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鹿児島~台北線の就航を祝う

2012年4月2日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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1975年県と経済界との陳情以来、37年の時を経てようやく台湾への定期便が開設され、待望の初便が25日鹿児島空港に到着し、140人の観光客が降り立ちました。折り返し便には、124人が搭乗し就航一日目から順調なスタートとなりました。


昭和40年代の後半から台湾は身近な海外旅行先として人気があり、建設業界や各種団体の職場旅行、熟年のご夫婦旅行等根強い需要があります。従来福岡からの定期便や鹿児島空港からのチャーター便利用が主流であり、当時から定期便の就航が期待されていました。今回の就航は、火、木、日の週3便の運行となり大変歓迎すべき出来事です。

25日夜鹿児島での新路線開設のレセプションで、中華航空の張家祝会長は「2年以内にデイリー運行を目指したい」と力強く語り、出席していた県、経済界、旅行エージェント、観光関連の方々から大きな拍手が起こりました。これからの運行が楽しみな路線です。

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27日から県と観光連盟では定期便就航記念の訪問団を募り、運輸機関、宿泊施設、行政の10名で現地セールスを実施しました。今回は中華航空台北支社と鹿児島への送客の多いエージェント4社を訪問し、最近の日本への旅行動向の把握や鹿児島への誘客要請をしました。

中華航空では鹿児島便の予約状況は、4月、5月とも順調で一部の便は大型機材へ変更して対応し、秋には増便も検討しており、鹿児島便への期待の高さが伺えました。 旅行エージェントの訪問でも、今までのセールスとは違う確かな手応えを感じたのが訪問団の認識と思います。

各エージェント訪問で語られた鹿児島ツアーの動向と魅力は
 ・鹿児島への企画商品は5月までは催行がほぼ確実である。追加の席の確保が厳しい。
 ・九州へは、福岡が14便(1日2便)、宮崎が2便と合わせて19往復となり、多様な商品企画が可能となった。
 ・4泊5日のバスツアーが売れ筋であり、宿泊先は鹿児島県内が最低2泊となっている。旅行代金は、35,000元(約10万円)程度である。
 ・従来は北海道がNO1の行き先であるが、片道4時間の飛行時間がネックである。鹿児島までの2時間は魅力である。
 ・大河ドラマ「篤姫」の再放送が始まり、鹿児島への潜在的需要は高い。
 ・鹿児島の温泉は魅力的で桜島の噴火がめずらしい。
 ・世界遺産の屋久島が人気が高まっている。

課題としては
 ・FITが増加傾向にあり、新幹線のインバウンド料金の低額化に取り組んで欲しい。 
 ・観光、宿泊施設等の外国語表記の改善が急務である。
 ・北海道の魅力は「食」である。鹿児島の特徴を出した食事の充実が必要である。
 ・今後ゴルフツアーや医療ツーリズムの推進が必要である。
・鹿児島市内泊が少なく、温泉や錦江湾の魅力創出が求められる。
・鹿児島の知名度を上げるため、台湾の市内バスのラッピング広告が効果的である。

インバウンドを手掛ける南薩観光の菊永社長の話によると、台湾からの予約は順調であり、3月27日の便では110名のお客様を受けていると話していました。コースは鹿児島~霧島~長崎~熊本~宮崎~宮崎OUT、鹿児島~指宿~霧島~阿蘇~別府~福岡OUT、鹿児島~霧島~杖立~福岡~霧島~宮崎OUTの4泊5日のバスツアーで、滞在時間を長く取るため帰り便が遅い空港を利用しています。宮崎空港、毎日運行の福岡空港との連携の必要性を感じます。

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ところで路線の運行維持には双方向の搭乗率アップが不可欠です。台湾からの誘客については、毎年現地エージェントへのセールスを九州観光推進機構、宮崎県と実施してきました。県内の観光関係者が参加しており多くの成果を上げてきており、今回の就航にあたっても2月に現地でのセールスを展開し、定期便の就航に備えました。

4月以降も台湾からの予約は好調に推移しており、鹿児島へのインバウンドの回復の柱になると感じています。今年は修学旅行ですでに7校270名の予約が入っています。台湾からの鹿児島への宿泊観光客は平成22年が2万1千人であり、今年は倍増の4万人を期待しています。

一方では、台湾への観光客を増やす努力が求められます。台湾の魅力について触れたいと思います。小生は台湾を20数回訪問していますが、親日家が多く70歳以上の方は日本語を話す方が多く、まず治安が良いことがあげられます。
魅力ある観光地も数多くありますが、いくつかを紹介します。

