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プロデューサーズコラム

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2007年10月30日

ひとよし球磨食と技の文化祭 & フォーラム

昨年11月にも開催された『ひとよし球磨 食と技の文化祭』が11月23日、『グリーンツーリズムフォーラム』が11月24日、今年も人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会の主催で開催されます。場所は人吉から更に車で30分、またはくま川鉄道でも同じく30分、宮崎側に入った多良木町です。

今年のキャッチフレーズは『見て楽しい、食べておいしい、やってうれしい』で球磨地域に伝わる伝統米料理が大集合したり、MYおむすびを作ったり、球磨のうまか鍋の先着1,000名様へのふるまい(但しレンタサイクル利用などの条件付き)、球磨の匠の技の伝授コーナーなど盛りだくさん。昨年は国際グリーンツーリズムフォーラムという記念イベントでしたが今年は普段着に着替えて漬け物作りの達人山北幸さんが登場、地域の食と健康をメインテーマに対談の形式で進められます。

尚宿泊希望者には人吉、多良木周辺の全16軒の農家民泊が対応します。

お問い合わせは人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会 事務局(球磨地域振興局振興課内 担当増馬 マスマ) ☎0966-24-4111 内線332 E-MAILmasuma-t@pref.kumamoto.lg.jpまで。 尚前回の私の報告は昨年11月のプロデューサーズコラムに掲載しています。参考までにご覧ください。                                                                                                                        

 

 

2007年10月29日

紅葉にはまだ早いが、、

先日さつま町~大口市~菱刈町を訪ねる機会を得た。途中藺牟田温泉下の湯の共同浴場に初めて立ち 藺牟田温泉下の湯 寄ったが¥100だし、源泉温度も高く、湯量も豊富でなかなか良い湯だった。藺牟田池の方に立派な施設 藺牟田温泉下の湯② もあるが古くからの良さを感じるにはこちらがお勧めかもしれない。朝は6時から何と夜は10時まで開いてるという。見ると住み込みでの管理のようだった。

途中山肌が少し赤くなっていたがハゼの木を中心に紅葉が始まっている。大口への途中曽木の第二発電所跡も訪ねた。この時期もう水没して見えないものと諦めてはいたんだが何と写真の通り立派な姿を水面に映し出していた。現在裏側から鉄骨で支える作業が展開中だ。途中大型土木工事も行われていることもあって細い道を大型トラックが結構な 曽木第二発電所跡 スピードで走ってくるのでマイカーの運転には十分注意を要する。しかしこの発電所遺跡はなかなか絵になる。私より早く女性のグループが来ていたがやはり期待以上の姿だったようで私が立ち去るまでまだ見ていた。ただこの展望所に至る途中の階段で長い紐が落ちてるのかなって思ったものが大きな、2m位の真っ黒な蛇だったのには驚いた。私は幼い頃から蛇はよく見てきたつもりだがこの歳になっても正直怖い存在だ。復路でも同じ蛇を見たが冬眠前とはいえその姿は痩せていた。この時期ここに立ち寄られる方はお足元に注意を!

菱刈町の役場と図書館で伊佐米の美味しい店を聞いたら数軒の名を上げてくれた。さっそく近いところにある『さつま路』という店に入り、丁度一緒に入店したカップルに何が旨いかと聞くと、ここは何でも旨いと答えたので¥650の蕎麦定食を注文した。定食に何が付いてるのか聞くと魚の塩焼きだと言う。これは不思議なセットだ。しかし出てきた鯵の塩焼きはなかなか新鮮で美味しかった。蕎麦も自家製麺ではないが腰もあり、当然米は旨かった。聞くとこの店の前のラーメン屋も地元で好評というが屋号は忘れた。 曽木第二発電所展望台前

この時期この方面は稲の刈り取りで賑わっている。道路沿いにコスモスの花も美しい。曽木の滝も覗いたがまだ客は多くはないが少しづつ始まった紅葉が佳境に入る11月中旬は見頃だろう。さつま町の鶴田ダム下流の工事も進んでいる。来年の5月のホタルの乱舞が楽しみだ。

 

