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かごしまゆかりの文学作品の地を訪ねて

2012年5月14日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

ゴールデンウイークも終わり、新緑が一段と目にしみる季節となり、鹿児島中央駅には関西・中国方面から毎日修学旅行生が降り立ち、噴煙をあげる桜島に感嘆の声を上げています。

皆様は今年のGWはどこを旅しましたか。私は久しぶりに、作家梅崎春生のデビュー作である「櫻島」のゆかりの地、南さつま市の坊津を訪ねました。

双剣石とリアス式海岸.jpg

坊津はかつて遣唐使船が寄港し、東南アジア方面との密貿易で隆盛を極めた港です。小説は、太平洋戦争の末期、海軍の通信下士官として配属されていた坊津や桜島が舞台となっています。戦時下の出来事を綴るなかに、死ぬことが決まっている極限状態の心象風景など戦争の実相と戦争の狂気が描かれている興味ある作品です。

梅崎春生は「櫻島」の20年後に、「幻化」を発表しています。この小説は彼の遺作で戦後文学の完成点と絶賛された小説です。「人生幻化に似たり」の文学碑が、湾を見下ろす公園の中にあります。石畳の続く路地裏を歩くと、昔の栄華が偲ばれる場所が随所にみられます。彼が坊津を訪ねて宿泊した倉浜荘は現在宿泊できませんが、密貿易の館として知られており、道路からその姿を見ることができます。

ところで、文学作品には、地名を題材にしたものが多くあります。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」は、ノーベル文学賞を受賞した川端康成の「雪国」の冒頭の文で、彼がよく滞在した越後湯沢温泉が舞台であることはよく知られています。

他にも日本各地を旅すると、小説の舞台になった場所が数多くあります。 三浦綾子の「塩狩峠」や、渡辺淳一の「阿寒に果つ」は北海道が舞台です。太宰治は郷里を舞台に「津軽」を書いています。中里介山の「大菩薩峠」も読み応えのある作品です。

国木田独歩は、まだ自然が残っていた頃の東京を「武蔵野」の題名で、志賀直哉はよく訪れた温泉地で「城の崎にて」を書いています。志賀直哉が滞在していた旅館は、今でも地元の老舗の温泉宿として名を馳せています。島崎藤村は木曽路を「夜明け前」で、三島由紀夫は京都の名所「金閣寺」、田宮虎彦は四国の「足摺岬」、菊池寛は大分県の青の洞門を舞台に「恩讐の彼方に」を作品として残しています。

かごしまは、豊富な自然や歴史、人物に恵まれており、多くの文学作品が生まれています。

「寺内貫太郎一家」や「7人の孫」などのテレビの脚本家と知られた向田邦子は、小学校の高学年を山下小学校で過し、その頃の思い出を「父の詫び状」に書いています。

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天保山公園近くの海での海水浴や、じゃんぼ餅やさつま揚げの味等彼女が自分の人格形成に、鹿児島の人々とのふれあいから大きな影響を受けたという記述があり、「第二のふるさと」としての鹿児島を語っています。また、彼女が住んだ家も残っており、ぜひ足跡を訪ねて欲しいと思います。

古里温泉には、「花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき」という林芙美子の人生を物語っているような歌碑があります。また、屋久島を舞台に「浮雲」を書いています。主人公のゆき子は、愛する人を追って屋久島を訪ねますが、小説では屋久島の気候、山の自然がふんだんに描かれています。安房川下流のつり橋の近くにあり、彼女が滞在したホテルは、今でも営業を続けています。屋形船に乗り安房川を上ると、いっそう屋久島の旅情を感じるのではと思います。

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屋久島をこよなく愛したのが、児童文学者椋鳩十で、屋久島の過酷な自然を背景に、「片耳の大鹿」を書いており、動物を主人公に人間と自然とが共生することの大切さを訴えています。また、彼は甑島を舞台に「孤島の野犬」も書いており、下甑の手打の高台に野犬の像が建っています。


