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プロデューサーズコラム

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2007年11月28日

再度人吉へ

昨日は南さつま市の新産業創造委員会の皆様と一緒に肥薩線しんぺい号に乗って人吉に行き、市役所の農業振興課の方から現在のグリーンツーリズムへの取り組みを聞き、更に市内に5軒ある農家民泊の一つを視察した。

11時40分のしんぺい号の乗車率は平日でもあり50%程度だと思った。前回人吉から逆コースでいさぶろう号に乗ったが同じルートでも方向が違うとそれなりに新たな発見もある。今の時期は紅葉もそれなりに美しい。真幸(マサキ)の駅は小振りで可愛い。それに比べると矢岳大畑(オコバ)の両駅は立派だ。やがて100年を迎えるこの肥薩線だが駅舎も何度か手を入れてSLの動態保存並の努力が払われているんだろうと思う。各駅停車のスローないさぶろう・しんぺ号による日本三大車窓や先人達による種々の工夫と仕掛けは一般の観光客でも十二分に楽しめる。

2011年春の新幹線全通を迎えたとき、中央駅から速度も増したNANOHANA号で指宿に向かい、帰りは中央駅からはやとの風で吉松、更にしんぺい号で人吉に渡り、旧SL阿蘇BOYで八代、新幹線で福岡(または以遠)という組み合わせ、または人吉から九州横断特急で別府というルートは旅好きの熟年には堪えられない醍醐味を提供することは間違いない。事実すでに先週別府から逆回りで鹿児島に戻って来た新産業創造委員会のメンバーもいた。

新幹線は単に今まで遠かった大都市だけを簡単に結ぶだけではなく、新しい周辺観光の促進に役立てないと意味がない。しかも県境を越えた広域観光だ。以前も言ったが2011年は韓国KTXのソウル・釜山線の全通の年でもある。朝食をソウルで済ませ、昼はビートルの船上か博多のラーメンで済ませ、鹿児島で沈む夕日を愛でた後にゆっくりホテルにチェックイン、薩摩料理と焼酎をじっくり味わう時代はもうすぐそこだ。だから遅くとも2009年までに準備を整えて、新幹線全通の2011年まで、実質1年数ヶ月の間を団体型から個人型への移行期間と捉えて訓練とレベルアップが必要だと言って来た。

2011年以降の県境、国境を越えた人の移動に伴いお客が選ぶ選択肢も増やす必要がある。その代表例が農家民泊だろう。人吉は平成17年にグリーンツーリズム推進協議会(会員20名)を立ち上げ、1年遅れて県が人吉・球磨グリーンツーリズム推進協議会を立ち上げた。農家の奥様方、市、県が一体となった動きは鹿児島でも可能なはずだ。人吉で最初の農泊を開業した上井さん、安心院の農泊にも何度も通い、あの中山さんに相当影響を受けたようだ。やはりツーリズムについてしっかりとした基盤の共有がないと単なる真似事に終わってしまいかねない。先月5カ所目の民泊が人吉市内に開業した。保健所から何度となくチェックが入るらしいが皆さん自分が当事者という意識でこれをクリヤーされている。目標10軒に向けて努力中だ。

尚同じ時間に曽於市の女性グループ代表9人も視察に来られていた。皆さん大規模専業農家の方々が中心だが曽於の大地でいつかは農家民泊も、、とお考えの方々だった。

2007年11月25日

ブルーツーリズムモニター (延岡市北浦町) その2(終り)

横島展望台 さて2日目は朝8時半に出発、車を連ねて約25分の横島展望台に行く。ここからは四国西端が見えるそうだが生憎雲がかかっているようで目を凝らすが見えなかった。やがて今から行く定置網を持つ船長さん(宇戸田さん)がやって来て定置網のイラストコピーを配って網の構造と特徴を面白く語ってくれた。やはり素人に興味を持たせる語りが絶対必要だ。船長はこの役回りが適役だと思った。この展望台から船長の定置網が3つ見えた。親から聞いてきた魚の回遊ルートに沿って張ってある。