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なんと言っても必見の価値があるのが「国立故宮博物院」で、世界一の中国美術工芸のコレクションとして名高い場所です。故宮は、フランスのルーブル、アメリカのメトロポリタン、ロシアのエルミタージュと並んで世界四大博物館に数えられています。

故宮には70万点近くの収蔵品があると言われており、3~4か月ごとに展示物を入れ替えていますが、すべてを見て回るには、10年以上かかると言われています。ガイドさんの説明で展示物のストーリーを聞くとその時代の背景が理解できます。ぜひ訪ねてください。

台北「忠烈祠」は、戦死した軍人や志士の英霊を祀っており、1時間ごとに行われる衛兵の交替式が見ものです。銃を何度も回転させながら落とすことなく交替式が行われ、一糸乱れぬ姿は感動的です。門に立っている姿は微動だにしないため、人形と間違えて手を触れる人もいるそうです。

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次に台北市民も気軽に訪れるのが「龍山寺」で、いつも煙が絶えず、頭を下げながら線香を強くふってお祈りしている姿があります。1740年に落成し270余年の歴史のある寺院で、聖観世音菩薩をお祀りしています。台北101、故宮博物院、中正記念堂と並ぶ台北市の「四大外国人観光地」に数えられています。

ところで、鹿児島と台湾との交流が深くなったのは、西郷菊次郎の存在が挙げられます。菊次郎は父西郷隆盛が謫居していた奄美大島の龍郷町で生まれていますが、宜蘭庁の初代庁長を務めています。今でも「宜蘭県を築いたのは初代庁長」として宜蘭で語り継がれています。

最も大きな功績とされるのは、当時氾濫を繰り返し疫病の原因となった宜蘭河の治水工事を完成させたことです。現在ではその堤防の上に記念碑が建立されています。また当時建設した木造の旧庁長舎が、現在は県政の記念館となっており開放されています。 宜蘭は台北市内から30分で行くことができます。宜蘭県議会と鹿児島県議会は、菊次郎の縁で活発な交流が続いていますが、今後は若者の相互交流ももっと拡大しなければなりません。

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台湾観光の楽しみのひとつは「台湾料理」です。台湾料理は福建料理をベースに、福建省出身の開拓民や広東省北部出身の客家、過去50年間に及ぶ日本の台湾統治時代の日本文化の影響を受け、現在の多様性に富んだ台湾料理の形成につながったといわれています。

食材ではカラスミ、ビーフン、担仔麺などが有名です。台湾では、ナイトマーケットなどで出される屋台が庶民に親しまれており、日本の観光客も多く訪れています。

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台湾を訪れたらぜひ立ち寄って欲しいのが、小籠包で有名な「鼎泰豊(ディン タイ フォン)」です。1993年ニューヨークタイムズ紙の世界で最も特色のある十大レストランの1つに選出されました。しかも唯一のチャイニーズレストランです。料金も手頃でだれでも自由に入ることができます。

ところで、定期路線の開設は物流の促進が可能となりました。「本物。鹿児島県」の黒牛、黒豚、カンパチ、クロマグロ、焼酎、水産加工品等をぜひ台湾の消費者に届けて、鹿児島への観光客の誘因効果を高めて欲しいと思います。台湾での物産展を今以上に開催しPRに努めたいものです。

現在台湾からの観光客はバスでの周遊が多く、INは鹿児島空港、OUTは宮崎や福岡空港を利用しています。鹿児島発着の利用度を高めるためには、当面は鹿児島からの観光客を増やすことが大きな課題です。

県交通政策課にある鹿児島空港国際化促進協議会(099-286-2459)では、鹿児島空港国際線ご利用の6人以上の団体・グループに、渡航経費の一部を助成しています。ぜひ活用して、NOビザで行くことができる台湾へでかけませんか。
参考:フリー百科事典ウィキペディア


若者の旅立ちを見送る

2012年3月26日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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新年度を控えて鹿児島中央駅や鹿児島空港で、若者を見送る横断幕や胴上げのシーンを見る機会が多くなりました。4月の始めにかけては転勤者の送迎の宴も開かれ、夜の街も賑わいを増します。