甑島は、九州新幹線開業後観光客が増加しており、なまこ池、鹿島の断崖、武家屋敷、テレビや映画の舞台となる等魅力が尽きない島です。「椋鳩十文学記念館」は、姶良市加治木町にあります。

ところで、今子供たちが本を読まなくなっていると言われますが、椋鳩十はかつて「母と子の20分間読書運動」を提唱しました。子ども達が読書の習慣を身につける意味でも、親の努力も必要かと思います。

奄美の加計呂麻島を舞台に、「出孤島記」や「出発は遂に訪れず」の作品を残しているのが、島尾敏雄です。太平洋戦争末期の特別攻撃隊の指揮官として従事し、死との呪縛の中で、出撃命令を待つ人間の生と死の極限状態が描かれています。加計呂麻島には、震洋基地跡と文学碑があります。また後年妻ミホさんとの葛藤を描いた「死の棘」もこの島が舞台です。

司馬遼太郎をして名作と言わしめた「二本の銀杏」を書いたのが、海音寺潮五郎です。

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この小説は、江戸末期の天保年間の薩摩を背景に、肥後と国境を接した赤塚村(現在の伊佐市大口)が舞台です。 また、長編小説「西郷隆盛」は、彼のライフワークでした。羽月川の河畔には、「ふる里のさつまの国は空あをし、ただあおあおと澄み通るなり」と刻まれた望郷の歌碑が建っています。

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司馬遼太郎は、日置市美山を舞台に「故郷忘じがたく候」を書いています。朝鮮出兵後島津義弘が薩摩に連れてきた朝鮮陶工たちの数奇な運命と、忘れがたい望郷の念を乗り越え、力強く生きる姿を描いており、14代の沈寿官さんがモデルです。沈寿官邸の庭には同名の文学碑があり、また併設された陶磁器博物館は必見の価値があります。薩摩焼のふるさとをぜひお尋ねください。

主人公万里子が、三島村の黒島に20日間滞在し、島の人々の過酷な生活と交流を通して、自分の生き方が変化していく過程を物語にしたのが、1960年ドラマ化された有吉佐和子の「私は忘れない」です。今でも気象条件によっては、島に行くことが厳しくなりますが、当時の黒島への旅がいかに大変だったかが偲ばれる作品です。硫黄島、竹島と3つの島を巡ることで、それぞれの島の印象が変わるのではと思います。

鹿児島市には、かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館があり、ゆかりの作家の作品を紹介しています。 ところで、小説を書く時、作家は自分のイメージに合った場所を求めて何度も訪れ、滞在すると言います。また、生まれた境遇や経験が、小説の中に色濃く反映していることが多くあります。

小説の主人公になり、その地を訪ねるのも旅のもうひとつの楽しみです。 文学のゆかりの地を訪ねることで、鹿児島の新たな魅力発見につながるのではないでしょうか。

                           参考:かごしまよかとこ旅

好調を持続する鹿児島市の観光~魅力と今後の課題~

2012年4月23日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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鹿児島中央駅に新幹線が着くたびに、初めて鹿児島市を訪れた観光客が驚くのが錦江湾に雄大にそびえ、噴煙を上げる桜島です。今年の噴火はすでに480回を超え、このままでいくと過去最高の噴火をするのではないかと予想されます。

その桜島の魅力が観光客を惹き付けており、「よりみちクルーズ」や「サクラジマアイランドビュー」等の集客にも繋がっており、鹿児島市への観光客の入込が好調に推移しています。

23年度の宿泊客数は、久しぶりに300万人の大台を超え、平成2年のNHK大河ドラマ「翔ぶが如く」以来となります。市内の観光地などを巡る周遊バス「カゴシマシティビュー」は、乗客数が22万4288人となり、「篤姫」が放映された2008年に次いで2番目の実績となっています。 民間のバス会社が11年から同じようルートで周遊バスを運行しており、2社で合計するとおそらく過去最高の乗車数ではないかと思います。