2007年10月20日

『日本の旬』霧島九面太鼓

今日は旅行社主催の企画商品『日本の旬』のお客様に企画された霧島九面太鼓を見にみやまコンセールまで走った。夜8時からとは聞いていたが早めに到着したので丸尾まで行き、足湯に入った。日ごろ足湯はあんまり好きじゃないが今夜は寒いからせめて足から暖めたいと思った。近くのホテルを見れば土曜日ということもあって結構部屋の灯りが付いている。満館とはいえないがシーズン直前でもあり結構の賑わいだと思った。足湯にも浴衣姿のカップルも来られた。聞くと東京・福岡のカップル、熊本のカップルで今夜のイベントを紹介、ご参加を促した。

夕方6時を過ぎれば宿泊者以外が簡単に食事できるところは減る。丸尾のそば茶房で¥840の蕎麦定食を食ったが、なかなか気の利いた器を使った綺麗なもの。知人のお勧めはセイロらしいが今夜は手袋も欲しい位寒いので暖かい蕎麦のセットだ。店の前の足湯は何時までと聞けば、この店が湯を抜いて帰るそうで店が開いてる限り足湯もOKなんだそうだ。こんな話はたわいも無いと思いがちだがこれが結構ストーリーになるから重要だ。豪華な食事は要らないがちょっと軽めに、、と思う客は多い。足湯から湯煙が昇ってれば店は営業中というサインは道路から見て分かり易くていい。

日本の旬 さて1時間を過ごして再度みやまコンセールに行ったがまだ8時までには時間がある。小ホールを覗いてみればピアノとバイオリンの奏者が練習されていた。多分名のある方々なんだろうが門外漢の私には分からない。8時になると徐々にホテルからお客様が到着され、多分250名位は来られたと思う。 日本の旬

この九面太鼓、今までも女性だけの太鼓は見たが今日は保存会の皆様、若手の集団の演技もあって優に1時間はあった。しかしこの大ホールで聞く太鼓の音は格別で聴衆の皆様、息を飲む演奏の連続で見応え、聞き応え満点の内容だった。1972年に発足の保存会だから35年に及ぶ長さだ。日本でも有数のチームで日本は勿論、海外まで公演活動のエリアが広がっている。聞けば今日のお客様の中には遠くスイスから来られた方もいらっしゃるようだ。有難い。

日本の旬 8時半から9時40分まで、たっぷり1時間以上の躍動感ある演奏に満ち足りた思いで山を下った。ご多忙な中、遅くまで会場案内などを務められた霧島のホテルの皆様方に厚く御礼申し下げたい。

 

 

2007年10月17日

志布志市商工観光戦略会議に参加して

昨日は朝08:25の垂水フェリーに乗って鹿屋経由志布志まで走った。船上から眺める桜島は雲もかからず絶景だった。途中東串良の総合センター内にある図書室を覗いた。本の数は多くはないが一通り揃っている。担当の女性の方に串良の旧海軍滑走路の事を聞いたが丁寧なご案内だった。

志布志市商工観光戦略会議 さて11時に本田市長にお会いして市が掲げる『志』のある街について市長からお話を伺った。私的に解釈すればこれからの街作りには行政だけではなく市民自らが当事者意識を持つこと、挨拶、返事、言葉使いを通じて志布志市民の暖かい思いを伝えることから街づくりが始まるということだ。これを午後の研修会と分科会の基調とすることにした。

私の方からは2025年までに市の人口統計から推定して約90億の経済的なマイナスが発生する可能性があること、これを年間の交流人口に置き換えれば約60万人を呼び入れる必要があること、更に他の地域より高めの高齢化率を考えれば市が昨年から目標にしている100万人という目標には妥当性があることなどをお話しさせて頂いた。これがこの戦略会議の参加の面々の共通の認識になれば今後の分科会での話にも弾みがつくと考える。 志布志市商工観光戦略会議

終了後市役所のすぐ裏の岳野山展望台に登ったが思った以上に視界が良く360度の展望は迫力がある。石油備蓄基地、停泊中のサンフラワー、高千穂峰も見える必見の地だと思った。但し通行はマイカーのみだ。先日紹介した頴娃町の大野岳もそうだが県内にはバスでは行けないがマイカーなら行ける絶景のスポットが結構あるようだ。個人化が進む中、こんなポイントをどんどん紹介したいと考える。

