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初冬の風景とツー大

先週土曜日から月曜まで南さつま市の新産業創造委員会の一員としてツーリズム大学12月講座に参加した。土曜は朝9時半に福岡を出て約2時間で小国に到着。午後1時からの講義の前にご飯、味噌汁、豆腐の単品で昼食。豆腐がもっと美味しければいいのにと感じた。(実はこの豆腐を福岡で麻婆豆腐にしたんだがこれは結構旨かった。食べ方で印象が違うようだ。) 12月ツー大竹の湯

先月同様嬉しいことに我が鹿児島からは5人の参加だった。種子島からも来られている。今回は何と北海道からも3名の参加があった。農産物加工の分野での先進事例として小国の名前は北海道でも通じるらしい。近くの大分県大山町にも視察に行かれたがここも大いに参考になったらしい。

さて今日の朝刊でも限界集落の再調査が一面に出ていた。今回の講師でもあった熊本大学の徳野教授12月ツー大授業風景 これまでも村落に入り込み、戸別にチェックして限界集落と言われる村落が手の施しようのない真性限界集落か、支援すれば存続可能な仮性限界集落かを見極める詳細なチェックをされている。限界と言うレッテルを貼られただけでやる気をなくしてはいないか。軽々にこのような言葉を使うべきではないという立場だ。こんな地道な研究が本物の研究だと思った。正直口は悪いが核心を突く話に引き込まれる。だからグリーンツーリズムに対しても厳しい。上辺だけのグリーンツーリズムは都市が農村を食い物にするだけで農山村の真の振興に繋がらないと言い切る。観光型 、地域活動型、自然・農志向型など農山村が関わるグリーンツーリズムを基盤とした交流の形態毎にしっかりとした位置づけと、農山村の誰とどんな交流をするのかを都市側も明確にしないといけないと説く。

また流行の地産地消について東大特任研究員の船戸氏から、元々1980年代初期に農村の食生活改善と医療費削減を目的に地域農民に対して発せられた言葉がだんだんと消費者全般を対象に発せられるようになった経緯、イタリアでスタートしたスローフード運動がアメリカのハンバーグショップの進出による地域の味の消滅に対する危機感に由来している話など参考になる講話があった。地域の味を守ることが今でも運動の骨子らしい。

12月ツー大味噌の地獄蒸し さて実習は味噌作り体験だった。土曜日に小国産大豆5升を洗い、翌日米袋に入れて地元の方々が地獄と呼ぶ蒸気の自然噴気を利用した釜に入れ(写真左)、翌朝これを引き出して擂り粉木で潰し、米麹、麦麹、塩を入れて掻き混ぜ、小国産杉樽に詰めて半年寝かせるという作業だ。特に潰しの作業は体力が相当に必要で、とても1~2人じゃできる仕事ではない。昔から地域で一緒に作業したのも頷ける。日本の文化は発酵文化だと言われる。こんな共同作業が地域を結んでいたんだろう。昔 12月ツー大味噌作り は麦味噌が多かったそうだがいつの間にか米味噌が主流になった。これは日本陸軍に納入していた信州の米味噌が東京の家庭のスタンダードになったことに起因するのではというのが九大の石村先生の説だった。

1日湧蓋山の途中にある山小屋に泊まったが空気が澄んでいるのか満天の星空に驚いた。何十年ぶりかでこんなたくさんの星を見た。翌朝は案の定凍えるような寒さ。水も凍り湯たんぽの残り湯で顔を洗った。落ち葉を掻き集めて、釜に汲み入れた雨水を暖めて食器を洗った。この地域今年の紅葉は数年ぶりの当たり年だったそうだ。

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