鹿児島県は九州の最南端に位置し、何かにつけて不便と言われていましたが、「鹿児島中央駅」が新幹線最南の終着駅になり、また、新大阪駅から直通の新幹線が運行され時間短縮効果が顕著となり、玄関口鹿児島市への集客効果を高めています。

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2次交通についても、鹿児島中央駅を基点に観光周遊バスが整備されたことが鹿児島市への滞在を増やす結果となっています。姶良市周遊観光バス「あいらびゅー号」、「知覧ライナー」、「鹿屋直行バス」、桜島フェリーから乗り継ぐ「サクラジマアイランドビュー」も新たに運行され成果を上げています。

これらの2次交通の運行で、観光地における交通弱者(特に熟年)などの利便性が高まり、新幹線停車駅からなかなか行けない観光地を訪ねたり、バスの始発地に戻ることができるなど荷物を持っての乗り降りがないことが人気となっています。

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ところで、鹿児島市は、歴史、自然、温泉、文化、アクセスに恵まれた魅力ある街です。先日、福岡大学の研究グループが調査した結果によると、鹿児島市の繁華街・天文館地区を核とする市中心部への一日当たりの来訪者が、新幹線開通前と比べ推計約25%増え、経済効果は約180億3800万円に上ると発表しています。
                     [福岡大学:斉藤参郎教授(都市計画学)]

現在のところ新幹線開業効果が市街地中心部まで及んでいることを示しています。観光客は、1泊は温泉地(離島)で、2泊目は市内に泊まり外で食べるというパターンが定着していることもあげられます。今度東千石町に複合の映画館が復活することもあり昼間の流入人口は増加すると思いますが、札幌のようにエンターテイメントの充実など夜の天文館の賑わいの創出が求められます。

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4月26日に鹿児島中央駅から徒歩5分のところに、「かごっまふるさと屋台村」がオープンし、競争が激しくなることが想定されます。特に25店舗の集約された食の店が並び、観光客にとっては一箇所で選択できることが魅力です。中心街にとっては脅威の存在です。

また、鹿児島市内は、中央のビジネスホテルが進出し、過当競争が熾烈を極めています。インターネットで検索していくと、夕方には料金が朝の半額以下になるホテルも散見されます。

時間短縮効果でビジネスマン出張は日帰りが多くなり、シングルの多いホテルは苦戦を強いられており、この状態が続くと資金力の弱い地場のホテルは淘汰されることも予想されます。今後市場見学や街めぐり等、地元ならではのきめ細かなサービスで大手との差別化が求められます。

新幹線全線開業で、鹿児島でのグリーンツーリズムやブルーツーリズムのニーズが高まっています。中心になるのが教育旅行で、平成25年度からは新大阪発の修学旅行専用列車の運行も決定し、鹿児島市でも農業、漁業を活かすチャンスが到来しています。

今年の秋オープンする「鹿児島市観光農業公園(仮称)」を活かす方策が重要です。しかし「農業公園」は、指宿へ行く国道から離れていることや、鹿児島市周辺には「道の駅」や「農家の直売店」が増えており、苦戦が予想されます。

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平日の一般の誘客をどう図るか、また、市内の小学校から中学校までの9年間に、必ず課外授業で農業体験のメニューを組み入れるなど、積極的な営業を展開しないと運営は厳しいと思います。県内では農家民宿の受入家庭は、すでに800軒近くになり、競争も激化しています。

3月25日から、台北便が就航しています。宮崎県や毎日運航している福岡県と連携し、新幹線を活用した広域連携も重要になっています。台湾だけでなく、ソウル便、上海便を加えて東アジアをにらんだ新たな展開が可能になってきました。中央駅、甲突川、天文館ウォーターフロント、城山、磯公園、桜島への回遊性の確保、さらなる公共空間の整備が必要です。

