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プロデューサーズコラム

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2007年09月26日

バンコクからの報告 (終)

またまた報告が遅れてしまった。先日の現地からの報告に加え、以下を追加したい。

出店2日目は午後4時頃だったが昨年取材に鹿児島に来てくれた女優のJAJAさん、ガイドブック版元の『まるごとタイランド』の丸山氏もブースに来てくれた。タイでは一般的に女優と称する方々は日本より多いと思 JAJAさん うのでJAJAさんの人気ぶりがどんなものかと思ってはいたんだが、彼女が登場するとカメラ群が押し寄せ、さながら撮影会の雰囲気となった。お揃いのTシャツも用意したんだがこれの着用はプロダクションとの関係で難しく、また彼女自身がマイクで鹿児島を語ることも難しいことが分かった。そこで丸山氏と打ち合わせ、会場の司会者が鹿児島のことを彼女に質問し、それに答える形なら行けることが分かり、これに切り替えた。これは100%彼女のボランティアであって、スケジュールの合間をぬって来てくれたことに感謝!ブースの後壁には彼女が昨年鹿児島で撮影した写真の中から選んだ3点を拡大して貼った。これも極めて廉価での提供であり『まるごとタイランド』に感謝したい。

金曜でもあり夕方から結構客足が伸びた。ケサラポン嬢もペラ全開で飛ばして ロケーション くれた。勿論我々も見てるだけではなく、脇から手を伸ばして来る新規のお客に対応した。中に来月宮崎、鹿児島を回るという女性がいた。何でも日南にえらく高名な鍼・灸の専門家がいて、ここにアジアから人が集まるという。その帰りに鹿児島にも立ち寄るそうだ。特に食い物情報に関心が高かったので鍋物の話をしたらなかなか興味を持って聞いていた。右は2日目の手作り案内板。

さて夕食は『まるごとタイランド』の丸山氏、JAJAと我々3人の5名で市内中央の日本料理屋さん(トンカツが有名だがそれ以外もなかなか美味)で取ったが途中車に追突され、その処理に優に1時間は掛かった。JAJAさんは会場駐車場に車を置いて、何とバイクタクシーに跨ってやって来たんだと言う。これには驚いた。タイには認可を受けたバイクタクシーが営業しているが、朝夕の混雑時はこれが結構活躍する。私も10年前まで住んでいたが約束に遅れそうな時は車から降りてこのバイクタクシーに乗って約束の場所に駆け込んだことも何回もある。しかし現役の女優さんが同じ事をするなんて想像を超えていた。逞しい限りだ。バイクタクシーの値段は交渉だが多分20バーツくらいと思うが私がバイクの運転手なら逆に彼女に100バーツ払ってもいいと思った。聞けば翌日朝9:45から彼女の出るドラマがテレビチャンネル3で流れるという。これは出勤途上の為見れなかった。

さて今回日本食を2回、タイ料理を3回食べたが、やはりタイ料理が美味いのは当然だ。店により味も異なるが庶民的なもの、高級なもの、いずれも本当に旨い。最初にタイに行ったのは多分30年以上前の事だったと思うが、当時のタイ料理は臭いがきつく、辛過ぎて、なかなか近づけなかった印象が強いが、この30年で確実に進化してきた。国際化と言っても良いだろう。さつま料理も昔のままではいけない。時代に即した進化がないと見放されてしまう。勿論良いものは残していくことは当然だが。

ソムオーサラダ 今回この中で秀逸の1品を紹介したい。名前はソム・オーサラダまたはパメロンサラダと言う。ザボンのような大型柑橘類の実をほぐして、これにナンプラー(魚醬)、唐辛子、小エビのソテーを加えてかき混ぜたサラダなんだがこれが絶品だ。日本でも作れるんじゃないかと思うんだが有楽町、福岡のタイ料理屋でもこれが無い。柑橘類の種類が違うのかもしれないが本当に美味しい料理だ。今回3回のタイ料理で毎回これを欠かさなかったことは当然だ。