志布志郊外の風景 尚今回昼食を志布志市の『蓬の郷』で戴いた。志布志は養鰻の一大基地だと聞いた。ここのお湯も良いそうだ。平成7年の礎石があるからもう12年にもなるが昨日も入浴客が多く人気が高い。今の志布志の畑を見ればまだ一部芋の収穫待ちもあるが蕎麦の白い花が一面に咲いていてとても綺麗だ。志布志市有明町には三七十屋という有名な蕎麦屋さんがある。私の持っている番付表でも横綱の地位にある。いつか食ってみたい、だから志布志にまた行こうと考えている。

2007年10月12日

『県内公立図書館長及び業務担当者会』に参加して

前後しての報告となったが10月5日かごしま県民交流センターで開催された県内図書館の会議で『図書館とツーリズム』と題して講話する機会を得た。日頃はお声をかけて頂いてお話しすることが多い中、今回は県のご担当者に労を取って頂き、県立図書館長にお会いして、是非語りたいと訴えた。関係者のご支援、ご協力にこの場を借りて御礼申し上げたい。

私がこれからの地域振興には図書館が積極的に関わる必要性があると述べたのは赴任早々まとめた所謂『観光かごしま10の提言』に付随したコメントの中だった。時代が大きく変わる中で今までの群れから個に価値観が移転する中で、単に地域の光る資源だけではなく、反省や失敗も含めて、その土地が、そこに住む人々が生き続けて来た証を求めたいとする動きが出てきた。従来は良いことだけで観光は成り立ったが今からは違う。本物が見えない、本物を見せない観光地は間違いなく淘汰される時代だ。

しかし三位一体の改革とやらで仕事は増えたが歳入は増えない地方行政にとって今更箱・モノを用意する力は無い。だから街歩きを含め地域のボランティアの力も借りて我が町の成り立ち、歴史を歩いて見て回ることが一種のブームになりつつある。しかし時流に乗り損ねたくないというだけのファッション的な取り組みでは今までと同じだ。金と時間だけ使っても実りは期待できない。

昨日報告した農山漁村地域活性化シンポジウムでも発表したがこれからの人口減少により65歳以上が人口の半分を占めるような、地域コミュニティーとして機能しない限界集落が県内にも204カ所もあるという中で、地域が生き残る為には交流人口を活性化する道しか残されていないと考える。しかも新しい価値感覚を持ったツーリズム時代の客層は偽物を見破る眼力に優れ、生活者指向、本物指向が中心だ。だからこそ金をかけず、長続きする地域情報報の掘り起こしと域外者への情報発信・提供が必要になる。地域のほぼ真ん中(概ね役場の隣)に位置し、初めて足を運ぶ人にとってもアクセスにたいした支障がない地域図書館の存在は重要だ。しかも地域住民と域外者の交流拠点にもなりうる。日頃から地域情報に精通し、歴史を追って整理・保管している図書館にこの機能を求めることは県民総PR担当の時代決して酷とは思えない。しかも土・日・祝日は開いているのが公共図書館だ。図書館が町歩きのスタート地点となってもおかしくはない。地域団塊の世代の活躍の場にもなる。

県内の図書館を見て歩くと実際すでに域外者への情報サービスを違和感無く提供されている箇所も結構ある。九州・沖縄の中ではダントツ1位の人口比図書館数を誇る鹿児島だ。実際調べると東京23区よりはるかに恵まれている。今日の新聞にも2009年オープン予定の奄美県立図書館の話が掲載されていた。これだけ県内に張り巡らされた充実した図書館ネットワークを地域振興に生かさない手は無いと考えている。

図書館は建築家に頼めばできる物ではない。地域住民と行政のコラボレーションで初めてできる。頴娃町の図書館は11年もの歳月を掛けた結果だ。団塊の世代に限らず移住者の決定要素には情報格差より、地域医療、図書館サービスのレベルが大きく関わっている。だから定住促進の点からもいい図書館が必要だ。歳入厳しき折りではあるが更に充実した図書館立県鹿児島を目指して予算配分にも関係者のご理解を賜りたいと考える。

2007年10月11日

九州地域農山漁村活性化シンポジウムに参加して

昨日は平成19年度かごしま観光アカデミー事業としての観光PRスタッフ研修で冒頭ご挨拶させて頂き、そのまま熊本に向かい、先日この欄でもご案内した九州農政局主催の『九州地域農山漁村活性化シンポジウム』にパネラーとして参加した。

