2013年6月3日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
天然の良港を抱える大島海峡を挟んで、瀬戸内町の古仁屋の街の対岸にあるのが、映画「男はつらいよ」の最終作の舞台となった加計呂麻島です。
大島海峡をステージに開かれる「奄美シーカヤックマラソンin加計呂麻」は、シーカヤックの国内最大級の大会です。また、湖を思わせるおだやかな豊穣な海では、クロマグロや黒真珠の養殖も行われています。
奄美大島最南端の港町・古仁屋から定期船で25分の位置にあり、海岸線はどこにいっても綺麗で美しい砂浜が続きます。西安室の集落から見る東シナ海に沈む赤々とした夕陽は、心が動かさずにはいられません。
諸鈍にあるデイゴの並木は5~6月にかけて真っ赤な花を咲かせ、青い空と海に映えて一段と美しく感じられます。毎年旧暦9月9日には、近くの大屯神社で国指定重要文化財の伝統芸能「諸鈍シバヤ」が奉納され多くの人で賑わいます。
また、明治末期から太平洋戦争時にかけ、本土防衛のために設けられた砲台や弾薬庫、特攻艇の艇庫が、この島にありました。今なお残る、戦争の傷跡がいたるところに残っています。戦争末期この島で震洋艇の指揮官として作家島尾敏雄は、出撃を待った。しかし出撃の命令は下らずに終戦を迎えています。
そうした極限状況の体験をもとに「出弧島記」、「出発は遂に訪れず」等の作品を残しています。加計呂麻島は島尾敏雄の妻ミホさんの生まれた島ですが、小説「死の棘」では極限状態で結ばれた夫婦が、断絶の危機に合い、絆を取り戻そうとする様を情感豊かに描いたもので、映画化されました。静かな入江となっている呑之浦には、文学碑が建立されています。
NHKの土曜ドラマ「島の先生」が始まりましたが、諸鈍の美しい海岸も登場します。小さな小学校を舞台に、教師と子どもたちの成長の日々をハートフルに描くドラマです。
ドラマの〈内容〉は、
離島の学校(小中併設)には、東京や大阪などから、さまざまな問題を抱えた児童・生徒たちが留学し、里親のもとで暮らしている。
都会のマンモス校でいじめや不登校に苦しみ、集団の中で隠れるように過ごしてきたこどもたちも、全校わずか十数人の学校では、生徒会・運動会・学習発表会・・、何をやるにも毎日が主役となる。
島人たちの深い人情や温かい視線に育まれ、自分がこの世界で必要とされて入ることを実感し、こどもたちは再生への糸口をつかむ。島を必要としているのは、こどもたちだけではない。日々の生活に疲れた大人たちにとっても、島は、限りなく深い癒しと新しい活力を与えてくれる。"島は日本の保健室"なのだ。
島の学校で教師をしているのは、ヒロインの夏村千尋(なつむら・ちひろ)先生。千尋自身が、実母との関係に苦しみ、中学生時代にこの島で留学生活を送ったことがある。生徒たちの問題を一緒になって悩みながら、千尋先生も、もう一度人生をやり直そうと励んでいる・・・。
NHK広報局 土曜ドラマ 『島の先生』より
主演の先生役は仲間由紀恵さんが演じ、チーフディレクターの屋敷陽太郎氏と音楽担当の吉俣良さんは、大河ドラマ「篤姫」のコンビで、主題歌「未来」は長淵剛さんが担当します。
美しい自然と、地域の温かい感情が生み出すドラマは、大きな感動をもたらし、終了後は多くの観光客が訪れると予想されます。 今回のドラマは6回シリーズで放映されます。ぜひご覧下さい。
ところで鹿児島市から100キロの地にある三島村も山村留学を受け入れています。三島村の硫黄島は人口112名程度であり、小中学校生は13名で典型的な過疎の島です。島の北部には、旅人が是非一度は訪れたい温泉に上げられている「東温泉」という天然の露天風呂があります。白浪が打ち寄せる岩場に湧く天然の温泉で、全国の秘湯ファンの人気を集めています。朝日や夕日を拝みながら入る風呂は格別です。
また、島では5月中旬から6月初旬にかけては、タケノコ刈りが楽しめ、2月には椿が満開になり、9月には椿油作りが楽しめます。又落人伝説の史跡や太公望にはたまらない釣りの良場、恋人岬など歴史、自然、温泉などが自然にコンパクトに配置された魅力的な島です。西アフリカ発祥の伝統楽器「ジャンベ」を本格的に習得できるアジアで唯一の施設もあります。今は亡き中村勘三郎さんが、二度「俊寛」を題材とした歌舞伎を演じた島としても知られています。
また、県内には28の有人の島があり、それぞれ自然の魅力や文化、歴史があり訪ねてみたい島ばかりですが、多くの島は交通が不便です。島独特の祭りや食文化は観光素材として欠かせません。またユニークな海岸線、砂浜、生物、温泉などは魅力です。厳しい自然や離島というハンディの中で生きてきた島の人々の暮らしの知恵や、島唄、伝統芸能はわれわれの生活に多くの示唆を与えてくれます。
島に観光客を呼ぶ方法としていくつかの方策が考えられます。島でしか取れない産物や、島でしか咲かない花、珍しい生物など希少価値を売りに、情報発信することが重要です。
大学とタイアップし、ゼミの講座の一つに島の生活や文化を取り上げてもらう取組や、カルチャーセンターや市民講座のカリキュラムに、島を訪れるコースを加えることで一定の入込客を確保できます。夏休みの若者向けのキャンプも売りの一つです。最近のエージェントの企画では、「日本の島を巡る旅」が人気を博しています。
離島と言う不便性を、むしろ稀少価値として捉え、優位性に転換することが大事です、
南北600キロある鹿児島県ですが、海岸線は本土の長さより離島の長さが上回ります。
ぜひ今年は、まず「島の先生」の舞台加計呂間島を訪ねて、離島の学校の魅力を発見しませんか。美しい自然と温かいおもてなしが、あなたの来訪を歓迎するでしょう。
〔参考〕しま旅:鹿児島県観光連盟、かごしまよかとこ100選:鹿児島県
2013年5月27日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
昭和40年代の初めからから50年代前半にかけて、指宿駅に新婚客を乗せた列車が着くたびに、次の曲が流れ歓迎していました。
『南国情話』 作詞:石本美由紀 作曲:三界 稔
岬の風に 泣いて散る 浜木綿悲し 恋の花
薩摩娘は 長崎鼻の 海を眺めて 君慕う
開聞岳の 山の巣に 日暮れは鳥も 帰るのに
君は船乗り 竹島遙か 今日も帰らず 夜が来る
悲しい恋の 舟歌を 歌うて一人 波枕
あの娘思えば 男のくせに 握る櫓綱(ろずな)もままならぬ
逢えない人を 慕わせる 今宵の月の 冷たさよ
可愛いあの娘も 長崎鼻で 一人眺めて 泣くだろう
何となく情感がこもった詩とメロディは、指宿を訪れる人々の心に深い印象を残してきました。 「あこがれのハワイ航路」や「長良川艶歌」、「矢切の渡し」と2年連続日本レコード大賞を受賞した石本美由紀さんが、昭和29年に作詞されたもので、来年が発表から60周年にあたります。
この歌に出てくる「長崎鼻」は、薩摩半島の最南端に位置し、荒波が押し寄せる灯台の近くまで行くと、西には開聞岳が、晴れた日には、屋久島や硫黄島を臨むことができ風光明媚な場所として知られています。
かつて都井岬、佐多岬と岬を巡るツアーや、新婚旅行全盛期には近くの長崎鼻パーキングガーデンや開聞山麓の新婚植樹園とともに多くのカップルで賑わいました。 しかし、バブルの崩壊による景気低迷で団体客が減り、新婚客は海外へシフトし、昔の賑わいはなくなりました。
そこで、九州新幹線が全線開業し、「いぶすきのたまて箱」も運行され注目を浴びている今、地域の人たちが立ち上がり、もう一度長崎鼻に観光客を取り戻そうと竜宮城からの招待状と銘打った「指宿長崎鼻龍宮城まつり」というユニークなイベントを開催しました。
イベントの中心となったのは、長崎鼻の近くで「休憩店」を営む有村隆雄社長で、有志で集めた資金や人手を動員し手作りのイベントを創り上げました。
「癒し、美と健幸、ふれあい」をコンセプトに、国内外で大活躍中のヨガの第一人者chamaさん、新進気鋭のストリートダンサーNayuさん、日本一の栄冠に輝いた山川ツマベニ少年太鼓、まち歩きの達人東川隆太郎氏らが参加する一大イベントでした。
当日は小雨の降る天気でしたが、長崎鼻を臨む海岸の砂浜ではchamaさんによるヨガ教室もあり、老若男女多くの参加者があり、小生も元気をもらった感じです。
また、オリビン万華鏡つくり体験や、長崎鼻から3つの海に向かって大声で叫ぶイベントには、近隣の小中学生が参加し盛り上げていました。有村会長は今日がスタートであり、来年はもっと多くの人を集めたいと語っていました。イベントの開催に尽力された有村様の並々ならぬご苦労に心からの感謝の気持ちを申し上げたいと思います。
岬の近くにある「龍宮神社」は、浦島太郎の伝説で有名であり、御祭神は豊玉姫命(とよたまひめのみこと・乙姫様)です。龍宮神社は、観光特急「いぶすきのたまて箱」のネーミングの由来にもなっており、人気急上昇中のパワースポットです。
参道の近くには、地域グルメや農産物の展示即売会も開かれており、多くの観光客で賑わっていました。
指宿から「長崎鼻」に至る海沿いのルートは、遠回りにはなりますが、山川港、琉球貿易の遺跡、かつお節工場、ヘルシーランド、砂蒸し温泉、地熱発電、フラワーパークなど素晴らしい景観が残りもっとPRが必要です。
山川~根占航路が再開されましたが、全盛期は多くの新婚客で賑わい、タクシーの積み残しが出るほどの人気でした。観光客は、大型バスで宮崎から日南海岸をめぐり、都井岬、志布志、鹿屋、佐多岬と大隅半島の沿線の魅力を堪能し、対岸の指宿に宿泊するツアーが人気でした。
今、国内ではかつて観光客が押し寄せて賑わっていた大型温泉地が苦戦を強いられています。高速道路の開通による観光ルートの変更、宴会型団体旅行の激減、物見遊山の旅行の減少、少子高齢化による旅行需要の停滞等マーケットは変化しており、観光地は常に進化している姿を提供しなければなりません。地域の生活・文化に触れる取組が重要です。 担い手の育成を図り、地域をコーディネートする人の存在が大事になってきました。
鹿児島を代表するパワースポットとして多くの参拝客が訪れているのが、南九州市頴娃町にある釜蓋神社です。頭の上に釜蓋を乗せて鳥居から賽銭箱までの約10mを歩ききったら願いが叶うというユニークな願掛けが人気となり、勝負・武の神を祀ることからスポーツ選手も多く参拝しています。
この神社が有名になったのは、テレビ番組の「ナニコレ珍百景」で紹介されたのが始まりです。その後ロンドンオリンピックの女子サッカーチーム「なでしこジャパン」の活躍が、この神社に参拝したご利益のおかげとのスポーツ紙の報道もあり、一気にその人気に火が付きました。今では多くの旅行エージェントの企画にも取り上げられています。
3年前まではほとんど無名に近かった釜蓋神社が、多くの参拝客を呼ぶようになったのは、神社のストーリーとともに珍しい参拝スタイルが、メディアで取り上げられたことが大きいと思います。「龍宮神社」、「枚聞神社」、「釜蓋神社」の3社を巡るツアーも人気がでています。
また、熟年層を対象に、かつてハネムーンのメッカであった南九州ゆかりの地を訪ねる企画も求められます。長崎鼻のストーリーを語ることで新しい魅力が生まれるのではないでしょうか。
新幹線の全線開業から3年目に入り一服感がある鹿児島ですが、指宿地域は善戦しています。新幹線のブームが続いている間に次の魅力を創出する必要があります。指宿に連泊させる方策としては、2日目は、大隅半島にわたる企画も考えられます。
冒頭の「南国情話」の美しいメロディは、岬に至る参道のお店から流れてきます。口ずさみながら歩くと目の前に広い海が広がり、振り返ると秀麗な開聞岳が眺められ、この歌が長崎鼻の雰囲気を醸し出していると感じます。
長崎鼻を訪れたら、「龍宮神社」に参拝し、「南国情話」のCDをぜひお買い求め下さい。「南国情話」の復活が、地域の活性化の一翼になればと思います。
大隅の佐多の岬は 海越しに
突き出て青し 鷹棲むといふ
川田 順
2013年5月7日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
霧島連山の新燃岳は、2011年1月に大きな噴火をしましたが、現在は噴火警戒レベルは3(入山規制)で、火口から半径2kmの範囲は立入規制区域となっています。 新燃岳(1421㍍)を望む韓国岳(1700㍍)や高千穂峰(1574㍍)は登山ができます。
県は、高千穂河原の登山口から新燃岳方面に向かう中岳探勝路を、4月27日から開放しました。探勝路はミヤマキリシマの群生地として登山者にはよく知られていますが、2011年の1月から立ち入りが規制となっていましたが、霧島連山の登山路拡大に大きな期待がかかります。
探勝路は、噴火の影響が心配されましたが、関係者によるとミヤマキリシマの新芽やつぼみが確認されており、5月の中旬が見頃と予想されています。
これから新緑とミヤマキリシマが美しい季節となり、多くの登山者で賑わい近くの霧島温泉郷は、宿泊者が増えるのではないかと思います。インターネットや顧客に対し情報発信の必要性を感じます。
ところで、新燃岳噴火当時は連日マスメディアで山の様子が報道されて、宿泊のキャン セルが相次ぎました。また、韓国人に人気のある韓国岳トレッキング、ゴルフツアー等が相次いでキャンセルとなったことも大きな痛手でした。
しかし、観光客が落ち込んだ時期に、霧島温泉地域では、おもてなしセミナーや接遇研修等サービス向上に努力した結果、「じゃらん人気温泉地ランキング2012」では、「温泉地満足度第一位」に選ばれるなど、地域ぐるみのおもてなしが評価されました。 その後の回復も早く、今でも九州を代表する温泉地として多くのファンに支持されています。
これからの霧島地域の課題は、連泊させる取組の推進です。従来の登山客、湯治客だけでなく、遠方からのお客様が周辺地域の観光地に出かけ、もう一泊させる態勢づくりが求められます。
まず地域連携の強化です。近隣の大隅地域には、悠久の森、大川原峡、溝ノ口洞穴、桐原の滝や都城市の関之尾滝があり、駅を起点にウオーキング等に最適な場所です。四季折々に変化する渓谷や田園風景を見ながら歩くと、美しい日本の原風景に出会えます。 湧水町には「霧島アートの森」が、伊佐市には「曽木の滝」、「曽木発電所遺構」等文化施設や名勝旧跡が点在します。
また、人吉までも約1時間30分の距離です。人吉は、青井阿蘇神社を中心に酒蔵廻りや醤油・味噌蔵など街の佇まいが中高年の旅情をかきたてる場所です。
霧島地域は鉄道の路線にも恵まれおり、「はやとの風」は人気の列車です。嘉例川駅に車を置き、吉松駅で「いさぶろう」「しんぺい」号を利用し、人吉で半日程度滞在し、嘉例川駅に戻る旅も沿線の風景が懐かしく、小旅行が楽しめます。
これからの霧島地域での重要課題は、教育旅行の誘致です。関西地域から25年度は5,200名、26年度は5,500名の生徒が集約臨時列車を利用し鹿児島を訪れます。
現在出水駅や鹿児島中央駅で下車し、県内に2泊していますが、新八代駅で下車した後、人吉でラフティングを体験し宿泊は霧島温泉で、翌日大隅地域で漁業やグリーンツーリズムを体験し、民泊する新しいコースを提案してはいかがでしょうか。
新幹線を利用し大隅地域に宿泊すれば錦江湾内のフェリーと運賃が補助される制度もあります。大隅地域は今グリーンツーリズムの誘致促進を図っています。 夏場の涼しい気候をPRして勉強やスポーツ合宿、各業界団体の県・九州大会等のコンベンションをもっと誘致しなければなりません。
他の地域に比べてJRの駅が多く、しかも空港や高速道路のインターが近く、移動する にはまさに恵まれた地域です。 また、温泉の質が多彩で、食、おもてなしの心、四季折々の自然が美しく何回訪れても飽きない地域です。多くの露天風呂が存在することから、外湯と農家レストラン、直売所廻りで過ごすのも良いのではないでしょうか。
ところで、霧島山の開放を心待ちしているのは、韓国の人々も同じだと思います。原発事故、竹島問題等課題は多くありますが、円安傾向になり、鹿児島を訪れる韓国人は増加傾向にあります。
今年の2月には、九州オルレに霧島妙見コースが選定されました。コースは約11km、 所要時間は4~5時間で連泊する条件としては、大きなインパクトになるのは間違いありません。しかも鹿児島に宿泊する外国人の33%は韓国人であり、大きな経済効果も見込めます。(24年実績)
夏休み旅行のエージェントの商品造成もこれからが本番です。霧島への商品企画をぜひ増やして欲しいと思います。
県と観光連盟では、噴火、登山、イベント、食、花等について、ホームページで適宜紹介しています。今回も早速ホームページで探勝路の開放について掲示しました。県民の皆さんも、霧島山へ出かけていただき、新しい霧島の魅力を県外の方々に伝えて欲しいと思います。
九州新幹線も、3年目に入り開業業効果の勢いにも陰りが感じられます。今回の探勝路開放でも新燃岳の近くまでは行けませんが、久しぶりにミヤマキリシマの群生が観察できるのではと思います。
新燃岳にできた新しい山の形は、霧島の名所になっています。霧島地域は世界ジオパークの認定を目指して、地域で様々な取組も推進しています。特に観光関連業界の方々は、自らの足で霧島地域周辺魅力を知り語って欲しいと願わずにはいられません。そのことが滞在者を増やすことになります。
県民の皆さんも山に登ることで、変化する霧島の山々の美しい姿に感動するのではないでしょうか。
2013年4月1日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
平成25年度が今日からスタートとします。4月1日が月曜日ということでなにかと良い年の巡り合わせを感じます。 自治体や学校では新年度が始まりますが、新しい組織や新たなポストでのスタートの人にとっては、気の引き締まる年度始めではないかと思います。
石ばしる
たるみの上のさわらびの
萌えいづる春になりにけるかも
志貴 皇子~万葉集~
新学期になると、まもなく修学旅行も始まります。鹿児島県において民泊型教育旅行の受入は平成16年からであり、関東からの高校生が最初でした。
特定非営利活動法人エコ・リンク・アソシエーションの調査によると、2校360名の受入が、25年度は67校、19,224人の取り扱いとなります。出水地域と与論島は独自の組織で受入を行っており、その数を合わせると93校、人員で24,800人になります。 受入農家は約1030軒(平成24年10月末現在)となり、一部の離島を除いて県下全域に広がっているのが他県との違いであり、今年から種子島での受入も始まります。
先日種子島で「グリーン・ツーリズムフォーラム」が開催され、熊毛支庁、西之表市、中種子町、南種子町、観光協会、受入農家等が参加して研修会を実施しました。南さつま市で「陽なたぼっこのよしおちゃん家」という民宿を経営している宮崎トミ枝さんから、受入の実情についての具体的説明がありました。受入前と帰るときの生徒さんの生活態度が大きく変わることについて、驚きや受入体制の責任の重さを感じました。
種子島の本格的な受入は、26年度から始まりますが、1市2町の農家・漁家では定期的な研修会や先進地視察等を行って受入体制づくりの強化をはかっています。 26年には東京の著名な女子高校を受入する予定であり、これが試金石になると思います。
これからの課題としては、簡易宿所営業の許可を取得する農家・漁家を増やすことであり、それが他地域との差別化になります。取得には25,000円程度の経費がかかりますが、自治体の支援を含めて後押しが必要です。
種子島は、本土最南端の佐多岬から南東約40Kmの位置にあり、鹿児島港から高速船で1時間45分と比較的本土に近い島です。日本で初めて鉄砲が伝わった地で、また、世界で一番美しいといわれるロケット基地があり、小中学校の社会の教科書には必ず掲載される島です。しかし県外の方には、どこにあるのか、どのような魅力があるのか、正確に答えられる人は少ないと思います。今後のPRが必要です。
行先として種子島という離島を選択していただいたからには、島ならではのオンリーワンの体験メニューとおもてなしを提供する必要があります。日本でいちばん早く収穫されるお米、糖度の高い安納芋、サトウキビ、レザーリーフファンなど豊富にあり、平坦な土地を活用し、グリーンツーリズムによる体験型教育旅行の誘致は最適と思います。
島の東南端の海に囲まれたまばゆい景勝の地に、「種子島宇宙センター」があります。同敷地内にある「宇宙科学技術館」には、実物大のモデルやゲームなどを通して、宇宙開発におけるさまざまな分野を楽しみながら理解することができ、子供たちが宇宙に興味を持つことができる貴重な施設です。また発射場の近くまで行ける無料の見学バスがあり、大人も一緒に楽しめる場所です。子ども達に、いつか本番の打ち上げと、その迫力を体験させたいものです。特にSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の誘致には最適な施設です。
また、島は遠浅のビーチが数多くあり、太平洋の荒波が打ち寄せる鉄浜海岸などは、絶好のポイントとなり、全国から多くのサーファーが集まり1年中楽しんでいます。農業体験の終了後、砂浜を素足で歩き、打ち上げられた漂流物や、貝殻を集めるなど海の体験は都会の子どもたちにとっては、貴重な体験です。