甑島では島内に高校がないため、中学生は卒業と同時に島から旅立ちます。これを甑島では「15の島立ち」といい、子どもたちを励ます会を開いて見送ります。

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また、卒業生は三年になると、自らの手で芋を植え、その芋でできた焼酎は『島立ち』と名付けられ、年間800本しか製造されない幻の焼酎となっています。卒業生が5年後に二十歳になって帰ってきたときに最初に飲むのがその時の芋で作った焼酎『島立ち』です。甑島にはこのような心温まる絆が未だに残っています。
子ども達が辛いとき、悲しいとき島のことを忘れずがんばって欲しいと願わずにはいられません。

この度甑島を舞台に、阿久根市出身の光岡洋さんが歌う「島立ちの春」という曲が発売され、話題となっています。その2番に若者を応援する歌詞があります。

    俺も十五で島立ちしたが 倅(せがれ)もこの春 島を立つ
            海は広いが、世間も広い デッカイ男になって来い
                 笑顔がかわいいヨオー  嫁でもつれて来い

里港の乗降場の正面に♪島立ちの春♪の歌碑が造られ、3月13日島の中学校の卒業式の日に合わせて、3年生や光岡さんも参加して除幕式が開かれました。

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今、九州新幹線全線開業で大都市圏から島を訪れる観光客が増えています。「長目の浜」、「鹿島断崖」、「帽子山展望所」、「瀬尾の観音三滝」、「ナポレオン岩」等の名勝や「Dr.コトーのモデルの医師」、「釣りバカ日誌」、「孤島の野犬」等の舞台となった甑島をぜひおたずね下さい。
          参考―薩摩川内市観光協会「こころ」

ところで中国では、旅立ちのときには盛大な宴を催して送る習わしがあり、また、多くの詩人が惜別の歌を残しています。次の詩は日本でも良く知られています。

          送友人  ~友人を送る~ 〈李白〉

   青山横北郭      青山 北郭に横たわり
   白水遶東城      白水 東城を遶る
   此地一為別      此の地 一たび別れを為し
   孤蓬萬里征      孤蓬 萬里に征く
   浮雲遊子意      浮雲 遊子の意
   落日故人情      落日 故人の情
   揮手自茲去      手を揮って 茲自り去れば
   蕭蕭斑馬鳴      蕭蕭として 斑馬鳴く

  解釈
     北のかた、緑濃き山たたなわり、まちの東、水白き川は流れる。
     われらここに別れを告げ、飛ぶ枯草の君は遠く旅立つ。
     白雲は出で立つ君の胸にただよい、落日はのこるぼくのはらわたを灼く。
     手をふってゆかんとすれば、ひゅうひゅうと駒はいななき。
                  引用:高島俊男『李白と杜甫』講談社学術文庫

市街地の様子や自然の植物などの情景が浮かんで来るようです。別れに際しての心理描写がとても美しく歌われています。人は別れに際して初めて友人の大切さに気づくものです。

この春大学生になる方々に、将来に対する心構えについて話をしたいと思います。

これからは、国とか社会にあまり過剰な期待を求めることは厳しいと思います。タイの洪水被害で分かったと思いますが、日本の多くの有力企業は今積極的に海外に生産拠点を移しています。日置市にあるパナソニックも(鹿児島から)撤退をします。
企業は今生き残りをかけて、工場の海外移転や統廃合、ドラスティックな人員削減等をやってきます。震災や原発の稼動の問題もあり、日本はこれから高度成長期のような右肩上がりの急激な経済の発展は望めず、低成長が常態化すると私は見ています。

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アメリカのケネディ大統領は、就任式でアメリカ国民に問いました。「祖国があなたに何をしてくれるかではなくて、あなたが祖国のために何ができるかということを考えて欲しい」と、自立の重要性を説いています。

また、進化論を唱えたダーウィンは、「この世の中で生き延びるのは強い生き物ではない、頭が良い生き物でもない、やはり変化に対応できる生き物だけが、この世の中で生き延びる。」と変化に敏感に対応できることの大切さを問うています。人は自動扉に頼るのではなく、自らの手でドアを開ける努力が必要です。

夏休みや試験休みを利用して一ヶ月間ぐらい、海外一人旅をして、外から日本を見ていただきたい。特に東アジアの成長が著しく、鹿児島県にとっては今後の展開が一番必要な地域です。

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また、我々が住む鹿児島県は、南北600kmに及ぶ広い県であり、「本物。鹿児島県」の素晴らしさを知るために、ぜひ離島まで足を延ばし自分自身の目でその素晴らしさを確かめてほしいと。そこに自分の将来像や生き方、就職関係のヒントが浮かぶと思います。

