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プロデューサーズコラム

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長島町でのラクレット!

阿久根のタイマッサージ 18日は長島町で獅子島航路活性化の会議があったので3号線沿いに車を飛ばした。途中阿久根の手前の民家に突然タイの国旗が翻っているので戻ってみると何とタイ古式マッサージの店だった。好奇心もあって玄関を開けるが鍵がかかっていて不在の様子。でも何でこんなところで店開いているんだろうか。ちなみに70分¥3,500だから悪くはない。機会あれば試したいと思いながら長島へ向かった。

会議が終わり翌日旧長島町で開催予定のラクレット研究会の件で役場の方との打ち合わせをして図書館を覗くとこれまでにない活況!お母さんと子供が絵本を読んでるし、おばさま方も本を読まれてる。係の方に挨拶してるとおばさま達が明日のラクレット作りに参加するんだと言われ、料理の本を手元に置いて事前勉強中だとか。

さて翌19日朝9時過ぎに今日の料理人吉田氏が到着。彼はヒルトンの総料理長も長く、その後欧州での経験も豊富でラクレットもよく知ってる達人。先ずは私が開催の趣旨を語り、若い女性陣に人気のある料理であること、これを使った仕掛け作りは今北海道でも準備中であること、海の幸と野の幸を使った新たな長島の売り込みのヒントを長島町の皆さんが探すきっかけ作りが目的であるとお伝えした。

長島ひおうぎ貝 事前に食材については100%地産地消を原則にしたいと役場にもお願いしていたので前日には役場の方と一緒に島の新タマネギも買ってきたが並んだ食材は柑橘類も豊富だし、ホタテに似た2枚貝のヒオウギ貝の自然の色には驚いた。勿論特産のブリ(鰤王)も3枚におろして準備してあった。

先ずは今日のメインのラクレットに使うその名もラクレットチーズを細かく切って貰う作業を数人で分担、そのまま試食して貰ったがそのままでも結構旨いチーズだ。次に柑橘類を使ってドレッシングを作り、これに長島町で作る醤油を加えて味を調えた。次にブリの 長島町ラクレット カルパッチョを作り、裏の加工場で蒸したジャガイモの準備ができた段階でいよいよラクレットチーズを溶かし始めた。本当は専用の機械もあるんだが今日は敢えて使わない。このラクレット、芋もチーズも熱々でなければ駄目だ。だから本場でも小皿で数回おかわりして食べる。チーズができあがって即試食に入ったが黒胡椒の粉をちょっと振ると味が一層引き立つ。若い方々を中心にこんな料理があったのかという声も上がり、おかわりも続いた。私もジャガイモを盛る作業に多忙でこのラクレットの写真を撮らなかったのが悔やまれる。この前後ブリのカルパッチョも大皿4,5枚に載せて食べて貰ったが好評ですぐ無くなった。

最後の料理は例のヒオウギ貝で、活きのいい貝を開いて中身を取り出し、そのままフライパンでニンニクと  長島町ラクレット 油で炒め、これにヒオウギ貝から出たスープを煮詰めて味を調えた。大皿に島産の天然アオサと千切りにして炒めたタケノコをベースに敷き、その上に熱々のヒオウギ貝を載せ、皿に煮詰めたスープをかけたこの料理、取材の報道関係者から料理名を聞かれたが私には分からない。でもすごく美味しかった。準備して貰った食材を全部使いたいとの吉田料理長の思いから生まれた創作料理だ。

この後意見交換会に入ったが観光協会長からは是非もう一度やって欲しい。ラクレットを長島町の宿での1品にできるだろうかとの声もあった。吉田氏も長島は海の幸が看板、ラクレットはこれに新たな魅力を添えるものであること、また私からこの料理はどちらかと言えば美しい風景を愛でながらのイベント用の料理 長島町ラクレット の方が似合うこと、とにかく熱々の状態をどう保つかが大切であること、芋煮会などの名前では人はこっちを向かない、島に域外からの人々を呼ぶきっかけになる料理であることを説明して皆さんで今後どう活用するか検討して欲しいとお願いして終えた。始まったら忙しい作業の連続で吉田氏もお疲れの様子だったが私的には面白いイベントだったと考える。

 

夢実現!牡蠣

19日の夕刻、友人から連絡があり、鹿児島にあの厚岸の牡蠣が入ったとの報告があり、急ぎ馳せ参じた。半信半疑で天文館の店に顔を出すと店主が白い発砲スチロールの箱から取り出したものは紛う方なき厚岸牡蠣だった。

厚岸の牡蠣 さっそく面前で牡蠣を開けて貰い、一皿に3個ずつ盛って期待に胸膨らませて食ってみれば確かに美味い。でも新鮮で旨いのに何か足りない。それは温度だった。勿論常温で保管されているのではないがもっと下げたほうがいい。そこで店主にあと2度程度下げて貰い、2皿目を食べた。さっきよりもっと旨い。でも更に2度下げて貰う事にして3皿目を待つ。この最後の牡蠣が今夜の最高だった。同じ牡蠣でも何で温度でこんなに味が違うんだろう。多分この3皿目の牡蠣が育った厚岸の海の温度なのかもしれない。上記写真にある通り私はケチャップをちょっとのせるのが好きだ。

でも店主に聞くと最近鹿児島でもこの時期牡蠣を希望するお客が増えているらしい。県外からの赴任者や出張者が増えてきたんだろうか。マーケットがあればそこに産業が生まれる可能性も出てくる。お願いすれば厚岸からでも取り寄せてくれる店があるなんて便利な時代になったもんだ。今夜はこの便利さを素直に喜んだ。

徳野貞雄教授の講話(蒲生町)を聞く

前後したが14日の金曜日、部内の女性から今日蒲生町に徳野貞雄先生がやってくると聞いた。開演は夜7時ということもあって連盟の仕事を終えて車で駆けつけた。 ちょっと時間があったので旨いと聞く蕎麦屋『にいな』に行くと灯りは点いていたがすでに店仕舞いで食べられなかったのが残念。

先生はツー大でもお馴染みの熊大教授で、最近NHKにもよく登場している。先生がNHKに出ると聞いた時先ず私が心配したのが頭だった。聞くと局側からも頭髪の見てくれを良くするようご指示があったそうだ。でも何度か先生の話を聞いていると本物の研究ってこんなもんなんだとちょっと尊敬の念も出てくる、なかなかのフィールドタイプ。野生動物的で時に荒々しいが最後は優しさがないとこんな研究はできないと思ってしまう。

さて本日の講話のタイトルは最近の著書のタイトル通り『農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せ』と題するもので数年に渡り蒲生町の漆集落や四国の中山間地域に入り込んでの研究活動をベースに、最近メディアで頻繁に取り上げられている所謂限界集落についてのフィールドワークだ。あんまり前に座ると熱が籠る話の最中、時に唾も飛ぶことを承知しているので中程に座った。

先生は自称文学部の農学者。一般的に農学者が農のインフラ、生産、流通を語るのに対し、先生の場合は徹底的に人に重点を置く。農村に住む人々が何を考え、何に生き甲斐を覚え、次世代へのバトンタッチ、つまり担い手作りの面で何に苦労し、何が問題と考えるか、徹底的な戸別ヒアリング作業を通して地域の問題を洗い出す。そしてその集落が真性の限界集落か仮性なのかを見極める。再生の可能性があればどうすれば負担が少なく、地域住民が核となって進められるか、これらを導き出す地域再生の伝道師でもある。ちょっと神懸かり的な紹介になったが私にはそういう印象が強い。大の愛妻家としても世間に通じているが自分が留守することを考えて自宅の立地も奥様の実家や姉妹の家に近いところに確保している位だから身内にも優しい人だ。

大隅半島の方でも集落の戸別ヒヤリングに入ったとの新聞報道を先日目にしたが、先生が絡んでの調査であることを私は直感的に感じた。コンピューターで自動的にはじき出した65歳以上が50%を超える集落=限界集落のレッテルを心底嫌う先生だ。コンピューターには分からないそこに住んでる人のものの考えを理解せずに限界集落などのレッテルを張ることは許さないという姿勢は感動的でもある。

しかし先生7時に始めて何と延々2時間半の長丁場。9時半に終わった講話の後は彼の著作を求める長蛇の列で、あっという間に売り切れた。講話の要所要所にこの本に詳しく書いてあると示される。そういう意味ではなかなかのセールス教授でもある。私は写真機も持たずただひたすら聞いておりました。最初は悲観的に聞こえる話も、最後は何となく勇気と元気を貰ったように感じる。やはり農村の伝道師なんだろう。蒲生町の皆様、長時間お疲れ様でした。感謝!

 

厚岸の牡蠣を食す!