千座(ちくら)の岩屋は、太平洋の荒波で削られてできた洞窟であり、千人が座れる広さがあることからその名前が付いています。白砂を踏みしめながら、近づくと潮の満ち引きで変化する洞窟が現れます。洞窟から太平洋に沈む夕日を見ると、生徒たちは感動に震えるのではないかと思います。生徒達にぜひ体験させたいメニューです。
西之表市内には赤尾木城址、日本初の火縄銃製造に成功した「種子島時堯公」の像、鉄砲の歴史が一目でわかる鉄砲館などがあります。また「月窓亭」は、大日本池坊総会頭職を務めた羽生道則などを輩出し、名だたる名家である羽生家の屋敷であり、明治以降においては、歴代種子島当主が居住するなどたいへん由緒ある建物であり、歴史の勉強に役立つのではないでしょうか。特に女子生徒には、生け花や茶道の体験場所としては最適です。
また、西之表港は種子島の玄関口であり、鹿児島、指宿、屋久島との高速船の発着港として恵まれた場所です。
種子島への誘客には、「世界遺産の島・屋久島」との連携が不可欠です。それぞれの違った島の魅力を提供し、両島に宿泊させる取組が重要です。 佐世保市から定期船で3時間かかる小値賀島は、人口2700人の小さな島ですが、民泊を中心に年間修学旅行を10校受け入れており、島の活性化に大きく貢献しています。
24年度からスタートした錦江湾・離島航路修学旅行利用促進事業補助金制度もあります。九州新幹線全線開業による時間短縮効果が図られ近くなった種子島へ、グリーンツーリズムの魅力を活かし、教育旅行を誘致したいものです。
2013年3月4日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
3月に入り各自治体では25年度予算の議会審議が始まりました。最近では観光振興に力を注ぐ自治体が増えており、議会の行方にも注目したいものです。
2008年10月1日に「国土交通省」の外局として「観光庁」が設置されました。 日本も国策として観光が推進されることになったのですが、外国に目を転じると観光大臣を置いている国が多く、日本はむしろ遅すぎるぐらいの庁の設置ではなかったかと思います。本格的な少子高齢化社会を迎え、交流人口拡大による地域活性化は、自治体にとって重要な政策であり、観光振興は不可欠なものとなっています。
観光振興の推進にあたっては、行政、経済団体、業界、民間事業者の力が大きな柱になります。観光振興をすすめる観点で捉えると、それぞれの壁をいかに乗り越えるかが課題となっています。 まず、行政と行政の壁です。各自治体は税収が伸び悩む中で、多岐にわたる町の振興が必要であり、効率的な予算執行が求められています。
そこで観光のパンフレットを点検すると、ほとんどが自分の市町村に関することしか掲載されていません。少なくとも県内のどの位置にあるのか、最寄駅もしくはインターチェンジ、空港等に合わせて隣接する市町村を載せることで相乗効果が生まれます。自分の町は知られていると思っている人が多いのではないでしょうか。
町民も訪ねたことがない遺跡や渓谷、神社仏閣が多いのが事実であり、我が町の存在を知らせるためには、他の町との連携が欠かせません。有名温泉地を持つ自治体は隣町と共同でPR活動を行うことで、着地型観光の誘客が宿泊につながります。
ところで、単独で大阪や福岡の地下街等でPR大使を伴って宣伝をするケースが多く見られますが、その効果は疑問です。パンフレットを1万枚配ることができたと喜んではいられません。多くのパンフレットが地下街のゴミ箱に捨ててあり、来店客は商品欲しさに何回も並んでいる人が多くいます。 むしろ広域連携でPR組織を作り、テレビ局訪問等で情報番組に出演し、地域特産品の提供等を行うことが大きな宣伝効果を生み出します。
また、旅番組の誘致も知名度アップとなります。エージェントに対しては、ホテル等での説明会や商談会を開催することで、旅行商品の造成や人脈づくりにつながりその後のセールスにも役立ちます。
旅行エージェントの担当者と話をすると、単独の町で来られても個人情報の関係で店内での面談には制限があり、挨拶程度に終わり兼ねないと印象が薄いと言っています。 我が町をPRし、誘客したい理由はわかりますが、認知度、商品造成等を考えると自治体の連合でやる方が、費用も少なくてすみ効果が上がるのではないでしょうか。
例年福岡、京都、大阪で毎年スポーツ合宿のセミナーを開催していますが、着実に実績が上がっています。県内の多くの自治体が参加しており、また、セミナーへの大学の参加校が増えているのは、一度に多くの自治体の施設・補助金・受入体制等の概要がわかり選択肢が広がり、その後の人脈づくりと合宿誘致に結びついています。行政と行政の壁を越え、連携体制が誘客に効を奏しています。
次は行政と業界との壁です。観光振興には商工会議所、商工会、農協、漁協、NPO法人等民間組織の役割も大きいものがあります。地域のイベントを実施する場合は行政と業界の協力なしには開催できないのがほとんどです。協賛金等の収受も大きな課題となります。 また、実施本部を作るとなると、誰をトップに据えるかでもめることがよくあります。プロジェクトの立ち上げにおいても同様で、組織作りに時間がかかり、肝心の実務体制 が後手に回ることがよくあります。
地域全体でイベントに取り組む場合は、自治体の関係者をトップに据えて、民間のリーダーを実行委員長において業務遂行した方がスムーズに行くのではないでしょうか。
指宿の「菜の花マラソン」と「菜の花マーチ」は、行政と業界の役割分担がはっきりしており、成功しているイベントと思います。現場で時間的制約を受けにくいのは、民間の力ではないかと思います。組織作りに時間をかけるよりいかに動ける組織を作り上げるかが課題と感じます。
次に民間事業者と民間事業者との壁です。かつて日本の温泉地は、夕食の後は浴衣がけで歓楽街に出かけて、地域住民が行く店に繰り出し街もそれなりの活気を誇っていました。 バブル時期の日本の有名温泉地は、大型ホテルの建設、部屋の増設と多額の投資を行いました。また、「カラオケ酒場」や「夜食店」等二次会ができる施設を館内に作ったために宿泊客は外に出なくなり、歓楽街は寂れてしまいました。現在では個人旅行が主流となり、大型施設の中に作られた飲食店に入る人も少なく、施設の維持も困難となり、倒産や競売の施設が多く見られます。
一方地域ぐるみで街づくりを行っている温泉地や県民が支持している地域は、いまでも活気があります。黒川温泉は、個々の施設よりも地域全体のまちづくりが重要と捉え、各施設が看板をなくすなど、地域の景観づくりに協力しています。山口県湯田温泉の西の雅「ホテル常磐」では、女将自ら演じるナイトショーは人気があります。自館の宿泊者だけでなく温泉街の他の施設の宿泊者にも無料で開放しています。
経営という面から捉えると自分の施設の売上げが優先しますが、他の施設とも連携して誘客に努めることが、地域全体の活性化になると思います。
スポーツキャンプやコンベンション等は一度に多くの宿泊客があるため、地域全体で受け皿を整える必要があります。地域で1軒の施設のみが栄えるより、魅力に富んだ個々の施設が生まれることが地域全体の魅力につながります。
日本は本格的な少子高齢化時代に入り、大きな消費拡大も望めず地域間競争も激しくなり誘客も難しくなっています。連携を強化して動ける組織を構築し、形より実のある成果が出るよう努力したいものです。 行政と行政、行政と業界、民間事業者と民間事業者それぞれ自分の立つ位置を貫けば、摩擦が起き仕事の成果は難しくなります。
観光の6次産業化が言われていますが、それぞれの部門の垣根を越えることは容易ではありません。しかし今や地域総力戦の気概で取り組まないと、持続できる観光地づくりは厳しいものがあります。
観光振興の基本は、いつまでに何をし、どのような成果が期待できるかであり、そのことで組織や役割分担も決まってくるのではないでしょうか。これからは費用対効果がより厳しく問われることになり、行政・業界・民間事業者それぞれの壁を越えた取組が求められます。
最後に今回のコラムが250回目となりました。皆様の叱咤激励で今日までくることができました。心から御礼申し上げます。
感 謝
2013年2月25日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
奄美諸島は、鹿児島の南380~580キロメートルの海上に点在する島々で、奄美群島とも呼ばれています。環境省は今回の世界自然遺産暫定リストでは、奄美大島、徳之島、沖縄本島北部、西表島の4島を軸に対象地域を検討しています。 早ければ2015年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)へ推薦し、2016年夏の世界自然遺産登録実現を目指しています。
奄美・琉球が登録されると、県内では屋久島に次いで2箇所目となり、鹿児島県の知名度が飛躍的に上がるのは確実です。国内では白神山地(青森、秋田県)、知床(北海道)、小笠原諸島(東京都)に次いで5件目の世界自然登録となります。
また、「九州・山口の近代化産業遺産群」はすでに暫定リスト入りしており、その中に鹿児島の「集成館事業」も含まれており登録が待たれるところです。
ところで、知床や小笠原諸島は世界遺産の有力候補にあがりながら暫定リスト入りが遅れたのは、重要地域の法的保護担保措置が不十分であったためとも言われており、環境省は、奄美群島について2013年度の国立公園化にむけて、林野庁は奄美大島、徳之島の国有林の森林生態系保護地域の指定に向けてそれぞれ取組を進めています。
このことから世界自然遺産登録への大きな一歩が踏み出されたと言えます。長い年月をへて育まれた奄美群島の豊かな自然、貴重な動植物の保護とともに、観光客への自然保護に対する意識向上、地域住民との共生をいかに図っていくかが問われています。
登録に向けて観光の視点から、屋久島を例に課題を整理したいと思います。 今年12月屋久島は、世界自然遺産登録から20周年を迎えます。屋久島は、亜熱帯から冷温帯の連続した植物の垂直分布が見られ、また、樹齢千年を超える屋久杉は標高700mから1800mくらいまでの樹林帯で見られます。1993年「白神山地」と一緒に世界自然遺産に登録されました。
その後観光客は増え続け、2007年には屋久島への入込客は40万人を超え最高となりました。遺産登録時は1万人にすぎなかった入山者は、2011年は約9万3千人となっています。今では登山家の憧れの島として人気が定着しています。(入山者数は環境省屋久島自然保護官事務所の調査)
しかし登山者の増加に伴い縄文杉の展望デッキ、登山道やトイレの設置など整備は進んでいますが、植生の荒廃、し尿処理問題等が大きくクローズアップされています。 屋久島の自然を守るために町が2011年6月議会に提出した「入山制限条例案」は、様々な意見もあり否決されました。自然保護と観光振興の狭間で屋久島は、世界自然遺産の島を守りながらいかに経済的価値を求めていくかが問われています。
遺産登録時の山岳ガイド数は20人程度でした。一般の観光客が山に登る機会が増えて、屋久島地区エコツーリズム協議会は、2006年からガイド登録制度を始めました。しかし従来から登録ガイドの基準が明確でないため、2012年11月現在82人が登録しているにすぎません。また、観光協会も登録制度を持っていますが、両方合わせて200人程度で正確な人数把握はできていません。また、夏場だけのにわかガイドの存在も指摘されています。
これからも自然保護や安全対策上登録ガイドの資格取得をぜひ進めて欲しいと思います。また入島者に対しては、「屋久島憲章」を、旅行エージェントに対しては、募集段階でのパンフレット上での自然保護の遵守等の告知徹底が必要です。
奄美群島はこれから「世界自然遺産登録」に向けて、エコガイドの養成や登録制度、自然を守る取組を、屋久島の取組を参考に進めていく必要があります。「世界自然遺産登録の意義」や「観光客増加への対応」等地域住民への日頃からの細かい情報発信も求められます。
また、沖縄と差別化したPR戦略が求められます。奄美は手つかずの美しい海や森林地帯が多く、多種にわたる動植物が生息していることから、自然の生態を見せることが求められます。春先は本土に比べて花粉が少ない島であることから、ヘルスツーリズムの推進も欠かせません。島唄や伝統的踊り、島料理など本土と異質な生活・文化も残っています。 名瀬港は大型クルーズ船の寄港が容易であり、登録後は外国人観光客が増加することから、受入体制の充実も求められます。
奄美群島は、すでに世界自然遺産に登録されている「白神山地」、「知床」に比較すると、温暖な気候に恵まれ1年中行くことができます。また、「小笠原諸島」は飛行機の定期便がなく、東京から船で24時間かかります。同じ離島にありながら奄美大島と徳之島は、飛行機の定期便もありアクセス的には優位性があります。
ところで奄美群島は、今年日本復帰60周年にあたります。「世界自然遺産暫定リスト」入りの効果を奄美大島と徳之島の2島に終わらせるのではなく、群島全体にメリットもたらすことが重要です。各地を訪問した際は、「日本復帰60周年」、「世界自然遺産暫定リスト入り」の二つのロゴ入り名刺やパンフレットを渡してPRしてもらいたい。また奄美群島出身者の県人会は、関西、関東、鹿児島等多く組織されており、その人たちを通じてのPRもお願いしたい。
長年観光の仕事に携わっていますが、県外の方々は、意外と奄美群島の位置や魅力を知りません。今回の暫定リスト入りはPRの絶好の機会と捉えて、奄美群島一体となり宣伝を強化して、群島の知名度アップと経済的浮揚に繋げる必要があります。昨年発足した奄美群島観光物産協会は、大きな重責を担うことになります。奄美全体をコーディネートする人材の育成も急務です。
小生が始めて奄美大島を訪れたのは、44年前ですが当時は、1500トンクラスの船は、デッキまで人があふれており、特に若い女性層が奄美群島を訪れていました。 今後は年代層を問わず世界各国から世界自然遺産の島を訪ねることが予想されます。周到な準備を進めたいものです。
世界自然遺産登録が奄美に大きな変化をもたらすとともに、交流人口が増大し新たな産業や雇用が生まれます。県民あげて盛り上げをはかりたいものです。
2013年2月18日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
卒業式のシーズンがやってきました。それぞれ学校での思い出を胸に、進学や社会人となる新しい人生へのスタートにあたり、夢を持ってがんばって欲しいものです。
小生の50年前の小学校の卒業式は、在校生も参列する中で古い木造の講堂で行われたことを記憶しています。外では桜のつぼみも大きくなり開花間近の春の陽気でした。式の最後は在校生、卒業生、先生、父兄全員で「仰げば尊し」の歌の合唱です。当時は歌詞の意味が良く解らず歌っていましたが、静かな雰囲気の中で、格別な思い出として残っています。
しかしながらこの歌が、様々な理由により卒業式で歌われないのは残念です。歌詞は、先生方に対する感謝の気持ち、学校を育っても何事にも心を尽くすことの大切さ、慣れ親しんだ学び舎でのお互いの努力への感謝、希望にふくらませて卒業することへの誇り、お世話になった人々へのお礼と感謝、人間として努力することの誓い等を表しています。
教育の価値は、卒業後30年たって理解できると言った人がいましたが、私にとってこの歌は何事にも替えられない「絆の大切さ」を問うているように感じます。 裕福な時代ではなかったけれども、明るく、みんなが一生懸命前向きに過ごしていた子供時代が懐かしく思い出されます。
ところで、卒業を機にふるさとを離れる人が多くなる時期です。日本は少子高齢化が進み、地方を中心に過疎化が進んでいます。かつて学んだ学校は閉校となり、今では地域の交流の場所として、衣替えしているところが多くなっています。 県内を旅すると、廃校になった校門の横に学校の歴史を刻む記念碑を見ることがよくあります。かって子ども達が走り周ったりキャッチボールをした運動場は、土のグランドが消え一面に草が茂り、過ぎた月日の長さを物語っています。
鹿児島県は南北600キロメートルに及び、これは鹿児島市から大阪市までの距離になります。有人の離島は28ありますが、その中に小さな学校が多いのも特徴の一つです。子ども達は島に高校が無いためにやむなく県本土の学校に進学する生徒が多くなります。 また、高校を卒業すると県外の大学や企業に就職する生徒が多く、ふるさとを離れてしまいます。卒業後地元に帰る人は少なく、生まれた土地の魅力を語る機会も少なくなっています。
鹿児島県は、1956年(昭和31年)には210万人の人口でしたが、2010年(平成22年)の国勢調査によると、約170万人となっています。これからも人口は減少し、2030年には145万人と予想され25万人も減少します。 これからは交流人口を拡大することが不可欠であり、地域活性化の一つになるのではないでしょうか。
そのためには、県民が地域の魅力を悟り、自らPRすることで誘客を可能にすることが問われています。 地域に行くと、自分の町には観光客が来るような魅力はありませんと、語る人が多いのは残念なことです。日本人の国内旅行は成熟しており、温泉地で豪遊したり、名勝旧跡を主とする観光客は減少しています。
今観光客は、地域に残る行事、祭り、ローカル線沿線の景観、地元の人が食べる食材、田舎のおもてなし、地域で輝いている人等に魅力を感じています。地域の情報発信力が問われています。 中央駅前にある「かごっまふるさと屋台村」が賑わっているのは、そこに行けば「かごしまの味」があり、「かごしまの人」に会えるからです。
今地域に人を呼び込むには、地域の生活・文化を旅人に提供することです。 雇用基盤が十分確立していない地域で生活することは大変厳しいことですが、交流人口を増やすことで新たな事業展開が可能となり、生活基盤を安定させる取組も欠かせません。 鹿児島は観光素材に恵まれ、また九州新幹線全線開業で県内各地へも行きやすくなりました。
地域の魅力に触れる着地型観光が定着しつつあります。 ぜひ県外に出て行く若者に、鹿児島の魅力を語る人になって欲しいと思います。若者の旅立ちにエールを送るとともに、いつまでも「ふるさと」を忘れないで欲しいと思います。
石がけに 子ども七人 こしかけて
ふぐをつりおり 夕焼け小焼け
北原白秋
海恋し 潮の遠鳴り 数えては
少女(おとめ)となりし 父母の家
与謝野晶子
2013年2月4日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
志布志市は宮崎と県境を接する農業と漁業の町です。古くは密貿易の港町として栄え、宝満寺跡や大慈寺等の名刹を持つ門前町と栄えました。志布志は、かつて国鉄の3線の始発・終着駅でした。鹿屋から国分に至る大隅線、末吉から宮崎県西都城に至る志布志線がありましたが、現在では油津を通り南宮崎駅に至る日南線1線が残るのみです。
志布志湾はかつて美しい白砂青松の海岸が数十キロに渡って続いていました。しかし現在では湾の埋め立てにより、大崎から波見にかけての海岸がその面影を一部残しています。 湾周辺には、多くの古墳や伝説が残されており、鹿屋市吾平町には、初代天皇である神武天皇御父君・御母君の墓塚「吾平山稜」があり、正月には多くの参拝客で賑わいます。 また、戦時中は急造の飛行場や、防空壕等が築かれ、戦争遺跡として一部は公開されています。
市内の宝満寺跡境内で、4月29日に行われる「お釈迦祭り」は、花嫁を乗せたしゃんしゃん馬や、踊り連のパレード、多くの市民や観光客で賑わう県内指折りの大きな祭りです。境内には湧き水が流れ、安産の地と知られ妊婦さんの参拝がたえません。
また、大隅の國やっちく松山藩「秋の陣まつり」も見応えのある祭りです。まつりの期間だけ見ることができる「幻の一夜城」をはじめ、奉納武者行列は必見です。地元の若者たちが独自にアレンジした城下町風の会場は、驚きと感動の連続です。入場待ちの列がとぎれることのない「忍者屋敷」や「やっちくサスケ」等は、様々な仕掛けが施されており、一日遊んでも飽きることはありません。今年の秋の祭りにはぜひお出かけ下さい。
ところで第85回記念選抜高校野球大会が、3月22日から13日間の予定で阪神甲子園球場で開催されます。出場校は36校(一般選抜32校、21世紀枠4校)で、組合せ抽選会は3月15日に行われます。
昨年秋の九州大会でベスト4まで勝ち進んだ志布志市の「尚志館高校」の出場が決定しました。大隅半島から春夏を通じて甲子園初出場となり、地域にとっても朗報です。従来鹿児島県の甲子園出場校と言えば、鹿児島市内の学校がほとんどであり、中には県外出身者が主力を占めている学校も従来見受けられました。
尚志館高校は、部員26人全員が大隅半島出身者であることが、地域の大きな誇りであり自信を持って甲子園に送り出せるチームです。甲子園という大舞台での活躍が今から楽しみです。
志布志市では、昨年の秋に志布志高校3年生の山口観弘(やまぐち あきひろ)くんが、岐阜県で行われた国民体育大会の競泳200メートル平泳ぎで、2分7秒01の世界記録を樹立しました。鹿児島県の期待の星誕生です。