また、インターネット経由の予約が急増しており、WEBの情報強化等を進めるなど、若い人達に対する鹿児島市のイメージ定着が求められます。3月のダイヤ改正では新大阪直通の列車が大幅に増加し、旅行エージェントの商品も造成し易くなっています。リピーターを定着させると同時に、新たな誘客先を広げ顧客を開発する取組みも大切です。

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今までの新幹線開業では、2年目から苦戦を強いられました。鹿児島では今のところ好 調に推移していますが、持続的に観光客を呼ぶためには、市民が我が街の魅力を知り、継続してPRできる態勢づくりが求められます。鹿児島市内のボランティアガイドさんは、250人を超え、もっと出番を増やす取組が大切です。

2006年の4月から10月に長崎市で開かれた「長崎さるく博06」では、1007万9千人が参加し、しかも市民の参加が多く、長崎市民の観光に対する意識が変わったといわれています。鹿児島市でも、同様のイベントを開催することで、市民がわが街に誇りを持ち、「おもてなしの心」の向上が図られ、PRの役割を担っていただくことで、その後の鹿児島市の観光振興に大きな効果をもたらすものと思います。

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これからの観光は、今あるものをいかに活用するかが問われています。自然や歴史が残したものに、観光客が触れ合う機会を増やすことで、心に残る「感動」と「感激」を覚え、リピーターづくりにつながります。九州新幹線の全線開業で市民の観光に対する認識も変わってきました。今こそ市民力アップのため必要なイベントではないかと思います。

鹿児島市に人が集まることが、県内各地に波及効果をもたらすことになり、鹿児島県が持続できる観光地になっていくのではないでしょうか。

「かごっまふるさと屋台村」に期待する

2012年5月1日 
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

ゴールデンウィークが始まり、県内各地は観光客で賑わっていますが、今年は昨年の東日本大震災や原発事故の影響も薄らぎ、全国的に観光地は好調な出足です。

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3月のダイヤ改正により、新大阪から鹿児島中央への直通便が増発されたことや、格安航空会社ピーチの就航、中華航空台北線の新設などにより一段と鹿児島への観光客の伸びが期待されます。

ところで鹿児島市は、目の前に桜島を仰ぎ、自然、温泉、歴史、文化、食、アクセス、宿泊施設の充実等観光客誘致には大変恵まれた環境にあります。

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この度、鹿児島中央駅東口から5分の場所に「かごっまふるさと屋台村」がオープンしました。オープンセレモニーには、就任したばかりの井手観光庁長官も出席されて盛大なお披露目となりました。

屋台の定義ははっきりしませんが、物を売る台に屋根を付けたもので、組み立てや収納が容易であり、移動が簡単な店のことです。江戸時代の享保年間に生まれ、第二次世界大戦後の闇市などで、戦争引揚者や戦災で店を失った人たちが生活のために始めたものが広まったものです。

しかし、その後食品衛生法や道路交通法、消防法等の制定により規制が強化され、公共空間での営業形態の屋台は、東京オリンピックの開催を機に減少していきました。現在では移動式の屋台は、博多では、約180軒が営業していますが、営業者の高齢化が進み減少しているのが現状です。

最近の屋台は敷地が公共空間ではなく、私有地の中に固定・常設され、街の活性化を目的に地域づくりの一つとして進められています。
現在は、固定式の屋台村が全国にできていますが、小樽市・おたる屋台村、青森市・青森さんぶり横丁、八戸市・屋台村みろく横丁等は人気があります。最近では、震災で大きな被害を受けた気仙沼市に復興屋台村・「気仙沼横丁」がオープンし話題となっています。

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「かごっまふるさと屋台村」は、25軒の個性あふれる屋台と1軒の焼酎専門店が軒を並べます。それぞれの店は小規模で8席しかなく、家族的な雰囲気が味わえるのではないかと思います。鹿児島の旬の食材を活かしたこだわりの料理と焼酎をリーズナブルな価格で提供するなど、鹿児島の食文化を堪能できる場所としての魅力が売りの一つです。