随分前に鹿児島で生牡蠣は食べられない?とフリーメールで問うと志布志にあると教えて頂き食べに行ったことがあった。今年はなかなか機会に恵まれず夜な夜な市内で牡蠣フライを食している。昨夜も一人牡蠣フライを食ってると桜島の畑でつい先日4トンもの桜島ダイコンを収穫したばかりの顔見知りの女性が来られテーブルを囲んで牡蠣の話になった。

実は先月の話だが土日を利用して思い切って北海道まで足を伸ばし、この時期一度は食べたいと思っていた厚岸(あっけし)の生牡蠣を食した。昔の同僚にこの町の出身者がいて、よく牡蠣の話を聞いていたこともあるし、今まで食した中で最北の三陸の牡蠣から更に北上して北海道、なかでも本場厚岸の牡蠣を何としても食したいという衝動もあった。限られた時間でもあるし札幌市内で牡蠣の店を探し、産地が厚岸であることを確認させて頂いて食ったが文字通り新鮮で旨かった。丁度隣に座った東京からのビジネスマンとしばし語らいながらの牡蠣とワインと酒の夜だった。残念ながら写真は撮っていない。

さてこの厚岸の牡蠣は先住民族のアイヌの人々も食していたらしい。厚岸(あっけし)という名称そのものがアイヌ語で牡蠣の多いところという意味だそうだ。しかしこの貴重な牡蠣も乱獲と森林の消滅でこれまで2回絶滅の危機に見舞われたそうだ。最近頂いた昭文社発行のPROSTという本にこのことが載っていた。最初は昭和初期でしばらくは宮城産の稚貝を養殖して繋いでいたらしい。その後昭和32年林野庁の事業として10年間でディズニーランド140個分の広さの土地に矯正施設の模範収容者の力も得て約1725万本ものカラマツを植え、一旦牡蠣の生育が戻ったところ再度昭和58年頃稚貝のほとんどが死んでしまうという危機に見舞われた。危機感を強く抱いた町民は自ら植林運動を再開し、併せて合成洗剤の使用を止めて石鹼に切り替えようという運動まで起き、97年には日本で初めての石鹼製品の助成制度も設けられた。生活排水にまで配慮して初めて牡蠣の生育環境が整うようになったということだ。だから札幌で食べると1個¥450の値段になるんだろう。でも東京のオイスターバーでもシアトルや豪州の牡蠣はほぼ同じ値段だから美味さで勝る厚岸の牡蠣は安いというべきか。

厚岸の牡蠣には2種類あって『厚岸牡蠣』と『カキえもん』だが純正厚岸産は『かきエモン』だろう。私も食してみたが軍配は小振りな『カキえもん』にあがる。次回は厚岸まで必ず足を伸ばそうと思う。札幌よりかなり安いはずだ。

 

奄美にこんな店!最新事情

先週金曜日奄美市にて県の『奄美長寿・子宝プロジェクト』の今年度第二回目の会議が開催された。各委員の皆様と話をすればこの会議の前に喜界島を訪ねた方が2人いらっしゃった。どなたも喜界の魅力の深さはすごいとの認識だ。

さて県は平成21年度以降の通称奄振事業の継続に向けて国への働きかけを進めているが平成16年度から今年度までの今次奄振事業の最終年度を迎え、群島各地域が独自の地域資源を活かした産業創造により自活できるよう支援体制を組んで来た。群島の特徴である長寿・子宝の視点から独自の活性化を模索しようと保健福祉部によりこのプロジェクトが組まれ、各種モニターによる実証も済んで、いよいよ各地域の皆様による本格的取り組みの年となった。若干の地域格差を感じるが私は全地域が一斉に動くことこそ奇異に思う。危機感を抱いて早く動ける地域から動いたほうがいい。行政の勤務タームが2,3年というシステムの中で5年に渡る長期プロジェクトを継続することは正直難しい。こんな重要なプロジェクトの場合関係者の異動は据え置く位の覚悟がないといけないのではないだろうか。

amami kyoraumi koubow さて会議の報告は別の機会にして今回は奄美の新しい発見を2つほど紹介したい。先ずはAMAMI KYORAUMI KOUBOWというモダンなイタリア料理店だ。場所ばしゃ山村のすぐ手前で昨年オープンしたらしい。何と言っても作りがしゃれている。道路沿いには黒糖の精製工場が丸見えで鎮座する。もうもうと蒸気が道路まで押し寄せる。丁度トラックに山積みされたサトウキビが降ろされるところだった。この工場の隣がガラス張りの調理室、 amami kyoraumi koubow その向こうがレストランになっていてイタリアから持ち込んだピザ釜に火が入れてあった。店に入ると元々旧名瀬市の方でお菓子屋さんをやっておられた関係でケーキ、パン、地域特産品を加工したジャム、アイスキャンデーなどが並んでいる。それを過ぎればレストランという構造だ。よくレイアウトされていると amami kyoraumi koubow 感心した。完全なオープンキッチンではないが見せる店づくりというポリシーが貫かれている。ここでは鶏飯ピッザなるものも創作されている。生憎時間が合わずに1個¥100の饅頭とジャム類を買っただけだが試食したケーキ類(特に左写真の一番下)は美味しかった。もちろんここで作る黒糖2種類も味見したが合格だ。

さて次なるご紹介は『創作料理あきつ』だ。ここは旧名瀬市の閑静な住宅街にある普通のお家だ。ここでお昼を頂いたが郷土色豊かな素材と工夫があって、しかもお味もすこぶる満足いくレベルだった。リビングルームを利用して12~14名が一同に座れるようになっていたがクラシックが流れ、雰囲気も良い店だ。個々のメニューの解説は割愛するが烏賊スミの茶わん蒸しは特に絶品だったことだけ付け加えたい。全6品で¥1,370だったと思う。端数違ってたらお許しを!

創作料理『あきつ』 創作料理『あきつ』 創作料理『あきつ』

創作料理『あきつ』 創作料理『あきつ』     

さて奄美で行くいつもの店『ラグタイム』で心地よい音楽と酒を楽しんだあと、ホテルに帰る前に鶏飯の店『よろこび庵』に立ち寄ってうどんを食べた。大学の先生と一緒だったが、屋号を確認することもなく不思議に2人ともこの店で食べるつもりだった。本当はうどん、そばの店で暖簾にもそう書いてあるんだが私はいつも鶏飯丼を食っている店だ。でもさすがに今日はうどんを選んだ。その旨そうな、事実美味しかったんだが写真だけ御披露する。

                   奄美『よろこび庵』

阿久根の枝垂れ梅と寒桜は見事!

先週から行きたかった阿久根大川の枝垂れ梅を出張明けの今日見に行った。先週天気をチェックした時は雨ではなかったはずだが今日は少し雨模様で残念。福岡に住んでいた時は毎年唐津にある野田堂の辻の枝垂れ梅を見るのを楽しみにしていた。だが『かごしま かとこ100選』の絵を見れば阿久根の梅はこれに勝るとも劣らぬ規模とも思え、しかと我が目で確認したかった。

阿久根表川内の枝垂れ梅 さてちょっとだけ探した阿久根の枝垂れ梅だが地元の方に聞くと先週がピークだったらしく、今日はすでに少し花が散り始めていた。でもやはり絵になる美しさだ。樹齢約100年の梅は当然だが、その後ろにある民家とのマッチングがすこぶるいい。なんと縁側には『かごしまよかとこ100選』四季の旅、196ページも開いて置いてあった。傍を流れる川を見れば水も澄んで魚が泳ぐ姿も見える。山紫水明とはこの事なり!単に風景だけじゃなく、ここに住む人が土地とどう関わって来たか、この美しい環境を守って来た先達にまで思いが及んでやっと地域が理解できるんだと思う。                                     

すぐ傍で特産品販売のテントも設けられ柑橘類、海産物など販売さ 阿久根表川内の寒桜 れていたのでさっそく買い物のついでに話を聞かせて頂いた。実は枝垂れ梅の手前に見事な桜が満開となっていて驚いたが、例年はこの桜(寒桜)が咲いて枝垂れ梅が咲くんだそうだ。しかし今年は梅が2週間ほど早く咲き始め、遅れて寒桜が咲いたらしい。だから寒桜は丁度満開状態で花は散ってはいなかった。それにしてもこの尻無川沿いに広がる里山は美しい。

ついでと言っては悪いが久しぶりに湯川内温泉にまで足を伸ばした。 出水『いわし屋』 上の湯はさすがにすこし寒いらしく下の湯に入ったが先客も3人ほどいた。壁向こうの湯船には奥さん方も入っておられるようで隙間から手が伸びてミカンの差し入れもありローカルムード一杯のいい湯だった。この後これも久しぶりに『いわし茶屋』でお昼を頂いた。昼は午後2時40分までの営業だがギリギリ間に合った。最後にを見に行ったが12,000羽を越す鶴達が餌を啄ばんでいて美しかった。北薩には季節感のある資源が多い。しかもレベルが高い。県民の皆さんももっと足を伸ばして欲しいものだ。