さて22日は現地鹿児島県人会の皆様との懇親会に参加した。有名なタニヤ通りにあって私もよく車を駐めていた高層駐車場の隣にある。今日は14,5名の皆さんがご参集らしい。先日来やりとりを交わしていた現地不動産関係に従事されている萩原会長はじめ、病院で働く女性もいれば、船の船長さん、ゴルフ場の社長、ホテルのお偉さん、食品工場の社長などとにかく皆さん幅広くご活躍中だった。私自身は薩摩生まれではないが異国で聞くお国言葉はまた格別だった。 尚 『よかとこ100選』もこの場で2セットお渡ししたが極めて好評でページを捲っておられた。お気に召したようで何よりだった。 (終)

 

 

2007年09月21日

バンコクからの報告

昨日付けで森田から詳しく報告させていただいたが私の印象も併せてお知らせしたい。

開会式 今回はシンガポールから内山氏、当地では以前一緒に仕事をしていたケサラポーン嬢にお手伝いを頂きながらどのブースより早く準備を開始した。1997年の通貨危機を乗り越え政治的には紆余曲折のタイだが経済の方面ではこの10年で街は以前より確実に発展し、以前工事を中断していたビルもすでに立派な建物に完成している姿を見れば近隣諸国を巻き込んでのタイバーツ圏は確実に成長している。日本のおよそ倍の外国人が訪れるこの国の魅力はまさにホスピタリティーの一語に尽きる。ここに最初に駐在したときに印象は『貧乏くじを引いた!』だったが1年もすればこの国の魅力にはまる。私はかねがね観光は人だと言っているがこの国に10数年前に住んでみてその事を確信した。今回もそうだ。このタイに世界に冠たるホテルが存在する理由はまさに人。この魅力に惚れるからクーデターがあろうと、通貨危機があろうと、SARS問題で団体旅行が鈍ろうと関係なく個人需要が支える。アジアの各航空会社が軒並み減便や撤退する中でタイだけは変わらず、むしろ2社体制になって九州に就航している事実は重要だ。

さて今回はJNTOのVISIT JAPAN TRAVEL FAIRに初の出展だ。勿論即結果が出るとは思わないが時間をかけて鹿児島の魅力を訴えれば間違いなく数年後には実る。会場で当地のテレビ番組が流れていた JNTOブースにて が何と鹿児島が約30分も取り上げられていた。これには驚いた。『SAY HI!』という旅行番組らしいが多分JNTOの協賛もあったんだと思うが良く出来ていた。来客のほとんどは今年でタイ航空就航15年にもなる福岡の地名はさすがに知っていた。長崎も別府も阿蘇も50%の認知度だと思う。でも当地旅行社のコースには鹿児島と宮崎だけが現在抜けている。今年当地で鹿児島の初のガイドブックも出た。JTBに聞くと丁度我々がバンコクに滞在期間中大手日系自動車のディーラー団体が九州に来ているらしい。鹿児島ももう一歩だ。

 会場で金魚釣りなどの屋台を担当している人に聞くともう20年も前から彼の会社は枕崎の焼酎メーカーの当地ディステュリビューターとして動いているとのこと。嬉しい話だ。私の知ってる鹿児島出身のホテルマンも顔を出してくれた。皆鹿児島のお役に立てるならと協力を惜しまない。

今日は2日目。1年前鹿児島まで取材に来てくれた女優のJAJAさんがわざわざお手伝いに我々のブースまで来てくれる。写真の添付は後刻としてまた詳しく報告したい。

 

2007年09月16日

『みんなのグリーンツーリズム研修会in枕崎』に参加して

農村振興課委託事業で、NPOさつが受託した『みんなのグリーンツーリズム研修会』が昨日15日枕崎で開催され、講師の一人として参加した。今日のルートは国道225、枕崎を基点として川辺町から鹿児島市に通じる約53kmの縦貫道だ。多分これが一番近いだろう。県内に風景の美しいスポットは多々あるが錦江湾、桜島と市内を一望するならこの225号線川辺トンネルを川辺方面から鹿児島市、平川側に抜け たところは誰もが認める絶景のスポットだろう。鹿児島から枕崎方面に行く際はこの景色に見とれると極めて危ないから注意を要する。本当はここに展望所なんかがあったら最高だろう。

