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西郷隆盛ゆかりの地 ~龍郷町の魅力~

2012年3月19日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

1963年に歌手三沢あけみが歌い、ヒットした「島のブルース」と言う曲をご存じの方は多いと思います。

島のブルース         作詞 吉川静夫 作曲 渡久地政信

1 奄美なちかしゃ 蘇鉄のかげで 泣けばゆれます サネン花よ
                     ながい黒髪 島むすめ 島むすめヨ
2 愛人(かな)はいまごろ 起きてか寝てか 淋しがらせる 浜千鳥ヨ
                     南風(はえ)のふく夜は ねむられぬ ねむられぬヨ
3 夏のおどりは 七日と七夜 みんな知り候(しよ)る 月の夜よ
                     名瀬の港の 船が出る 船が出るヨ
4 着せてみせたい 大島つむぎ わすれられない あのひとにヨ
                     なさけひとすじ 島むすめ 島むすめヨ

この曲を作曲した渡久地政信氏は、沖縄で生まれて龍郷町で育っています。奄美出身者の心の愛唱歌として唄い踊り継がれるこの歌は、奄美の情景にとてもマッチしています。 
その歌碑が、龍郷町の美しい海岸の丘に建立されており、赤いスイッチを押すと歌が流れます。 龍郷町は、奄美大島の東部に位置し東側は旧笠利町、西側は旧名瀬市であり、奄美空港まで25分、奄美市の中心街まで25分と交通の便利な位置にあります。島外からの移住者やUターンがあり、県内でも数少ない人口が増加している町です。

この度龍郷町の観光関係者と、観光による町づくりについて語る機会がありました。

西郷隆盛謫居跡.jpg

龍郷町に来た人が必ず訪れるのが、「西郷南洲謫居跡」です。西郷隆盛は生涯3度の島流しを経験していますが、最初に流されたのが奄美大島の龍郷の地であり、約3年暮らしています。 島では子ども達に読み書きを教え、島民との交流を深め、33歳の時龍郷の名家である龍家の娘・愛加那(あいかな)と結婚し、二人の間に男女の二児をもうけています。

しかし時代は西郷を必要としており薩摩に戻りますが、愛加那は一人島に残り余生を過ごしています。長男菊次郎は、後に台湾宜蘭庁長や京都市長、永野金山の鉱山館長を務めています。西郷南洲謫居跡では、ゆかりの品や西郷の手植えした桜、勝海舟から送られた碑文があり、子孫の方が丁寧な説明をしてくれます。

また、近くには龍郷へ流刑になった折、その船のとも綱を結んだ松(西郷松といわれる)がありましたが、現在では塩害の影響で、立ち枯れ松として残されています。先日訪ねた時には、根元から二本の幼木が育っており、西郷の精神を引き継いでいるかのように生き生きと伸びていました。

西郷隆盛は薩摩に戻った後、徳之島、さらに沖永良部へと流されていますが、島の人々に与えた教育や文化面の影響は大きく、それぞれの島での足跡を学ぶことで、明治維新への行動が理解できると思います。龍郷町での足跡をぜひ訪ねて欲しいと思います。

町には、国の重要無形文化財であり、秋名地区のアラセツ行事である「ショチョガマ・平瀬まんかい」の祭りが残っています。今この祭りは全国的に知られるようになりました。

朝潮満ちあがりや ショチョガマのお祝べ 夕潮満ちあがりや 平瀬お祝べ     (朝潮が満ちればショチョガマの祭り 夕潮が満ちれば平瀬の祭り)

旧暦8月の最初の丙(ひのえ)の日のアラセツ(新節)に行われる「ショチョガマ」の祭りは、夜が明けかかる頃から始まる祭りで、山の中腹に作った柱だけの神小屋の屋根で、田に向かって太鼓を打ち鳴らしながら豊年を祈る歌を歌います。その後かけ声とともに屋根の上で小屋をゆさぶり、徐々に南側に傾けながら壊します。その後、倒れた屋根の上で豊作を祈る八月踊りをし、ショチョガマの祭りが終わります。

「平瀬マンカイ」は午後4時頃、夕方の満潮に合わせて祭りを行いますが、海の彼方(ネリヤ)の神々への祈願です。 東シナ海に面した湾の左手にある岩の「神平瀬」に5名のノロ役の女性が、「女童平瀬」には、男3名・女性4名がのります。

平瀬マンカイ.jpg

女童平瀬の女性が太鼓を打ち鳴らし、双方から唄の掛け合いが行われ、海の彼方の神々への豊作祈願が行われます。 礼拝で祭りが終了すると、浜に下りて八月踊りを行います。集落の人たちもご馳走を持って、こぞってその浜に集まり見物し宴が始まります。

2つの祭りは、同日の早朝と夕方に行われることから、観光客は宿泊が伴います。観光客専用のスペースを確保し、また、集落に交流の広場を設け特産品の販売等を行うことで、地域の活性化にもつながります。観光客が八月踊りの輪の中に自然と加わる祭りにしたいものです。

ところで、龍郷町は大島紬の伝統的な銘柄である、「龍郷柄」と「秋名バラ」の発祥の地です。空港から20分のところにある「大島紬村」は、ハイビスカスやブーゲンビリアなどの美しい花や自然に囲まれ、大島紬ができるまでの行程を見学・体験ができ、試着ができることも魅力のひとつです。かつて大島紬の生産は、群島の基幹産業でしたが、今ではわずか8,919反しか生産されず(龍郷町では、2,544反。平成22年調査)、貴重な産業となりつつあります。観光客にぜひお勧めしたいスポットです。

かがんばなトンネル.jpg

円集落の県道にある「かがんばなトンネル」からの夕陽は必見の価値があります。春分の日の前と秋分の日の数日間、トンネルに夕陽がすっぽりと入ることが解り、今では町の名所のひとつになっています。まさに日本の珍百景に登録してもいいのではないでしょうか。

沿道の安木屋場集落には、ソテツの群生地がありその数は約6万本とも言われ、山肌一面に広がる光景は圧巻です。またバショウの群落も見られ、写真愛好家にはたまらない撮影ポイントです。

美しい海に囲まれた龍郷町は、ダイビングやサーファーの憧れの地であり、冬でも多くの愛好者が訪れ、海岸で楽しんでいます。

鶏飯0316.jpg

また、島の特産として「黒糖焼酎」が、3社の酒造会社で生産されており、黒糖を主原料に作られた風味豊かな香りは、旅人のおみやげとして重宝がられています。
郷土料理としては、「鶏飯」をお勧めします。ご飯の上に鶏肉のササミ、錦糸卵、シイタケ、ノリ、ショウガ、ネギなどの具をのせて、地鶏だしでじっくり煮込んだスープをかけて食べるのが美味しいと思います。島を訪れる著名人が必ず立ち寄る店が国道沿いにあります。皆さんもぜひ訪ねてください。

龍郷町は温暖な気候と豊かな自然を活かし、都会からの誘客が重要と考えます。秋から冬場にかけてのスポーツ合宿、夏場の大学生のゼミ旅行、私立学校の修学旅行、全国的なサーファー大会の開催、熟年のカルチャースクールの滞在先等として売り込むべきです。

また、空港や奄美市への経由地としてのメリットを活かし、団体バスの休憩場所としての魅力づくりや、特産品の販売のPRも必要です。折しも4月に「奄美群島観光物産協会」が設立され、奄美群島は一つとしての広報宣伝が強化されるのに伴い、龍郷町のオンリーワンの魅力をPRし誘客に努めて欲しいと思います。

                       参考:龍郷町町勢要覧:龍郷町ホームページ

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