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種子島地区観光推進セミナーと浜上ストア

29日は朝8時の船で種子島に向かった。あまり良い天気ではなかったが船は大きく揺れることもなく、ほぼ定刻西之表に到着。歩いてホテルに行き、荷物を置いて、さっそく朝の腹ごしらえにタクシーに乗って浜上 浜上ストア ストアまで飛ばした。10時を過ぎれば開いてるものと勝手に思い込んでの事だが、店は明かりも灯ってオープン状態。入って左の魚コーナーの親父さんに『旨い刺身、お願い!』って頼むと、店に並ぶ首折れサバの中から形のいいものを選んで、見事に捌いて刺身に変身。これに手を出す間もなく次から次に今朝揚がったばかりの魚を刺身にして出してくれた。相変わらず店の一角で立ったまま食べるんだが、こうして食べると不思議に旨さが増す。何度も食べているがここの刺身は本当に絶品だ。烏賊も2種類出て、全部で8種類の魚を4人で食ったが身の締まりといい、甘口の醤油によく合う。

親父さんが面白い話をしてくれた。今日食べた首折れサバは種子島のものらしいが屋久島で獲れたサバは持ちが少々違うそうだ。絞め方に秘訣があるようで屋久島の秘伝の技はなかなか教えないらしい。店に置いておくと時間の経過とともに色が 浜上② 変わるそうだが屋久島産のものはなかなか変わらないんだそうだ。同じ熊毛地域、しかもすぐ近くの漁場なんだろうが獲った直後の技が違うようだ。こんな話は鹿児島市内にいてはなかなか聞ける話ではない。やはり現場でこそ聞ける話だ。食いきれないほどの刺身に大満足してホテルに戻った。

さて午後1時過ぎにセミナーが始まった。冒頭私がご挨拶させて頂き、すぐ阿蘇地域振興デザインセンターの坂元事務局長の講話が始まった。前日から種子島に入って貰い、時間の許す限り島内を視察して頂いたこともあって最初から千倉の岩屋が自然の海蝕だけではなく、人為的な力が加わっているのではないか、2つの入り口から太陽光が岩屋中央の広場に達する可能性もあり、エジプトのアブ・シンベル宮殿との類似性も考えられるとする仮説も披露された。学術的な根拠とは別にロマン作り、ストーリー作りが滞在時間を延ばす手法の一つであることを示された。

このほか地域づくりとは地域性の向上、人間性の向上、経済性の向上であり、地域の活性化とは地域づくり、人づくり、元気づくり、そして元気な人とは学習意識に富み、素直な性格で、プラス思考の強い人だと説く。一語一語に含蓄ある話だがこれを阿蘇地域でどう具現化しているのか事例も発表されて聞く側にとっては分かり易かったと思う。2時間近くの熱演だった。この後意見交換会も開催され、1市2町からの取り組み状況、県観光課のコメント、昨年1本化された種子島観光協会の会長、副会長、事務局長からの報告やこれからの方向性を語って頂き、支庁長からもコメントも頂いた。3月には市制50周年を記念してあの飛鳥Ⅱも入港するという。昨今の発砲事件で銃砲管理が厳しいのは分かるが火縄銃による歓迎セレモニーは最も種子島らしいイベントのはずだが、これがなかなか許可されないことについて何とか関係機関の了解が得られないものかという現場の声が強かった。

夕刻から懇親会も開催され民間、行政の方々多数が参加された。私も過去2年間このアカデミー事業には参加しているが本音での意見交換に勝る物はない。今回の事業の総合評価はご来場の皆様からのアンケートなど待って判断するべきだが、当事者の一人としては内容的に良かったのではないかと考えている。

夜飲みに街に出たが先週静岡からやって来たという女性もいれば、種子島在住10年目という人もいて、なかなか多彩な方々が多かった。昼間はサーフィン夜はお勤めというパターンだ。いろいろ聞いていくとここのIターン者には3種類あるようだ。一つは冬場のサーフィンスポットを求めた短期滞在型と島の心地よさに居着く長期型、また最初から移住を前提にお試しステイから入った本格移住型とも言える方々だ。南種子町でのUIターンサポートセンター(通称サポセン)の活躍は前回触れた。単身であれ、家族持ちであれ地域との接点無しには住めないことからサポセンの支援と地域の懐の深さがあればこその話だろうと思う。

新幹線の全通、空の交通網の再編成、教育旅行マーケットの沖縄離れ、韓国旅行者の急増など考えていくと種子島の可能性は大きい。今回のセミナー、意見交換会が全島的な機運醸成に何らかの役割を果たしたのではないかと考えている。

 

お弁当版 『篤姫御膳』を試食した!

遅れてお昼に出ようとしたところに丁度弁当版『篤姫御膳』が届いた。皆出払った後だし、独り身じゃ家から弁当なんて持ってくる訳もなし、これ幸いに私が試食させていただいた。

篤姫御膳 先ずはその姿だが若かりし篤姫を思い起こさせるに十分な美しさを備えている。茶巾袋と称すのか巾着袋と言うのか分からないが先ずは女性陣からすれば喜ぶ綺麗な袋に入っているのがいい。袋の色も4種類ほどが用意されているようだ。食した後に空弁当を入れて捨てるには実に勿体ないから私はちゃんと取っておくことにした。

さて中をあければこれまた可愛い!って叫ぶ声が聞こえそうな2段重ねのお重だ。お品書きもあって『江戸の膳』と『薩摩の膳』から成っている。『江戸の膳』には当時火災の発生が多く、油を使う天ぷら類は御法度だったと歴史ミニ解説も付いている。『薩摩の膳』には篤姫の好物を取り入れたメニューであることが付してある。これはいい。日曜日にテレビの前に陣取り、大河ドラマを見ながらこれを食するのもいいかもしれない。篤姫のことがもっと理解できるような気もするからだ。後から聞いた話だが一の膳は徳川家、二の膳は島津家の家紋を意識した仕切りらしい。よく考えたものだ。

さて何かとケチをつけたがる私だが、この弁当、素直に美味しいと思う。メニューも良くできてるし、味付けもいい。更に鹿児島を象徴する素材も豊富だ。『江戸の膳』で7品、『薩摩の膳』で9品が盛ってある。赤味噌も使ってあるし、ライチもあってボリュームもなかなかだ。これまでイベントやドラマにあやかって各地で作られた弁当の中には正直旨くないものも多かった。だがこの篤姫御膳は違う。『本物 鹿児島県』を今、弁当に置き換えたらこれだという作り手のプライドを感じた。心が籠もっている実にいい弁当だと思った。お値段は税込み¥1,575で鹿児島中央駅新幹線コンコース内で販売されているということだ。正直もう少し安ければとは思うが綺麗な袋、ミニミニ歴史解説、お品書き、などなかなか凝った作りからすればやむを得ないギリギリのところだろうか。皆様も是非ご試食あれ!

種子島とサポセン

25日から1泊2日で久しぶりに種子島に出向いた。それにしても今回の船は波が荒い関係かよく揺れた。熊毛地区所属長等研修会での講話には多くの県関係者が参加された。新幹線が2011年全通するが航空路線は鉄道より1年前倒しの2010年にも幹線が再編成され、地方路線も併せて再編成の動きがある。特に鹿児島の離島路線は新幹線の全通で影響が大きいと考える。この機に北部九州を含め主要都市との念願の直結も期待できることをお話した。だから交流人口の拡大に向け今準備を加速しないと間に合わない。今回関係者との懇親会、二次会、更には三次会までめずらしく痛飲したが新しい店、しかもIターン者がなかなかセンスのいい店を開いていた。日頃夜の空間が大切とお話ししているが西之表の動きは期待が持てると感じた。

さて翌日はかねて行きたかったU・Iターンサポートセンター(通称サポセン)を訪ねた。県内より県外で有名なこのセンターだが先ずはその事務所に驚いた。サンダース軍曹が天幕を捲って出てくるんじゃないかと思うようなテントの館だ。中に無線機こそ無いがパソコンのケーブルなどがあって一見して野戦基地だ。しかも強風でテントが煽られて騒がしい。でもこんな事務所だからこそ現場の臭いがプンプンしていた。石油ストーブが一個置いてあったがこれからまだまだ寒くなるとテント内での活動も大変だなと思う。このサポセンは2003年に活動を開始した。当初は移住者への空き屋情報提供をメインに活動してきたが今はより積極的に人口を増やすことで地域の活性化に貢献すると明確に目的に掲げている。数年前からサポセンの活動と実績を聞きつけた各地行政の視察も多いようだ。それらをこなしながら本業(?)の移住志願者に移住先輩として的確にアドバイスし、ケーススタディーを積み重ねてノーハウも構築できた。昨今では年間90数名に及ぶ移住・定住者を生んできた。団塊の世代もいるが30,40台の現役でしかも手に職を持つ人間が多く集まってきた。まま地域にとけ込めない事例もあるんだろうが私はその努力と成果は大いに賞賛に値するものだと思っている。地域と移住者を繋ぐ触媒というかインターフェース的な役割がここの機能だろう。でもこれほど成功している事例も他にあまり聞かないのはやはり誰がやってるのか、つまり人だと思う。会長は東京、事務局長も兵庫のご出身だそうだ。会長は元リフォームの会社経営、事務局長は脱サラして大浦町で営農を学び、この種子島で自ら畑仕事に勤しむ。ちょっと気むずかしい風な感じなんだが噛む程に良い味が出てくるアカデミックなお方だ。残念ながら会長に先んじてここに移住していた息子夫婦は最近宮崎の清武に再移住されたようでちょっと寂しいなあと本音も漏らされた。昨今の学校の統廃合も子供を抱える移住希望者にとって腰の引ける要因になっているんだそうだ。県もこういう地道ながら着実な成果を生んでいる活動をもっとしっかり見て欲しいと思う。