そして、最後にお願いしたいのは、勉強の大事さ、それはやはり一日四回の飯を食べていただきたい。朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯、そして、読書という習慣を身に付けていただきたい。読書をすることで、日々の情報に流されず自らの判断力や弾力的な考え方が蓄積されると信じます。

先ほども述べましたように、これからも日本経済は厳しい状況が続くと予想しており、簡単に安定した就職口が見つかるとは思いません。大いに勉強して、判断力を養い変化に対応できる強い人間に成長して欲しい。それくらいの厳しい覚悟でぜひ臨んで欲しいということを旅立ちにあたって伝えたいと思います。

西郷隆盛ゆかりの地 ~龍郷町の魅力~

2012年3月19日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

1963年に歌手三沢あけみが歌い、ヒットした「島のブルース」と言う曲をご存じの方は多いと思います。

島のブルース         作詞 吉川静夫 作曲 渡久地政信

1 奄美なちかしゃ 蘇鉄のかげで 泣けばゆれます サネン花よ
                     ながい黒髪 島むすめ 島むすめヨ
2 愛人(かな)はいまごろ 起きてか寝てか 淋しがらせる 浜千鳥ヨ
                     南風(はえ)のふく夜は ねむられぬ ねむられぬヨ
3 夏のおどりは 七日と七夜 みんな知り候(しよ)る 月の夜よ
                     名瀬の港の 船が出る 船が出るヨ
4 着せてみせたい 大島つむぎ わすれられない あのひとにヨ
                     なさけひとすじ 島むすめ 島むすめヨ

この曲を作曲した渡久地政信氏は、沖縄で生まれて龍郷町で育っています。奄美出身者の心の愛唱歌として唄い踊り継がれるこの歌は、奄美の情景にとてもマッチしています。 
その歌碑が、龍郷町の美しい海岸の丘に建立されており、赤いスイッチを押すと歌が流れます。 龍郷町は、奄美大島の東部に位置し東側は旧笠利町、西側は旧名瀬市であり、奄美空港まで25分、奄美市の中心街まで25分と交通の便利な位置にあります。島外からの移住者やUターンがあり、県内でも数少ない人口が増加している町です。

この度龍郷町の観光関係者と、観光による町づくりについて語る機会がありました。

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龍郷町に来た人が必ず訪れるのが、「西郷南洲謫居跡」です。西郷隆盛は生涯3度の島流しを経験していますが、最初に流されたのが奄美大島の龍郷の地であり、約3年暮らしています。 島では子ども達に読み書きを教え、島民との交流を深め、33歳の時龍郷の名家である龍家の娘・愛加那(あいかな)と結婚し、二人の間に男女の二児をもうけています。

しかし時代は西郷を必要としており薩摩に戻りますが、愛加那は一人島に残り余生を過ごしています。長男菊次郎は、後に台湾宜蘭庁長や京都市長、永野金山の鉱山館長を務めています。西郷南洲謫居跡では、ゆかりの品や西郷の手植えした桜、勝海舟から送られた碑文があり、子孫の方が丁寧な説明をしてくれます。

また、近くには龍郷へ流刑になった折、その船のとも綱を結んだ松(西郷松といわれる)がありましたが、現在では塩害の影響で、立ち枯れ松として残されています。先日訪ねた時には、根元から二本の幼木が育っており、西郷の精神を引き継いでいるかのように生き生きと伸びていました。

西郷隆盛は薩摩に戻った後、徳之島、さらに沖永良部へと流されていますが、島の人々に与えた教育や文化面の影響は大きく、それぞれの島での足跡を学ぶことで、明治維新への行動が理解できると思います。龍郷町での足跡をぜひ訪ねて欲しいと思います。

町には、国の重要無形文化財であり、秋名地区のアラセツ行事である「ショチョガマ・平瀬まんかい」の祭りが残っています。今この祭りは全国的に知られるようになりました。

朝潮満ちあがりや ショチョガマのお祝べ 夕潮満ちあがりや 平瀬お祝べ     (朝潮が満ちればショチョガマの祭り 夕潮が満ちれば平瀬の祭り)

