トップページプロデューサーズコラム≫2007年07月

プロデューサーズコラム

« 2007年06月 | メイン | 2007年08月 »

2007年07月30日

シンガポール教育セミナーに参加して ③終わり

ポスター さて昨夜の酔いも少し残る中で結構早く起きた。7時には朝食を取り、歩いてラッフルズシティーという会場に向かった。昨日聞いたところでは75人くらいの参加ということで当初の2/3程度の人員となり落胆したが開場が近づくとだんだん人も増え、最終的には120名程度は参加者を得たと思う。鹿児島のブースには食の大型ポスターと種子島から届いたポスターを展示した。昨年下見に来られ11月に30名程度の学生達がやってくるアンダーソンセカンダリースクールのリム先生も来られた。 先生と

開会のアナウンスの後エリザベスさんという当地シンガポール大学の准教授のキーノートスピーチが始まった。この方ミドルネームに日本人の名前がついていたが聞くと長崎に親戚がいらっしゃるようだ。このセミナーにあわせてニューヨークから戻られたばかりだそうだ。訪問先の空気に触れ、人に触れる体験が極めて重要で、机で学ぶことだけじゃ本物は分からないというような話だった。シンガポールの教育界は今この体験型学習を極めて重視しているようだ。

セミナー開場 この後さっそく私の15分のプリゼンが始まった。特に緊張はしないが海外誘致部の森田君の作ったパワーポイントに沿って思うところを語った。しかしちょっと知覧、鹿屋の平和教育について細かく言い過ぎたかも知れない。どこまでお分かり頂けたか心配だ。もっと軽く流した方がよかったと思う。その後久留米、高千穂のプリゼンが続き、次にシンガポール航空から新規投入機材の説明などがあった。さらにシンガポール側の学生ですでに九州実踏経験者がスライドを使って九州を語るというコーナーが2つほど入ったがこれはなかなか説得力があって良かったと思う。

最後にJTB九州のプリゼン、質問も数人出て、最後のラッキドローの抽選会は大変好評だった。 セミナー会場 ② 今回久留米は巨峰を持ち込んだがやはりシンガポール人には大変好評で日本の果物のレベルに賞賛の声が高かった。久留米にはもうすでに数校が果物狩りに来ているらしい。特にイチゴ、葡萄が好評らしい。

さて全てが終わった後で昨年誕生したというシンガポール国立図書館に行ってみた。あの有名なラッフルズホテルに近く、16階建てのホテル並みの建物だった。場所もいいからだろうが夜7時ごろだったがまだたくさんの利用者で賑わっていた。毎夜9時までの開館で休みは無い。別途24時間態勢で本の検索と利用申し込みが出来る。しかし広すぎて正直ここに2時間いてもとても足りない。図書館の中に植物園まである。個人型観光で立ち寄っても楽しいかもしれない。

その後すぐ近くにあるタイ料理屋に立ち寄ったがレベルの高さに驚いた。5人のシェフは皆タイ人でしかも料理は洗練されている。タイ料理屋に行くと、必ず聞くんだが今の時期のサラダはソムオーサラダに限る。これは一種のポンカンみたいなミカンの身をほぐして、これにわずかな鶏肉のササミ、赤い唐辛子のみじん切り、ナンプラーの香りと香菜が少し入っているもので、混ぜ合わせて食べると本当に旨い。店の推薦と自分が食いたいものが一致することはそんなに無いんだがこの夜はピッ足し合った。幸先がいいと最後までこれが続いて欲しいと思うのは当然だ。ここはまさしく期待通りの店だった。帰りによく見ればこの店と同じ通りに何と3軒もタイ料理屋が並んでいた。間にイタリア料理の店もあって建物は昔のたたずまいながら実に不思議な空間を作っている。しかしセンスがいい。10年でシンガポールは間違いなく進化していた。尚この店は現地レポート①でご紹介したテレサ女史のお勧めの店だ。 日本でも最近タイ料理が人気だとか。暑い時には本当にいいと思う。

 

 

2007年07月27日

シンガポール教育旅行セミナーに参加して ②

先ずもってお約束した現地からのレポートにならなかったことについてお詫びを申し上げたい。朝から晩まで目一杯のスケジュールで途中まで原稿を書いていたが発信できなかった次第。重ねて不履行をお詫びしたい。