種子島とサポセン① さてすぐ傍にある南種子の図書館を覗いた。本屋さんの隣にあるというロケーションもめずらしいが図書館に入った途端に面が割れた。10月県の図書館総会での私の講話を聞かれた方だった。資料費も一時大幅な減額となった時もあったが現在何とか他地区に遜色ないレベルまで復活してきたと言う。ここで柳田理科雄という方の本に出会った。聞くと前町長のご子息で理系の解説本をたくさん執筆されている在京の方らしい。こんな出会いも地域の図書館なればこそなんだろう。                                  種子島とサポセン②

この南種子で昼食を取った。『磯乃茶屋』という初めての店だがメニューを見ただけで美味しさが伝わるような店だった。稲荷寿司2個付きで¥650のラーメン定食を食べたが、どうしてここのラーメン、豚骨に醤油仕立てを加味したなかなかのお味だった。近くの女性に運ばれてきた唐揚げ定食も見せて貰ったが次回はこれを食したいと思うほど綺麗だった。ここは味もさることながら見てくれもすこぶる優れたお店だ。

 

11月の九州ツーリズム大学

九州ツーリズム大学についてはすでにいろんな機会にお話してきたが今年度11期になってようやく我が鹿児島からの参加者が増えてきたと聞き、土曜だけではあったが覗いて 途中の風景 みた。小国で時間があったので近くの蕎麦屋に立ち寄ったが待ちが多く、隣の小山の上に建つ蕎麦屋にした。 ¥700の一番安いものを注文したが本当に手打ちなんだろうかと思う位麺が細かった。正直数年前、佐賀のとある山間部にある私の好きな蕎麦屋に徐々に客が増えて来る中で、最近の小国の蕎麦に満足できず、佐賀の山あいまで蕎麦を求めに来るとの声を聞くにつれ、もう小国の蕎麦も終わりかとさえ思っていた。私的には今回小国で食べた蕎麦は都会的で、洗練されてはいるが、もう少し素朴な蕎麦の方がここには似合うはずだと思っている。

九州ツーリズム大学11月講座 さて午後最初の講義は東大大学院農学生命科学研究科森林科学専攻の下村教授の『地域風景の保存活用とツーリズム』だった。とにかく内容が豊富で景観法の背景から説いて、1864年のヨセミテ国立公園に始まり、1972年スタートの世界遺産、更に1992年の文化的景観という流れの中で、従来の『探勝景』から『生活景』への価値のシフトの話が面白かった。特に1936年日本で初めて出版された国立公園写真集に載っている写真の構図が何とあの安藤広重の構図にピッタリだとの詳しい解説は面白く、驚きの発見だった。また同じ杉の植林でも日田では1ヘクタール約3,000本に対し奈良の吉野では10,000~12,000本植えることからテクスチャーと言われる森林密度が異なり、これが地域特異の景観を作っていることなど、日ごろ目にする山にも地域特性がある話も面白かった。いろんな専門家がツーリズムを語る時代だ。狭い観光の範疇では語れない時代でもある。

さて先生の話のハイライトは西表島で実際に調査した環境保全に島外者が幾らなら払うかという調査だった。現在入場料0円の場合の来訪者数が入場料の漸増に伴いどう変化するか、 九州ツーリズム大学11月 中央値と呼ばれる料金を現地アンケートから導き出し、これをベースに持続性のある受け入れ人員規模と適正な料金設定を求める手法だと思うが、できればどこか九州内でフィールドワークが出来るともっといいのに、と思った。地域に理解ある人を増やしながら環境保全の為に大きな負担と思われない金銭的支援の絶妙なバランスを求めるシステムだ。極論だが誰にでも来て下さいという時代は終わり、生活景を保つ為に協力してくれる人を選別していこうという時代だということだろう。

今日はその後商家民泊『ササク蔵ブ』の北里香代さん、『地域計画研究所』の井原満明氏の話など盛りだくさんの内容だった。しかし今日の参加者はざっとみたところ33,4名だったと思うが、私を含めて何とこの中の7名が鹿児島の皆さんだった。種子島、大口市、南さつま、鹿児島市、、、、やっとここまできたんだと感慨もひとしおだ。夕刻私は小国で行き付けのUターン者が経営する店『竹蔵』で夕食を済ませて移動した。ここは最近日田にも店を出した。小国ブランドの発信基地だ。今回鹿児島から参加の皆さんには他県から参加の方々と是非横の繋がりを作って欲しいと考えている。これからの鹿児島には重要だ。

銀杏のライトアップ それにしても卒業生も再度聴講生で参加する姿はいい。懐かしい宮崎高千穂町の課長さんは新鮮な椎茸を竹ざるにいっぱい運んできた。農政局の係長さん、福岡在住で毎月セミナー、シンポジウムのお誘いを頂く女性、そして小国町の皆様の顔は生き生きしていて、こちらが元気を貰う始末だ。だからこの学びの里は貴重だ。 左は近くにある熊本県下最大の下城の大銀杏。国指定の天然記念物に指定され、幹回り9.6m、樹高25~6m、樹齢1,000年以上と言われる。今ライトアップが美しい。

ひとよし球磨食と技の文化祭 & フォーラム

昨年11月にも開催された『ひとよし球磨 食と技の文化祭』が11月23日、『グリーンツーリズムフォーラム』が11月24日、今年も人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会の主催で開催されます。場所は人吉から更に車で30分、またはくま川鉄道でも同じく30分、宮崎側に入った多良木町です。

今年のキャッチフレーズは『見て楽しい、食べておいしい、やってうれしい』で球磨地域に伝わる伝統米料理が大集合したり、MYおむすびを作ったり、球磨のうまか鍋の先着1,000名様へのふるまい(但しレンタサイクル利用などの条件付き)、球磨の匠の技の伝授コーナーなど盛りだくさん。昨年は国際グリーンツーリズムフォーラムという記念イベントでしたが今年は普段着に着替えて漬け物作りの達人山北幸さんが登場、地域の食と健康をメインテーマに対談の形式で進められます。

尚宿泊希望者には人吉、多良木周辺の全16軒の農家民泊が対応します。

お問い合わせは人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会 事務局(球磨地域振興局振興課内 担当増馬 マスマ) ☎0966-24-4111 内線332 E-MAILmasuma-t@pref.kumamoto.lg.jpまで。 尚前回の私の報告は昨年11月のプロデューサーズコラムに掲載しています。参考までにご覧ください。                                                                                                                        

 

 

紅葉にはまだ早いが、、

先日さつま町~大口市~菱刈町を訪ねる機会を得た。途中藺牟田温泉下の湯の共同浴場に初めて立ち 藺牟田温泉下の湯 寄ったが¥100だし、源泉温度も高く、湯量も豊富でなかなか良い湯だった。藺牟田池の方に立派な施設 藺牟田温泉下の湯② もあるが古くからの良さを感じるにはこちらがお勧めかもしれない。朝は6時から何と夜は10時まで開いてるという。見ると住み込みでの管理のようだった。

途中山肌が少し赤くなっていたがハゼの木を中心に紅葉が始まっている。大口への途中曽木の第二発電所跡も訪ねた。この時期もう水没して見えないものと諦めてはいたんだが何と写真の通り立派な姿を水面に映し出していた。現在裏側から鉄骨で支える作業が展開中だ。途中大型土木工事も行われていることもあって細い道を大型トラックが結構な 曽木第二発電所跡 スピードで走ってくるのでマイカーの運転には十分注意を要する。しかしこの発電所遺跡はなかなか絵になる。私より早く女性のグループが来ていたがやはり期待以上の姿だったようで私が立ち去るまでまだ見ていた。ただこの展望所に至る途中の階段で長い紐が落ちてるのかなって思ったものが大きな、2m位の真っ黒な蛇だったのには驚いた。私は幼い頃から蛇はよく見てきたつもりだがこの歳になっても正直怖い存在だ。復路でも同じ蛇を見たが冬眠前とはいえその姿は痩せていた。この時期ここに立ち寄られる方はお足元に注意を!