これからの屋台村の展望と課題等について述べてみたいと思います。

屋台村の設置は、市街地の活性化や地産地消を中心とした地元食材の提供、情報発信基地として県内のイベントや観光地の紹介、若手起業家の育成等に繋げなければなりません。

屋台村は、鹿児島市内としては初めて平地にできた食の集合体の施設です。従来ラーメンやお好み焼きの専門店等が並ぶ場所では、人気店舗とそれ以外の店舗との優劣が付き、不人気の店は客が入らなくなり、店舗同志のコミュニケーションが減り、一方の店が退去するなどの弊害も起こっています。

スタンプラリーを実施し、25店舗を巡ると記念品を贈るなど、屋台村全体の発展を目指す取組も不可欠です。それぞれの店が切磋琢磨しながら、競争と協調の心をもって一体感を維持していくことがまず大切です。

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屋台村は鹿児島の地産地消を徹底し、あくまでも鹿児島らしさにこだわる必要があり、鹿児島の魅力を発信する場所にしなければなりません。また従業員は鹿児島弁を積極的に使い、観光客に鹿児島の魅力を語ることが求められます。


季節を通してイベントを開催し、市民も訪れる場所にする必要があります。新年の振る舞い酒、餅つき大会、節分、ひな祭り、七夕、月見の宴、クリスマス会などの開催が誘客に繫がります。テレビや映画の舞台として提供するのもPR効果を高めます。

ところで、鹿児島市は北海道の札幌と並んで、都市としての魅力が集約された街です。公共空間の整備が進み、滞在して飽きない街になりつつあります。

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「かごっまふるさと屋台村」の周辺も、西郷隆盛、大久保利通など近代日本の礎を築いた偉人を輩出した地域であり、リニューアルされた「維新ふるさと館」は観光客に大変人気な施設です。夜は甲突川がライトアップされ一段と魅力的な一帯となります。


観光客が夜の街を楽しむことで、天文館も活性化し、地域の経済が循環することになります。市民が鹿児島市の魅力を語ることを心がけて欲しいと望んでいます。

一方では、新幹線の時間短縮効果は、ビジネスマンの日帰出張を加速しています。600キロに及ぶ鹿児島の魅力を語ることで、遠方まで足を伸ばすきっかけをつくり、滞在に変える取組が求められます。

また、現在海外便が、ソウル、上海、台北へ就航しており、その国の人々は、屋台で食事することが定着しており、今後東アジアの観光客が増加すると思います。簡単な言葉を覚え海外観光客と市民の交流の場所になればと思います。

屋台村ができたことで既存の店との競合も発生します。特に中央駅西口との競争は激化しますが、「おもてなしの心」を持ってサービスの向上に努め、相乗効果で来店客を増やして欲しいと思います。また、近隣のホテルの方々も積極的に屋台村をPRすることで、連泊につなげて欲しいと思います。

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「本物。鹿児島県」の魅力が観光客に定着しつつあります。「ふるさとかごっま屋台村」に行けば「鹿児島に会える」、と観光客の合言葉になるよう積極的にPRしていきたいと思っています。

佐多岬が持つ観光地としての魅力

2012年4月23日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

        「黒潮の海に昇りし天津日は 佐多乃岬を日ねもす照らす」

この歌は、佐佐木信綱門下の歌人であり、「新古今集」の研究家として知られる川田順の歌で、佐多岬の展望所近くに歌碑が建立されています。川田順が昭和11年に長崎鼻を訪れた際、対岸に見える佐多岬を見て詠んだ歌と言われており、当日は快晴ではなかったかと想像されます。