山口君は大脇雄三さんという名伯楽に子供の頃から育てられ、世界のトップスイマーに成長しました。卒業後は、オリンピック2連覇を達成した北島康介選手を育てた平井コーチの元で次のオリンピックでのメダル獲得を目指し、東洋大学に進学します。 志布志という地が高校生の活躍で、日本中に知れ渡りました。山口君のこれからの活躍に期待がかかります。
大隅半島は錦江湾を隔てて対岸にあり、交通アクセスも不十分なことから、観光客誘致にはなにかと不便を囲っているのも事実です。しかしスポーツ合宿の誘致においては、関西の大学生をターゲットに、京都・大阪で毎年セミナーを開催していますが、大阪南港と志布志港を結ぶ「さんふらわあ」の活用や練習グランドの充実、自治体の補助金の拡充等もあり、大隅地域の魅力が浸透し実績に結びついています。また、高校生を中心にグリーンツーリズムを活用した、「民泊」という取組が大隅全体に広がっているのも地域の活性化につながっています。
ところで昨秋には、永年の懸案であった佐多岬公園に通ずる道路問題が解決し、佐多岬周辺の整備とあわせて大隅地域の観光を大きく前進させる年です。
道路の無料化は誘客の大きな要因となります。しかも佐多岬は、九州本島最南端の岬であり、宮崎県の都井岬、指宿市の長崎鼻を巡る「岬ツアー」が脚光を浴びると思います。 大隅半島へのアクセスは、先述の「さんふらわあ」の利用、宮崎からの列車、バスやマイカー利用が大半です。県民の多くに大隅地域の魅力を知らせることが求められています。
今回の甲子園大会出場で、大隅地域のことがメディアで放映され、その知名度が上がることは間違いありません。「篤姫」放映の際、番組の後半で必ず「その時薩摩では」というナレーションで、薩摩のことが話題になり、鹿児島への認識が深まりました。
大会期間は春休みであり、「さんふらわあ」や全線開通した新幹線を活用し、甲子園に出かけましょう。最後に尚志館高校生の活躍により、大隅地域が全国的に話題になるよう皆さんで応援しましょう。
2013年1月28日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
川内髙城温泉は、国道3号線から6キロ、JR川内駅から北方15キロの山間にある静かな佇まいの温泉で、その泉質の良さと湯量の豊富さから平成2年に「日本の名湯百選」に選ばれています。
泉質は単純硫黄泉で神経痛、リューマチ、腰痛、婦人病、病後の疲労回復に効能があるとされ、秘湯として人気があります。九州新幹線の川内駅からバスで30分、肥薩おれんじ鉄道の西方駅から車で5分の距離にあり、アクセスは十分ではありませんが時間的には恵まれた場所にあります。
川内髙城温泉の課題とこれからの取組について整理したいと思います。
まず認知度をいかに高めるかが問われています。県民がその場所や、魅力を知らないことがあげられます。西郷隆盛が愛好した温泉であり、指宿の「鰻温泉」、霧島市の「日当山温泉」もよく訪れたと言われ、それぞれの地にゆかりの記念碑があります。3つの地域で連携し、情報発信力を高める必要があり、手作りの温泉街のPRパンフや、情報誌の取材等を積極的に受け入れる必要があります。
2点目は団体依存の宴会型宿泊からの脱皮が求められます。高度経済成長期やバブル時代に全盛を極めた団体型宴会旅行は減少し、個人旅行中心の旅行が主流となり、企業のインセンティブも激減しています。宿泊客がゆっくり滞在し、そぞろ歩きを楽しむことができる温泉地への脱皮が不可欠です。また今の観光客は地域ならではの食を求めて、旅先を選びます。周辺に農家レストランや直売店があることが宿泊客を増やすことになります。
そして他地域、施設との連携が不可欠です。今の旅行は自分の地域だけでは完結しません。肥薩おれんじ鉄道と連携しPRに努めることが誘客につながります。3月から観光列車「おれんじ食堂」が運行されます。観光列車で川内駅で下車した人を、髙城温泉に宿泊してもらう取組が必要です。
3点目は各温泉施設の整備と他施設への入浴を可能とすることが重要です。地域内の外湯巡りを可能にするには、入湯手形を販売し、3箇所程度の温泉施設に入ることができれば、滞在時間も増加し消費につながります。特に女性の脱衣場のプライバシーの保護や清潔感を保つことも重要なことです。
イベントの開催には工夫が必要です。ウォーキング大会やマラソン大会の開催に当たっ ては、ゴールを温泉街にすることで終了後の入浴と宿泊を可能とします。また、多くの人 が参加することで、温泉地全体に波及効果をもたらします。
4点目は地域の人がたまり場となる施設を整備し、丸太づくりの椅子や卓袱台を用意し地域の人もくつろげる場所が必要です。お茶一杯の心で、井戸端会議のできる店が必要なのではないでしょうか。地元の人と観光客が交流できる場所としても活用できます。
最後に消費の主役は女性であり、女性が訪れたくなる施設と仕掛けが必要です。露天風呂 の作りや洗面台の仕切り等女性は清潔感を求めます。小物の販売店や魅力あふれるカフェの設置も訪問意欲を駆り立てます。女性は、「美」や「健康」、「食」等に敏感です。また、女性の口コミは確実に広がります。ぜひ女性に好まれる温泉地を目指して欲しいと思います。
景観保護の観点から髙城温泉全体の景観を保つ取組が重要で、地域の自然・歴史・文化等と人々の生活、経済活動との共生を基本にまちを整備する必要があります。まちづくりをリードする公共施設の整備や周辺の自然景観を守り、看板や旗を無くすることも求められており、街道には木や花を植栽し、季節感を出すことが街に潤いを与えます。 街並みの前面からごみ箱を撤去し、宿泊施設や飲食店の位置を一つの看板にまとめることで、通りが甦ります。
熊本県黒川温泉では、宿泊施設の位置は温泉街の入口の看板にまとめて書かれており、落ち着いた温泉の雰囲気を醸し出しています。髙城温泉も温泉の入口に案内板を設置することで、温泉街から余計な広告物が消えて、古い温泉情緒が出るのではないでしょうか。また、街灯もレトロ調の灯りに替えることで夜の雰囲気が変わります。
終わりに、地域住民が我が町に誇りを持つことが大切であり、地域に経済的効果をもたらすことが持続的な観光地となります。地産地消にこだわり、街全体に賑わいが戻ることが大切です。また、人の心に残るものはその土地の人の第一印象であり、琴線に触れるおもてなしの提供が求められます。
日本の温泉地を見ると、バブル期に大型投資をした多くの地域・施設が今では、苦境に立たされています。古い建物を活用し、民具や人形を飾り、花や木を植栽し地域全体で落ち着いた小綺麗な街づくりを行っているところが元気です。若者の経営者を中心に新しいまちづくりに取り組んでは行くことも求められています。
地元のお客様を大切にし、徹底的に田舎にこだわることが人を感動させるのではないでしょうか。髙城温泉の復活を期待します。
2012年11月26日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
今、鹿児島を代表するパワースポットとして多くの参拝客が訪れているのが、南九州市頴娃町にある釜蓋神社で、正式名称は射楯浜主神社となっています。頭の上に釜蓋を乗せて鳥居から賽銭箱までの約10mを歩ききったら願いが叶うというユニークな願掛けが人気となり、勝負・武の神を祀ることからスポーツ選手も多く参拝しています。
この神社が有名になったのは、テレビ番組の「ナニコレ珍百景」で紹介されたのが始まりです。その後ロンドンオリンピックの女子サッカーチーム「なでしこジャパン」の福元選手が、ゴールキーパーとしてシユートをことごとく防いだのは、この神社に参拝したご利益のおかげとのスポーツ紙の報道もあり、一気にその人気に火が付きました。
今では、サッカーの中村俊輔や澤ほまれなどのプロスポーツ選手や、県内外のスポーツ団体の参拝がたえません。旅行エージェントの企画にも取り上げられ、今秋から週末には指宿観光協会が、唐船峡と釜蓋神社を巡る着地型のバスツアーを始めました。海に突き出た場所にある朱塗りの神社の両岸は、白波が押し寄せ旅情をかきたてます。
3年前まではほとんど無名に近かった釜蓋神社が、多くの参拝客を呼ぶようになったのは、神社のストーリーとともに珍しい参拝スタイルが、メディアで取り上げられたことが大きいと思います。皆様の地元でも地域に眠る観光素材を点検し、ストーリーを語ることで新しい魅力が生まれるのではないでしょうか。
また、釜蓋神社から5分の所にある「タツノオトシゴハウス」も注目の施設です。 頴娃町の海にはタツノオトシゴが生息していますが、この施設は国内唯一の専業養殖場で、養殖出荷量は日本一となっています。 竜の容貌を持ち、夫婦仲がよく、オスが子供を身ごもるという珍しい生物で、そのことが観光客の話題となり、「タツ年」である今年は、月平均4000名を超える観光客が訪れており、無料で公開しています。
タツノオトシゴは、「幸運、健康、恋愛成就&夫婦円満、子宝、安産」のシンボルで、一度に1000匹の子供を生みます。施設では、Iターン者で代表の加藤潤さんが、映像を通しての出産シーンや、生簀の中で生き生きと動き回るタツノオトシゴの生態を詳しく説明してくれます。オンリーワンの施設で、オスが出産するというストーリーが観光客の人気の秘密ではないかと思います。
小生が訪れたとき、若いカップルや熟年の女性グループが、加藤さんのユーモアあふれる説明に笑い声が起こっていました。釜蓋神社までの海岸散策ルートの整備が急がれます。
すぐ近くにある番所鼻自然公園も見所の一つです。「薩摩富士」と呼ばれる開聞岳から昇る日の出は特にすばらしい。
江戸時代に日本全国を歩いて測量し日本地図を作った伊能忠敬が、『けだし 天下の絶景なり』と、日本一の絶景として称賛した場所で、元内閣総理大臣の鳩山一郎氏の揮毫による伊能忠敬の石碑が建てられています。海を見下ろす場所に、「幸福の鐘(吉鐘)」があり、下にはタツノオトシゴをモチーフにしたハート型のかわいいオブジェも作られています。
訪れる人が鳴らす鐘の音に、散策している人の足も一時止まります。絶景の地に立つ「いせえび荘」で、開聞岳の雄姿を眺めながら味わう「いせえび料理」も格別です。ぜひお尋ねください。
360度のパノラマが広がる標高466mの大野岳も、見ごたえがあります。自動車で頂上付近まで登ることができ、展望台までの茶寿と呼ばれる108の階段には、還暦や喜寿、米寿などの記載があり、楽しみながら登れる場所です。東シナ海、桜島、佐多岬を一望でき、空気が澄んでいると遠くに種子島、屋久島、硫黄島を望むことができ、四季折々の展望が楽しめます。 課題としては、大野岳までの案内標識やトイレの整備が急がれます。
ところで、頴娃町は従来知覧や指宿、坊津に抜ける通過の場所に過ぎず、番所鼻に食事に来る人しか目だった観光客はいませんでした。 頴娃の活性化には観光地づくりが必要と考え、業種や、官民の枠を超えた組織が結成されています。今地域一体での魅力発信に取組んでいるのが、「NPO法人頴娃おこそ会」のメンバーです。
いせえび荘の西村社長やタツノオトシゴハウスの加藤潤さんを始め、地域の若者から年配者まで集まり定期的に会合を開き、地域づくりの勉強会や先進地視察を行っています。
これからは、指宿、知覧、坊津に行く途中、立ち寄りたくなる地域になって欲しいと思います。頴娃町は温暖で県下屈指のお茶・花の産地であり、これを活用した地域ならではの特産品作りが求められます。宿泊施設が少ない中で、滞留人口を増やすことが地域経済の発展には不可欠です。 これから活力のある地域や商店街になるには、食の魅力が求められます。
釜蓋神社、タツノオツシゴハウス、番所鼻自然公園、大野岳に続く地域の観光素材の掘り起こしが望まれます。指宿枕崎線沿線は自然の原風景が残り、無人駅を活用した列車とバスを組み合わせたツアーも魅力があります。
頴娃の茶畑は美しく、農道も整備されドライブにも最適であり、途中に美味しいお茶を飲む休憩施設や体験メニューの充実も急がれます。冬の風物詩「大根やぐら」もまもなく見られますが、やぐらのライトアップも一度試してみたらどうだろうか。
1月には、「いぶすきなのはなマラソン」と、「なのはなマーチ」の2大イベントが開催されます。イベントに参加されたお客様を頴娃地域に誘客することも可能です。
ところで頴娃地域から30分あまりの場所には、坊津があります。 坊津は、梅崎春生が自分の軍隊生活の経験をもとに、小説「桜島」の舞台として取り上げた場所で往昔、遣唐使が船出したところでもあります。また、遺作となった「幻化」でも美しい坊津の景観と人々の暮らしが描かれています。
かつて、日本三津とうたわれ、古来から仏教文化が伝来して栄え、また中世から続いた交易港として多くの船が出入りしました。坊泊小学校の近くの高台にある「上人墓地」は四角形の珍しい墓であり、南北朝時代から明治維新までの勅願寺一乗院の歴代住職の墓所となっています。仁王像や石垣が残り当時の栄華を伝えています。
「輝津館(きしんかん)は、中国や琉球の交易の軌跡、一乗院を中心とした坊津の仏教文化や漁に関する民族資料など、坊津の歴史を語るものが展示されています。
坊津は、酒造メーカーのCMの舞台に、また、ショーン・コネリー、丹波哲郎、浜美枝が共演した「007は二度死ぬ」ではロケ地になり、秋目の鑑真和上上陸記念碑近くの駐車場に「007撮影記念碑」が建立されています。坊津には旅情をかきたてる場所が多く残っています。また、ゆっくりと歩きながらいにしえ人の行き交った石畳や、石垣が残る路地を巡るのも坊津を知る一つの方法と思います
頴娃町は、鹿児島市から知覧、指宿のルートに加え、坊津に出かける人の休憩地点としての位置づけができます。観光客に境界はなく、知名度の高い地域とも連携し、ルートのPRも誘客には得策です。
頴娃町の恵まれた地理的条件を活かし、立ち寄りたくなる地域としての更なるブラッシュアップが求められます。 地域の皆様のご活躍に期待します。
2012年10月15日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
10月3日の新聞に、古里温泉の老舗旅館「ふるさと観光ホテル」の閉鎖と「佐多岬道 町購入へ」の対象的な記事が載りました。両方とも鹿児島の観光にとって大きな意味を持つ発表の記事でした。
まず古里温泉については、皆様も観光やドライブの途中に立ち寄った経験があり、身近な温泉として親しみをもっていた方は多いと思います。かつて林芙美子の小説の舞台にも登場しています。
[私は北九州の或る小学校で、こんな歌を習った事があった。
更けゆく秋の夜 旅の空
侘しき 思いに 一人なやむ
恋しや古里 なつかし父母
私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。父は四国の伊予の人間で、太物(ふともの)の行商人であった。母は、九州の桜島の温泉宿の娘である。母は他国者と一緒になったというので、鹿児島を追放されて父と落ちつき場所を求めたところは、山口県の下関という処であった。私が生まれたのはその下関の町である。――故郷に入れられなかった両親を持つ私は、したがって旅が古里であった。それ故、宿命的に旅人である私は、この恋しいや古里の歌を、随分侘しい気持ちで習ったものであった。]
「放浪記」:林芙美子
錦江湾に面した入り江に古里温泉はあり、露天風呂から見る朝日や夕陽は格別です。国道の高台には、林芙美子の文学碑があり
「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」
女性を花にたとえ、楽しい若いときは短く、苦しい時が多かった自らの半生を歌った文が刻まれています。
ふるさと観光ホテルの閉鎖は、一ホテルの閉鎖ということではなく、地域全体に大きな影響があると考えねばなりません。ホテルの露天風呂は、目の前に海があり、白い浴衣を身につけて入る姿が多くのメディアで取り上げられ、「龍神風呂」の魅力は全国的に知られています。また、近くにある有村展望所から見る噴煙を上げる桜島の姿は、迫力があります。
今度のホテルの閉鎖は桜島や古里温泉のイメージだけでなく、大隅地域にまで影響が出ると判断しなければなりません。また、現在垂水からや霧島市に至る一周のルートに人気がでてきています。せめて龍神風呂と休憩施設の存続を望みたいものです。
次に佐多岬道を南大隅町が購入した件です。旧佐多岬ロードパークは1963年に開通し、64年に有料道路として開業しました。昭和40年代の前半から50年代の前半までは新婚旅行のメッカとして、宮崎から佐多岬、指宿温泉に至るゴールデンルートとして人気がありました。また、指宿温泉は大安の翌日は、ほとんどのホテルが新婚客であふれていました。
しかし、その後新婚旅行が海外に移り、バブルが終焉し団体旅行も激減し、薩摩半島との架け橋であったフェリーが休航した期間もあり、いつのまにか佐多岬も忘れられた存在となりました。岬にあったレストハウスは閉店し、展望台も永年の風雨にさらされ老朽化が目だっています。
一方、太平洋に突き出した半島の島には黒潮が押し寄せ、先端にある灯台は九州本土最南端にあり「日本の灯台50選」にも選ばれ、錦江湾や南の島へ行き交う船舶の目印として重要な役割を果たしています。対岸に薩摩半島の開聞岳を望み、東シナ海に沈む夕日は格別です。
晴れた日には、種子島、屋久島を望むことができます。佐多岬の入口に位置する大泊には、北緯31度線(エジプトのカイロと同じ位置)の表示塔が立っており、車を止めて写真に納める観光客が見受けられます。
しかし、佐多岬展望公園に入るのに500円の入園料も徴収されることから改善策が求められていましたが、この度南大隅町が道路を購入することとなり、それにあわせて11月1日から園内の入園料が無料となります。
団塊の世代の退職や国内旅行の成熟化・多様化が進み、今では交通の便が悪く秘境と呼ばれる地域が脚光を浴びています。佐多岬も、例外ではありません。
これからの佐多岬の魅力づくりが、宮崎、鹿屋、佐多岬、指宿、鹿児島への観光ルート定着になり、両県にメリットが出てくると思います。今年度は県の予算で調査費が付いており、佐多岬の公園整備を進める第一歩になると捉えています。 灯台が望める最先端まで行く途中には、かつて灯台守が住んでいた「灯台守の館」が藪の中にひっそりと佇んおり、整備すれば産業遺産として活かせると思います。
鹿児島県旅行業協同組合(中間幹夫会長)では、大隅の地域資源を活用した着地型商品「魅旅」を造成し集客も堅実で、地域からの大きな支持を得ています。大隅地域への誘客は県の観光振興にとって重要課題であり、今後佐多岬を組み入れた多くのツアーが造成されるものと思います。
山川~根占フェリーは、車の搭載には限度があり、お客様だけ根占港で受けてバスで、佐多岬周辺の観光を楽しむ方策も検討しなければなりません。
岬にはハイビスカス、ブーゲンビリアなど数多くの亜熱帯植物が生い茂り、熱帯のジャングルにいるような気分に浸ることができます。ソテツの自生地も圧巻です。 かつて「岬めぐり」というツアーがヒットしましたが、都井岬、佐多岬、長崎鼻を巡るツアーの復活も楽しみです。
最南端の神社として有名な御崎神社は、吾平山上陵と諏訪神社と一緒にパワースポットとして売りだすのも期待がもてます。
また、御崎神社からジャングルの道を下ると、黒潮が押し寄せている海岸に出ることができ、灯台を目の前に望むことができます。ロープを頼りに一人ずつしか登り降りできないというスリリングな箇所もあり、トレッキング等体験型観光の醍醐味を味わうことができます。
大隅地域の「錦江湾なぎさ街道」周辺には、荒平天神、かのやばら園、神川の大滝、雄川の滝、並列鳥居のある諏訪神社等特色のある観光地や、農・漁家の直売所、錦江湾に沈む幻想的な夕陽が望めるレストランなど旅情を感じさせる店もあります。
根占港の隣には、南大隅町の農産物や採れたての魚等を取り揃えた「なんたん市場」もオープンしています。フェリーの待ち時間に立ち寄り地産品を買って欲しいものです。
最南端にある役場、郵便局、小学校、ガソリンスタンド、駐在所、展望台等を訪ね、記念スタンプを押し九州最南端の地に来たことを実感したいものです。
最後に、佐多岬道の無料化に合わせて、佐多岬公園の整備が進むこととなり、これからの誘客についても弾みがつくものと確信します。そのためには、まず県民に訪ねてもらうことが大切ではないかと思います。
2012年9月24日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
九州新幹線全線開業から1年半が経過し、開業効果に陰りが見えるものの、鹿児島には多くの観光客が訪れています。
また、二次交通の整備や新しい地域づくりが進み、従来無名であった地域に観光客が押し寄せるなど変化が起きています。一方では、急激な観光客の増加に「おもてなしの心」が追いつかず、サービスの低下が指摘されているのも事実です。
これからの観光を担う人材の育成と地域づくりを目指し、「第5回かごしま人材育成塾」を開催します。今年は、グリーンツーリズムの推進、地域づくりやJRとタイアップした商品づくり、情報発信、顧客管理、地域資源の開発、外国人受入の態勢づくりなど、鹿児島が今後取り組むべき課題について学ぶ7つの講座を開催します。
講師と講座の内容について簡単に紹介します。
第1講座は、九州旅客鉄道株式会社鹿児島支社長の松本喜代孝氏が、「JR九州の概要と今後の取組について」講演します。