熊本駅に降り立つと集合時刻の12:30まで約45分あったのでさっそく駅の近くのあのラーメン店『風林亭』で¥610のラーメンを食べたが相変わらずなかなかいい味だった。昼になると客がどんどん押し寄せるがやはり大盛り(¥740)の注文が多いようだった。タクシーの運ちゃんに聞けば、ここもいいがもう少し離れたラーメン老舗の『黒亭』も旨いそうだ。次回挑戦したい。

さて定刻午後1時に開始のシンポジウムでは新現役の会の代表古賀氏の基調講演から始まった。新現役 の 農村シンポジウム 会は今から4年前にスタート、全国に20支部、約1,000名の会員がいる。これまで培ったノーハウ、経験を基にスモールマネー型ビジネスを構築して地域社会に貢献していこうと活動されている。しかし前宣伝ほど団塊世代のリタイヤは進んでいない。もの作り現場のノーハウ継承が進んでいないことからメーカーを中心とした定年制延長も一因だろう。では事務系の団塊世代はどうしているのか。各行政が相談窓口を設けて定住促進事業を進め、主要旅行社は所謂下見ツアーも企画してきたが定住にまで結びつく例は少ない。この要因として定住の希望者と受け入れ側の思惑の違い、期待感が先行して具体的マッチングのソフトが育っていないことが考えられる。地方が都会にあこがれを持つ限り都会からの人の移動は起きにくい。やはり今地域に住んでいる人たちが自分たちの環境の本当の良さに気づかない間は難しいという事だろう。

私からは人口減少が将来もたらす経済的なインパクトについて鹿児島を参考にお話しさせて頂いた。何をやるにせよ認識の共有が大事だ。今のまま何もしないと自分たちの住む町が生き残れないという認識から打開策の模索が始まる。特に多くの島嶼を抱える鹿児島の場合は深刻だ。高校を終え就職、進学で毎年多くの若者が島を去っていく。種子島のUIサポートセンターは4年ほど前に移住者の方々が中心になって生まれた任意団体だと聞いた。自分たちの後に続く移住希望者に自らの経験を語り、地域にソフトランディングする上での心構え、ノーハウを伝授する。行政も遅れて2年ほど前からこれに参画し、民間主導、行政支援のネットワークが形になり、年間90名を超す移住者実績を上げて九州の中でも数少ない成功事例として注目されてきた。種子島の特徴は全国的に団塊の世代を意識した定住促進事業が活発化する中で30歳から40歳台の移住者が多いことだ。しかも看護士さん、助産士、介護福祉の専門家や薬剤師の方もいて島としてもありがたい方々が多い。勿論農業を生業としたい方々もいる。人や組織に縛られず、自分の時間を大切にしたいとの思いが根底にあるようだ。だから自由な時間をサーフィンに費やす人たちも多い。

最近県外からの視察も多いこのUIサポートセンターだが私的にはここが都会モジュールと田舎モジュールのインターフェース的な役割を果たしていることが定住定着者が多い理由だろうと考える。しかも窓口担当者も移住者であれば聞く方も気兼ねない。これに行政が住宅や就業相談に親身に対応してくれる。空き家も思うほど無い中で少子高齢化の中で教職員住宅を一般住宅に転用する試みも的を得ている。今後ともこの活動に注目したい。

尚講師としてながさ田舎暮らしアドバイザーの松本さん、天草市経済部長の 農村シンポジウム② 奈良崎さんからは事例発表、武雄のNPO循環型たてもの研究塾理事長の山田さんからも人口減少による地域消滅への危機感が今の活動の根底にあることなど事例を含めて発言された。11月25日には福岡市で九州農政局主催の『都市と農山漁村の共生・対流シンポジウムーグリーンツーリズムと心の旅』が開催される予定だ。また昨日は鹿児島県からも農政部農村振興課、企画部企画課、志布志市企画政策課、南さつま市新産業創造室からも陸路長時間かけてご参加頂いた。感謝したい。

