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プロデューサーズコラム

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2008年01月30日

種子島地区観光推進セミナーと浜上ストア

29日は朝8時の船で種子島に向かった。あまり良い天気ではなかったが船は大きく揺れることもなく、ほぼ定刻西之表に到着。歩いてホテルに行き、荷物を置いて、さっそく朝の腹ごしらえにタクシーに乗って浜上 浜上ストア ストアまで飛ばした。10時を過ぎれば開いてるものと勝手に思い込んでの事だが、店は明かりも灯ってオープン状態。入って左の魚コーナーの親父さんに『旨い刺身、お願い!』って頼むと、店に並ぶ首折れサバの中から形のいいものを選んで、見事に捌いて刺身に変身。これに手を出す間もなく次から次に今朝揚がったばかりの魚を刺身にして出してくれた。相変わらず店の一角で立ったまま食べるんだが、こうして食べると不思議に旨さが増す。何度も食べているがここの刺身は本当に絶品だ。烏賊も2種類出て、全部で8種類の魚を4人で食ったが身の締まりといい、甘口の醤油によく合う。

親父さんが面白い話をしてくれた。今日食べた首折れサバは種子島のものらしいが屋久島で獲れたサバは持ちが少々違うそうだ。絞め方に秘訣があるようで屋久島の秘伝の技はなかなか教えないらしい。店に置いておくと時間の経過とともに色が 浜上② 変わるそうだが屋久島産のものはなかなか変わらないんだそうだ。同じ熊毛地域、しかもすぐ近くの漁場なんだろうが獲った直後の技が違うようだ。こんな話は鹿児島市内にいてはなかなか聞ける話ではない。やはり現場でこそ聞ける話だ。食いきれないほどの刺身に大満足してホテルに戻った。

さて午後1時過ぎにセミナーが始まった。冒頭私がご挨拶させて頂き、すぐ阿蘇地域振興デザインセンターの坂元事務局長の講話が始まった。前日から種子島に入って貰い、時間の許す限り島内を視察して頂いたこともあって最初から千倉の岩屋が自然の海蝕だけではなく、人為的な力が加わっているのではないか、2つの入り口から太陽光が岩屋中央の広場に達する可能性もあり、エジプトのアブ・シンベル宮殿との類似性も考えられるとする仮説も披露された。学術的な根拠とは別にロマン作り、ストーリー作りが滞在時間を延ばす手法の一つであることを示された。

このほか地域づくりとは地域性の向上、人間性の向上、経済性の向上であり、地域の活性化とは地域づくり、人づくり、元気づくり、そして元気な人とは学習意識に富み、素直な性格で、プラス思考の強い人だと説く。一語一語に含蓄ある話だがこれを阿蘇地域でどう具現化しているのか事例も発表されて聞く側にとっては分かり易かったと思う。2時間近くの熱演だった。この後意見交換会も開催され、1市2町からの取り組み状況、県観光課のコメント、昨年1本化された種子島観光協会の会長、副会長、事務局長からの報告やこれからの方向性を語って頂き、支庁長からもコメントも頂いた。3月には市制50周年を記念してあの飛鳥Ⅱも入港するという。昨今の発砲事件で銃砲管理が厳しいのは分かるが火縄銃による歓迎セレモニーは最も種子島らしいイベントのはずだが、これがなかなか許可されないことについて何とか関係機関の了解が得られないものかという現場の声が強かった。

夕刻から懇親会も開催され民間、行政の方々多数が参加された。私も過去2年間このアカデミー事業には参加しているが本音での意見交換に勝る物はない。今回の事業の総合評価はご来場の皆様からのアンケートなど待って判断するべきだが、当事者の一人としては内容的に良かったのではないかと考えている。

夜飲みに街に出たが先週静岡からやって来たという女性もいれば、種子島在住10年目という人もいて、なかなか多彩な方々が多かった。昼間はサーフィン夜はお勤めというパターンだ。いろいろ聞いていくとここのIターン者には3種類あるようだ。一つは冬場のサーフィンスポットを求めた短期滞在型と島の心地よさに居着く長期型、また最初から移住を前提にお試しステイから入った本格移住型とも言える方々だ。南種子町でのUIターンサポートセンター(通称サポセン)の活躍は前回触れた。単身であれ、家族持ちであれ地域との接点無しには住めないことからサポセンの支援と地域の懐の深さがあればこその話だろうと思う。

新幹線の全通、空の交通網の再編成、教育旅行マーケットの沖縄離れ、韓国旅行者の急増など考えていくと種子島の可能性は大きい。今回のセミナー、意見交換会が全島的な機運醸成に何らかの役割を果たしたのではないかと考えている。

 

2008年01月22日

南さつまは面白い

よく行く南さつまだが昨日から1泊2日で再度訪ねた。今回は加世田にある南さつま商工会議所での講話だった。午後2時から南薩横断道路建設促進協議会の設立総会が開催されたが私の出番はその後で『グリーンツーリズムから見た薩摩半島の将来像』という演題での話だった。