この定置網に金庫網というゾーンがある。何でこんな名前なんだと船長に聞くと、魚の知能指数により簡単に取れるものと、なかなか取れないものとがあるようで、金庫網に入る魚はもう逃げられない構造だそうでIQの低い魚がここに入るんだそうだ。魚の話なんだが何となく人間世界の話にも聞こえて来るから不思議だ。俺も金庫網に入る類なんだろうなって、、、、

北浦町定置網体験 さて船長の持つ第十八繁栄丸に乗って10分で定置網に到着。さっそく船長と長男の2人で網を巻き上げた。だんだん網が狭まってくると網の中の魚が見えてくる。50~60cmの大型魚もいれば太刀魚、サバ、鯵などの大衆魚もいる。タイもいるし活きのいい水烏賊も結構入っていた。金目の魚は船長が先に生簀に移し、残りを家 北浦町定置網2 族一人一人が網で掬って生簀に移した。人間の手で触ると死ぬんだそうだ。だから手で触らずできるだけ手早く生簀に入れるのがコツだ。何でも活魚とそうでないものとは倍の価格の開きだそうだ。また烏賊は佐賀呼子まで出荷するんだそうだ。お茶かなんかでも似たような話を聞いた事を思い出した。港に戻りさっそく活きのいい鯵、サバを刺身にしてくれたが甘くて旨い。

北浦町定置網3 この2日とも天気も素晴らしく、全家族とも和気藹々の仲間となって楽しく過ごした。この北浦町をドライブすると道には猿が出てくる。まだまだ自然が豊かに残っている地域だ。最後に今回のモニターのアンケートを書いて、昨日作業した一夜干しをお土産に解散した。今回のモニターのよかった点は子供中心でスケジュールがゆっくり組まれていたこと、塩作りが体験できたこと、魚の捌き学習と干物つくり、定置網体験だと思う。逆に反省点は1日目の夕食に冷たい料理が多かったことだ。ここが改善されれば素晴らしいモニターツアーだと思った。

世の中グリーンツーリズムが盛んだが鹿児島は日本で第4位の水揚げを誇る県だ。このブルーツーリズムも今回を参考にすれば鹿児島でももっと地域性を組み入れた面白いプログラムが組めると確信して、再度あの時間のかかる国道10号線を南に下った。 錦江湾沿いの道路で何気なく目を海に移すと何とイルカ7,8頭が泳いでいた。話には聞いていたが運が悪いのかこれまで櫻島フェリーに乗っても遭遇したことが無かった。ラッキーな1日だった。

 

 

ブルーツーリズムモニター (延岡市北浦町) その1

23日が勤労感謝の日でもあったので金、土曜日の二日連休を使って延岡市の北にある北浦町でのブルーツーリズムモニターツアーに参加した。申し込みが遅かったこともあって心配したが何とか7家族27名の末席に1名加えて貰う事が出来た。今回を含め全4回のモニターらしいが全て催行できたらしい。

しかし木曜日の夜に宮崎に移動し、金曜日朝9時に宮崎を出たのだが国道10号線はなんとも歯がゆい道路だ。延岡まではたった85kmなんだが何と2時間半もかかる。むしろ延岡から北浦町までの道の方がいい位だがそれでも35分を要した。鹿児島県内の移動とは雲泥の差だ。国道がこんな状態だからJR日豊線はその強みを如何なく発揮する。延岡市内までだったら絶対JRが便利だ。でも更に国道388号で北浦迄向かうなら車で行くしか方法は無い。

北浦町ブルーツーリズムモニタツアー さて定刻1時に現地に到着してみると延岡市役所の皆さんが待っていた。7家族も時間通り揃ったが福岡市内、大分からも参加者がいた。これは多分月刊紙『みちくさ』に今回のモニターが紹介されていた関係だと思う。さて初日最初の研修は塩つくりだった。この地方はかつて揚げ浜式の塩づくりが盛んだった所。目の前には下阿蘇海水浴場が広がっている。日本のベスト10にも選ばれている程の綺麗な海水浴場だ。鹿児島でも結構製塩行程の見学はできるんだが自分 北浦町マイ塩づくり 達でマイ塩を作るような作業をさせてくれる所は残念ながら見たことが無い。北浦では塩についての一通りの説明の後、家族単位でコンロ、小さめのフライパン、コーヒーの濾過紙を使って塩を作った。これは感激モノだった。ここでは毎日50kgの塩を作っているらしいが製塩が間に合わないほど人気だとか。確かに二日間とはいえ朝から薪を燃やす煙が工場から立ち上っていた。