さて27日は朝JTBシンガポール支店に挨拶した後、急に降り出した雨の中、県から出向の内山氏が働く CLAIR事務所 CLAIRの眺めの良いお部屋で今回の教育セミナーについて打ち合わせした。打ち合わせには内山氏の他福岡から来られた武田所長、宮崎から来られた早瀬さんが同席された。日本からの出向者が分担してアセアン10ヵ国とインドを担当されているようでなかなかご多忙の様子だ。 CLAIR打ち合わせ 昨年の同種のセミナーの内容が今一つだったとのコメントもあって、参加者は緊張気味。9月にはバンコクで日本向けエージェント対象に同種の企画があるようで、参加の打診もあったが詳細は後日とした。

その後雨の中歩いてJNTOシンガポールに行ったがアポ迄時間があるので近くで昼食を取った。聞くとビルの地下に蕎麦屋があるという。行くと何とかカウンターに座れたが正直味は3流だった。しかも表の見本料金と清算料金が違う。質すと清算が正しいと言う。そこで店の者を連れて外に行き私が正しいことを認めさせた。お値段は$6.5だから¥550程度だが黙って引っ込む手は無い。

JNTO打ち合わせ JNTO(日本国際観光推進機構) では所長のお話を聞いた。VJCの目標数値達成の為にもこのような取り組みは大いに結構だとお話を頂いた。一層気が引き締まる。

その後JTBに戻り会議室で各県のプリゼンの内容について打ち合わせと資料の確認、パソコン上での動作の確認を済ませ一旦ホテルに戻った。

さて今夜は7時にイーストコーストにあるジャンボレストランに行ったが関係者の姿が見えない。そこで内山氏に電話すると何と屋号は同じでももっと空港に近い店だと言う。運転手も分からないらしく私の携帯で店の場所を確認してやっと到着した。今夜は年に数度の大きなかごしまクラブの集まりだそうで、待っておら かごしまクラブ れた副会長はサウジアラビヤで14年過ごし、シンガポールでデザイン系の会社を起こされた国分出身の方、シンガポール人とご結婚された日本人女性は確か日置のご出身と聞いた。シンガポールの若い方もお集まりだ。聞くとそれ以外に近くのシャレーにバーベキュウー&寝泊りの形でたくさん集まっておられるらしい。鹿児島に行ったことのある人だけじゃなく日本文化に興味を持っておられる人も加わっていらっしゃるとか。 かごしまクラブ でも極めて楽しい雰囲気であっという間に時間が経過した。生憎会長がお仕事で参加できず夜私の泊まっているホテルにまでわざわざ足を運ばれ、夜10時半ごろお会いした。建設関係の会社を当地で起され早22,3年ほど経っている方らしい。皆来年1月の第15回の鹿児島/シンガポール交流会議を楽しみにしておられた。相当飲んでお別れした。 

2007年07月26日

シンガポール教育旅行セミナーに参加して ①

今日は朝8時半に福岡空港に集合、関係者合計7名にて空路6時間のシンガポールに降り立った。今日のシンガポールは小雨で丁度いい。一方福岡空港は夏休みのせいか大混雑で、乗ったSQ655便も満席の状況。 今回の参加者の内訳は久留米コンベンションビューローから2名、宮崎の高千穂から2名、JTBインバウンド担当2名、そして鹿児島からは私1人だ。

今日の福岡空港で東国原宮崎知事に出会った。台湾に向けてご出発らしい。いよいよ定期便発表が近まった感じだ。私は航空会社には先に宮崎に入ってもらい、3年半後に溝辺に来てもらえばいいと言ってある。先ずは南宮崎への乗り入れという既成事実が重要だ。人口から見ても、マーケットから見ても溝辺の利点は魅力的なはずだと思うが如何だろうか。

シンガポールコンラッドホテル 明日の当地かごしまクラブの皆様との交流もあってホテルはコンラッドホテルとした。このホテルは私が当地を去った1996年にオープンしたと記憶する。最初のGMはグアムで一緒に仕事をした人でマレーシアのクアラルンプールでも支配人をしていた。このホテルを選んだもう一つの理由をあげればそこに素晴らしい女性がいる事だ。その方はテレサチューさんと言う。この人は元々当地で有名なシャングリラホテルにメイドとして入社し、その後仕事を数々経験して世界的にも有名なホテルチェーンの要職をこなし、今やこの業界で知らない人はいないという、まさに最後のたたき上げ的人物だ。今日も玄関でお迎え頂き恐縮した。相変わらずの身のこなしだが何となく風格も出てきた素敵なおば様だ。 シンガポールコンラッドホテル