菱刈町の役場と図書館で伊佐米の美味しい店を聞いたら数軒の名を上げてくれた。さっそく近いところにある『さつま路』という店に入り、丁度一緒に入店したカップルに何が旨いかと聞くと、ここは何でも旨いと答えたので¥650の蕎麦定食を注文した。定食に何が付いてるのか聞くと魚の塩焼きだと言う。これは不思議なセットだ。しかし出てきた鯵の塩焼きはなかなか新鮮で美味しかった。蕎麦も自家製麺ではないが腰もあり、当然米は旨かった。聞くとこの店の前のラーメン屋も地元で好評というが屋号は忘れた。 曽木第二発電所展望台前

この時期この方面は稲の刈り取りで賑わっている。道路沿いにコスモスの花も美しい。曽木の滝も覗いたがまだ客は多くはないが少しづつ始まった紅葉が佳境に入る11月中旬は見頃だろう。さつま町の鶴田ダム下流の工事も進んでいる。来年の5月のホタルの乱舞が楽しみだ。

 

『日本の旬』霧島九面太鼓

今日は旅行社主催の企画商品『日本の旬』のお客様に企画された霧島九面太鼓を見にみやまコンセールまで走った。夜8時からとは聞いていたが早めに到着したので丸尾まで行き、足湯に入った。日ごろ足湯はあんまり好きじゃないが今夜は寒いからせめて足から暖めたいと思った。近くのホテルを見れば土曜日ということもあって結構部屋の灯りが付いている。満館とはいえないがシーズン直前でもあり結構の賑わいだと思った。足湯にも浴衣姿のカップルも来られた。聞くと東京・福岡のカップル、熊本のカップルで今夜のイベントを紹介、ご参加を促した。

夕方6時を過ぎれば宿泊者以外が簡単に食事できるところは減る。丸尾のそば茶房で¥840の蕎麦定食を食ったが、なかなか気の利いた器を使った綺麗なもの。知人のお勧めはセイロらしいが今夜は手袋も欲しい位寒いので暖かい蕎麦のセットだ。店の前の足湯は何時までと聞けば、この店が湯を抜いて帰るそうで店が開いてる限り足湯もOKなんだそうだ。こんな話はたわいも無いと思いがちだがこれが結構ストーリーになるから重要だ。豪華な食事は要らないがちょっと軽めに、、と思う客は多い。足湯から湯煙が昇ってれば店は営業中というサインは道路から見て分かり易くていい。

日本の旬 さて1時間を過ごして再度みやまコンセールに行ったがまだ8時までには時間がある。小ホールを覗いてみればピアノとバイオリンの奏者が練習されていた。多分名のある方々なんだろうが門外漢の私には分からない。8時になると徐々にホテルからお客様が到着され、多分250名位は来られたと思う。 日本の旬

この九面太鼓、今までも女性だけの太鼓は見たが今日は保存会の皆様、若手の集団の演技もあって優に1時間はあった。しかしこの大ホールで聞く太鼓の音は格別で聴衆の皆様、息を飲む演奏の連続で見応え、聞き応え満点の内容だった。1972年に発足の保存会だから35年に及ぶ長さだ。日本でも有数のチームで日本は勿論、海外まで公演活動のエリアが広がっている。聞けば今日のお客様の中には遠くスイスから来られた方もいらっしゃるようだ。有難い。

日本の旬 8時半から9時40分まで、たっぷり1時間以上の躍動感ある演奏に満ち足りた思いで山を下った。ご多忙な中、遅くまで会場案内などを務められた霧島のホテルの皆様方に厚く御礼申し下げたい。

 

 

志布志市商工観光戦略会議に参加して

昨日は朝08:25の垂水フェリーに乗って鹿屋経由志布志まで走った。船上から眺める桜島は雲もかからず絶景だった。途中東串良の総合センター内にある図書室を覗いた。本の数は多くはないが一通り揃っている。担当の女性の方に串良の旧海軍滑走路の事を聞いたが丁寧なご案内だった。

志布志市商工観光戦略会議 さて11時に本田市長にお会いして市が掲げる『志』のある街について市長からお話を伺った。私的に解釈すればこれからの街作りには行政だけではなく市民自らが当事者意識を持つこと、挨拶、返事、言葉使いを通じて志布志市民の暖かい思いを伝えることから街づくりが始まるということだ。これを午後の研修会と分科会の基調とすることにした。

私の方からは2025年までに市の人口統計から推定して約90億の経済的なマイナスが発生する可能性があること、これを年間の交流人口に置き換えれば約60万人を呼び入れる必要があること、更に他の地域より高めの高齢化率を考えれば市が昨年から目標にしている100万人という目標には妥当性があることなどをお話しさせて頂いた。これがこの戦略会議の参加の面々の共通の認識になれば今後の分科会での話にも弾みがつくと考える。 志布志市商工観光戦略会議

終了後市役所のすぐ裏の岳野山展望台に登ったが思った以上に視界が良く360度の展望は迫力がある。石油備蓄基地、停泊中のサンフラワー、高千穂峰も見える必見の地だと思った。但し通行はマイカーのみだ。先日紹介した頴娃町の大野岳もそうだが県内にはバスでは行けないがマイカーなら行ける絶景のスポットが結構あるようだ。個人化が進む中、こんなポイントをどんどん紹介したいと考える。

志布志郊外の風景 尚今回昼食を志布志市の『蓬の郷』で戴いた。志布志は養鰻の一大基地だと聞いた。ここのお湯も良いそうだ。平成7年の礎石があるからもう12年にもなるが昨日も入浴客が多く人気が高い。今の志布志の畑を見ればまだ一部芋の収穫待ちもあるが蕎麦の白い花が一面に咲いていてとても綺麗だ。志布志市有明町には三七十屋という有名な蕎麦屋さんがある。私の持っている番付表でも横綱の地位にある。いつか食ってみたい、だから志布志にまた行こうと考えている。

九州地域農山漁村活性化シンポジウムに参加して

昨日は平成19年度かごしま観光アカデミー事業としての観光PRスタッフ研修で冒頭ご挨拶させて頂き、そのまま熊本に向かい、先日この欄でもご案内した九州農政局主催の『九州地域農山漁村活性化シンポジウム』にパネラーとして参加した。

熊本駅に降り立つと集合時刻の12:30まで約45分あったのでさっそく駅の近くのあのラーメン店『風林亭』で¥610のラーメンを食べたが相変わらずなかなかいい味だった。昼になると客がどんどん押し寄せるがやはり大盛り(¥740)の注文が多いようだった。タクシーの運ちゃんに聞けば、ここもいいがもう少し離れたラーメン老舗の『黒亭』も旨いそうだ。次回挑戦したい。

さて定刻午後1時に開始のシンポジウムでは新現役の会の代表古賀氏の基調講演から始まった。新現役 の 農村シンポジウム 会は今から4年前にスタート、全国に20支部、約1,000名の会員がいる。これまで培ったノーハウ、経験を基にスモールマネー型ビジネスを構築して地域社会に貢献していこうと活動されている。しかし前宣伝ほど団塊世代のリタイヤは進んでいない。もの作り現場のノーハウ継承が進んでいないことからメーカーを中心とした定年制延長も一因だろう。では事務系の団塊世代はどうしているのか。各行政が相談窓口を設けて定住促進事業を進め、主要旅行社は所謂下見ツアーも企画してきたが定住にまで結びつく例は少ない。この要因として定住の希望者と受け入れ側の思惑の違い、期待感が先行して具体的マッチングのソフトが育っていないことが考えられる。地方が都会にあこがれを持つ限り都会からの人の移動は起きにくい。やはり今地域に住んでいる人たちが自分たちの環境の本当の良さに気づかない間は難しいという事だろう。

私からは人口減少が将来もたらす経済的なインパクトについて鹿児島を参考にお話しさせて頂いた。何をやるにせよ認識の共有が大事だ。今のまま何もしないと自分たちの住む町が生き残れないという認識から打開策の模索が始まる。特に多くの島嶼を抱える鹿児島の場合は深刻だ。高校を終え就職、進学で毎年多くの若者が島を去っていく。種子島のUIサポートセンターは4年ほど前に移住者の方々が中心になって生まれた任意団体だと聞いた。自分たちの後に続く移住希望者に自らの経験を語り、地域にソフトランディングする上での心構え、ノーハウを伝授する。行政も遅れて2年ほど前からこれに参画し、民間主導、行政支援のネットワークが形になり、年間90名を超す移住者実績を上げて九州の中でも数少ない成功事例として注目されてきた。種子島の特徴は全国的に団塊の世代を意識した定住促進事業が活発化する中で30歳から40歳台の移住者が多いことだ。しかも看護士さん、助産士、介護福祉の専門家や薬剤師の方もいて島としてもありがたい方々が多い。勿論農業を生業としたい方々もいる。人や組織に縛られず、自分の時間を大切にしたいとの思いが根底にあるようだ。だから自由な時間をサーフィンに費やす人たちも多い。