佐多岬灯台は、1871年(明治4年)に完成しましたが、戦争で被害を受け、1950年に建て替えられ現在の白亜の灯台として生まれ変わりました。太平洋に突き出した半島の先端にあり、九州本土最南端にある灯台で、「日本の灯台50選」にも選ばれています。

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太平洋の黒潮が押し寄せる突端に立つ灯台は、錦江湾や南の島へ行き交う船舶の目印として重要な役割を果たしています。対岸に薩摩半島の開聞岳を望み、東シナ海に沈む夕日は格別です。晴れた日には、種子島、屋久島を望むことができます。



佐多岬の入口に位置する大泊には、北緯31度線(エジプトのカイロと同じ位置)の表示塔が立っており、車を止めて写真に収める観光客が見受けられます。

ところで佐多岬への観光客は、昭和40年代の前半から50年代の前半までがピークでした。新婚客のゴールデンルートとして、宮崎~日南海岸~鹿屋~佐多岬~根占~山川~指宿が賑わいました。その後新婚旅行が海外に移り、バブルが終焉し団体旅行も激減し、薩摩半島との架け橋であったフェリーが休航した期間もあり、いつのまにか佐多岬も忘れられた存在でした。

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佐多岬への観光客が減少したことにより、広範囲に影響がでてきました。かつての宮崎からのゴールデンルートを通る観光客はほとんどいません。「かのやばら園」まで来た客は、引き返して鹿児島に戻っていきます。一方対岸の指宿方面からの観光客の流れも減少しました。

しかし、団塊の世代の退職や国内旅行の個人化・多様化が進み、今では交通の便が悪く秘境と呼ばれる地域が脚光を浴びています。佐多岬も、例外ではありません。

しかしながら、現在の佐多岬の周辺は休憩施設もなく、展望台は修復工事の傷跡が深く観光客が楽しめる雰囲気が感じられません。灯台が望める最先端まで行く途中には、かつて住んでいた「古い灯台守の館」が藪の中にひっそりと佇んおり、整備すれば産業遺産として活かせると思います。

その意味でも佐多岬の魅力づくりが、鹿児島市、指宿、宮崎からの観光ルート定着になり双方にメリットが出てくると思います。今年度は県の予算で調査費が付いており、佐多岬の課題が改善されることを期待しています。

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佐多岬周辺の魅力をあげると、大泊港から出ている半潜水艦の水中展望船があります。「さたでい号」と名付けられ、ビロウ島、佐多岬沖など佐多岬海中公園内を30分かけて周遊し、黒潮の中を泳ぐ熱帯魚を目のあたりに鑑賞できます。


また、岬では、ハイビスカス、ブーゲンビリアなど数多くの亜熱帯植物が生い茂り、熱帯のジャングルにいるような気分に浸ることができます。ソテツの自生地も圧巻です。
自力歩行で最南端を目指すトレッキングツアーもあります。いくつかの山越、崖越え、しかもロープを頼りに一人ずつしか登り降りできないというスリリングな箇所もあり、それゆえに最南端への到達したときの達成感は大きいものがあります。体験型観光の醍醐味を味わうことができます。

九州新幹線が全線開通したことにより、時間短縮効果で大隅地域への誘客もより可能となりました。

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佐多岬のある南大隅町までの沿線には、かのやばら園、吾平山上陵、内之浦宇宙空間観測所、花瀬公園、神川の大滝、雄川の滝、並列鳥居のある諏訪神社等特色のある観光地や、農・漁家の直売所、錦江湾に沈む幻想的な夕陽が望めるレストランなど旅情を感じさせる店もあります。

これらの観光地を線で結び、地域全体に波及効果をもたらす取組が重要であり、そのためには、まず県民に訪ねてもらうことが大切ではないかと思います。そして県外の方々に南大隅地域の魅力を語って欲しいと思います。

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最南端の神社として有名な御崎神社は、最近パワースポットとして人気があり記念写真に納まるカップルの姿が多く見受けられます。吾平山上陵と諏訪神社、御崎神社の3箇所をパワースポットとして売りだすのも効果が期待できます。


