他の  駅に比べて吉松駅は少し寂しい気がした。

「真幸(まさき)駅で乗客は急いで「幸せの鐘」目指し雨の中を走る・・・ここでは列車の外まで苺や手作りお菓子を販売しにくる。乗客は地元の売り子さんとの会話を楽しみながら1個100円程度のおやつを買っていく。 しんぺい号も満員状態で出発。 スイッチバッグやループ橋など見せ場も盛り沢山であっという間に人吉到着。

 さっそく人吉まちあるきボランティアガイドさんの案内で、人吉城歴史館→武家蔵  (西郷さんが西南戦争時滞在したところ) 永国寺(西南戦争で亡くなった多くの御霊が祭られている)→鍛冶屋まちどおり (みそ・しょうゆ蔵)→ 青井阿蘇神社(国宝指定) 4時間散策した。 人吉まちあるきガイドさんは約80名ほど。今のところはコースは1コースだけであるが、時間によって3コース設定している。

 しょうゆ・おみその醸造所で無料のお茶と試食ができた。一服休憩するのに欲しい場所もちゃんとある。コンパクトな城下町散策を楽しめる。青井阿蘇神社は正式に国宝に指定された。藁ぶき様式の神社は見事である。 「人吉のまちあるき」は、まちあるき受け入れ先の方々も率先して勉強しガイド役となっているとのこと。市民ひとりひとりがガイド!!という認識の高さに感心させられた。

 人吉側から9名の出席があり、下記のような意見交換がなされた。  ○肥薩線開業100年を記念して、熊本ー人吉間にSLを復活させる。  人吉の人にとって空港は鹿児島空港であり、韓国からのお客様も鹿児島空港発着を利用し人吉でゴルフ・温泉を楽しんでいる。 ○鹿児島~人吉と連携し首都圏から誘客できないか、今後相互交流しながら検討していきたい。 ○今後のキーワードは 「まち歩き」「文化・歴史」「食(馬刺VS黒豚など)」「焼酎」「温泉」などがあげられるが、魅力の違いを洗い出していきたい。  ○両市内に「焼酎横丁」をつくれないか?  

今後検討を重ねユニークな取り組みを模索していきたい。

鹿児島県観光連盟

国内誘致部 渡辺さつき

2008年06月11日

シンガポールの中学生がさつま町にやってきた!

   6月3日、シンガポールのEast View Secondary Schoolが九州への教育旅行を実施し、38名(うち教師4名)が来鹿しました。
  
教育旅行の一環として、さつま町立鶴田中学校との学校交流が行われ、お互いの国や学校の紹介、ダンス、給食を一緒に食べるなどして、友好を深めました。

歓迎  シンガポールの生徒が到着すると、鶴田中学校の生徒等は花道を作って、「こんにちは~」「Hello!」と歓迎してくれました。シンガポールの生徒は恥ずかし嬉しそう。 両校共に“初めて” の国際交流ということもあり、やや緊張気味の雰囲気で歓迎セレモニーが始まりました。鶴田地域の伝統芸能である太鼓や剣道部の演技などが行われました。 

 

 

 

 

dance 記念品交換では、シンガポールからは記念のTシャツや5セント入りカードが、鶴田中学校からは折り鶴とメッセージカードが送られました。

 互いの国や地域、学校紹介等は生徒等の手作り、アイディアで行われました。初めて知る外の世界に興味津々。 シンガポールの生徒がダンスを教えてくれました。鶴田中学校の生徒も恥ずかしそうに、仲間に入り一緒に踊りました。

 

 

 

lunch     日本の学校給食を一緒に食べました。手を合わせて「いただきま~す。」の習慣にシンガポール生徒は驚きながらも、隣の生徒を真似て元気よく ”ITADAKIMASU”

 「お名前は?」「何歳ですか?」「好きなアニメは何ですか?」「彼女はいますか?」など様々な質問が飛び交い、楽しい雰囲気で給食を頂きました。 

 

 

 

photo 食後は、フリーで交流し、写真撮影等を行いました。帰り際、なかなか離れられなくて、最後は名残惜しそうに「さようなら~」とお見送り。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の交流を通して、生徒等にとっては大変貴重な経験になったと思います。校長先生も「ここまで、仲良くなれるとは想像していませんでした。」と驚きの様子でテレビのインタビューに答えていました。