途中川辺の道の駅『やすらぎの郷』にていつもの通り¥1,100の川辺牛のステーキ丼を食べた。前に行ったとき、美味しいが写真の映りが少々悪いと言ったことがあったが、今回何となく見栄えが良く見えたが少し手を入れられたんだろうか。美味さは変わらない。相変わらず川辺豆腐もちゃんと付いて来る。従業員の対応もいい。枕崎市に入るとお魚の匂いが車に入って来た。昨日は鰹節の初入札も開催され、高値で取引されたと聞く。鹿児島の民放でふるさとCMという企画が5年ほど前から始まり、毎年市町村が力作を抱えて応募するがここ枕崎は鰹節工場を白・黒基調の映像に仕立ててグランプリも取った。旧駅前も整備され様変わりしていた。賑わいが戻る日が近いことを期待したい。

さて今日の会場枕崎市民会館に着くと係員が路上で誘導している。駐車場も満車と言う。こんなにたくさんの人が集まるとは聞いていなかったが、、、と思い、遠くに停めて歩いて会場に入ると何と今日は市民健康相談デー(正確な名称じゃないかもしれない)ですごい人がお集まり。場所を間違ったかと、今日の案内チラシを取り出して見るが、やはりここが会場だ。渡り廊下で繋がった小ぶりの建物が我々の会場だった。健康相談の方に全市民が参加しているんじゃないかと心配したが午後1時半のスタート時間にはこちらも満席の状況になった。一般半分、知覧、南さつま、県の行政関係者半分といった按配だ。特に知覧は12名もの集団でのご参加だった。瀬戸口枕崎市長のご挨拶もあった。

私の話はまたも予定の時間を超えてしまった。もっと上手く纏められないものかと反省するが今日のノリはそんなに悪くなかったと思うが大方のご意見は如何だったろうか。枕崎市は2005年から20年で約5,700名の人口減少が想定されている。水産業が中心とはいえやはり後継ぎや従業員確保の問題もある。駅前の商業基盤の整備事業もこれからの枕崎の街づくりの一環だ。これに今日の話題のグリーンツーリズムによる交流人口推進事業が加わって、海、街、農の有機的連携が描くべき構図だ。

NPOエコリンク下津理事長の話は教育旅行の受け入れ実績を背景にマーケットの拡大に連動した鹿児島の体制固めの必要性を訴えられた。他県では民間主導と行政の支援態勢が定着する中で我が鹿児島にはなかなかそれが見られない。認可を受けて簡易宿泊業(農泊)を営まれる方々も少しずつ増えてきたように思うが、一方農を生業とした今のままの姿で、年に1,2回、都市に住む生徒達を受け入れて、体験農業と宿泊を体験させることは相互にとってメリットがある。生徒達は日本の農業を垣間見るいい機会だし、田舎に住む、他人の家にお世話になる、世代を跨る集団生活でのルール意識形成、農作業を手伝うことで仕事について初めて考える機会を得たり、生きてる実感、コミュニケーション力の養成にもなるはずだ。田舎の無い子供達にとってこれは貴重な体験だ。受け入れ側も小奇麗、身綺麗にちょっと気を使い、見知らぬ孫が帰る時は我が孫に思えるようになったとの話もよく聞く。今度はこんなものも食べさせたいと勉強もする。テレビで伝える都会は静止画の連続であって視覚には訴えるかもしれないが生きてる人そのものの息吹は伝わらない。人がいて都会も生きる。だから生きてる人を通じてこそ初めて都会が分かる。逆も真なりだ。

当地新聞でも『農の行方』という特集が組まれ、鹿児島の農を取り巻く厳しい状況がシリーズで報告された。10年前に比べ農家数が20%も減少しているという。集落営農組織化に向かうことが必ずしも地域の実情に合っているわけでもないようだ。小規模農家が極めて多い中で、安全で個性豊かな農を継営(あえてこの文字にした)できるかが問われている。グリーンツーリズムは都市と農村を結ぶ道路だ。都市側は舗装だが農村側は土の匂いで一杯の砂利道だ。土の匂いが無い所にグリーンツーリズムは育たない。