北海道の最北端宗谷岬はこれからの季節、本州方面から多くの観光客が訪れます。その後日本海に浮かぶ利尻島、礼文島まで足をのばします。最北端と最南端を結ぶツアーもおもしろいと思います。

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根占~山川フェリーの再開で薩摩半島との往来もできるようになりました。かつて「岬めぐり」というツアーがヒットしました。都井岬、佐多岬、長崎鼻を巡るツアーの復活も楽しみです。


根占港の隣には、新たに南大隅町の農産物や採れたての魚等を取り揃えた「なんたん市場」もオープンしました。フェリーの待ち時間に是非立ち寄って欲しい場所です。
最南端にある大泊郵便局を訪ね、記念スタンプを押し九州本土最南端の地に来たことを実感し、喜んでくださるお客さんを多く呼びたいものです。

            参考:南大隅町観光ガイドマップ:南大隅町役場企画振興課

出水ブランド「薩摩出水のいずみさん」の定着に向けて ~ツルも出水に、恋をした。~

2012年4月16日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

夜来の激しい風雨にさらされて、満開の桜もいつのまにか散り葉桜となり、これから新緑が一段と映える時期になります。
みかんの一大産地である出水地方では、5月の初め頃になると、みかんの木が花を咲かせ、丘陵全体が白い花で覆われ、その美しさを新幹線の車内からも臨むことができます。

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出水市は、毎年1万羽を超えるツルが越冬し、規模の大きい武家屋敷群や野間之関、鎮国山感応禅寺、日本一の大鈴のある箱崎神社、日本一のお地蔵さんのある八坂神社、上場高原のコスモス等恵まれた観光地があります。


しかし今まで観光客が来ても、土産物としての特産品や地域を感じる食事のメニューが少なく、出水ブランドとしての商品の開発が待たれていました。

出水商工会議所では、中小企業庁の「平成23年度地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト」に応募し、自然に恵まれた出水市の農・畜・水・のそれぞれの食材を使った新たな特産品を農商工連携で開発し、「出水ブランド」として全国に発信し、出水市地域の活性化を図る事業に取り組んできました。私も今回プロジェクトメンバーの一人として参加しました。

この度の事業で、鶏肉を中心としたグルメ3品、柑橘類とさつま芋を使用したスイーツ3品が誕生し、出水ブランド「薩摩出水のいずみさん」として売りだすことになりました。「薩摩出水のいずみさん」とは、出水市の自然や文化を継承し、自然に恵まれた出水市の特産品である鶏肉や柑橘類等の食材を活用した商品や出水市内で製造された商品等で、地域活性化に繫がる商品のブランドネームです。

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ロゴマークは女性の顔にツルをイメージして、キャッチフレーズは、「ツルも出水に、恋をした。」が選ばれました。出水市は永年1万羽を超えるツルが訪れている土地であり、それにあやかった良いロゴマークとキャッチフレーズと思います。

今回選ばれたグルメとスイーツの商品概要は次の通りです。 グルメは、出水市の2大ブランドである鶏肉「南国元気鶏」と「赤さつま」を中心に、出水市の歴史的逸話をもとに開発した鍋物や鹿児島の特産品であるさつま揚げをアレンジした一品等、旬の野菜や地場産の食材にこだわり、「出水らしさ」「鹿児島らしさ」がある料理です。 スイーツは、1年中獲れる柑橘類の中でも、旬の柑橘類だけを使用した和菓子やさつま芋を使う鹿児島の郷土菓子をアレンジした洋菓子等、旬の食材や地場産の食材にこだわり「出水らしさ」「鹿児島らしさ」がある菓子です。