松本支社長は、九州新幹線博多駅の開業プロジェクトを担当されました。博多から鹿児島中央駅まで最短1時間17分となり、時間短縮効果は人、物、金の流れを大きく変えています。2013年10月から運行される九州一周寝台列車「ななつ星in九州」は、九州の新たな魅力発掘と需要開拓になると信じます。 JR九州の今後の戦略が語られるのではないでしょうか。
第2講座は、人吉市で地産地消をコンセプトに、郷土の家庭料理「ひまわり亭」を経営している本田節さんが「食資源を活かした交流によるまちづくり」について講演します。
本田社長は、「国土交通省地域振興アドバイザー」や「地域づくり団体全国協議会幹事」など多くの要職を兼務しながら、グリーンツーリズムに関する活動を精力的に展開されています。また、郷土料理伝承塾を主宰し、食文化の研究にも熱意を注がれています。
講演は年100回に及び、食、農、女性、教育、リーダー育成、グリーンツーリズム、地域づくりなど、様々なテーマで講演を行うなど全国を飛び回っている元気なお母さんです。常にチャレンジ精神を持って夢をかなえる為、全力で生きていらっしゃるパワフルな本田社長の講演になることは間違いありません。
第3講座は、香港エバーグロスツアーズ 代表取締役社長 袁 文英氏で、「香港からみた鹿児島のインバウンド」です。
EGLツアーズの日本向けの送客数は10万人を超え、香港の業界でそのシェアはNO1です。今年の7月15日から8月30日にかけて実施した香港から鹿児島への22回の連続チャーターでは、2,892人の送客がありました。
袁社長の経営方針を学びたいと、全国の自治体から講演依頼が絶えないなど有名な企業経営者です。仲間6人と1986年に会社を設立され、昨年25周年を迎えています。昨年の11月には香港のコンベンションセンターで盛大な25周年パーティが開催され、日本からの500人を含む国内外から1500人が参加し、その偉業を称えました。
また、事業規模が拡大する中でも、常にお客様の視点での経営を貫いています。社会貢献活動にも積極的に取り組まれており、平成17年のスマトラ津波・地震の際は、被災地に対し従業員と会社で多額の義捐金を送られています。また、昨年の東日本大震災で被災した岩手県、宮城県、福島県に総額1億1955万円を届けています。
「おもてなしの極意」や鹿児島におけるインバウンドの在り方について示唆に富んだ話が聞けるのではと思います。
第4講座は、東京港区芝にある「セレスティンホテル」の取締役総支配人の若林正雄氏が、「薩摩とセレスティンホテルの歴史的・文化的つながりと心に残るおもてなし」について講演します。
ホテルのある芝・三田エリアは、「ビジネス」・「文化」・「教育」の重要拠点として、また、幕末の歴史が各所に刻まれている地として知られています。ホテルの所在地である芝3丁目は、旧薩摩藩屋敷跡という由緒ある場所です。ホテルでは、食材に鹿児島産をふんだんに使ったメニューの提供や休憩フロアーには、鹿児島県を紹介する書籍がづらりと並ぶなど、いたる所に鹿児島色を感ずることができます。
首都圏での厳しいホテル戦争を勝ち抜くため、顧客獲得をいかに進めているのか、その戦略が語られるのではないかと思います。
第5講座は、南国殖産(株)取締役執行役員都市開発事業部長・企画部長の今村浩氏が、「『かごっまふるさと屋台村』など鹿児島中央駅東口開発について」講演します。

