鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
平成24年2月20日
大宰府天満宮の樹齢1000年を超えるとされる飛梅が、今年は2月7日に開花しました。3月の上旬頃まで、境内にある約200種類、6000本の梅の花を見ることができ、受験生や進学・就職する人、外国人等が多く訪れ賑わいます。
菅原道真は梅をとても好んでおり、大宰府に左遷された際に詠んだ次の歌はあまりにも有名です。
東風吹かば匂ひをこせよ梅の花
主なしとて春な忘れそ ~菅原道真~
梅の花が終わると、桜のシーズンになり海外からのお客様が増加します。車体の側面に「EGLツアーズ」と書かれた団体バスが鹿児島でもよく見られるのもこの春先からで、毎年1000人を超えるお客様がEGLツアーズを利用して鹿児島を訪れています。
この度、文部科学省大学教育推進プログラム採択事業の一環として、「取材学習を取り入れた循環型初年次教育」の平成23年度公開シンポジウムが、鹿児島大学で開催されました。
アジアの中の鹿児島―交流、観光、映画を通して、他県や海外から見た鹿児島の魅力や映画の素材としての鹿児島に注目し、これからの地域文化や街づくり、行政、産業のあり方について考えるのが今回のテーマでした。
基調講演の一人がEGLツアーズの社長袁文英氏でした。 EGLツアーズの日本向けの送客数は10万人を超え、香港の業界でそのシェアはNO1です。袁社長の経営方針を学びたいと、全国の自治体から講演依頼が絶えないなど有名な企業経営者です。
袁社長はかつて日本の大学で勉強され、香港人に対して日本で観光ガイドもされていました。その後香港での旅行エージェント勤務を経て、仲間6人と1986年に会社を設立され、昨年25周年を迎えています。昨年の11月には香港のコンベンションセンターで盛大な25周年パーティが開催され、日本からの500人を含む国内外から1500人が参加し、その偉業を称えました。
袁社長の人となりと経営哲学について御紹介したいと思います。自分が社長と呼ばれるより「袁さんと呼んでくれ」といつも言われており、これから袁さんとして紹介します。
昭和54年から日本各地でガイドを担当し、その時自ら作ったガイド手引書は今でも多くのガイドの虎の巻として活用されており、数百名のガイド養成もされてきました。
昭和60年まで6年間香港の有力エージェントに勤務され、日本出張所の責任者もされました。その後自分で会社を興される際には、勤め先の会社にきちんと挨拶され、その会社の取引先には決してセールスには行かない等固い約束もされています。自分を育ててくれた会社に義理を尽くし、一方では自らの会社を発展させることで恩を返せたと語っています。
会社を発展させる中で、転機になるような事件も発生しました。それは平成7年の神戸大震災、地下鉄サリン事件、史上空前の円高(1ドル=¥79)であり、多くの香港の旅行社は日本向けのツアー販売を中止しました。
しかし袁さんは、これまでの仕事を見直し、日本でのランドオペレーター事業から香港でのリテーラー業務に切り替え、他社が日本ツアーを敬遠する中で、航空会社から仕入れた席を売り切り大きく業績を伸ばしました。
このことが航空会社や日本のホテル、運輸機関から絶大な信頼を得ることとなり、会社が飛躍する大きな節目の年になりました。袁さんは「危機はチャンスよりも 危機こそチャンス」と語っています。
また、事業規模が拡大する中でも、常にお客様の視点での経営を貫いており、頭を低くし、決して傲慢な企業体質は全く見受けられません。私も観光ミッション等で本社を訪問することがありますが、まさにサプライズの連続です。
ビルの1階で社員が、訪問者一人ひとりの名前を書いた「ウェルカムボード」を持って迎えてくれます。13階の応接フロアーに着くと、今度はエレベーター前のテレビのモニター画面に、一人一人の名前が映し出されます。
応接間には日本全国の自治体より受けた感謝状や各施設からのアワードが展示されており、改めて会社の存在のすごさを感じます。帰る際も見送りが徹底しており、バスが見えなくなるまで手を振ってくれます。ここまでのおもてなしを受けると感動・感激しない客はいません。
最近の日本へのツアーは深夜便が多いこともあり、顧客に対し新たな取組を提供しています。「夜の快眠を妨げないで」と表示してあるステッカーの配布や、日本到着後の待合室での歯ブラシの提供等常にお客様にサプライズの感動をいかに与えるかということに気を使っています。
日本におけるホテル、バス会社等これまで長期にわたり団体、FITで利用している機関に対しては、前金もしくは保証金による支払いの方法をとり絶対の信頼を得ています。
また、社会貢献活動にも積極的に取り組まれており、平成17年のスマトラ津波・地震の際は、被災地に対し従業員と会社で多額の義捐金を送られています。また、昨年の東日本大震災で被災した岩手県、宮城県、福島県に総額1億1955万円を届けています。
一方、袁さんは従業員を大切にされており、平成16年のサーズ発生で自らの企業が大変厳しい時でも、従業員の給料カット、人員削減、自宅待機等は一切行っていません。むしろ逆に添乗員の賃金をあげるなどの方策をとっています。
危機管理対策にも常に気を配っています。困難な時ほど逆に従業員に気持ち良く働いてもらうことが、従業員へのお返しだとも語っています。日本の企業経営者も学ぶべき点が多いと思います。
鹿児島大学の講演では、生徒たちに「変化に対応できる判断力を養う」ことや、「おもてなしの心」を持つことの大切さを語っていました。時にはユーモアを交え語りかけるように話される姿は、永年の企業経営で培われた謙虚な姿勢と確かな自信に裏打ちされていると感じました。
翌日は出水の武家屋敷、肥薩おれんじ鉄道、農家レストラン、阿久根等を視察され鹿児島の地方都市の魅力に触れてもらいました。今後新たな企画が生まれるものと期待されます。有志による歓迎会では、県知事からの「薩摩大使」の任命状も渡されました。
今後ますますの袁さんのご活躍をお祈りしたいと思います。