3つのグルメとは、

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しょうがん炊き・・戦国時代に島津家縁の武家屋敷に住む、ぼっけもん(快男児)昌巌 (出水3代地頭)さんの逸話と大正時代の国有林田畑開拓時に詠まれた詩を元に 出水のおいしい鶏肉(全国生産2位)と、季節の新鮮な野菜を地元産の麦味噌 で仕立てたコラーゲン・ビタミンたっぷりな出水のおもてなし料理です。

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出水んまか巻・・地場産の鶏肉と、あえてシンプルなごぼうと人参を使用した八幡巻ですが、そこへ出水産の蜜柑を加えることで、さっぱりした酸味と爽やかな余韻を楽しめ、中の野菜は出水で採れる旬の野菜を使用することで、季節の味が楽しめます。

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出水んまか棒三姉妹・・出水市の特産品である鶏肉や焼き海老、鹿児島県の特産品である黒豚を活かしたさつま揚げで、中に入っている具も地場産や鹿児島産の食材にこだわった一品です。また、海老姫、鶏姫、黒豚姫のキャラクターも魅力の一つです。

3つのスイーツとは、

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まるごと出水(みかん)・・優秀な農家の方々が一つ一つ丁寧に大切に生産されたみかんを最大限に使ったお菓子です。ほど良い甘さの求肥(ぎゅうひ)と飴がみかんの味を引き立てます。夏から冬の期間限定の商品です。

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チョコっとねったぼ・・・昔から地域のおやつとして親しまれてきた"ねったぼ(芋もち)"を若い世代にも伝えたいと思い、出水市の特産品である紅甘夏の皮をシロップ漬けにして中に生チョコと混ぜ、アレンジした新感覚のお菓子です。

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いもクロ(IMOCLO)・・鹿児島県の特産品であるさつま芋と出水市の特産品である紅甘夏の皮を使用した餡子を、出水産米粉が入ったクロワッサン生地で包み込み、安心安全の食材にこだわった一品です。

資料提供:出水商工会議所 平成23年度地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト

出水商工会議所では、8月頃をめどにグルメ、スイーツとも取扱店舗の募集を行い、また現在ある特産品の中でも一定の基準を満たした商品だけ、「薩摩出水のいずみさん」の認定を行う予定です。

これから「薩摩出水のいずみさん」のブランド力をいかに高めていくかが課題です。 「ブランド」とは、元々はヨーロッパの山中での牛や羊の放し飼いで、他者の家畜との区別をするため押した「焼印」に由来しています。現在ではブランドとは、商品が「差別化されている」、「品質が保証されている」、「地域での広がりがある」ことなどがあげられます。

商品開発は多くの地域で行われていますが、知名度アップと販売拡大策が課題です。まず地域住民にどのように浸透を図るかです。

家庭での広がりには、レシピを作成することで統一感が生まれます。また、各種宴席では、「しょうがん炊き」や「出水んまか巻」、「出水んまか棒」を推奨するようにし、お客様にストーリを語ることが定着への一歩になると思います。
また、県外でのPR効果を発揮するには、行政や地域団体等の職員の皆様は、「薩摩出水のいずみさん」のロゴマークを印刷した名刺を渡して欲しいと思います。

スイーツは、市外の人への贈り物の定番とならなければなりません。その際包装紙は、ツルや、ミカンがたわわになっているデザインを使うのもPR効果を高めると思います。出水地域では、グリーンツーリズムが人気となり県外からの学生さんの民泊体験が増加しています。メディアへの発信を強め、口コミ効果を高めることで、帰りに人気のおみやげとして、誰もが購入するようになるのではないかと思います。

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ダイヤ改正で新大阪への直行の新幹線も大幅に増え、観光客の誘致もより可能になりました。先にデビューした新ご当地グルメ「いずみ親子ステーキごはん」は浸透してきました。  地域一体となった取組が経済効果をもたらし、「薩摩出水のいずみさん」の定着に繫がると思います。

プロフィール

奈良迫プロデューサー
鹿児島県
観光プロデューサー
奈良迫 英光
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