次の体験は魚の干物の作業だった。家族単位でバケツ一杯の鯵が用意 干物つくり され、これを指導員の包丁裁きを見ながら開いていく。最初は慎重にゆっくり作業を進めるが慣れるにつれてスピードが増す。1家族で多分40~50匹の魚を捌く。これだけ訓練すれば子供も段々手馴れてくるのが良く分かる。そしてこの海から作った塩(マイ塩も使うがこれだけじゃ足りない)を片面に塗って1,2時間重ねて寝かす。その後魚を1枚づつ取り出し、水で洗い、舌で表面を舐めて塩加減をチェックし、必要なら更に水で塩を洗い落とし、今度は網に1枚づつ開いた方を上に並 干物一夜干し べて、蝿などが来ないように同じ網の蓋を被せ、蚊帳を吊るような格好で空中に吊るして一夜待つ。この作業、最初は辛いが手順が分かるとなかなか面白い。婦人会の皆さんも来られ、ハモのすり身をその場で天ぷらにして振舞ってくれたが、これが最高に美味しかった。各家庭で味付に差異があるらしいが伝統の味を守っているんだそうだ。    (その2に続く)

2007年11月22日

霧島市観光振興議員連盟総会

昨日は午後から霧島市国分に行き、市の観光振興議員連盟の総会前の時間を頂き講話する機会を得た。日頃車では来ているがJRを使っての訪問は初めて。なかなか快適な旅で車窓風景も素晴らしかった。観光列車と言っても十分だ。

さてこの市観光振興議員連盟は県下市町村議会の中で最初に設立された組織で現在33名の議員で構成されている。会場は市役所に併設の公民館だったがアクセスも至便で使い勝手が良さそうだ。聞けばこの市役所先日亡くなった有名な建築家の設計らしい。天日を多く取り入れようとの設計の為かガラスが多用され夏は結構冷房に負荷がかかるんだろうなと感じた。

15:30過ぎから講話を始め17:10まで語ったが県の現状と将来を語り、人口減に伴う経済的なダメージをどう挽回していくか、幾つかの手法を検討し結果的に交流人口の拡大を図る手法が極めて現実的であることをご理解頂いた。ただ霧島市の場合鹿児島地域経済研究所の推計人口と高齢化率を見れば他市町村と比較すれば現在時点と2025年時点ではわずか1,600人ぐらいの減だとされている。また高齢化率も2025年時点で県平均の32.3%と比較すれば26.7%と低い。これは多分に既存大手企業による労働人口の維持拡大による町の発展というシナリオに立脚しての推計だろう。以前夜の国分の町を歩いて見たことがあったが結構飲み屋も繁盛していたようだし、若者向きの店もあった。カラオケも安い。中心地への大型デパートの出店も重なって間違いなく発展のベクトルに乗ってると見える。

一方で霧島温泉の方は思うほど客足が伸びていないようだ。先日のnikkeiプラス1の行ってみたい温泉、大規模(年間入湯税1億円以上)温泉のカテゴリーで堂々の第4位に位置しているんだからマーケットの期待感は依然として大きいことは間違いない。これを更に高めるには価格以上の価値の創造に尽きる。期待以上の満足感だ。湯はすでに十分にいい、おもてなしの心も関係者の努力の継続もあって(例外はあるが)見劣りはしない。あとは食事の質の向上だ。パンフレットに掲載される価格の最安値を競うようなことはイメージの低下にしか繋がらない。そんな価格を設けても仕入れの現場では冷凍物しか手当てできず客の満足なんかとても得られない。以前にも言ったが昨日、今日、明日の客の中で一番重要な客は今日の客だ。宿泊産業の最大の特徴は朝を味わせる産業と言う。霧島の朝の演出はどうしてるんだろうか。まだまだできると思っている。