 生徒等が互いの国、文化、習慣、人に興味を持ち、同時に母国について知る事を学んで頂ければと思います。そして、いつの日かシンガポールの生徒が「家族と鹿児島に行ってみようかな。」と帰ってきてくれることを願います。

  交流の様子は、7月26日(日)11:15~11:30 、MBC南日本放送「ふるさとかごしま」にて放映されます。 

(海外誘致部 森田)

2008年06月25日

中国より中高年団体交流の視察団が来鹿

6月24日、中国より中高年団体交流の窓口である老齢事業発展基金会の幹部(キーマン)の方々7名が鹿児島にやってきました

現在、中国における65歳以上の高齢者人口は、1億5千万人に達していると言われており、今後も更に増え続けることが予測されています。今後、日本との文化交流を目的とした中高年団体の視察団です。 

中国では、政府の一機関として高齢者を支援する組織があり、また大学でも同様に退職された教授等の生活を支援するという組織が存在するようです。中国と日本の社会事業における認識が異なることもあり、視察者の皆さんは大変興味深く視察されていました。 

悪天候の中、朝一番にダイヤモンドフェリーで大阪から志布志湾に入港されました。桜島を周って、仙巌園へ到着された皆さんをお出迎え。大変元気な様子で、「北京では見られない九州の自然を楽しみにしてきました。」と笑顔で挨拶。  

 仙巌園では、その施設の「和」の雰囲気を楽しまれ、写真撮影に夢中でした。また、中国との関わりを踏まえつつ説明して頂くと、大変熱心に聞き入っていました。「桜島が見えたら最高のロケーションでしょうね。また晴れた日に訪れたいです。」と好評価。    


その後、一行は指宿に移動。バスの中では、鹿児島の観光地等の説明を行いました。「長寿の国、日本の中でも鹿児島、奄美大島からはギネスブックに掲載された世界の長寿者を二人も出しているんですよ。」その言葉に驚きの様子。その背景には、豊富で健康に良い「温泉」や「食」があるということをご紹介しました。

 指宿では、砂蒸し温泉を体験する前に、「ふれあいプラザなのはな館」を視察しました。素晴らしい施設に皆さんも興味津々で、様々な質問があげられました。「中国では、65歳以上を高齢者扱いしますが、日本では何歳以上を指しますか?」「この施設の運営方法は?」「なのはな館を利用する高齢者の割合は?」「宿泊の最大収容人数は?」等々。   

 

 施設内では、様々な講座が整備されており、この日はフラダンス、木工教室、室内ゲートボールを見学させて頂きました。笑顔で楽しく活動されている様子を見学し、視察者にとっても大変刺激的な視察となったようです。

 

 

 

今後、中国からの中高年層の団体ツアーや交流事業に期待して参りたいと思います。

 

 

(海外誘致部 森田、松田)

2008年06月26日

中国の人気女優「黄奕(ホァン・イー)」鹿児島訪問!

 

  去る6月20日(金),中国の人気女優「黄奕(ホァン・イー)」さんと中国メディア関係者など合計12名が「仙巌園」,砂蒸し会館「砂楽」などを訪問しました。 

 これは九州観光推進機構(平成17年4月設立,福岡)の九州認知度向上のための招聘事業で,人気女優を通じて中国の20~30代の富裕女性層をターゲットに九州への誘客を図ることを目的としたものです。

  今回,女優さんは1日1撮影という制限があり,鹿児島では砂蒸し会館「砂楽」で黄奕さんの撮影が行われました。メイク等で40分くらいかかった後,海岸で実際に10分くらい砂蒸し温泉を体験していただき,健康や美容によい旨のコメントを述べていました。 
砂蒸し温泉

 

   仙巌園では,取材とカメラマンによる園内撮影が行われました。仙巌園の名前の由来,望岳楼,江南竹,蝙蝠図柄など中国とのかかわりが色濃く残る園内を熱心に取材していました。
仙巌園

 

この間,黄奕さんは,ご両親のためにと鹿児島の御菓子をたくさん購入したり,桜島の火山灰を原料にした化粧品や小物類を購入するなど中国一般観光客と同様,お買い物は大好きな様子でした。

  ショッピング
(写真中央)  

今回の鹿児島での取材撮影は,中国人気女性月刊誌「Oggi」に掲載される予定。発行部数は約47万部で,女性ホワイトカラー層を対象にエリアは都市部を中心とした中国全土をカバー。また,上海テレビ局の女性高級層向け番組「星尚」でも9月頃に放映される予定。上海出身の黄奕さんが,心身ともにリラックスできる観光地「九州・鹿児島」を中国の富裕女性層に発信してくれるはず。中国東方航空を利用した上海方面からの女性観光客を特に期待したい。 