明日から具体的な当地活動が始まるが現地レポートというスタイルで皆様に2回に分けてご報告したい。

2007年07月23日

かごしまユースウイング2007

先週土曜日『かごしまユースウイング2007』の事前研修に参加しました。昨年も同時期にこの研修会に参加し、これからの鹿児島を背負って立つ若い世代の皆さんに語る機会がありました。従来は九州各県共同で組織され、近隣アジアとの交流を図ってきたのですが数年前から鹿児島県単独事業として毎年実施されているのがこのユースウイングです。今年は21歳から31歳までの約20数名が参加、8月17日から7泊8日で韓国は全羅北道の道庁がある全州市に行く予定です。昨年同様事前研修が2回、事後研修も9月に予定されています。参加者の真摯な姿勢も感動モノですが昨年参加した先輩達が後輩の指導に当たる姿を見ると昔の薩摩の教育の一端を垣間見る感じがします。

私の今年のお話は、何故交流人口の拡大が必要なのか、どんな概念的な奇麗ごとを述べるより、数値をもって説明させて頂きました。これから30年で人口が36万人も減る鹿児島でこの経済的マイナスインパクトがどんな規模なのか、これを正しく認識することから全てがスタートします。県の1年間の農産物出荷額や観光消費額に相当するこの大きなマイナスをどう克服するのか、危機感を持って臨むことが求められています。我々の今の生活レベルを落とすのか、それともこの経済的マイナスに匹敵するプラント工場の誘致もあるでしょうが中国始め東南アジアへの工場進出が加速され、加えてインド、ブラジルなどの新たな勢力の経済発展が著しい中では新しい工場誘致はそう簡単じゃありません。ならば交流人口を増やさずして解決の道はないということになります。

交流人口を増やす手法は地域特性もあっていろいろあるかと思いますが平成17年度の農産物出荷額が日本で第二位になった鹿児島です。このグリーンなフィールドを活かすことが最も経済的に交流人口を拡大する手法の一つであることは否めないと考えます。これに薩摩伝統の『なんこ』を噛ませることで鹿児島型グリーンツーリズムが生まれます。県の取組みを待つまでもなく、市町村のレベルで率先して教育旅行型グリーンツーリズムとそれを支える農家民泊を立ち上げる事が必要なんです。そうでないとマーケットは待ってくれませんし、九州内での地域間競争に負けてしまいます。だから何としてもモデル地域を育てる必要があります。 九州農政局も九州のグリーンツーリズムに的を絞り、そこで他県以上に鹿児島の事例紹介もしてくれています。今がチャンスではないでしょうか。教育型農泊に加え生業としての汎用型農家民泊も要所要所にきっちりと育てる必要があります。

さらにこれからの地域活性化に果たす図書館の役割を正しく認識することが重要です。私は10月に県の図書館に勤務される皆様にツーリズム時代に於ける図書館の役割について語ります。今の観光は行政の観光課だけでは出来ません。農政、地域振興、保健福祉、それに地域の情報のプロが加わってこそ新しい時代のかごしま観光が生まれます。縦割りの中では難しいと言っていては前に進みません。私は今の構造がたとえ変わらなくとも交流人口の拡大の重要性を数値で正しく認識できれば今よりもっと横断的で真剣な取り組みが可能だと考えています。

なお昨日は霧島市の主催で観光関係者への講演会が隼人で開催され、同じような内容で講話する機会がありました。焦げ付くような灼熱の天気にもかかわらず霧島市だけではなく湧水町からも参加されていました。関係者が一様に危機感を共有し、今後の地域ごとの振興策に結びつく一助となれば幸いだと思います。