資料も結構時間を掛け、念入りに準備しただけあって話のノリが良く若干時間をオーバーしたが大型バスでは行けない個人ツーリズム型の魅力あるスポットを改めてご紹介し、昨年日本風景街道全91コースの一つに指定され、『とるぱ』と称する写真スポットと駐車場情報の整備が期待される国道226号線の果たす役割の重要性もお話させて頂いた。

終わって即夕暮れ前だったが当地の清木場さんという方の農園を訪ねた。金柑をハウスで手広く栽培さ 南さつま れている方だそうだ。ハウスに入るとそれは見事な金柑がいっぱいに実っていた。しかも大きい。昔我が家にも金柑の木が2本ほどあって季節になると口に頬張り、あとで口の周りがヒリヒリしたことを思い出すが、清木場さんのハウスものはものが違う。一個一個丁寧に育てられた極上金柑だ。20個ほど体験収穫した後ここを離れる際に思わず東北のサクランボ泥棒みたいなことはないんですか?なんて聞いてしまった。心配無用だそうだ。彼は少々傷入りとかサイズの適しない金柑を9年ほど前から加工してジャムやマーマレードにして出荷しているが、これがまた大変な評判らしい。毎年幕張メッセで開催されるFOODEX JAPANにも出展参加して販路を拡大している。今年も3月11日~14日で参加するという。JAさんの販路も重要だろうが自分で商品と販路を開拓する意欲は素晴らしい。

また夜は南さつまで頑張る皆様方との意見交換会兼懇親会に出席した。皆それぞれの持ち場で頑張っている方々だ。清木場さんも参加された。こんな人たちとの出会いが私にとっては一番の収穫だ。二次会の会場には今自主キャンプを張っているソフトバンクのピッチャーさんが来られて驚いた。マスコミに乗るのはホンの一部の人達なんだと思った。

さて南さつま市を出る際にいつもと違う道を通ると雰囲気の良さそうなイタリアレストランがあった。何せ朝が遅かったこともあって車を駐めてはみたが食べられないと断念。次回に持ち越すことにした。でもこんな店が少しずつだが登場する街は楽しみだと思った。

2008年01月18日

お弁当版 『篤姫御膳』を試食した!

遅れてお昼に出ようとしたところに丁度弁当版『篤姫御膳』が届いた。皆出払った後だし、独り身じゃ家から弁当なんて持ってくる訳もなし、これ幸いに私が試食させていただいた。

篤姫御膳 先ずはその姿だが若かりし篤姫を思い起こさせるに十分な美しさを備えている。茶巾袋と称すのか巾着袋と言うのか分からないが先ずは女性陣からすれば喜ぶ綺麗な袋に入っているのがいい。袋の色も4種類ほどが用意されているようだ。食した後に空弁当を入れて捨てるには実に勿体ないから私はちゃんと取っておくことにした。

さて中をあければこれまた可愛い!って叫ぶ声が聞こえそうな2段重ねのお重だ。お品書きもあって『江戸の膳』と『薩摩の膳』から成っている。『江戸の膳』には当時火災の発生が多く、油を使う天ぷら類は御法度だったと歴史ミニ解説も付いている。『薩摩の膳』には篤姫の好物を取り入れたメニューであることが付してある。これはいい。日曜日にテレビの前に陣取り、大河ドラマを見ながらこれを食するのもいいかもしれない。篤姫のことがもっと理解できるような気もするからだ。後から聞いた話だが一の膳は徳川家、二の膳は島津家の家紋を意識した仕切りらしい。よく考えたものだ。

さて何かとケチをつけたがる私だが、この弁当、素直に美味しいと思う。メニューも良くできてるし、味付けもいい。更に鹿児島を象徴する素材も豊富だ。『江戸の膳』で7品、『薩摩の膳』で9品が盛ってある。赤味噌も使ってあるし、ライチもあってボリュームもなかなかだ。これまでイベントやドラマにあやかって各地で作られた弁当の中には正直旨くないものも多かった。だがこの篤姫御膳は違う。『本物 鹿児島県』を今、弁当に置き換えたらこれだという作り手のプライドを感じた。心が籠もっている実にいい弁当だと思った。お値段は税込み¥1,575で鹿児島中央駅新幹線コンコース内で販売されているということだ。正直もう少し安ければとは思うが綺麗な袋、ミニミニ歴史解説、お品書き、などなかなか凝った作りからすればやむを得ないギリギリのところだろうか。皆様も是非ご試食あれ!