2012年4月26日に鹿児島中央駅東口近くのホテルの跡地にオープンしたのが、「かごっまふるさと屋台村」です。オープン当時から県内外から多くの人で賑わっていますが、そのプロジェクトリーダーが、今村浩氏です。また、中央駅前には、南国センタービルや鹿児島中央ターミナルビルが開設され、多くの観光客が訪れています。
一方九州新幹線全線開業で、駅前1番街の再開発や交通混雑の解消など新たな課題にも直面しています。その中心メンバーとしてこれからの取組が期待されます。鹿児島中央駅東口の将来の姿が語られるのではと楽しみです。
第6講座は、垂水千本イチョウ代表 中馬吉昭氏が、「垂水千本イチョウに育てるまで」について講演します。
中馬さんは、東京でのサラリーマン生活を切り上げて垂水の地で、30年前から夫婦2人で育ててきたのが、今の千本イチョウです。 春先の枝の伐採から、定期的な堆肥まき、雑草の除去等日頃からの手入れが、現在の千本イチョウを作りだしています。多くのメディアでの発信効果もあり、昨年の黄葉の見頃には、昼食場所を求めて観光客が詰め掛け、垂水市の飲食店が満杯になりました。

また、垂水市内で信号待ちの車が発生し、千本イチョウを見に来た観光客の多さを物語っています。見頃は11月末から12月の上旬であり、今年は垂水港からシャトルバスの運行も予定されています。中馬さんは第1回から観光人材育成塾に参加されています。30年間イチョウづくりに懸けた熱い思いが聞けるのではないかと楽しみです。
第7講座は、観光養殖場「タツノオトシゴハウス」のオーナー加藤潤氏です。南九州市は、知覧が観光の中心ですが、最近話題になっているのが、「タツノオトシゴハウス」です。
加藤氏は、埼玉からのIターン者で「NPO法人頴娃おこそ会」のメンバーとしても活躍されています。よそ者視点での、地域素材の発掘が成功に結びついたのではないでしょうか。頴娃町はこれまで、観光というイメージとはほど遠い地域でしたが、知覧、指宿との3角地点にあることから、加藤氏らの努力が実り「タツノオトシゴハウス」、「釜蓋神社」、「番所鼻公園」の人気定着は、新しい観光ルートの開発につながったといえます。講演は地域づくりの手法を学ぶ良い機会になると思います。
どの講師の方々もそれぞれの部署で活躍されており、経験とそれに裏打ちされた講演は、皆さんのこれからの活動に必ず役立つと信じます。また、夜学塾は、参加者同志や講師陣とのコミニユケーションの場であり、講座で聞けないより具体的な話が聞けると思います。