最近県外からの視察も多いこのUIサポートセンターだが私的にはここが都会モジュールと田舎モジュールのインターフェース的な役割を果たしていることが定住定着者が多い理由だろうと考える。しかも窓口担当者も移住者であれば聞く方も気兼ねない。これに行政が住宅や就業相談に親身に対応してくれる。空き家も思うほど無い中で少子高齢化の中で教職員住宅を一般住宅に転用する試みも的を得ている。今後ともこの活動に注目したい。

尚講師としてながさ田舎暮らしアドバイザーの松本さん、天草市経済部長の 農村シンポジウム② 奈良崎さんからは事例発表、武雄のNPO循環型たてもの研究塾理事長の山田さんからも人口減少による地域消滅への危機感が今の活動の根底にあることなど事例を含めて発言された。11月25日には福岡市で九州農政局主催の『都市と農山漁村の共生・対流シンポジウムーグリーンツーリズムと心の旅』が開催される予定だ。また昨日は鹿児島県からも農政部農村振興課、企画部企画課、志布志市企画政策課、南さつま市新産業創造室からも陸路長時間かけてご参加頂いた。感謝したい。

あらためて知覧

昨日は福岡からの大切なお客様達が知覧にお見えとのことで、自宅を8時に出発、一路知覧に向かった。約45分で到着、役場に車を駐めさせて頂き、浮辺医院前の観光紹介所にて村永観光課長とボランティアガイドの瀬戸口さんと到着を待った。しかし定刻の9時40分を過ぎても来ない。電話するとさっき池田湖を出発したらしい。待つこと30分、やっと到着した。私も何度も知覧は訪ねてはいるがこの紹介所から小1時間かけてのフルコースを歩くのは初めてだった。しかし暑い、まだまだ真夏の日差しだ。

富屋食堂では明久氏の語りを聞きながら写真や展示物を見て、2階に上がってトメさんのビデオも見て平和会館にも立ち寄った。私は外で¥100ソフトクリームを階段に腰掛けながら食べて待っていたが若い女性3人も同じように腰掛けて食べ始めた。どこから来たのか、と聞くと高知からと答えた。種子・屋久も回ってというので1週間くらいかけて?と聞くと2泊3日だと言う。いったいどんな周り方で2泊3日になるのか更に聞いた。先ずは高知を朝6時に出発、フェリーで愛媛佐多岬の三崎から佐賀関まで渡り、ここから10号線を延々と下って夜7時に指宿市に到着して1泊、2日目は船で種子島、屋久島を観光して屋久島に泊まり、3日目は朝船で鹿児島に入り、バスで知覧を観光して、また北上、フェリーに乗って四国に渡り、深夜に高知に到着、今日は通常出勤だとか。2泊3日じゃなく2泊4日に近い何ともすごい行程だった。職場旅行みたいで若い方が多いからこんな行程でも大丈夫だろうが凄まじい日程を楽しそうにこなしている姿は逆に新鮮に見えた。旅行業者が介在するとこんな行程はまず作らない。それにしても頼もしい若人達だった。

さて昼食は武家屋敷内の高城庵にて取ったが昔の茅葺きの家での食事はどれも美味で好評だった。一の膳、二の膳とも季節感溢れ、蕎麦にしてもつけあげにしても客の箸の進み具合を見計りながら出す。客さばきなんて言葉は良くないが、手慣れていて、そつがない。最後の両棒餅と抹茶も女性陣には極めて好評だった。県内に武家屋敷は多々あるがこの雰囲気をそのまま残しながら食事ができるところを私は知らない。知覧の武家屋敷はこの高城庵があって更に価値が増すと思った。

聞くと28日はマリンポートに入港のサファイヤプリンセスの欧米人を中心としたお客様方約480名が知覧にも立ち寄られ、活況を呈したとの事。今後船がたくさん入港することを考えれば知覧は国際観光拠点としての認知が高まることは間違いない。知覧の国道を2台の大型トラックが黒牛を積んで川辺方面に向かって行ったが、この知覧に美味しい黒毛和牛を食べさせる店があってもいい。通過観光の拠点知覧ではなく滞在拠点としての知覧の姿も見えてきそうだ。お茶は勿論、紅茶でも最近国際的な評価を得た知覧だ。これからますます期待できると思った。

復路水族館の近くの埠頭でにっぽんを見た。サファイヤプリンセスに比べれば小振りで、少々歳も食ってはいるがこの大きさが丁度いいと熱烈なファンも多い。斡旋事務所の面々も頑張って薩摩揚げや焼酎を振る舞っていた。見ていると乗船しているミュージッシャンも8月の秋田・青森クリーズと同じ連中だし、レストランで働いていた顔なじみのスタッフもいた。きっとフィリピンから来ているシンディー嬢も乗ってるはずだ。しばらくすると作家の五木寛之氏がやって来て乗船した。神戸までBON VOYAGE!

 

バンコクからの報告 (終)

またまた報告が遅れてしまった。先日の現地からの報告に加え、以下を追加したい。

出店2日目は午後4時頃だったが昨年取材に鹿児島に来てくれた女優のJAJAさん、ガイドブック版元の『まるごとタイランド』の丸山氏もブースに来てくれた。タイでは一般的に女優と称する方々は日本より多いと思 JAJAさん うのでJAJAさんの人気ぶりがどんなものかと思ってはいたんだが、彼女が登場するとカメラ群が押し寄せ、さながら撮影会の雰囲気となった。お揃いのTシャツも用意したんだがこれの着用はプロダクションとの関係で難しく、また彼女自身がマイクで鹿児島を語ることも難しいことが分かった。そこで丸山氏と打ち合わせ、会場の司会者が鹿児島のことを彼女に質問し、それに答える形なら行けることが分かり、これに切り替えた。これは100%彼女のボランティアであって、スケジュールの合間をぬって来てくれたことに感謝!ブースの後壁には彼女が昨年鹿児島で撮影した写真の中から選んだ3点を拡大して貼った。これも極めて廉価での提供であり『まるごとタイランド』に感謝したい。

金曜でもあり夕方から結構客足が伸びた。ケサラポン嬢もペラ全開で飛ばして ロケーション くれた。勿論我々も見てるだけではなく、脇から手を伸ばして来る新規のお客に対応した。中に来月宮崎、鹿児島を回るという女性がいた。何でも日南にえらく高名な鍼・灸の専門家がいて、ここにアジアから人が集まるという。その帰りに鹿児島にも立ち寄るそうだ。特に食い物情報に関心が高かったので鍋物の話をしたらなかなか興味を持って聞いていた。右は2日目の手作り案内板。

さて夕食は『まるごとタイランド』の丸山氏、JAJAと我々3人の5名で市内中央の日本料理屋さん(トンカツが有名だがそれ以外もなかなか美味)で取ったが途中車に追突され、その処理に優に1時間は掛かった。JAJAさんは会場駐車場に車を置いて、何とバイクタクシーに跨ってやって来たんだと言う。これには驚いた。タイには認可を受けたバイクタクシーが営業しているが、朝夕の混雑時はこれが結構活躍する。私も10年前まで住んでいたが約束に遅れそうな時は車から降りてこのバイクタクシーに乗って約束の場所に駆け込んだことも何回もある。しかし現役の女優さんが同じ事をするなんて想像を超えていた。逞しい限りだ。バイクタクシーの値段は交渉だが多分20バーツくらいと思うが私がバイクの運転手なら逆に彼女に100バーツ払ってもいいと思った。聞けば翌日朝9:45から彼女の出るドラマがテレビチャンネル3で流れるという。これは出勤途上の為見れなかった。

さて今回日本食を2回、タイ料理を3回食べたが、やはりタイ料理が美味いのは当然だ。店により味も異なるが庶民的なもの、高級なもの、いずれも本当に旨い。最初にタイに行ったのは多分30年以上前の事だったと思うが、当時のタイ料理は臭いがきつく、辛過ぎて、なかなか近づけなかった印象が強いが、この30年で確実に進化してきた。国際化と言っても良いだろう。さつま料理も昔のままではいけない。時代に即した進化がないと見放されてしまう。勿論良いものは残していくことは当然だが。

ソムオーサラダ 今回この中で秀逸の1品を紹介したい。名前はソム・オーサラダまたはパメロンサラダと言う。ザボンのような大型柑橘類の実をほぐして、これにナンプラー(魚醬)、唐辛子、小エビのソテーを加えてかき混ぜたサラダなんだがこれが絶品だ。日本でも作れるんじゃないかと思うんだが有楽町、福岡のタイ料理屋でもこれが無い。柑橘類の種類が違うのかもしれないが本当に美味しい料理だ。今回3回のタイ料理で毎回これを欠かさなかったことは当然だ。

さて22日は現地鹿児島県人会の皆様との懇親会に参加した。有名なタニヤ通りにあって私もよく車を駐めていた高層駐車場の隣にある。今日は14,5名の皆さんがご参集らしい。先日来やりとりを交わしていた現地不動産関係に従事されている萩原会長はじめ、病院で働く女性もいれば、船の船長さん、ゴルフ場の社長、ホテルのお偉さん、食品工場の社長などとにかく皆さん幅広くご活躍中だった。私自身は薩摩生まれではないが異国で聞くお国言葉はまた格別だった。 尚 『よかとこ100選』もこの場で2セットお渡ししたが極めて好評でページを捲っておられた。お気に召したようで何よりだった。 (終)

 

 

『くろくま』食った?