2007年11月18日

香港・深セン出張報告

先週12日から16日まで香港と深センに出張した。福岡に10月末から就航したドラゴン航空の香港直行 ドラゴン航空往路 便を利用したがほぼ満席の状況。勿論香港の方々も乗っている。やはり直行便の魅力だろう。所要時間は往路3時間20分、復路が丁度3時間だ。当地からは県観光課職員、連盟職員それに私の3人で、現地で県の香港事務所長、岩崎グループ台湾事務所長が加わった。約1年半ぶりの香港は活気が満ち溢れていた。その理由は中国本土からの投資呼び込みによる不動産、株の高騰だ。ホテルの値段も以前に比べると著しい値上がりだ。

私は以前にも泊まった事があるホテルだったが日本ならとても払う気にならないお値段に唖然とした。朝食は軽く¥3,000を超える。しかも楽しみにしてるNHKの朝ドラの写りは極めて悪く、映像も声も乱れてとても見ていられないレベルだった。これは他の部屋でも同じだったそうだ。別のホテルに泊まった関係者に聞くと1泊朝付きの部屋代が霧島や指宿の1泊2食よりはるかに高い。しかも部屋は狭く、シャワーなど身を縮めて入らないといけない狭さだ。このお値段でこのクオリティー? これで香港が回ってるなら海外から来た客はバブルに金を払っていることになる。免税店と称する店にも立ち寄ったが私が見る限りとても高い。価値と価格のアンマッチが今の香港だ。来年のオリンピック、2010年の上海万博までこの景気が続くと言うが本当だろうか。

旅行会社の話を聞くと皆様異口同音に景気の良さを語る。ある会社では社始まって以来の成績だとか。豪華な社員旅行、規程を超える臨時成果配分など結構な話なんだがどうもバブルを経験した日本からすればそんなに長く続くはずが無い、本当に大丈夫かと心配が先行する。 現地の旅行会社との打ち合わせの席でこんなに香港が好景気なら鹿児島の地上費をもっと上げさせてくれないかとまで言ってしまった。今の鹿児島の旅館、ホテルのサービスに100点を上げるつもりはないが、それでも香港のそれと比較すれば間違いなくレベルは高い。関係者は自信を持って欲しい。安売りは禁物だ。

さて今回の出張で深センまでの往復列車を利用したが香港の生活者のいい観察機会でもあった。いい点は年齢に関わらず、いや若い方々だと言い直したほうが正しいだろうが、老人に席を譲る姿を何度か見た。これはいい。悪いのは車内での携帯電話のマナーだ。とにかく呼び出し音が大きくうるさい。しかも呼び出しが長い。そして大声で話す。隣り合った人同士が会社、友人等と話す。座った人も立った人も実によく話す。これには往復の車中閉口した。ペースメーカーでも利用する人なんかとても電車には乗れたもんじゃない。一面人に優しさを示しながら他方では全く無関心、この2面性は一体なんだろうか。これが香港というかもしれないが私は嫌だ。

今夏さらに9月以降鹿児島にチャーター便を運行している香港航空の会長、CEOにも会った。このCEO、途中から突然英語に切り替えて話し始めたが、私がこれまで聞いた中国系香港人の英語としては最高のレベルだった。多分海外経験も長く、語学としてちゃんと修められた人なんだろう。この会社、鹿児島への関心は高いと感じた。

面白い話を聞いた。昔日本人観光客は香港に行くとマカオを代表的なオプションとして申し込んでいた。ところが今じゃ反対で羽田、関空から直行でマカオに行く日本人が香港をオプションとして買っているんだとか。今マカオは中国本土の好景気を背景に投資事業が活発で、世界的な大手ホテル業者が進出し、ホテル建設のラッシュらしい。香港のベテランホテルマン・レディーがどんどん引き抜かれているそうだ。これも結構な話のようで私には心配な話だ。