2007年10月04日

アーネスト・サトウの 『A Diplomat in Japan』 を読んで

この本については何度も紹介されているとは思うが実に面白い本なので敢えて私の読後感も添えたい。

著者は1843年にロンドンで生まれ11人の兄弟の4番目として育つ。篤姫がまだ8歳の時分だ。カタカナでサトウと書くと日系かと錯覚するが英文字ではSATOWと書く英国人だ。兄弟が図書館から借りてきた1冊の日本の紹介本がきっかけとなって日本に興味を持ち、18歳の時にイギリス外務省の通訳生に応募して合格し、中国天津郊外から船に乗り上海を経由して、薩摩硫黄島の噴煙を見て、1862年9月に横浜港に降り立った。

 

1週間後に生麦事件が起こり、1863年の薩英戦争にも立ち会い艦上から薩摩を眺め、賠償金交渉にも関わり、それ以降大久保、西郷、小松、勝、木戸、岩倉などとも頻繁に会い、その記録を克明に残した。時に攘夷の白刃にも襲われ、罪人の首切り、切腹にも立ち会った。最初の日本滞在が1862年から維新が成った1869年までの6年半、2回目が1870年から1883年(天璋院篤姫死去の年)までの13年間、3回目が1895年から1900年までの5年間と、通算約25年間も日本に滞在した。まずこんな外交官は世界にも極めて稀だろう。彼はまた法曹の資格も得て1906年から6年間ハーグの国際仲介裁判所のイギリス代表でもあった。

 

最初の滞在を終えて日本を去るとき、勝は記念に彼の脇差しをサトウに渡している。薩摩の面々からも餞別や贈り物を貰っている。また皇室からは大きな蒔絵の用箪笥も届いた。日本の歴史上の重要な変革期に単に通訳としてだけではなく、幅広い国際感覚を日本に植え付けたことも評価されたんだろう。この本は彼が2回目の日本駐在を終え、1884年タイの総領事となってバンコクに赴任した際に日本時代に記した彼の日記に基づいて書かれたものだと言うが日本では生々しい維新前後の記録として戦前まで禁書扱いとなっていた。

 

この本の面白さは生活者の目線で日本及び日本人を見ていることで時を経た今でも十分通じるものがある。時代を超えた客観性というと大げさだろうか。教科書には書いてない、でも日本人として知っておかなきゃいけないと思うような事も多く載っている。当時の幕府の末期的状況の中での人物評、特に西郷との船上での出会いなどは今我々に伝わる西郷さんのイメージに近い。西郷との対比で大久保も描かれる。天璋院篤姫には直接会ってはいないが名前は出てくるし、薩摩藩士と何個遊びもやっている。しかもこの効用もちゃんと見抜いている。多分庶民感覚に優れ、人間的にもなかなか面白い人だったんだろうと想像する。彼の著作の中には『日本に於ける竹の栽培』や『薩摩に於ける朝鮮人陶工』などもあってアンテナの広さをうかがわせる。上下2冊の文庫版だが読み応えは十分だ。

 

2007年10月02日

九州地域農山漁村活性化シンポジウムへのお誘い

九州農政局は10月10日午後1時より熊本市国際交流会館で農山漁村活性化シンポジウムを開催する。

団塊の世代の大量退職が今年から始まるとの前宣伝に過大な期待を抱いてみたものの、現実なかなか実績が上がらないという自治体関係者の声も聞くが一方では大きな金をかけず、少しづつながら実績を積み上げているところもあると聞く。一朝一夕には成果を得るには難しい、しかし成功事例から何か学びたいと思う方は是非このシンポジウムに参加して欲しい。10月5日まで受付可能だ。詳しくは以下を参照されたい。

『農山漁村活性化シンポジウム』http://www.kyushu.maff.go.jp/keikaku/kasseika/071010shinpo.pdf

尚このシンポジウムでは『新現役の会』の代表古賀直樹氏が基調講演をされる。氏は霧島市でも現役の会の支部設立にご尽力頂いた方だ。また当連盟のHPでも氏の団塊の世代への熱きメッセージを掲載している。尚パネリストの一人として私も参加する予定だ。

http://www.kagoshima-kankou.com/dankai_prol/index.html

日経の記事によると帰農・移住相談歓迎「ふるさと回帰フェア」が全国42道府県の240自治体が参加して東京・大手町で10月5、6日に、大阪・難波で同26、27日に開かれる。鹿児島県も3市1町(霧島市、薩摩川内市、種子島・西之表市、瀬戸内町)がこれに参加する。都会と田舎を往来する新たなライフスタイルを提案するイベントだ。移住先の家・土地に関する情報を提供する「ふるさと暮らし不動産情報コーナー」も設けられる。新たな定住者用住宅建設に一部反対を表明する地域もあるようだが空き家を比較的低価格で貸し出したり、割安の住宅をあっせんしている他自治体の事例も参考にしたい。このイベントの詳しい情報は以下を参考にされたい。