頑張ろう!鹿児島

 

 

 

2007年09月14日

日タイ修好120周年記念事業YOKOSO!ジャパントラベルフェアーに向けて

韓国、台湾、中国については毎年現地セールスを実施し、その成果も出ていることは皆様もご承知の事と思います。しかし次の手を打つことも重要で7月にはシンガポールでの教育関係者へのセミナーに参加し、そのレポートもすでに数回に分けてご報告しています。今日中部地区から戻った方に聞くとこのセミナーを聞いたシンガポールのエージェントから中部地区の旅行社宛鹿児島の問い合わせも入っているとか。

今月は鹿児島県観光連盟では初めてタイの首都バンコクで開催される日タイ修好120周年記念事業YOKOSO!ジャパントラベルフェアーに参加します。すでに受け入れ実績のある大分のホテルさんも参加されます。昨年タイの女優さんが鹿児島を訪ね、取材を終えて初の鹿児島のガイドブックも今年バンコクで発行されています。タイは平成17年から国の進めるビジットジャパンキャンペーンの対象国になっています。福岡には1日1便または2便も就航しています。昨今ではタイから北海道、東北にもたくさんの旅行者が動いています。必ずや近いうちに九州に目が向くことは間違いないと考えます。

さて今回用意したものはポスター、パンフレットは当然として取材で撮った女優さんの写真を現地でポスターサイズに拡大し、タイ語で説明文を入れました。鹿児島県観光連盟としては初めてTーシャツに『おじゃったもんせ鹿児島!』をタイ語に訳したユニフォームを作成しました。ギブアウエイとして300本の竹箸も作成、竹の植林面積日本一を含め、竹と鹿児島のストーリーをタイ語で説明した袋に綺麗に入れてお渡しできるよう準備しました。お金をかけないように鹿大の研究生にもボランティアーで手伝って貰っています。

19日から現地に入りますがJNTOとの打ち合わせ、現地鹿児島県人会の皆様との懇親会も予定されています。適時現地からもご報告致します。ご期待ください。

2007年09月05日

『くろくま』食った?

『まず写真の掲載がないことをお詫びしたい。カメラを持たず食ってしまったからだ。胃の腑は超満足なんだが後悔しても始まらないミスだと反省しきりだ。』 という書き出しで始めたのは9月5日の事だった。しかし18日に再度食する機会を得て、上手くはないが数枚の写真を撮ったので掲載することにしたい。

くろくま』については情報と写真は見たことがあったが鹿児島名物白熊にあやかった適当な鍋物だろう、なんて軽く考えてしまっていたことがとんでもない誤算だった。聞くと県の職員の方々も結構食しておられるそうだが私の耳には感激の声が届かなかった。だから私が周囲のプッシュを受けながら今あらためてご紹介したい。

この料理は約1年ほど前に南洲館さんで考案・開発された鍋料理で、直径70cmもの大鍋を真ん中に据え、3人~8人で囲み、昆布とカツオをベースに7種類の野菜を3時間かけて煮込んだ特性スープをたっぷりと入れ、黒豚のシャブシャブを始め盛りだくさんの季節の野菜、豆腐、椎茸など地元採れの素材を食する くろくま もので南洲館の西元料理長の苦心の作だと聞いた。先ずは広間に鎮座する鍋に圧倒される。この上に蓋代わりに大きな竹編みのザルが被せてあった。この姿に客は圧倒される。この鍋は以前別の店で使われていたようだが店を閉める際に南洲館さんともう一カ所でこの大鍋を引き取られ、熊襲鍋と称する料理で使ってこられたらしい。熊襲鍋は海・山の幸いっぱいの豪華鍋だが黒豚は登場しない。だからこの『くろくま』が生まれたんだろう。白菜に代わりこの鍋では新鮮なレタスを使うところも女性に受けるはずだ。