『まず写真の掲載がないことをお詫びしたい。カメラを持たず食ってしまったからだ。胃の腑は超満足なんだが後悔しても始まらないミスだと反省しきりだ。』 という書き出しで始めたのは9月5日の事だった。しかし18日に再度食する機会を得て、上手くはないが数枚の写真を撮ったので掲載することにしたい。

くろくま』については情報と写真は見たことがあったが鹿児島名物白熊にあやかった適当な鍋物だろう、なんて軽く考えてしまっていたことがとんでもない誤算だった。聞くと県の職員の方々も結構食しておられるそうだが私の耳には感激の声が届かなかった。だから私が周囲のプッシュを受けながら今あらためてご紹介したい。

この料理は約1年ほど前に南洲館さんで考案・開発された鍋料理で、直径70cmもの大鍋を真ん中に据え、3人~8人で囲み、昆布とカツオをベースに7種類の野菜を3時間かけて煮込んだ特性スープをたっぷりと入れ、黒豚のシャブシャブを始め盛りだくさんの季節の野菜、豆腐、椎茸など地元採れの素材を食する くろくま もので南洲館の西元料理長の苦心の作だと聞いた。先ずは広間に鎮座する鍋に圧倒される。この上に蓋代わりに大きな竹編みのザルが被せてあった。この姿に客は圧倒される。この鍋は以前別の店で使われていたようだが店を閉める際に南洲館さんともう一カ所でこの大鍋を引き取られ、熊襲鍋と称する料理で使ってこられたらしい。熊襲鍋は海・山の幸いっぱいの豪華鍋だが黒豚は登場しない。だからこの『くろくま』が生まれたんだろう。白菜に代わりこの鍋では新鮮なレタスを使うところも女性に受けるはずだ。

中華料理人の陳建一さんも審査員を務めた第21回国民文化祭の『食の祭典"鍋"コロシアム』で総合優勝、つまり日本一に輝いたこの鍋、まだ食ってない方には是非食して欲しい。 くろくま まもなく始まるJR九州さんの佐賀 vs 鹿児島のキャンペーンでも『くろくま』が紹介されているようだ。佐賀の対抗鍋は嬉野温泉温泉ゆどうふだが私的には昔食った佐賀市内松川屋さんの松川鍋だろうと考える。これは旨い鍋料理だった。しかしどう考えても『くろくま』と互角に戦えるとは思えない。単に料理だけではなく南洲館さんのサービスの細かさも負けず劣らず光るからだ。まるで提灯記事みたいになったが良いことをめったに言わない私だけに周囲も書けと強力にプッシュする始末、たまにはいいだろうと精一杯記憶を辿った。

多くを語ると皆さんのお楽しみを阻害することにもなるのでこれ位にするが『くろくま』はまだ終わらない。一通り食するともう腹がはちきれんばかりなんだが、次にこの大鍋がラーメン用の大鍋に変身する。しかも麺の入れ方が芸術的だ。腰のある乾燥麺だがスープと見事に合っている。目を瞑れば串木野のまぐろラーメン くろくま を思い出した。ここで終わると思ってはいけない。次に『豚飯』というお茶漬け風味のご飯が出てくる。目を瞑れば奄美鶏飯を思い出した。小さいが胃の腑の別の所に綺麗に収まるのが不思議だ。ここで終わると思うとまた失敗する。デザートも準備されている。それも2種類の本場白熊だ。気が利くと言えばそれまでだがこの鍋を食すれば鹿児島がすべて分かる仕掛けになっているところが特許ものだ。最近べた褒めの食にお目にかかれないと思ったら何とこんなお膝元に宝があった。 

気になるお値段だが通常は2人に1本の乾杯ビール更に焼酎飲み放題まで付いて一人¥5,000だそうだが鍋とは別にお造り、小鉢類も含めてのお値段だ。感想に述べたとおりこれだけの内容豊富な鍋で満足度も高いし、ビジネス出張で来られる方々もこの鍋を食すれば奄美にも串木野にも、そして天文館のアイスパーラーにも行けた気分になれる、まさに今の鹿児島に相応しい洗練された鍋料理の見本とも言える料理だ。3名様からお受けするという。ご家族で腹を空かせて挑戦して欲しい1品だ。

 

 

宮政会に参加して

日本政策投資銀行(DBJ)さんの主催で開催された宮政会(きゅうせいかい)の会合に初めて参加した。この銀行は一般に言う銀行ではなく日本開発銀行と北海道東北開発公庫の業務を発展継承して1999年10月に発足した政府系特殊法人だ。現在九州には福岡と鹿児島に支店を置き、大分に駐在員事務所を置いている。出資金は全額政府出資で、平成19年度の投融資規模は1兆2,500億の規模だ。長期資金の供給を含め地域経済の自立的発展に資する活動を行っている。宮政会は宮崎県内でのDBJさんのお取引企業の役員クラスの方々で構成されている。特に今回は総裁がわざわざ来宮されたこともあって参加者もほぼ全員が社長さんだった。

たまたま私が宮崎で生まれたというご縁もあって、お声掛けいただいたと思うが総裁が最前列でお聞きになっていることもあって今日の講話は少し緊張気味でスタートした。本当は1時間ということだったがついつい力が入って1時間半に近いところまで延長してしまった。天璋院篤姫のお話もしたが、彼女が亡くなった1883年から丁度10年後に宮崎観光の生みの親とも言われる岩切章太郎氏がお生まれになっていることもあって、篤姫を結構身近に感じていただいたのではないかと思う。篤姫だけを切り離して語るとえらく昔の人という印象を持つが誰でも知ってる郷土の士を間に挟むことで時代はぐっと縮まるということだ。

さて新聞でも報道の通りすでに10万人を超えた県庁訪問者用に作られた記念グッズのお値段が¥150~500程度であることは実にいいセンスと言える。誰でも、たくさん、嵩張らず、重からずという今のトレンドに合っている。ライトアップもされ、県庁が観光地となりうるいい見本だ。ただ知事人気が先行して業界が引っ張られる形で進む宮崎だが今こそ足、腰を鍛えることを忘れてはいけない。宮崎地鶏が爆発的に売れ保健所も心配し始めた途端カンピロバクスターの発生を見たように、製造段階での品質管理の強化がもっと必要だろう。 知事の言われる『日本一のおもてなし』県を各現場でどこまで実践しているのか、単に流行、ファッションに流されるだけでは本当の意味での意識改革には繋がらない。勿論これは鹿児島にも当てはまることだ。

SNAスカイネットアジア航空社長にも9月就航の件で御礼を申し上げた。ロードファクター70%を期待されているようだが初便は満席でも次便からが本当の勝負だろう。やがて機材も徐々に揃えば目指すは福岡/羽田便となる。今は南九州の航空会社だがホームベースの宮崎は当然として長崎、熊本にはすでに就航しているし、今回の鹿児島の次は福岡を目指すのは企業戦略としては当然だと思う。いい料金も出ているし私も早く乗ってみたいと考えている。宮交の社長には昔の納涼バスの話をした。私が幼い頃は夏になるとこの納涼バスに乗ることがあこがれであり、初めて乗ったときの感激は今も忘れない。恋人同士が乗ってることもあって青島からの復路は敢えて車内の明かりを消して走行した。これがサービスなんだと教えて貰った。あの時代県民があんなに支えた宮交だが納涼バスも無くなったし、市内を走るバスにも客はあんまり乗っていない。でも収支状況は改善されていると報道されている。中身が分からない私がどうこう言う事は差し控えるべきだがバスの乗車率がそんなにアップしたんだろうか。自家用車利用が増えたと言うがそれは鹿児島でも同じだ。私は街が広がりすぎたことが一因じゃないかと考えている。

元々さほど人口が多くない宮崎市だが周辺の開発で人口が拡散したから自家用車保有率も高まった。今や一人一台の時代とまで言われる。一方市心人口は寂しい限りだ。市街地活性化法で再度中心地に人を集めようと手を打つが効果が出てもかなり先の事だろう。田舎の街まで東京の日本橋などのように昼間中心の街に作り替えてしまった。少子高齢化で人口が減少することを考えずに人が住まない街づくりに一生懸命取り組んできた。地域にとってこれは悲惨だ。イオンの進出とは違う話だ。