旧暦8月の最初の丙(ひのえ)の日のアラセツ(新節)に行われる「ショチョガマ」の祭りは、夜が明けかかる頃から始まる祭りで、山の中腹に作った柱だけの神小屋の屋根で、田に向かって太鼓を打ち鳴らしながら豊年を祈る歌を歌います。その後かけ声とともに屋根の上で小屋をゆさぶり、徐々に南側に傾けながら壊します。その後、倒れた屋根の上で豊作を祈る八月踊りをし、ショチョガマの祭りが終わります。

「平瀬マンカイ」は午後4時頃、夕方の満潮に合わせて祭りを行いますが、海の彼方(ネリヤ)の神々への祈願です。 東シナ海に面した湾の左手にある岩の「神平瀬」に5名のノロ役の女性が、「女童平瀬」には、男3名・女性4名がのります。

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女童平瀬の女性が太鼓を打ち鳴らし、双方から唄の掛け合いが行われ、海の彼方の神々への豊作祈願が行われます。 礼拝で祭りが終了すると、浜に下りて八月踊りを行います。集落の人たちもご馳走を持って、こぞってその浜に集まり見物し宴が始まります。

2つの祭りは、同日の早朝と夕方に行われることから、観光客は宿泊が伴います。観光客専用のスペースを確保し、また、集落に交流の広場を設け特産品の販売等を行うことで、地域の活性化にもつながります。観光客が八月踊りの輪の中に自然と加わる祭りにしたいものです。

ところで、龍郷町は大島紬の伝統的な銘柄である、「龍郷柄」と「秋名バラ」の発祥の地です。空港から20分のところにある「大島紬村」は、ハイビスカスやブーゲンビリアなどの美しい花や自然に囲まれ、大島紬ができるまでの行程を見学・体験ができ、試着ができることも魅力のひとつです。かつて大島紬の生産は、群島の基幹産業でしたが、今ではわずか8,919反しか生産されず(龍郷町では、2,544反。平成22年調査)、貴重な産業となりつつあります。観光客にぜひお勧めしたいスポットです。

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円集落の県道にある「かがんばなトンネル」からの夕陽は必見の価値があります。春分の日の前と秋分の日の数日間、トンネルに夕陽がすっぽりと入ることが解り、今では町の名所のひとつになっています。まさに日本の珍百景に登録してもいいのではないでしょうか。

沿道の安木屋場集落には、ソテツの群生地がありその数は約6万本とも言われ、山肌一面に広がる光景は圧巻です。またバショウの群落も見られ、写真愛好家にはたまらない撮影ポイントです。

美しい海に囲まれた龍郷町は、ダイビングやサーファーの憧れの地であり、冬でも多くの愛好者が訪れ、海岸で楽しんでいます。

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また、島の特産として「黒糖焼酎」が、3社の酒造会社で生産されており、黒糖を主原料に作られた風味豊かな香りは、旅人のおみやげとして重宝がられています。
郷土料理としては、「鶏飯」をお勧めします。ご飯の上に鶏肉のササミ、錦糸卵、シイタケ、ノリ、ショウガ、ネギなどの具をのせて、地鶏だしでじっくり煮込んだスープをかけて食べるのが美味しいと思います。島を訪れる著名人が必ず立ち寄る店が国道沿いにあります。皆さんもぜひ訪ねてください。

龍郷町は温暖な気候と豊かな自然を活かし、都会からの誘客が重要と考えます。秋から冬場にかけてのスポーツ合宿、夏場の大学生のゼミ旅行、私立学校の修学旅行、全国的なサーファー大会の開催、熟年のカルチャースクールの滞在先等として売り込むべきです。

また、空港や奄美市への経由地としてのメリットを活かし、団体バスの休憩場所としての魅力づくりや、特産品の販売のPRも必要です。折しも4月に「奄美群島観光物産協会」が設立され、奄美群島は一つとしての広報宣伝が強化されるのに伴い、龍郷町のオンリーワンの魅力をPRし誘客に努めて欲しいと思います。

                       参考:龍郷町町勢要覧:龍郷町ホームページ

変わるかごしま、変わらないかごしま 九州新幹線全線開業2年目のスタートに当たり

鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
2012年3月12日

今年の日本の冬は例年になく大雪に見舞われた地域が多く、北国の春の到来はまだ先のようですが、西日本では5日に春一番が吹き、春が近いことを告げているようです。

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春といえば、日本人なら桜の花を連想される方が多いと思います。ワシントンD・C・のポトマック河畔の桜並木は、世界の名所の一つになっています。毎年3月末から4月にかけて盛大に「桜まつり」が開催され、日本からも多くの観光客が訪れます。この桜は、明治の終わりごろに、当時の東京市長尾崎行雄がプレゼントしたものです。