鹿児島県観光連盟 海外誘致部 宮崎  

(社)日田市観光協会会長 石丸氏を迎えて観光講演会を開催

「街に夢を 地域に未来を」
~自分の住んでいる街を愛し、その街を深く知る事から、街づくりは始まる~

 6月23日(月)、平成20年度(社)鹿児島県観光連盟通常総会が開かれ、同時に観光講演会も開催しました。今年は(社)日田市観光協会会長 石丸邦夫氏を迎え、『「街に夢を 地域に未来を」~自分の住んでいる街を愛し、その街を深く知る事から、街づくりは始まる~』と題してご講演いただきました。
  古くは江戸幕府の直轄領・天領として知られ 観光講演会 石丸氏 る日田の豆田町は、今でこそ古い町並み、風情ある町並みで知られていますが、20年前、その地域を守ることから活動を始め今の姿を作ったのが、石丸会長たち地域を思う人々だったのです。
  
  「まちはおこして10年、起きて10年、栄えて10年で、街づくりは30年かかるものと考えている。10年後にどうするか次のステップを考えながら10年を進めなくてはいけない。時代は変わるのだから、新しい風を入れる必要がある。」と話す石丸氏達の取り組みはここ2、3年、新たな面を見せ始めています。

  「ヤキソバで日田を元気にする会」が勉強を重ね、B級グルメヤキソバ街道を噂として大手メディアで情報発信するなど、食の取り組みもその一つです。また臼杵、豊後竹田ですでに開催されている、竹を使ったあかりの祭りを参考にした新しいイベント「日田千年あかり」を開催。今ではツーリズムおおいたのバックアップも受けながら、3町で連携し「竹取物語」として取り組んでいます。昨年、鹿児島のさつま町でも竹あかりまつりを開催したことを取り上げ、孟宗竹発祥の地の鹿児島からもどんどん取り組みを広げて欲しいし、それを続けていくことが必要と話されました。
  自分の街を愛し、行動し続けた石丸氏の活動そのものが日田が輝く源であり、地域づくりには行動する人がキーポイントということを改めて教えていただきました。
                                                (総務部 鹿籠六)

以下、講演内容を要約して紹介します。
=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎=◎    
 ◆約20年前の豆田町商店街では、地域の歴史や文化財の価値はあまり見つめられていなかった。話し合いの中でも商店街側は近代化しかないと主張していたが、10年後に高速道路が通ることを考え、この豆田に人が寄ってもらうためには、歴史・文化を生かし「らしさ」を出すことが必要と訴え続けた。

 ◆実は、街の人々が自分の街を知らないことに気づいた石丸氏は、「天領日田」を冠にした祭りを開くこと  を提案。動き出した計画を行政に提案し、時代絵巻を繰り広げる「天領日田まつり」の実現に至った。第1回目の開催時、2日間で3万人が来たことに自信を持ち、その後、旧家を常設資料館、他の旧家にある雛人形の公開等の協力を得て、マスコミ報道の効果もあり、「天領日田のひなまつり」の成功に繋げていった。

 ◆動き出してから、豆田の進む道が決まった。人が集まれば資本も集まり、地域住民の意識も変わってい  った。勉強会だ、意見交換だということで地域を知るよりも、まず動いたことで自分達の街の魅力が分かり、住民のフットワークも軽くなった。

 ◆天領まつり以外は民間だけで街づくりを進めてきたが、人が集まりだすと、行政もハード面での整備予算を取りバックアップしてくれた。うまく官民の歯車がかみ合い動き出したことから、さらに地域づくりが進んでいった。

 ◆「人が集まる10の法則」というのがあるが、自分たちのところがどれだけ当てはまるか、参考にして欲し い。当てはまることが多ければ多いほど活性化する可能性があると思う。

 ◆街は必ず変わる。続けることが大切。街づくりとは実に体力がいるもので、若手が中心になって変えてい って欲しいと願う。

 ◆今、「三カンの時代」。環境、観光、感動のそれぞれの「カン」を指すが、自然、歴史など癒しを求める現 代に欠かすことができないものであり、観光に取り組むことは自分の街を見直すことになり、住みやすい街をつくることは人が来てくれることにつながる。それには、人に感動を与えられるものがなければいけないが、そのためには自分の感性を磨き、毎日1回は感動する「一日一感動」を実践して欲しい。ハリボテの自分では、人に感動を伝えられない。

2008年06月27日

上海の教育関係者が鹿児島情報高等学校視察!