昨日は復路財部町の地鶏・田舎料理の店『古里庵』に立ち寄った。連盟の鹿籠六によるこの店と民泊の詳細なレポートはすでに掲載しているのでお目通しになった方も多いとは思うが私は初めて行ってみた。1,200坪の広大な敷地に樹齢も相当な古木を含め緑が多い館というのが第一印象だ。母屋も見せて頂いたがこの地域の家は客間と居間に段差(約20cm位か)を設けるのが昔からの家造りだそうだ。お客様は上段の間というおもてなしの心の表現だろう。さっそく美味しい手打ちそばと地鶏のサシミを頂いた。食ってみてくれと鶏のレバーも戴いたが新鮮で超美味だった。北九州ナンバーのお客様も昼前に入ってこられた。結構遠隔地からこの店に足を運ばれている方が多いそうだ。こんな所こそ国が進める『おとなの長旅』に相応しいと思った。外国人の経営する素敵なカフェも先日オープンした。昔からの素敵な空間に新しい空間が加わって魅力アップの財部町だ。

なお余談だが往路いつものように加治木饅頭を買い求め、都城在住で7月まで当連盟で活躍された知覧氏を訪ねた。丁度引っ越しの真っ最中だったが饅頭を食いつつ近況を聞いた。すこぶるお元気の様子で何よりだった。彼は当連盟都城支局長でもあると勝手に考えている次第だ。 

 

頴娃町図書館と大野岳

お盆のピークでもあり特にお客様も来られないし、参加する会議の予定も無い今日、天気がいいので以前より登りたかった頴娃町大野岳に行ってみた。

久しぶりに指宿スカイラインを走ったが時々垣間見える風景もあるがやはり指宿ブッシュラインと言った方が似合う。料金所で通行料を払った後の一般道路の方が広くて快適だから極めて不思議な道路だ。

さて先月オープンした頴娃町の図書館に行ってみた。役場の先の松林に近いところになかなか素敵な平屋 頴娃町図書館 建ての建物があったが、これが目指す頴娃町図書館だ。1996年8月に設立準備委員会が発足し、11年弱の時間と4億8千万をかけて造り上げたこの図書館は入ってみただけで使い勝手の良さが分かる。私はハコ・モノは嫌いだが図書館は生活施設だけに地域に1館無くてはいけないと思っている。先ずは書架の高さが極めていい。 頴娃町図書館 高くもなく低くもなく、大人も子供も抵抗無い高さが保たれている。入り口左が雑誌、  新聞コーナーで明るくて気持ちがいい。その左にトイレを挟んで子供専用コーナーがある。広さも明るさも十分だ。その前方がAVコーナーで子供達が快適な椅子に座りながら使いこなしていた。入り口入って右がカウンターで若い職員さん達が3人ほど働いている。貸し出しはコンピューター化されていて利用者各人が自分で簡単に操作できる最新式が取り入れられている。

和式(畳)の閲覧コーナーも十畳の広さ。十分な椅子、机が備えられ、個人別に仕切られた学習コーナーもあってなかなかいい。第一窓から見える風景が最高だ。開聞岳だって見えるはずだが、たまたま私が座った席からは一面の茶畑と大野岳だった。 頴娃町図書館

失礼ながら子供用のトイレも見せて貰ったというか勝手に見た。可愛いトイレだ。また赤ちゃんのベッドまで用意されていた。ここまでの若いお母さん達への気配りはなかなか他の図書館には無い。こんなに使い勝手が良ければ利用者も多いはずだ。係員に大野岳に登るルートを聞いたらさっそく詳しい地図をコピーしてくれ、これに赤いルートを書き入れて詳しく教えて貰った。ツーリズム時代にふさわしい、最近見た中ではダントツに素敵な図書館だ。

大野岳 さて今日は天気も良く大野岳展望台からの眺めは格別だ。錦江湾、知林ヶ島、池田湖は勿論、雄大な開聞岳のすぐ後ろには三島が手に取るように鎮座し、硫黄島の火口からの煙ももう少し雲が晴れれば見えるはずだ。更に後ろの屋久島までも良く見えた。こんな景色は私は初めてだ。 大野嶽神社仁王像 空にはすぐ近くから飛び立つパラグライダー2機が気持ちよさそうに飛んでいる。 暑いがそれを忘れさせるほどの絶景だ。 復路すぐ傍の大野嶽神社で眼光するどく睨みをきかせる元禄年間建立と言われる石の仁王像(生憎1体は廃仏毀釈で上半身壊されているが)を見たがこれは相当立派なものだ。でも京都あたりの仁王様のお顔に比べると可愛いくて親しみが持てる顔だ。道祖神様か、大きな田のかんさあと言うと失礼だろうか。

大野岳から見て北の方向に風力発電機と瀟洒なコッテージが見える。これは『アグリランドえい』だ。茶畑を掻き分けるように進んでいけばいい匂いがする。鹿児島黒毛和牛の焼肉だ。昼は¥1,000のサービスランチもある。私は¥1,680のミックス(牛カルビとロース)を食ったが薩摩川内の『かんだ』には大きく及ばないがそれなりに美味しかった。ただワカメスープは即席モノ、もっと研究した方がいい。ここには『アグリ温泉えい』もあって¥300で入浴可能だ。開聞岳と海に向かっているので湯船からの眺めもなかなかいい。

復路喜入の図書室も見学した。少々古い建物の3階にあるが階段が急だ。とてもお年寄りには上れないと思う。大きな建物だけに何とかして1階にスペースが確保できないもんだろうか。それと少しトイレの匂いが強い。これも改善を要すると思った。利用者も夏休みということもあって学生中心に結構いたが本は新しいものが少ないようだ。図書室本来の利用向上に向けてもう少し行政の意識向上が必要だ。

シンガポール教育セミナーに参加して ③終わり

ポスター さて昨夜の酔いも少し残る中で結構早く起きた。7時には朝食を取り、歩いてラッフルズシティーという会場に向かった。昨日聞いたところでは75人くらいの参加ということで当初の2/3程度の人員となり落胆したが開場が近づくとだんだん人も増え、最終的には120名程度は参加者を得たと思う。鹿児島のブースには食の大型ポスターと種子島から届いたポスターを展示した。昨年下見に来られ11月に30名程度の学生達がやってくるアンダーソンセカンダリースクールのリム先生も来られた。 先生と

開会のアナウンスの後エリザベスさんという当地シンガポール大学の准教授のキーノートスピーチが始まった。この方ミドルネームに日本人の名前がついていたが聞くと長崎に親戚がいらっしゃるようだ。このセミナーにあわせてニューヨークから戻られたばかりだそうだ。訪問先の空気に触れ、人に触れる体験が極めて重要で、机で学ぶことだけじゃ本物は分からないというような話だった。シンガポールの教育界は今この体験型学習を極めて重視しているようだ。

セミナー開場 この後さっそく私の15分のプリゼンが始まった。特に緊張はしないが海外誘致部の森田君の作ったパワーポイントに沿って思うところを語った。しかしちょっと知覧、鹿屋の平和教育について細かく言い過ぎたかも知れない。どこまでお分かり頂けたか心配だ。もっと軽く流した方がよかったと思う。その後久留米、高千穂のプリゼンが続き、次にシンガポール航空から新規投入機材の説明などがあった。さらにシンガポール側の学生ですでに九州実踏経験者がスライドを使って九州を語るというコーナーが2つほど入ったがこれはなかなか説得力があって良かったと思う。

最後にJTB九州のプリゼン、質問も数人出て、最後のラッキドローの抽選会は大変好評だった。 セミナー会場 ② 今回久留米は巨峰を持ち込んだがやはりシンガポール人には大変好評で日本の果物のレベルに賞賛の声が高かった。久留米にはもうすでに数校が果物狩りに来ているらしい。特にイチゴ、葡萄が好評らしい。

さて全てが終わった後で昨年誕生したというシンガポール国立図書館に行ってみた。あの有名なラッフルズホテルに近く、16階建てのホテル並みの建物だった。場所もいいからだろうが夜7時ごろだったがまだたくさんの利用者で賑わっていた。毎夜9時までの開館で休みは無い。別途24時間態勢で本の検索と利用申し込みが出来る。しかし広すぎて正直ここに2時間いてもとても足りない。図書館の中に植物園まである。個人型観光で立ち寄っても楽しいかもしれない。

その後すぐ近くにあるタイ料理屋に立ち寄ったがレベルの高さに驚いた。5人のシェフは皆タイ人でしかも料理は洗練されている。タイ料理屋に行くと、必ず聞くんだが今の時期のサラダはソムオーサラダに限る。これは一種のポンカンみたいなミカンの身をほぐして、これにわず