鹿児島では3月下旬ごろ毎年桜の花が開花しますが、入社式の時期には歓迎の宴が満開の桜の下で開かれ、鹿児島市の甲突川河畔は多くの人々で賑わいます。

日本では桜に関する歌が昔から詠まれています。

  いにしえに 奈良の都の八重桜
              けふ九重に にほひぬるかな
                    伊勢大輔  小倉百人一首

  清水へ祇園をよぎる桜月夜
              今宵逢ふ人 みなうつくしき
                    与謝野晶子  みだれ髪

2つの歌は、古都奈良と京都が舞台ですが、3月のダイヤ改正で新大阪までの直通列車「みずほ」、「さくら」が増発されることもあり、鹿児島からも関西地区へ多くの観光客が訪れるものと思います。

ところで1年前の3月12日は、九州新幹線の全線開業日でした。N700系の新型車両の一番列車「みずほ600号」は、6時58分満員の乗客を乗せ、多くの関係者、報道陣が見守る中、万歳の音頭で新大阪駅に向けて出発しました。

1年を振り返り県内の変化や課題について整理したいと思います。

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鹿児島県は九州の最南端に位置し、何かにつけて不便と言われていましたが、「鹿児島中央駅」が新幹線最南の終着駅になり、また、新大阪駅から直通の新幹線が運行され時間短縮効果が顕著となり、鹿児島への観光客は予想以上の伸びとなっています。

開業日前日に東日本大震災が発生し、スタートは厳しい状況でしたが、GW前から動きが活発となり、5月から今年の1月までは前年を上回る観光客が訪れています。

地域別にみますと、指宿地域は、「指宿のたまて箱」効果もあり、大河ドラマ「篤姫」が放映された平成20年に迫る勢いです。

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霧島地域は、新燃岳噴火の影響から立ち直り、年末の「じゃらんnet」の調査では、霧島温泉は「全国温泉地満足度ランキング第一位」となるなど、地域ぐるみの「おもてなし」の取組が評価されています。


鹿児島市は終着駅効果で安定しており、桜島の「よりみちクルーズ」や「サクラジマアイランドビュー」効果も浸透しています。

三地域は鹿児島の観光を支える屋台骨となる地域であり、自らの地域の魅力発信に加えて、周辺の市町村と連携し、広域の観光客誘致に努力して欲しいと願うばかりです。

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大隅地域は「大隅地域レンタカー無料プラン」を導入し、アクセスの改善を図りました。告知期間が短く、旅行エージェントの企画に反映されず十分活用されているとは言えません。しかし1000台近くの利用があったことは、数千名の宿泊が発生し一定の評価ができると思います。今後も継続していく必要があります。

種子島・屋久島地区については、今度の新幹線全線開業では初めて鹿児島を訪れた観光客が多く、種子島・屋久島地区まで足を伸ばしていません。指宿からの高速船の認知度が低くこれから商品企画の充実が課題です。屋久島は、今度単独で国立公園になります。日本が誇る世界自然遺産の島としてもっと観光客が呼べるのではないかと思います。

2次交通については、出水や川内、指宿、鹿児島中央駅を基点に観光周遊バスが整備されました。また、姶良市周遊観光バス「あいらびゅー号」、「サクラジマアイランドビュー」、「垂水市観光バス」も新たに運行され一定の成果を上げています。

2次交通は観光地における交通弱者(特に熟年)などに利便性があり、新幹線停車駅からなかなか行けない観光地を訪ねたり、バスの始発地に戻ることができるなど荷物を持っての乗り降りがないことが人気となっています。定着するまでには2~3年はかかると思います。引き続き行政としての支援も必要であり、自力で運行できる態勢までもっていかねばなりません。

鹿児島市内は、中央のビジネスホテルが進出し、過当競争が熾烈を極めています。時間短縮効果でビジネスマン出張は日帰りが多くなり、シングルの多いホテルは苦戦を強いられており、この状態が続くと資金力の弱い地場のホテルは苦戦が予想されます。

鹿児島ならではのきめ細かなサービスで大手との差別化が求められます。日帰り客を宿泊させるために、札幌のようにエンターテイメントの充実など夜の天文館の賑わいの創出が求められます。