地域づくりには、まず人材の育成が重要と考えています。今まで人材育成塾を受講した方の多くが、それぞれの地域で頑張っていることは、鹿児島の観光にとって大きな財産となっており、5回連続で受講を申し込んでいる方もいらっしゃいます。九州新幹線全線開業から1年半、この講座が人材育成と地域活性化につながることを期待し、多くの受講者が集まることを期待します。
2012年9月10日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

九州・沖縄地域で地域づくりに取組む団体の関係者が集まり、「九州沖縄地域づくり会議INかごしま」が、黎明館で開催されました。会議のメンバーは市長、大学の先生、商店街のリーダー、NPO法人、一般市民等、地域の活性化に取り組んでいる人など多彩なメンバーが参加し、地域資源を活かした地域づくりや後継者の養成、新しいコミュニティづくりなどについて活発な議論が展開されました。
ワークショップでは、県内3地域からコミュニティづくりを中心とした事例発表があり、参加者の関心を引いていました。取組について紹介します まず、南さつま市大坂地区からは、『元気集落「高齢化率60%超」からの挑戦』の発表がありました。
南さつま市の大坂地区は、鹿児島市の谷山地区から15分の位置にありながら、高齢化 率60%超の集落が点在しており、交流人口を増やし地域をどう活性化していくかが大きな課題となっています。
このような状況の中、山間のいわゆる限界集落である「長谷集落」では、『NPO法人プロジェクト南からの潮流』を中心に各種のプロジェクトに取り組んでおり、最近では笑顔にあふれた人々が集う元気あふれた集落となり、平成23年度には、「交流人口拡大のため、棚田づくりをはじめ、地域資源や歴史を活動を積み重ね、地域の絆をつくった」ことが評価され、総務省と全国過疎地域自立促進連盟から、過疎地域の自立・活性化に取り組む優良事例として表彰を受けています。
そして今年の4月に物産販売・交流施設「大坂ふれあい館」がオープンし、コミニュティビジネスに向けた動きも出てくるなど、新しい風が吹き始めています。市内から南さつま市に到る道路沿いにあることから、小生も「砂の祭典」の見学の帰りに立ち寄りました。
地元の産品がところ狭しと並び、また地域住民が手塩にかけて育てた野菜の苗や、花が販売されており、生き生きとして働いている高齢者の姿が印象的でした。また、秋には「竹とうろう」のイベントも予定されており、多くの見学者で賑わうものと思います。ぜひお出かけください。
次に薩摩川内市の大馬越地区コミニュティ協議会の「コミニュティ復活で村おこし」の事例発表です。 大馬越(おおまごえ)地区は、薩摩川内市入来町の山間部に位置する約350世帯の小さな地区です。入来町大馬越地区コミニュティ協議会は、市町村合併を受けて平成17年に大馬越小学校校区に設置されました。日本の原風景が到るところに残り、農林業を主な産業とし、お茶、キンカン、ゴーヤ等が特産品として知られています。
大きな商業施設や産業があるわけでもなく、年々小学校の生徒数も減少傾向にあり、「過 疎化」という大きな問題を抱えています。しかし地区に住む大人から子供まで元気に活動しており、特産品づくりや手芸教室、オヤジバンド、短歌教室、さらに小学生と一緒の運動会、飛び入り参加自由の「大盛り上がり文化祭」など住民が生き生きと活動しています。

地域ぐるみで地区の活性化に取り組んでいる印象を受けました。地区の取組は、全国的に話題となり、国、県、地域づくり団体、メディアの取材もたえません。交流会では、年長者の詩吟に合わせて、地区の子ども達が元気よく演舞を披露し、コミュニティが定着しているなと地域の強い絆を感じました。
地区で手作りしている「しそジュース」を買って帰りましたが、飲んでみると新鮮なし その香りがなんとも言えないほど、地域の本物のおいしい味がしました。 この地区で育った子ども達はふるさとを離れても、きっと故郷での想いをいつまでも大 切にする人になるだろうと思います。
石川啄木は故郷 渋民村を想い次のように歌っています。
かにかくに渋民村は恋しかり
おもいでの山 おもいでのかわ
その昔小学校の柾屋根に
我が投げし鞠 いかになりけむ
次に志布志市松山町の「大隅の國やっちく松山藩」のイベントを活かした地域活性化の 取組です。 松山町は、大隅半島の東部、かつての曽於郡のほぼ中央部に位置し、人口4,600人、 農業が基幹産業で、野菜と畜産の複合経営が盛んな地域です。近年は企業立地の取組、若者定住住宅の整備、むらおこし活動、産業振興等により、人口の減少は鈍化しています。

パロディ王国大隅の國やっちく松山藩は、平成元年、若者有志が町内各種団体に呼びかけて発足し、「秋の陣まつり」というイベントを開催して、町民に大きなインパクトを与えました。地域づくりの第一に「人づくり」を掲げ、毎月定例企画会議を開催し、「若者が住みたくなるまちづくりとは何か」をメインテーマに掲げ、行政と連携しながら、あらゆる分野の検討・協議を重ねています。
イベント開催中には、地域で収穫された野菜の無料配布や牛の丸焼きなど「やっちく」の町にふさわしいイベントの充実を図り、人と人とのふれあいと、そこでの温かいおもてなしの心を提供しています。
イベントが継続できている要因として、「手づくり」へのこだわりです。地域に残る歴史 物語を、独自でアレンジをして祭りで表現しています。自分たちで企画したものを自分たちの手で制作し、実現していく。「手づくり」にこだわるかぎり、「人」の力が必要となります。地域づくりの第一に「人づくり」を掲げ、様々な人材がお互いに知恵を出し、汗を出し合う事をその手法とし、「手つくり」にこだわる事を実践し続けていることがすばらしいことです。
スタッフとして係わった一人一人を大切にし、その協力の度合い関係なしに、それぞれが主役になるよう役割を与え、活動の底辺を広げています。現在では中高校生も多数ボランティアとして係わっています。行政は、"お金は出すが口は出さない"という姿勢であり、行政職員が黒子に徹していることも継続できている大きな要因かも知れません。

3地域の活動に共通していることは、箱物づくりから地域の自然、歴史、文化、生活を経済活動と結びつけ、「地域特性」を生かした地域づくりをおこなっていることです。 農・商・工連携による地域全体の連携を図り「食」、「祭り」、「特産品」、「花」、「灯り」などを有機的につなぐことが、地域の魅力付けにつながります。
また、地域住民の理解と協力を得て、多くの住民を参画させることが大切であり、そのことが我が町に誇りを持つことになります。「地産地消」を推進することで、多くの分野で経済効果が生まれます。
大分県の「日田市」、「佐伯市」、「竹田市」、鹿児島の「さつま町の宮之城地域」では、地元産の竹を使った「灯りのイベント」を開催して交流人口を増やしています。「大坂の竹とうろう」のイベントも同様に、認知度を高めて鹿児島市からの集客が必要です。