中華料理人の陳建一さんも審査員を務めた第21回国民文化祭の『食の祭典"鍋"コロシアム』で総合優勝、つまり日本一に輝いたこの鍋、まだ食ってない方には是非食して欲しい。 くろくま まもなく始まるJR九州さんの佐賀 vs 鹿児島のキャンペーンでも『くろくま』が紹介されているようだ。佐賀の対抗鍋は嬉野温泉温泉ゆどうふだが私的には昔食った佐賀市内松川屋さんの松川鍋だろうと考える。これは旨い鍋料理だった。しかしどう考えても『くろくま』と互角に戦えるとは思えない。単に料理だけではなく南洲館さんのサービスの細かさも負けず劣らず光るからだ。まるで提灯記事みたいになったが良いことをめったに言わない私だけに周囲も書けと強力にプッシュする始末、たまにはいいだろうと精一杯記憶を辿った。

多くを語ると皆さんのお楽しみを阻害することにもなるのでこれ位にするが『くろくま』はまだ終わらない。一通り食するともう腹がはちきれんばかりなんだが、次にこの大鍋がラーメン用の大鍋に変身する。しかも麺の入れ方が芸術的だ。腰のある乾燥麺だがスープと見事に合っている。目を瞑れば串木野のまぐろラーメン くろくま を思い出した。ここで終わると思ってはいけない。次に『豚飯』というお茶漬け風味のご飯が出てくる。目を瞑れば奄美鶏飯を思い出した。小さいが胃の腑の別の所に綺麗に収まるのが不思議だ。ここで終わると思うとまた失敗する。デザートも準備されている。それも2種類の本場白熊だ。気が利くと言えばそれまでだがこの鍋を食すれば鹿児島がすべて分かる仕掛けになっているところが特許ものだ。最近べた褒めの食にお目にかかれないと思ったら何とこんなお膝元に宝があった。 

気になるお値段だが通常は2人に1本の乾杯ビール更に焼酎飲み放題まで付いて一人¥5,000だそうだが鍋とは別にお造り、小鉢類も含めてのお値段だ。感想に述べたとおりこれだけの内容豊富な鍋で満足度も高いし、ビジネス出張で来られる方々もこの鍋を食すれば奄美にも串木野にも、そして天文館のアイスパーラーにも行けた気分になれる、まさに今の鹿児島に相応しい洗練された鍋料理の見本とも言える料理だ。3名様からお受けするという。ご家族で腹を空かせて挑戦して欲しい1品だ。

 

 

2007年09月04日

宮政会に参加して

日本政策投資銀行(DBJ)さんの主催で開催された宮政会(きゅうせいかい)の会合に初めて参加した。この銀行は一般に言う銀行ではなく日本開発銀行と北海道東北開発公庫の業務を発展継承して1999年10月に発足した政府系特殊法人だ。現在九州には福岡と鹿児島に支店を置き、大分に駐在員事務所を置いている。出資金は全額政府出資で、平成19年度の投融資規模は1兆2,500億の規模だ。長期資金の供給を含め地域経済の自立的発展に資する活動を行っている。宮政会は宮崎県内でのDBJさんのお取引企業の役員クラスの方々で構成されている。特に今回は総裁がわざわざ来宮されたこともあって参加者もほぼ全員が社長さんだった。

たまたま私が宮崎で生まれたというご縁もあって、お声掛けいただいたと思うが総裁が最前列でお聞きになっていることもあって今日の講話は少し緊張気味でスタートした。本当は1時間ということだったがついつい力が入って1時間半に近いところまで延長してしまった。天璋院篤姫のお話もしたが、彼女が亡くなった1883年から丁度10年後に宮崎観光の生みの親とも言われる岩切章太郎氏がお生まれになっていることもあって、篤姫を結構身近に感じていただいたのではないかと思う。篤姫だけを切り離して語るとえらく昔の人という印象を持つが誰でも知ってる郷土の士を間に挟むことで時代はぐっと縮まるということだ。