2007年07月08日

SLの街湧水町(旧吉松町)&『いさぶろう・しんぺい号』

肥薩線が2009年11月21日に100周年を迎えることは残念ながら我が県ではあまり知られていない。しかしお隣の熊本県では数年前から動き始め、具体的な成果としてあの一旦運行を終えたSLあそBOYが台枠、ボイラーの全面取替え、更には客車の改修を済ませて2009年に熊本~人吉間にまたまた登場することになった。大正11年生まれだから2009年だと人間様じゃ米寿の一歩手前だ。新幹線が開通すれば熊本までは福岡からはあっという間に到着する。このまま通過駅になってしまうのではとの全県的危機感が今徹底的なアナログ型列車の旅とこれを支える1市10町でのグリーンツーリズム型受入態勢の整備という方向で進んでいる。もう肥薩線100周年記念の立派なパンフレットも出来上がっている。 

さて今月4日に初めて湧水町から人吉まで車で走ったが、何とたった35分で到着した。鹿児島市内から湧水町に行くより速いことに驚いた。そして人吉からこれも初めて『いさぶろう・しんぺい号』に乗ったが客の多さに驚いた。この『いさぶろう・しんぺい号』はなかなかいい。途中駅が少なく、スイッチバックの際の運転手の車内移動と運転が直接見れること、かつ各駅に停車、下車観光ができ、各駅が木造で歴史を物語っている。この点だけに絞ってみれば『はやとの風』より観光的には優れている。大畑駅にはループとスイッチバック、石積みの給水塔、石造り噴水があるし、この路線の最高地点矢岳駅にはSLが置いてある。ここには元々あのSL阿蘇ボーイ、SL人吉号が保存されていた。矢岳駅を出発、すぐに難工事の末完成した肥薩線最長の2096mの長さを誇る矢岳第一トンネルがある。このトンネルの入り口には人吉側が着工当時の逓信大臣山縣伊三郎、吉松側には当時の鉄道院総裁後藤新平の石額が掲げられています。矢岳第二トンネルの前に日本三大車窓と言われる大パノラマが展開して3つ目の駅は真幸(まさき)駅に到着します。ここもスイッチバックが設けられています。駅名が『幸せに真っ直ぐ』ということから女性には大の人気で駅舎には幸せの鐘があり、職場旅行の若き女性陣は一目散に鐘打ちに走ります。でもおじさんは恥ずかしくて叩きません。   

続きを読む "SLの街湧水町(旧吉松町)&『いさぶろう・しんぺい号』" »

2007年07月03日

篤姫と充姫(ミツヒメ)

初めて聞く充姫という方は江戸生れの江戸育ちで延岡の内藤家第14内藤政順(まさより)に14歳で嫁いだ女性です。彦根藩主井伊直中の実子として生れ、内藤家に入り名を繁子と変えました。弟には桜田門外の変で暗殺された第13代井伊直弼がいます。充姫はキリがいい1800年に生れ1880年に亡くなっています。ですから篤姫が生れた時にはすでに35歳でした。篤姫が亡くなったのは1883年ですから篤姫の生涯のほとんどの期間を共有していたことになります。本人どうしが出会ったかどうかは分かりませんが篤姫の夫である家定の後継者問題では篤姫斉彬の意思を守り一橋派、井伊直弼は南紀派と分かれて対立、結局南紀派が勝利して14代家茂が誕生、ここに公武合体により和宮が下向すると言うストーリーが展開されます。 

一方参勤交代とはご承知の通り1年ごとに諸大名が江戸に参府する制度で、その間妻子は江戸に人質として留め置かれ、幕府に忠誠を誓わせる制度でありました。この制度自体は関が原の戦い以降自発的に始まり1635年の武家諸法度で制度として確立したようです。しかし200年以上も経過する中で制度疲労が生じ、1862年になると一時的ではありますが3年に1度に改められたようです。この制度緩和に伴いそれまで江戸に留まっていた妻子にも里帰りが認められました。 

篤姫同様子宝には恵まれなかったものの繁子は21年間夫と連れ添い、35歳の時に夫が死去し充眞院繁子と名前を変えましたがそのまま江戸に残り還暦を過ぎた62歳の頃参勤交代の制度変更に伴い生れて初めて国許日向の国へ帰ることになりました。当然天璋院と名前を変えた篤姫も帰りたかったはずです。その思いは宮尾登美子氏の小説の中でも十二分に伝わってきます。でも帰らなかった。帰れなかったんでしょう。それはまさに1862年家茂が和宮との婚儀を整え、1863年尊皇攘夷を約束する為229年ぶりの上洛の儀もあったからだと思います。夫を早々に亡くし、外圧が強まる中で将軍の制度そのものが危ぶまれる世の中に大きな不安を感じながらも何とか徳川家を守らねば、という篤姫の苦悩は多分NHKでも画かれることでしょう。

続きを読む "篤姫と充姫(ミツヒメ)" »

観光立国推進基本計画決定!