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一方では、観光客が利用しやすいツインが多いホテルは善戦しており、シングルをツインに変更するホテルも出てきています。これも1泊は温泉地(離島)で、2泊目は市内でというパターンが増加し、夜は「本物。鹿児島県」のグルメを求めて宿泊しています。今後もツインの需要は続くものと予想しています。

3月17日のダイヤ改正で新大阪直通の列車が大幅に増加し、旅行エージェントの商品企画もかなり増えています。山陽・九州新幹線の沿線の人口は、2,800万人にもなり、まだまだ需要の開拓は残されています。特に中国地域からの宿泊者数は、県全体の6%程度に過ぎません。これからも伸びる余地は大いにあります。今年は、関西全地域、中国四国を対象に誘客に努めていきます。

また、今年は「東京スカイツリー」がオープンし、一時的なブームは起きると思いますが、建物は永続的な施設であることから、最大のマーケットである首都圏で消費者の選択肢を広げる意味でも、我々はPRに努めていく必要があります。
インターネット経由の予約が急増しており、WEB販売の強化等を進めるため情報の充実と発信が求められており、新たな観光客誘致策にも取り組んで行く必要があります。

新幹線全線開業で各自治体の動きも活発となってきました。人口の減少や高齢化、産業や経済の低迷などで地域の活力の低下が顕著となっており、その打開策として観光振興に力を注いでいます。観光組織の強化やトップセールスの展開など誘致競争も熱が入ってきました。

特にグリーンツーリズムやブルーツーリズムの体験のニーズが増えており、中心になるのが教育旅行です。平成25年度からは新大阪発の修学旅行専用列車の運行も決定し、鹿児島の農業、漁業を活かすチャンスが到来しています。

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食のブランド化に力を注ぐ地域も増えてきました。特に観光素材の少ない地域は、大きな武器となります。ターゲットを明確にして、実りある宣伝に努めてほしいものです。


今、国民の国内旅行は減少傾向にあり、外国人の誘客が大きなテーマです。3月25日から台北便が就航します。宮崎県や毎日就航している福岡県と連携し、新幹線を活用した広域連携も重要になっています。台湾だけでなく、ソウル便、上海便を加えて東アジアをにらんだ新たな展開が可能になってきました。交通体系が整備され鹿児島が飛躍的に伸びるチャンスです。

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今までの新幹線開業では、2年目から苦戦を強いられています。鹿児島に来られた方々に、心に残る「感動」と「感激」を与え、リピーターを増やすことが何よりも大切です。鹿児島の美しい自然と温かいおもてなしは変わりません。「本物。鹿児島県」を提供できる環境は整いました。座して観光客を待つより積極的な挑戦が求められています。今年が正念場であることを肝に銘じてがんばりたいと思います。

私事で恐縮ですが、今回のコラムが就任以来200回目となりました。1回も休むことなく続けることができたことに対し、皆様のご協力に心から感謝いたします。  

出水のさらなる発展を願って~新幹線開業2年目を迎えて~

2012年3月5日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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今年もツルの北帰行が始まりました。荒崎の田んぼの上空を何回も旋回しながら、出水に別れを告げているようです。出水には昭和2年頃から飛来してきており、今年も1万羽を超えるツルが、越冬しました。 地域の人々の温かい保護活動が続けられた結果、このように多くのツルが飛来するようになったのではないかと思います。

昨年は鳥インフルエンザの発生でツル観察センターは閉鎖されましたが、23年度は65,000人の入館者が見込まれており、出水の観光はツルの存在が大きな支えになっていることを感じます。

この時期になると、長島町の行人岳にはツルの北帰行を見る人が訪れます。ツルにとって行人岳は、上昇気流をつかむ絶好のポイントとなっており、出水方面から徐々に高度を上げ頂上付近で上昇気流をつかむと、旋回をはじめて一気に急上昇し、一路繁殖地のシベリアを目指して飛んでいきます。今年11月には、また多くのツルが帰って来ることを祈りたいと思います。

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ところで、九州新幹線全線開業からまもなく1年になります。観光プロデューサーに就任した平成20年に第1回の「出水の観光を考える会」で講演を依頼され、その後出水市を度々訪れるようになりました。今回3回目の会合に出席し、今後の出水の観光について観光関係者と語る機会がありました。

全線開業2年目を迎える出水の観光戦略について述べてみたいと思います。

出水市への観光客は、九州新幹線が部分開業した平成16年は伸びましたが、その後は苦戦し、全線開業の23年度は回復基調にあります。現在新大阪からは、上下3本の列車が停車しますが、3月のダイヤ改正で17本に増発される予定であり、その効果をいかに活かすかが課題です。