EGL新本社命名式① 15日には鹿児島の他の皆様とも合流して9名でEGL社の新本社ビル命名記念式典に参加した。実際の移転は来年2月23、24日だがビルの外壁はもう綺麗に出来上がっていた。この中の3フロアを使うらしい。何とこの式典に総勢 EGL新本社命名式② 500名が参加した。香港領事館や日系航空会社、日本の各都道府県の代表 や民間の皆様方が参加されていた。顔見知りの東京の大手ホテルチェーンの社長もいた。九州からも推進機構は勿論、長崎、熊本、宮崎の皆さん方の顔も揃っていた。ほぼ全員がバスに乗り、ペニンシュラホテル前のレストランでお昼の飲茶をご馳走になったが、ここのグラスの汚いことには参った。このレストラン、全くチェックがなっていない。他の方々のグラスの中にも汚れの目立つものがあった。発展する香港だがこれじゃいけない。

尚先に述べた香港航空始め業界関係者から来年度以降の鹿児島への取り組みについて明るい話題も聞いた。関係者には別途報告したい。 

 

11月18日の朝日新聞でツーリズム大学紹介

今朝の朝日新聞に11年目を迎えた九州ツーリズム大学が紹介されていた。ツーリズムという視点で地域素材を見直し、地域振興に繋げていこうとする取り組みはこの11年間で数々の成功事例を生み、現在九州各県及び日本各地で活躍する方々の中の多くがここの出身者と言っても決して言い過ぎではない。

新聞にもあるように鹿児島からも参加者が増え、南さつま市では主催する新産業創造委員会のメンバーを含め市内のこれからの担い手を毎月ここに送り込んでいる。私がおよそ2年前の『10の提言』で紹介したこの大学への受講者が徐々に増え始めたことは先日も書いた。今後県内の各地域がこの大学の本科生または聴講生として参加されることで、これまで見えなかった地域資源や今後の方向性も同じ学び舎の友との議論を通して見えてくるはずだ。そしてこの経験は必ず近い将来活きて来る。鹿児島市に住む私が幾ら声高らかにこの大学の意義や県としてのあり方を訴えても地域で動く”人”がいなければ地域は変わらない。この”人”は毎日地域の空気を吸い、土地の匂いを嗅ぎ、地域の人々との横の繋がりを持ってる人材だ。こんな”人”が地に足の付いた地道な活動の担い手だ。しかも”持続性のある”本物の活動でもある。

県は新しいPRポスターを作成した。『鹿児島県 本物。』のキャッチフレーズはなかなかいい。『本物』とは今あるものを、あるがままにという姿勢だからツーリズムの発想と同じだ。ただこれを”持続性”をもった動きにするには県内各地で活動を担う”ツーリズム人”の養成が伴なわなければ意味が無い。これがツー大に是非参加して頂きたいと考える所以だ。12月も講座が開催される。1日だけのつまみ食いでもいい。先ずは自ら体験することから始まる。 

2007年11月04日

11月の九州ツーリズム大学

九州ツーリズム大学についてはすでにいろんな機会にお話してきたが今年度11期になってようやく我が鹿児島からの参加者が増えてきたと聞き、土曜だけではあったが覗いて 途中の風景 みた。小国で時間があったので近くの蕎麦屋に立ち寄ったが待ちが多く、隣の小山の上に建つ蕎麦屋にした。 ¥700の一番安いものを注文したが本当に手打ちなんだろうかと思う位麺が細かった。正直数年前、佐賀のとある山間部にある私の好きな蕎麦屋に徐々に客が増えて来る中で、最近の小国の蕎麦に満足できず、佐賀の山あいまで蕎麦を求めに来るとの声を聞くにつれ、もう小国の蕎麦も終わりかとさえ思っていた。私的には今回小国で食べた蕎麦は都会的で、洗練されてはいるが、もう少し素朴な蕎麦の方がここには似合うはずだと思っている。

九州ツーリズム大学11月講座 さて午後最初の講義は東大大学院農学生命科学研究科森林科学専攻の下村教授の『地域風景の保存活用とツーリズム』だった。とにかく内容が豊富で景観法の背景から説いて、1864年のヨセミテ国立公園に始まり、1972年スタートの世界遺産、更に1992年の文化的景観という流れの中で、従来の『探勝景』から『生活景』への価値のシフトの話が面白かった。特に1936年日本で初めて出版された国立公園写真集に載っている写真の構図が何とあの安藤広重の構図にピッタリだとの詳しい解説は面白く、驚きの発見だった。また同じ杉の植林でも日田では1ヘクタール約3,000本に対し奈良の吉野では10,000~12,000本植えることからテクスチャーと言われる森林密度が異なり、これが地域特異の景観を作っていることなど、日ごろ目にする山にも地域特性がある話も面白かった。いろんな専門家がツーリズムを語る時代だ。狭い観光の範疇では語れない時代でもある。