2008年01月15日

溝辺町竹子(タカゼ)の巨石見学

先週の新聞で溝辺町の山奥に巨石があると知り、今日になったが行って見た。新聞では記者の方もこれを探すのに2日を要したとあるから、あらかじめ霧島市の観光課に同行をお願いした。市役所から車で約30 溝辺竹子の巨石 分で溝辺カントリーのコースを縁取るような山道に入るとまもなく、つい最近立てたと思われる小さな木の標識『据石ヶ丘の巨石』があった。ここから数分の山道なんだがコンクリートの簡易舗装とは思えないほどの大揺れの中進んで行くと山の頂上付近に出た。ここは車止めになっている。軽車両ならUターンも可能だ。ここから歩いて1分で目指す巨石があった。巨石と言うからにはそれだけ期待も大きかったんだがちょっと小ぶりな巨石というレベルだ。周囲を小さなといっても多分30~40kgくらいはありそうな石が何個か取り囲んでいる様子からして人の手が入っていると感じた。またこの(小ぶりな)巨石には基礎の部分が見て取れる。この上に大きな石が乗っかってることからすればやはり人的パワーが加えられた結果今の形に落ち着いたと思われるがどうだろうか。 溝辺の巨石

丁度霧島の山々と約90度の角度で櫻島が見える位置にあたり、これも何となく神懸り的な匂いがする。そう言えば来る途中、近くに高屋山陵を通って来たことを思えば、新聞にもあるように何となくこれとの関係も想像したくなるのは人情だろうか。市に聞くと昭和15年に国の調査も入ったとのことだがその結果は明らかではなさそうだ。

以前阿蘇の大草原の中にびっくりするような巨石群を見たことがある。近くまで道があるから誰でも行けるんだが土地に何度か通わないと土地の人はここに連れて行ってはくれない。でも確かに不思議な巨石群だった。阿蘇と比べることはできない規模ではあるが溝辺の小ぶりな巨石もその生い立ちへの想像に於いては互角と見た。 嘉例川駅105周年

さて帰りに裏道から嘉例川駅を訪ねた。表札を見れば何と今日は嘉例川駅の105回目の誕生日だった。でも周囲も普通と何ら変わらない雰囲気で寂しそうだった。目出度い日に来合わせたものだ。我等少数ながら、せいいっぱいその長寿を祝した次第。

 

2008年01月10日

南大隅町と佐多岬

根占図書館 新年第一回目の実踏として佐多方面を走った。本土最南端の佐多岬は誰でも知ってはいるが、それだけではなくもっと新たな発見を求めての実踏だ。先ずは南大隅町の役場を目指す。この隣には何と九州で最初の、日本でも4番目に設立された根占図書館がある。ここは明治16年(1883年)当地小根占の出身で日本初の測量会社『東京測量社』を起こした磯長得三が私設根占書籍館としてスタートした、今年で125年を迎える由緒ある図書館だ。現在の建物は百周年事業の一環として1982年に磯長翁の屋敷跡に建てられた新館だが結構広いスペースを持ち、資料費も財政厳しき中ではあるが確保されている。都市部の図書館では人気の新刊の購読を申し込んでも数ヶ月待ちの状況だが地域の図書館ではそんなに待たなくてもよさそうだ。

2階には資料館があるというので見せて貰ったがここにはあの中央駅前にある『若き薩摩の群像』の中の一人中村博愛の写真もあった。恥ずかしながら彼がここの出とは知らなかった。彼は1865年串木野羽島浦から他の18名とともに香港経由ロンドンに向かい、翌年渡仏して医学、語学を学んだという。彼は明治元年帰国後、藩の開成所で仏語の教授を務め、その後外交官として欧州の在外公館に勤務しオランダ、デンマークの公使も務めた。 またこの資料館には道の駅根占手前 根占郷土資料館 の大浜に明治29年、軍の電信局が開局され大浜~台湾間に日本初の海底ケーブルも日本の技術だけで敷設され、海外列強を驚かせたとの話も紹介されている。勿論その当時のケーブルの現物もちゃんと展示されていた。また平成9年には近くの遺跡から撃墜された零戦の20mm機関砲も掘り出され、その折れ曲がった姿もそのまま展示されていた。ここは宝の山だと思った。この南大隅町には『よかとこ100選』にも選ばれた雄川渓谷・滝もある。役場から遠くない地点にかくも素晴らしい自然が残っている。いいところだ。

佐多岬 さて佐多岬の本当の最南端にたどり着く道があると聞いて水中展望船さたでい号の案内所で聞くと潮の加減もあって片道2時間はかかるとのこと。やはり地元の方の先導無くしては危険だと思い断念した。いつもの道で佐多岬展望公園に向かうが途中入場券¥300(大人)と表示された看板が立っていた。終点の駐車場から歩いて抜けるトンネルの直前に料金所がありここで¥300を払う。トンネルから先の遊歩道は確かに以前 佐多岬展望塔 より木々の下枝が刈られ太陽も当たるようになっていたがレストランは廃墟のままだし、その先の展望台も別途¥200 払う価値があるかと問われれば疑問だ。でもここは日本の東西南北最端の地の一つでもある。他の3地区の整備と比べれば確かに見劣りすることは間違いない。また他の3カ所のいずれも記念撮影の場所までの入場料はかからない。唯一東端の納沙布岬にある民間の平和の塔(高さ97m)だけは土産品、食事の施設もあって大人¥900、子供¥500が必要だがエレベーター完備で根室半島や北方領土が良く見える施設になっている。佐多岬が今のままでいいとは思わない。ねんりんピックには自転車も種目にある。この機会に最南端を訪ねたいと思う方々も多いはずだ。3年後に迫った新幹線全通に向け、訪問者の期待に応えられる整備について国、地域行政、民間の速やかなアクションを促したい。

 

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