「ふるさと回帰フェア」 http://www.furusatokaiki.net/past/furusatofair2007/index.html

 

 

 

 

 

2007年10月01日

あらためて知覧

昨日は福岡からの大切なお客様達が知覧にお見えとのことで、自宅を8時に出発、一路知覧に向かった。約45分で到着、役場に車を駐めさせて頂き、浮辺医院前の観光紹介所にて村永観光課長とボランティアガイドの瀬戸口さんと到着を待った。しかし定刻の9時40分を過ぎても来ない。電話するとさっき池田湖を出発したらしい。待つこと30分、やっと到着した。私も何度も知覧は訪ねてはいるがこの紹介所から小1時間かけてのフルコースを歩くのは初めてだった。しかし暑い、まだまだ真夏の日差しだ。

富屋食堂では明久氏の語りを聞きながら写真や展示物を見て、2階に上がってトメさんのビデオも見て平和会館にも立ち寄った。私は外で¥100ソフトクリームを階段に腰掛けながら食べて待っていたが若い女性3人も同じように腰掛けて食べ始めた。どこから来たのか、と聞くと高知からと答えた。種子・屋久も回ってというので1週間くらいかけて?と聞くと2泊3日だと言う。いったいどんな周り方で2泊3日になるのか更に聞いた。先ずは高知を朝6時に出発、フェリーで愛媛佐多岬の三崎から佐賀関まで渡り、ここから10号線を延々と下って夜7時に指宿市に到着して1泊、2日目は船で種子島、屋久島を観光して屋久島に泊まり、3日目は朝船で鹿児島に入り、バスで知覧を観光して、また北上、フェリーに乗って四国に渡り、深夜に高知に到着、今日は通常出勤だとか。2泊3日じゃなく2泊4日に近い何ともすごい行程だった。職場旅行みたいで若い方が多いからこんな行程でも大丈夫だろうが凄まじい日程を楽しそうにこなしている姿は逆に新鮮に見えた。旅行業者が介在するとこんな行程はまず作らない。それにしても頼もしい若人達だった。

さて昼食は武家屋敷内の高城庵にて取ったが昔の茅葺きの家での食事はどれも美味で好評だった。一の膳、二の膳とも季節感溢れ、蕎麦にしてもつけあげにしても客の箸の進み具合を見計りながら出す。客さばきなんて言葉は良くないが、手慣れていて、そつがない。最後の両棒餅と抹茶も女性陣には極めて好評だった。県内に武家屋敷は多々あるがこの雰囲気をそのまま残しながら食事ができるところを私は知らない。知覧の武家屋敷はこの高城庵があって更に価値が増すと思った。

聞くと28日はマリンポートに入港のサファイヤプリンセスの欧米人を中心としたお客様方約480名が知覧にも立ち寄られ、活況を呈したとの事。今後船がたくさん入港することを考えれば知覧は国際観光拠点としての認知が高まることは間違いない。知覧の国道を2台の大型トラックが黒牛を積んで川辺方面に向かって行ったが、この知覧に美味しい黒毛和牛を食べさせる店があってもいい。通過観光の拠点知覧ではなく滞在拠点としての知覧の姿も見えてきそうだ。お茶は勿論、紅茶でも最近国際的な評価を得た知覧だ。これからますます期待できると思った。

復路水族館の近くの埠頭でにっぽんを見た。サファイヤプリンセスに比べれば小振りで、少々歳も食ってはいるがこの大きさが丁度いいと熱烈なファンも多い。斡旋事務所の面々も頑張って薩摩揚げや焼酎を振る舞っていた。見ていると乗船しているミュージッシャンも8月の秋田・青森クリーズと同じ連中だし、レストランで働いていた顔なじみのスタッフもいた。きっとフィリピンから来ているシンディー嬢も乗ってるはずだ。しばらくすると作家の五木寛之氏がやって来て乗船した。神戸までBON VOYAGE!

 

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