さて新聞でも報道の通りすでに10万人を超えた県庁訪問者用に作られた記念グッズのお値段が¥150~500程度であることは実にいいセンスと言える。誰でも、たくさん、嵩張らず、重からずという今のトレンドに合っている。ライトアップもされ、県庁が観光地となりうるいい見本だ。ただ知事人気が先行して業界が引っ張られる形で進む宮崎だが今こそ足、腰を鍛えることを忘れてはいけない。宮崎地鶏が爆発的に売れ保健所も心配し始めた途端カンピロバクスターの発生を見たように、製造段階での品質管理の強化がもっと必要だろう。 知事の言われる『日本一のおもてなし』県を各現場でどこまで実践しているのか、単に流行、ファッションに流されるだけでは本当の意味での意識改革には繋がらない。勿論これは鹿児島にも当てはまることだ。

SNAスカイネットアジア航空社長にも9月就航の件で御礼を申し上げた。ロードファクター70%を期待されているようだが初便は満席でも次便からが本当の勝負だろう。やがて機材も徐々に揃えば目指すは福岡/羽田便となる。今は南九州の航空会社だがホームベースの宮崎は当然として長崎、熊本にはすでに就航しているし、今回の鹿児島の次は福岡を目指すのは企業戦略としては当然だと思う。いい料金も出ているし私も早く乗ってみたいと考えている。宮交の社長には昔の納涼バスの話をした。私が幼い頃は夏になるとこの納涼バスに乗ることがあこがれであり、初めて乗ったときの感激は今も忘れない。恋人同士が乗ってることもあって青島からの復路は敢えて車内の明かりを消して走行した。これがサービスなんだと教えて貰った。あの時代県民があんなに支えた宮交だが納涼バスも無くなったし、市内を走るバスにも客はあんまり乗っていない。でも収支状況は改善されていると報道されている。中身が分からない私がどうこう言う事は差し控えるべきだがバスの乗車率がそんなにアップしたんだろうか。自家用車利用が増えたと言うがそれは鹿児島でも同じだ。私は街が広がりすぎたことが一因じゃないかと考えている。

元々さほど人口が多くない宮崎市だが周辺の開発で人口が拡散したから自家用車保有率も高まった。今や一人一台の時代とまで言われる。一方市心人口は寂しい限りだ。市街地活性化法で再度中心地に人を集めようと手を打つが効果が出てもかなり先の事だろう。田舎の街まで東京の日本橋などのように昼間中心の街に作り替えてしまった。少子高齢化で人口が減少することを考えずに人が住まない街づくりに一生懸命取り組んできた。地域にとってこれは悲惨だ。イオンの進出とは違う話だ。

昨日は復路財部町の地鶏・田舎料理の店『古里庵』に立ち寄った。連盟の鹿籠六によるこの店と民泊の詳細なレポートはすでに掲載しているのでお目通しになった方も多いとは思うが私は初めて行ってみた。1,200坪の広大な敷地に樹齢も相当な古木を含め緑が多い館というのが第一印象だ。母屋も見せて頂いたがこの地域の家は客間と居間に段差(約20cm位か)を設けるのが昔からの家造りだそうだ。お客様は上段の間というおもてなしの心の表現だろう。さっそく美味しい手打ちそばと地鶏のサシミを頂いた。食ってみてくれと鶏のレバーも戴いたが新鮮で超美味だった。北九州ナンバーのお客様も昼前に入ってこられた。結構遠隔地からこの店に足を運ばれている方が多いそうだ。こんな所こそ国が進める『おとなの長旅』に相応しいと思った。外国人の経営する素敵なカフェも先日オープンした。昔からの素敵な空間に新しい空間が加わって魅力アップの財部町だ。

なお余談だが往路いつものように加治木饅頭を買い求め、都城在住で7月まで当連盟で活躍された知覧氏を訪ねた。丁度引っ越しの真っ最中だったが饅頭を食いつつ近況を聞いた。すこぶるお元気の様子で何よりだった。彼は当連盟都城支局長でもあると勝手に考えている次第だ。 

 

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