最後に地域をまとめるリーダーの存在が重要であり、地域の様々な課題を整理し、ネットワーク化を進め、事業を展開することが求められています。今地域活性化の手段として、多くの省庁が支援策を発表していますが、その多くは地域の団体をまとめて事業実施主体を組織し、事業を進めることが条件になっています。地域に適任者を配置することで、組織は機能すると思います。
是非新たな視点で地域を見つめ直し、地域が元気になる取組を今以上に進めて欲しいと思います。
観光の在り方も大型の箱物をつくり、マスメディアを使って大量に集客することから、地域主導で個人のニーズに対応できる地域に人は集まります。十人十色から一人十色に、個人の趣向も複雑になっており、個性ある地域がこれから脚光をあびます。

都会の人が地域に求めるものは、「地元での交流の機会をつくり、固有の体験をしてみたい」、「原材料は地場のものを使い、地元の人と一緒に会話しながら食べたい」、「製造元の見学や体験がしてみたい。地場の本物を手に入れたい」など地域ならではの取組を肌で感じことです。地域資源に磨きをかけ、交流人口を増やし、経済的価値をもたらすことが地域の活性化には求められています。
その意味でも3地域の地域づくりは、大いに参考になります。今後他の地域にも波及させたいと感じたフォーラムでした。
参考:九州沖縄地域づくり会議INかごしま:パンフ
2012年8月20日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
「じゃらんリサーチセンター」が、実施した「じゃらん宿泊旅行調査2012」の結果が公表されました。 この調査は、観光などを目的とした宿泊を伴う旅行実態を把握するために行っている調査で、昨年度1年間(2011年4月~2012年3月)の出張・帰省・修学旅行などを除いたマーケットの動向が把握できます。
鹿児島県においては、昨年の3月九州新幹線が全線開業しましたが、その後1年間の状況が把握できる興味あるデータです。
この調査で、鹿児島県の評価について、
①九州新幹線全線開業で、郷土料理や黒牛、黒豚など地域の食材の評価が高まった。
②駅、ホテル、運輸機関、観光スポット等で地域の詳細な情報入手が容易にできることや顧客満足の高い情報が多くなっている。
ことなどです。
一方、大変残念なことは、「地元の人のホスピタリティを感じた」評価がトップ10からはずれたことです。開業後には多くの観光客が訪れることが予測され、新幹線開業前後に県内7箇所で「おもてなしセミナー」や接遇研修を実施してきました。東日本大震災が発生して、観光客の動向が心配されましたが、昨年の5月から今年の5月までは、大きな伸びとなりました。
しかし、一部の宿泊施設やタクシー会社、休憩施設等では、観光客の増加に対し「おもてなしの心」が追いつかず、クレームが発生したのも事実です。このことが調査に反映しているのではと思います。

ところで、新燃岳の噴火で観光客が大幅に落ち込んだ霧島温泉地域は、地域ぐるみで観光客をもてなし、じゃらんの「人気温泉地ランキング2012・満足度一位」に輝きました。
また、東日本大震災で観光客が大きく落ち込んだ東北4県(山形県、秋田県、福島県、岩手県)が、「地元のホスピタリティを感じた」調査の項目では、2位から5位となっており、必至になって観光客へのおもてなしをしていることが、顧客の心を捉えていると思います。
また、沖縄県は、2012年度調査の8つのテーマで、全て3位以内にランクインしており、県民あげて観光客の受入に当たっている姿勢が伺えます。
もう一度「おもてなしの心」の定着に向けてを職場、地域ぐるみでその取組を強化していく必要があります。
取組として
・リピーターを確保するには、自ら県内の多くの場所に出かけて鹿児島の魅力を知り、語る必要があります。特に大隅地域や離島の魅力が伝わっていない。
・「顧客満足」は当たり前であり、「琴線に触れる対応」で「顧客感動」が求められています。 鹿児島弁で語り、鹿児島に来たことを感じさせることも必要です。
・観光客が初めての土地で立ち寄るのは、空港や駅の案内所です。お客様が自分の方に歩いてきたら立ち上がり、「いらっしゃいませ」とまず挨拶することです。案内所の雰囲気
が、旅人が訪れる街の最初の印象となり。最高のホスピタリティは、お客様に言われる前に挨拶することから始まります。
・「もの」の価値の行き着く場所は「価格競争」になりがちです。「もの」を「こと」に変えて取り組むことが、「価格」を超えた「感動」を生みます。「こと」に必要な要素は、人の心であり、ホスピタリティの原点です。
・施設等においては、売上など業績による管理から、顧客満足度を従業員評価の中心に据
えることで顧客目線の経営管理が浸透し、お客様への「おもてなし向上」につながると思います。
・人は自分の名前を呼ばれた時に、喜びを感じるものです。事前に予約されている方には、名前で呼ぶことが安心感にもつながります。特に駅等での迎えでは、名前を書いたボードを見ると観光客は安心します。
一度の出会いで感動を提供し、リピーターになってもらうためには、積極的にお名前を笑顔で呼んでいただきたい。サービスを受けるということは、当たり前の行為と消費者は捉えています。「サービス イズ アワ ビジネス」を基本にホスピタリティへの取組強化を、経営者自ら実践し、おもてなしの心を職場、地域ぐるみで醸成していくことが重要です。
顧客の不満を解消し、温かいおもてなしの心でお迎えするため、地域ぐるみの新たな取組が始まっているのも事実です。挨拶の励行や観光列車に手を振ったり、到着時に駅等での湯茶の接待も実施しています。また、新しい地域グルメの開発も進められています。
最後に、観光客の地域の最終的評価は、そこに住む「人」です。一度訪れた観光客が、リピーターとなり、「日本にもこのように素晴らしい県があった」、「また訪れたい」、「友人に鹿児島の魅力を紹介したい」、「あの従業員のいるホテルにまた泊まりたい」と認識していただくよう、「おもてなしの心」の再構築を目指したいと思います。
鹿児島県の評価が2013年の調査では、トップ3に返り咲くよう皆さんで努力したいと思います。
参考:じゃらん宿泊旅行調査2012、おもてなしセミナー 2010
2012年8月13日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

県本土から約552キロの南に位置する沖永良部島は、沖縄本島に近く知名町と和泊町の2つの町があり、琉球文化の流れをくみ、「花と鍾乳洞の島」として知られています。 世界的に有名なエラブユリをはじめ、色鮮やかな草花が一年中咲き、島内には300あまりの鍾乳洞があり、隆起さんご礁の海岸は変化にとんでいます。
空港の近くにある「フーチャ」は、東シナ海の荒波に浸食されてできた大きな洞窟で、海が荒れると海水を10m以上も豪快に吹き上げ、ハワイにある潮吹き岩に似て見ごたえがあります。
また、ウジジ浜は巨大な隆起さんご礁の奇岩が並び、特に朝焼けの浜は幻想的で必見の価値があります。
鍾乳洞の代表格が「昇竜洞」で、長い時をかけて大自然がつくりだした彫刻は、東洋随一といわれる美しさで、鹿児島県の天然記念物に指定されています。一般公開されているのは、全長の3.3kmのうち600mのみとなっています。最近メディアで、昇竜洞の美しさが報道され、洞窟探検アウトドアスポーツ「ケイビング」の聖地として、注目を浴びている場所です。
南西諸島に多く自生しているのが、幸福をもたらす精霊が宿るといわれているガジュマルの木です。和泊町の国頭小学校校庭には枝ぶり日本一のガジュマルの大木があり、観光客にも公開されています。その際は当日学校の了解をとることが大切です。

1898年に第一回卒業生が植栽したもので、高さは7mながら円形に広がった枝の直径は22mあります。枝は現在鉄柱で支えられており、木陰は涼しく、訪れたとき子供たちが木の下で無邪気に遊んでいる姿が印象的でした。
今回知名町の北西部に位置する「田皆岬」の景観づくりのセミナーに参加しました。
奄美屈指の景勝地「田皆岬」は、東シナ海に突き出た高さ40m~50mの断崖があり、「奄美十景」の一つで、奄美群島国定公園にも指定されています。岬の周辺一帯は、侵食された石灰岩の石塔原で代表される「カルスト地形」になっており、遊歩道も一部整備されています。

遊歩道沿いには奇岩が並び、まさに自然の芸術が鎮座しているように感じられます。また放し飼いされたヤギが野生化し、群れながら岩と岩との間を散歩している姿や青い海では、数匹のウミガメが遊泳しているのが印象的でした。田皆岬では、昭和40年代まで石灰岩が再結晶化してできるトラバーティン大理石が採取され、高級建築資材として利用されていました。今はその石切場の跡が残っており、貴重な産業遺産です。