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まず、どの地域をターゲットに何を売りにするか、出水で降りたくなる動機付けが必要です。関西以西をメインに、ツルの渡来世界一や武家屋敷等オンリーワンの素材をPRし、四季折々の過ごし方を提案し誘客する取組が求められます。


持続できる観光地になるためには、新ご当地グルメの定着やスイーツのブランド化も必要です。また、おもてなしの心の醸成も不可欠です。

今後、海外からの誘客が急がれます。昨年シンガポールの旅行エージェント招聘を実施しましたが、農家民泊や農園レストラン、肥薩おれんじ鉄道への期待が高かったと思います。

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新幹線の速さと「肥薩おれんじ鉄道」のゆっくり旅を提案し、観光施設や宿泊先での日本文化の提供が、外国人の心を捉えます。琴の演奏、日本舞踊、お茶、生け花、ゆかた着付等を堪能していただく仕掛けが重要です。3月25日から台湾便が就航し、東アジアからの誘客がさらに可能になりました。

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昨年から大きく伸びているのが教育旅行で、24年度はすでに11校、2,326名が決定しています。新幹線の利便性を前面に出し、駅からスタートできるグリーンツーリズムのメリットが誘致をより可能にしています。

対象エリアは関西・中国地域であり、出水ならではの体験メニューを提供することで、さらに他地域との差別化が図られます。NPO法人環不知火プランニングとの連携による取組を強化し、簡易宿所の登録拡大やコンプライアンスの徹底により、学校に対して安全・安心をアピールする取組も求められます。

旅行エージェントの商品企画に取り上げてもらうことが個人旅行への販売につながります。今まで停車本数や旅行エージェントに対する提供席数も少なかったために、商品造成が難しい点がありました。ホテルの方々は積極的に個人型のフリープラン商品を作っていただき、季節に応じた弾力的な価格設定で販売拡大に繋げて欲しいと思います。

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  一方では、近隣の市町村との連携が重要になっています。出水市に不足しているものは他の地域と連携しカバーする必要があります。観光客に県境はありません。水俣、牛深、天草、人吉、伊佐、霧島市などとの広域連携が必要です。

教育旅行の誘致に成功しているのは、水俣との連携が大きな要因です。たとえば、3月31日から開催される「夢追い長島花フェスタ」の参加者を呼びこむため、町のGSなどにパンフレットを置くことで観光客の流れを呼び込むことが可能となります。

ところで、各自治体とも人口の減少や税収の伸び悩みで各種の事業展開が厳しくなっています。国の公募事業を活用するのも一つの方策で、国土交通省、内閣府、経済産業省、総務省などの支援事業に応募し、採択されれば資金援助が受けられます。また、県の魅力ある観光地づくりにも積極的に応募して欲しいと思います。

出水の武家屋敷は規模が大きく見応えがありますが、敷地内の自動販売機は木の枠組みで囲み、宣伝広告板や旗は禁止するなど景観保護に努めるべきです。そのことが魅力アップになります。

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昨年締結された知覧、入来の武家屋敷との連携を強化して、共通のパンフレット作成や共同宣伝、共通チケットの導入やスタンプラリーなどの取組が、3地域への誘因効果をもたらします。昨年オープンした交流ハウス「和」の利用促進が出水の武家屋敷の価値を高めることにもなります。

また、秋に開催された「出水ツルマラソン」に続くイベントとして、ウオーキングや女性のスポーツ大会を創設するなど、人が集まる仕掛けが必要です。教育関係や業界の各種大会の誘致も新たな需要層の開拓につながります。 新幹線開業を期にスタートした周遊バス・クレイン号の継続運行が重要です。やっと定着しつつあり、今後行政の支援を受けながら自力で運行可能な道を目指して欲しいと思います。

最後に、今出水商工会議所が進めている「出水ブランド」の新しい商品展開を、市のイメージアップに役立てる必要があります。グルメ3品、スイーツ3品が新しく開発され、市民への定着をいかに図るかが成功の鍵となります。各種団体の名刺でもPRし、ホテル、道の駅、商店街等で土産物として購入してもらう取組が出水に経済効果をもたらします。

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出水は九州新幹線が停車する12の駅の一つであり、駅を基点に様々な取組ができます。果敢なチャレンジを行い、新幹線増発を機にさらに地域が発展していくことを期待してやみません。