さて先生の話のハイライトは西表島で実際に調査した環境保全に島外者が幾らなら払うかという調査だった。現在入場料0円の場合の来訪者数が入場料の漸増に伴いどう変化するか、 九州ツーリズム大学11月 中央値と呼ばれる料金を現地アンケートから導き出し、これをベースに持続性のある受け入れ人員規模と適正な料金設定を求める手法だと思うが、できればどこか九州内でフィールドワークが出来るともっといいのに、と思った。地域に理解ある人を増やしながら環境保全の為に大きな負担と思われない金銭的支援の絶妙なバランスを求めるシステムだ。極論だが誰にでも来て下さいという時代は終わり、生活景を保つ為に協力してくれる人を選別していこうという時代だということだろう。

今日はその後商家民泊『ササク蔵ブ』の北里香代さん、『地域計画研究所』の井原満明氏の話など盛りだくさんの内容だった。しかし今日の参加者はざっとみたところ33,4名だったと思うが、私を含めて何とこの中の7名が鹿児島の皆さんだった。種子島、大口市、南さつま、鹿児島市、、、、やっとここまできたんだと感慨もひとしおだ。夕刻私は小国で行き付けのUターン者が経営する店『竹蔵』で夕食を済ませて移動した。ここは最近日田にも店を出した。小国ブランドの発信基地だ。今回鹿児島から参加の皆さんには他県から参加の方々と是非横の繋がりを作って欲しいと考えている。これからの鹿児島には重要だ。

銀杏のライトアップ それにしても卒業生も再度聴講生で参加する姿はいい。懐かしい宮崎高千穂町の課長さんは新鮮な椎茸を竹ざるにいっぱい運んできた。農政局の係長さん、福岡在住で毎月セミナー、シンポジウムのお誘いを頂く女性、そして小国町の皆様の顔は生き生きしていて、こちらが元気を貰う始末だ。だからこの学びの里は貴重だ。 左は近くにある熊本県下最大の下城の大銀杏。国指定の天然記念物に指定され、幹回り9.6m、樹高25~6m、樹齢1,000年以上と言われる。今ライトアップが美しい。

2007年11月01日

亀ヶ岡はいい!

先日の日曜日、念願だった南さつまの亀ヶ岡の山上にある写真に小さく写る展望台に登りお手製の弁当を食った。 亀ヶ岡

通称亀ヶ岡と称される丘は標高もせいぜい380m程度だとは思うが大浦からも、海に沿って走る国道226からもマイカーで登れる、絶景の展望を誇る岡だ。実は今までも何度もここには来ているんだがいつも反対側の岩山の上に跨るか、更にその上の展望台に登ることが多かった。しかしこの亀ヶ岡の最大の宝はやはり写真の展望台だろう。しかも駐車場からせいぜい100m位歩けばたどり着ける位置だ。個人的には入場料払ってもいいとさえ思う。 

もしここがテレビドラマか韓国映画、しかも紆余曲折の後の恋の成就スポットにでもなればいいいんだが、、、、と日頃から割とまじめに考えている位だ。カメラは反対側の岩山からのズームもいいし、国道226からここを見上げるアングルもいい。またヘリから周辺をワイドに映し、2人の表情を、、、とカメラワークまでも考える。それほどのスポットだと思う。 

この展望台は4~5人は入れる広さだと思うが絵になるのはやはり2人だろう。だから先客がいれば少々遠慮した方がいい。駐車場傍には草を食む黒牛の姿も見える。こんな素敵な空間を持つ鹿児島はいい。日曜の昼時だがラッキーなことに誰もいなかった。勿体ない!本当に勿体ない絶景のスポットだ。

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