すでに今年1月から施行されている観光立国推進基本法の具体的な計画を明記した観光立国推進基本計画629日閣議決定された。全60ページを超えるこの計画書に目を通したが冒頭に交流人口の拡大がなぜ必要かが出てくる。私的にはもっと突っ込んで具体的数字で示した方が説得性があると思うが綺麗に纏め過ぎた感がある。最終的には3年後の平成22年度までに国内旅行消費額を’05年当時の24兆円から30兆円にすることが目標だ。 

当地でもよく聞く外国人の入国審査に要する時間短縮も今の成田の28分を20分以下にするなどとなっている。本当は10分代前半にして欲しいものだと思う。屋外広告についても記載がある。九州観光推進機構も出れば観光(地域)プロデューサーも出てくる。自転車の活用もある。グリーンツーリズムもある。地方空港と海外航空路線では2国間交渉妥結前でも路線開設や増便を認める方向であると明記している。原則届出性とし、さらにアジアを優先するともはっきり明記した。この点は分かり易くていい。 

宿泊産業の国際競争力の項目で今回は触れられていないが今指宿で開催されているISO国際会議の参加者に聞けば今後宿泊設備の国際基準作りが始まるらしい。日本の伝統的おもてなしと国際標準の融合が求められる時代なんだろう。この国際会議についても国を挙げて誘致に取り組むこととし具体的な数値目標も出てくる。ただどのレベルの会議をもって国際会議と称するのかが分かりにくい。 

手前味噌だが当連盟でも開始した地域の魅力の海外発信も1項目に上がっている。外国語標記の充実、鉄道駅のナンバリング導入も出てくる。要は国が観光立国日本としてイメージしている姿が画かれている。これに沿わないものは基本的に国としての支援はしないということだ。だから行政・民間を問わず観光関係者には是非目を通して欲しい計画だ。

 

『中華停 亀』ってご存知?

タイトルにもう屋号を載せてしまったが、この店を教えてくれたのは他でもない東京の新聞記者だった。彼は以前新幹線効果についてヒヤリングに鹿児島に来た際に行き、レベルの高さに舌を巻いたらしい。この情報を頭にインプットしてはいたものの、6ヶ月くらいが過ぎた頃から急に行きたくなり、以来通い始めた。場所柄私のいる産業会館からも歩いていける距離だ。この店、人通りは少ないが結構流行っている。やはり鹿児島の食通もこの手の店は見逃さない。

基本的には昼・夜のメニューは一緒。昼はこれに3種類のランチがあって通常¥850のおすすめランチ、¥900のラーメンランチ、¥950のチャーハンランチとなる。食が細ったのか(その割には痩せないが、、)量はいずれも十分すぎる。

初めて行ったとき坦々麺¥850を食ったが印象は強烈だった。市内には坦々麺で別に有名なお店もあるが私の好みはこの中華停だ。とにかく完成度が高い。美味いとはこんな料理を評する言葉だったんだと思う。玉葱、大蒜の芽も適量で嫌味が無い。また麺自体がなかなかいい味だ。私は個人的には麺に卵は好きじゃないが中華停の坦々麺に添えられる卵は最後に食べる。7月に入って暑くなると辛さも一ランクアップして貰ったが、やはり旨い。場所はアーバンポートホテルの傍だ。

 店は若い男女各2名が切り盛りしているが私の聞き間違いが無ければ皆日本生れの中国人の方。この味は台湾じゃない。女史十二楽坊の音楽が軽快に流れるいい店だ。

尚先日念のため夜も食してみたが一人¥2,000のファミリーメニューは4種類の料理を8種類から選ぶことが出来る。これに炒飯、スープ、デザート、前菜が付くのだからお得感があるが個々のボリュームは少ない。最後は炒飯なんかで満腹にはなるが、どうも見た目に料理が少ないと心配になる。やはり昼がいいかも。 

 

copyright © 2007 鹿児島県観光連盟. All Righte Reserved