 

 6月26日(木),上海教育関係者4名が鹿児島情報高等学校(鹿児島市谷山中央二丁目)を視察した。これは,上海地区からの修学旅行誘致を目的とし,九州観光推進機構(平成17年4月設立,福岡)と九州の関係県が中心となり招聘したもの。

 

 視察団は,学校到着と同時に正門付近での吹奏楽部による歓迎演奏に驚き,玄関付近に掲示された「熱烈歓迎」の看板にはおもわずにっこりと。学校側の熱烈歓迎の気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

英語の授業視察では,生徒に直接「中国に行ったときの印象は?」などと質問。また中国では小学校1年から英語の授業があることを紹介すると,生徒からは「うらやましい」との歓声が上がるなど,終始なごやかに視察は進行。

 

 原田理幸理事長は,国家資格を多く取得させるなどの学校方

針を説明。視察団の包玉全団長(上海市普陀区教育局職員)は

挨拶の中で,「日中の文化は似通っており,日本にとても親近感

を覚える」と来鹿の感想を述べ,「中国では教職は太陽の輝き

下にあるとても光栄な仕事」と言われていることなどを紹

し,今後「日中の青少年交流を深めていきたい」と締めくくった。

  視察団一行全員は,初めての日本訪問。前日(6/25)は上海から直行便で鹿児島入りして,仙巌園参観や砂蒸し温泉を体験した。今回の招聘事業が,日本の現状を見聞するよい機会となり,日中友好に資するものになることは間違いない。先の四川省大地震の影響で公務員を中心に海外渡航自粛のさなかであり,すぐに上海地区からの修学旅行が実施されることは厳しいものの,上海と鹿児島が1時間半で結ばれている利点を活かすよう,粘り強く上海方面からの修学旅行誘致に努めていきたい。 

鹿児島県観光連盟 海外誘致部 宮崎  

 

2008年06月28日

広島ケーブルテレビ撮影「篤姫を訪ねて!」

 広島ファンファン旅ランド(広島ケーブルテレビ)が「篤姫を訪ねて!」取材を6月25日(水)~27日(木)行った。 広島ケーブルテレビは、広島県内15万世帯が加入している。7月16日から8月末まで一日3回放映す る。

   今和泉(篤姫ゆかりの地)

6月25日は大雨にも拘わらず篤姫ゆかりの地は沢山の観光客  であった。案内いただいた篤姫観光ガイド 塚田芳子さんによると1日200~300人を案内している。週末は1日1,000人ということもある。 雨の日もキャンセルになることが少ない とのこと。 今和泉島津家屋敷跡や墓地を案内いただいた。

 

    知覧特攻平和会館 

今年の入場者数は例年並みである。(昨年は「俺君」で過 去最高を記録したので昨年とは比較はできない)神戸からの修学旅行が増えている。大阪からさんふらわぁを利用して来鹿している。 近場では宮崎からの小学生修学旅行が多い。 案内は川床剛士さん。65歳。3名の案内人が常駐している。今年に入って遺書等を英訳し、パネルで見ることができようになったとのこと。 海外からのクルーズ客に喜ばれている。今年度から海外からの入場者数カウントを始めた。 

   いぶすき篤姫館

1年間の予想入場者数8万人を今週末達成できるであろう。目標数を近日中

公表する。大河ドラマにならって、「囲碁?ならぬ5つ並べ」対戦中。 いぶすき

篤姫館大岩本事務局長 VS 松原恵美さん

(ファンファンテレビ レポーター)

 

□鹿児島市の鹿児島ぶらりまち歩きガイドさん

山下一郎さんによる「篤姫まちあるき」を取材 した。石橋記念公園 →清水町の島津家 一代から四代までの記念碑 →清水(地下水) →篤姫屋敷跡地名の由来の「清水」(地下水)を飲むことができた。

  □白熊 (喫茶ママ) 

店内ほぼ満席でほとんど全員のお客さんが白熊を注文していた。白熊アイスはすでに全国ものだそうだが、初めての本物 「白熊」の味は格別だと広島テレビスタッフの感想だった。 

鹿児島県観光連盟

国内誘致部 渡辺さつき

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