ところで知名町と田皆集落の人々は、この岬の魅力ある景観と自然を活かした観光地づくりを目指しています。住民が自ら地域づくりに動き出すことは、地域活性化の重要な事と考えています。セミナーに参加された方は、学校長、区長、Iターン者、歴史研究家、植物研究者、農業・商業従事者、青年団、婦人会等の方々でしたが、地域を何とか活性化しようという意気込みが伝わってきました。
セミナーで議論した事は
・岬の景観を保護するため、廃墟になっている施設(休憩、売店、レストラン)を整備するか、撤去する。
・岬に群生している貴重な植物の写真をとり、パンフレットを作成し観光客に渡す。
・看板は色、形、素材を統一する。藪を払い海を美しく見せる
・奇岩については公募してネーミングをつける。
・30分程度の遊歩道を整備し、海の傍には転落防止の枠を設ける。
・砕石跡の建物は産業遺産として残す。ボランティアガイドを養成し、ストーリーを語ることが大切。
・地域ならではの食・お土産を開発し、地域全体に経済効果をもたらす。
・景観を活用し、テレビ、映画、CMの舞台としてPRする。
・岬にある広い芝生、奇岩、海と空の青さ等南の島を活かす定期的イベント等の開催が必要。
・沖永良部全体で誘客に努める。
田皆岬に行く途中、車を止めるとユリ農家の方が農作業の手を休めて、収穫中のユリの球根を袋一杯プレゼントしてくれました。島の方々の温かさにふれた思いです。
田皆集落の皆様方の活動が、今後の地域の発展につながることを期待します。
最後に景観についての考え方を整理したいと思います。
日本でも景観法が施行されましたが、その対象は多岐にわたっています。基本理念に
<良好な景観は、国民共通の資産>であると位置づけられており、地域の自然、歴史、文化等、地域の特性や特色を伸ばす必要性が指摘されています。
景観を守ることは、観光まちづくりの根本をなすものと考えます。鹿児島市は錦江湾を はさんで、目の前に雄大な桜島がそびえており、その景観は世界に類の無いものです。しかし最近では至るところに高層ビルが建ち、いつのまにかその雄姿が見れないポイントが増えており、高さ制限の必要性を感じることがあります。有名な観光地に行っても、旗の林立や派手な商品広告にがっかりさせられます。
歴史的遺産や美しい自然を望める地域周辺では、看板の大きさ、字体を統一することが景観を守ることにつながります。また、古い建物や庭園が残る場所では、広告物そのものを規制することで地域としての評価が高まり、落ち着いた雰囲気が観光客の人気となります。
景観を守ることの大切さについては、小さい頃から学校や家庭で教えることも重要です。また、景観保全に取組んでいる先進地を視察し、地域の景観保護についてどのようにして合意形成を進めているか研究する必要があります。美しい日本の原風景や歴史遺産、自然景観等を大事にする心を育てたいものです。
2012年4月23日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
「黒潮の海に昇りし天津日は 佐多乃岬を日ねもす照らす」
この歌は、佐佐木信綱門下の歌人であり、「新古今集」の研究家として知られる川田順の歌で、佐多岬の展望所近くに歌碑が建立されています。川田順が昭和11年に長崎鼻を訪れた際、対岸に見える佐多岬を見て詠んだ歌と言われており、当日は快晴ではなかったかと想像されます。
佐多岬灯台は、1871年(明治4年)に完成しましたが、戦争で被害を受け、1950年に建て替えられ現在の白亜の灯台として生まれ変わりました。太平洋に突き出した半島の先端にあり、九州本土最南端にある灯台で、「日本の灯台50選」にも選ばれています。
太平洋の黒潮が押し寄せる突端に立つ灯台は、錦江湾や南の島へ行き交う船舶の目印として重要な役割を果たしています。対岸に薩摩半島の開聞岳を望み、東シナ海に沈む夕日は格別です。晴れた日には、種子島、屋久島を望むことができます。
佐多岬の入口に位置する大泊には、北緯31度線(エジプトのカイロと同じ位置)の表示塔が立っており、車を止めて写真に収める観光客が見受けられます。
ところで佐多岬への観光客は、昭和40年代の前半から50年代の前半までがピークでした。新婚客のゴールデンルートとして、宮崎~日南海岸~鹿屋~佐多岬~根占~山川~指宿が賑わいました。その後新婚旅行が海外に移り、バブルが終焉し団体旅行も激減し、薩摩半島との架け橋であったフェリーが休航した期間もあり、いつのまにか佐多岬も忘れられた存在でした。
佐多岬への観光客が減少したことにより、広範囲に影響がでてきました。かつての宮崎からのゴールデンルートを通る観光客はほとんどいません。「かのやばら園」まで来た客は、引き返して鹿児島に戻っていきます。一方対岸の指宿方面からの観光客の流れも減少しました。
しかし、団塊の世代の退職や国内旅行の個人化・多様化が進み、今では交通の便が悪く秘境と呼ばれる地域が脚光を浴びています。佐多岬も、例外ではありません。
しかしながら、現在の佐多岬の周辺は休憩施設もなく、展望台は修復工事の傷跡が深く観光客が楽しめる雰囲気が感じられません。灯台が望める最先端まで行く途中には、かつて住んでいた「古い灯台守の館」が藪の中にひっそりと佇んおり、整備すれば産業遺産として活かせると思います。
その意味でも佐多岬の魅力づくりが、鹿児島市、指宿、宮崎からの観光ルート定着になり双方にメリットが出てくると思います。今年度は県の予算で調査費が付いており、佐多岬の課題が改善されることを期待しています。
佐多岬周辺の魅力をあげると、大泊港から出ている半潜水艦の水中展望船があります。「さたでい号」と名付けられ、ビロウ島、佐多岬沖など佐多岬海中公園内を30分かけて周遊し、黒潮の中を泳ぐ熱帯魚を目のあたりに鑑賞できます。
また、岬では、ハイビスカス、ブーゲンビリアなど数多くの亜熱帯植物が生い茂り、熱帯のジャングルにいるような気分に浸ることができます。ソテツの自生地も圧巻です。
自力歩行で最南端を目指すトレッキングツアーもあります。いくつかの山越、崖越え、しかもロープを頼りに一人ずつしか登り降りできないというスリリングな箇所もあり、それゆえに最南端への到達したときの達成感は大きいものがあります。体験型観光の醍醐味を味わうことができます。
九州新幹線が全線開通したことにより、時間短縮効果で大隅地域への誘客もより可能となりました。
佐多岬のある南大隅町までの沿線には、かのやばら園、吾平山上陵、内之浦宇宙空間観測所、花瀬公園、神川の大滝、雄川の滝、並列鳥居のある諏訪神社等特色のある観光地や、農・漁家の直売所、錦江湾に沈む幻想的な夕陽が望めるレストランなど旅情を感じさせる店もあります。
これらの観光地を線で結び、地域全体に波及効果をもたらす取組が重要であり、そのためには、まず県民に訪ねてもらうことが大切ではないかと思います。そして県外の方々に南大隅地域の魅力を語って欲しいと思います。
最南端の神社として有名な御崎神社は、最近パワースポットとして人気があり記念写真に納まるカップルの姿が多く見受けられます。吾平山上陵と諏訪神社、御崎神社の3箇所をパワースポットとして売りだすのも効果が期待できます。
北海道の最北端宗谷岬はこれからの季節、本州方面から多くの観光客が訪れます。その後日本海に浮かぶ利尻島、礼文島まで足をのばします。最北端と最南端を結ぶツアーもおもしろいと思います。
根占~山川フェリーの再開で薩摩半島との往来もできるようになりました。かつて「岬めぐり」というツアーがヒットしました。都井岬、佐多岬、長崎鼻を巡るツアーの復活も楽しみです。
根占港の隣には、新たに南大隅町の農産物や採れたての魚等を取り揃えた「なんたん市場」もオープンしました。フェリーの待ち時間に是非立ち寄って欲しい場所です。
最南端にある大泊郵便局を訪ね、記念スタンプを押し九州本土最南端の地に来たことを実感し、喜んでくださるお客さんを多く呼びたいものです。
参考:南大隅町観光ガイドマップ:南大隅町役場企画振興課
2012年4月16日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
夜来の激しい風雨にさらされて、満開の桜もいつのまにか散り葉桜となり、これから新緑が一段と映える時期になります。
みかんの一大産地である出水地方では、5月の初め頃になると、みかんの木が花を咲かせ、丘陵全体が白い花で覆われ、その美しさを新幹線の車内からも臨むことができます。
出水市は、毎年1万羽を超えるツルが越冬し、規模の大きい武家屋敷群や野間之関、鎮国山感応禅寺、日本一の大鈴のある箱崎神社、日本一のお地蔵さんのある八坂神社、上場高原のコスモス等恵まれた観光地があります。
しかし今まで観光客が来ても、土産物としての特産品や地域を感じる食事のメニューが少なく、出水ブランドとしての商品の開発が待たれていました。
出水商工会議所では、中小企業庁の「平成23年度地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト」に応募し、自然に恵まれた出水市の農・畜・水・のそれぞれの食材を使った新たな特産品を農商工連携で開発し、「出水ブランド」として全国に発信し、出水市地域の活性化を図る事業に取り組んできました。私も今回プロジェクトメンバーの一人として参加しました。
この度の事業で、鶏肉を中心としたグルメ3品、柑橘類とさつま芋を使用したスイーツ3品が誕生し、出水ブランド「薩摩出水のいずみさん」として売りだすことになりました。「薩摩出水のいずみさん」とは、出水市の自然や文化を継承し、自然に恵まれた出水市の特産品である鶏肉や柑橘類等の食材を活用した商品や出水市内で製造された商品等で、地域活性化に繫がる商品のブランドネームです。
ロゴマークは女性の顔にツルをイメージして、キャッチフレーズは、「ツルも出水に、恋をした。」が選ばれました。出水市は永年1万羽を超えるツルが訪れている土地であり、それにあやかった良いロゴマークとキャッチフレーズと思います。
今回選ばれたグルメとスイーツの商品概要は次の通りです。 グルメは、出水市の2大ブランドである鶏肉「南国元気鶏」と「赤さつま」を中心に、出水市の歴史的逸話をもとに開発した鍋物や鹿児島の特産品であるさつま揚げをアレンジした一品等、旬の野菜や地場産の食材にこだわり、「出水らしさ」「鹿児島らしさ」がある料理です。 スイーツは、1年中獲れる柑橘類の中でも、旬の柑橘類だけを使用した和菓子やさつま芋を使う鹿児島の郷土菓子をアレンジした洋菓子等、旬の食材や地場産の食材にこだわり「出水らしさ」「鹿児島らしさ」がある菓子です。
3つのグルメとは、
しょうがん炊き・・戦国時代に島津家縁の武家屋敷に住む、ぼっけもん(快男児)昌巌 (出水3代地頭)さんの逸話と大正時代の国有林田畑開拓時に詠まれた詩を元に 出水のおいしい鶏肉(全国生産2位)と、季節の新鮮な野菜を地元産の麦味噌 で仕立てたコラーゲン・ビタミンたっぷりな出水のおもてなし料理です。
出水んまか巻・・地場産の鶏肉と、あえてシンプルなごぼうと人参を使用した八幡巻ですが、そこへ出水産の蜜柑を加えることで、さっぱりした酸味と爽やかな余韻を楽しめ、中の野菜は出水で採れる旬の野菜を使用することで、季節の味が楽しめます。
出水んまか棒三姉妹・・出水市の特産品である鶏肉や焼き海老、鹿児島県の特産品である黒豚を活かしたさつま揚げで、中に入っている具も地場産や鹿児島産の食材にこだわった一品です。また、海老姫、鶏姫、黒豚姫のキャラクターも魅力の一つです。
3つのスイーツとは、
まるごと出水(みかん)・・優秀な農家の方々が一つ一つ丁寧に大切に生産されたみかんを最大限に使ったお菓子です。ほど良い甘さの求肥(ぎゅうひ)と飴がみかんの味を引き立てます。夏から冬の期間限定の商品です。
チョコっとねったぼ・・・昔から地域のおやつとして親しまれてきた"ねったぼ(芋もち)"を若い世代にも伝えたいと思い、出水市の特産品である紅甘夏の皮をシロップ漬けにして中に生チョコと混ぜ、アレンジした新感覚のお菓子です。
いもクロ(IMOCLO)・・鹿児島県の特産品であるさつま芋と出水市の特産品である紅甘夏の皮を使用した餡子を、出水産米粉が入ったクロワッサン生地で包み込み、安心安全の食材にこだわった一品です。
資料提供:出水商工会議所 平成23年度地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト
出水商工会議所では、8月頃をめどにグルメ、スイーツとも取扱店舗の募集を行い、また現在ある特産品の中でも一定の基準を満たした商品だけ、「薩摩出水のいずみさん」の認定を行う予定です。
これから「薩摩出水のいずみさん」のブランド力をいかに高めていくかが課題です。 「ブランド」とは、元々はヨーロッパの山中での牛や羊の放し飼いで、他者の家畜との区別をするため押した「焼印」に由来しています。現在ではブランドとは、商品が「差別化されている」、「品質が保証されている」、「地域での広がりがある」ことなどがあげられます。
商品開発は多くの地域で行われていますが、知名度アップと販売拡大策が課題です。まず地域住民にどのように浸透を図るかです。
家庭での広がりには、レシピを作成することで統一感が生まれます。また、各種宴席では、「しょうがん炊き」や「出水んまか巻」、「出水んまか棒」を推奨するようにし、お客様にストーリを語ることが定着への一歩になると思います。
また、県外でのPR効果を発揮するには、行政や地域団体等の職員の皆様は、「薩摩出水のいずみさん」のロゴマークを印刷した名刺を渡して欲しいと思います。
スイーツは、市外の人への贈り物の定番とならなければなりません。その際包装紙は、ツルや、ミカンがたわわになっているデザインを使うのもPR効果を高めると思います。出水地域では、グリーンツーリズムが人気となり県外からの学生さんの民泊体験が増加しています。メディアへの発信を強め、口コミ効果を高めることで、帰りに人気のおみやげとして、誰もが購入するようになるのではないかと思います。
ダイヤ改正で新大阪への直行の新幹線も大幅に増え、観光客の誘致もより可能になりました。先にデビューした新ご当地グルメ「いずみ親子ステーキごはん」は浸透してきました。 地域一体となった取組が経済効果をもたらし、「薩摩出水のいずみさん」の定着に繫がると思います。
2011年6月27日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光
かつて賑わっていた中心市街地がシャッター通りとなり、昼間でも人影が少ない通りが県内でも多く見られるようになりました。
県内の多くの町に映画館があり、また、近郊から買い物客が押し寄せて、日中商店街に人があふれていましたが、郊外に大型ショッピングセンターができ、無料の大きな駐車場があることなどで利便性も高まり、中心街から客足が次第に遠ざかっていきました。中心市街地を通っていた車も、バイパスができ空洞化に拍車がかかっています。市役所や公的施設も郊外に移転し、ますます中心街の衰退が懸念されます。
中心市街地に人を呼ぶことは、たやすいことではありませんが、昔の賑わいを少しでも取り戻すための方策について考えてみたいと思います。
私たちが、中心市街地と郊外に住む理由の違いとは
[中心街に住みたい理由]
①病院や公的施設が近くにあり、緊急時の体制が整備されている。
②日常の買い物が一度にでき、外食やショッピングが楽しめる繁華街がある。
③人が多くて安心である。アミューズメント施設があり、歩いて楽しい。
[郊外に住みたい理由]
①住宅や駐車場が広く取れ、緑や川があり自然環境がすばらしい。
②公園や緑地が多く子育ての環境がそろっている。近くに先祖の墓がある。
③近くに大型ショッピングセンターが出店し、買い物に事欠かなくなった。
④地域コミュニティが確立しており、まさかの時の協力態勢が確立している。
中心街の定住人口増は厳しい状況ですが、交流人口増加対策が不可欠です。
人が集まる街の魅力とはなんでしょうか。やはり街中に生活の「場」を復活させることではないかと思います。
多様なニーズに応える生活空間の創造が必要であり、子育て世帯や高齢者のための利便性の確保が求められます。
そのためには、
①現代の井戸端会議ができる環境づくりが必要です。お年寄りサロン、よろず相談所など気軽に集まる憩いの場所があることです。
②生活市場が多彩であり、長時間散策しても飽きない空間が必要です。主婦が歩いて時間を過し、食べたり、しゃべったりできる魅力ある場所が必要です。
③遊戯の楽しめる場を提供し、子供の遊べる器具が整っている。
④ファッション性のあるステージがあり、若者の熱気を吸収できる施設がある。
⑤中心市街地の近くに、安価な駐車場があり気安く行ける地域となっている。
⑥そこでしか買えないオンリーワンの品物が揃っている。
ことなどです。
そしてより集客力を高めるためには、賑わいの創出が不可欠です。
①人を乗せ囃し立てる演出が必要であり、若者や女性のイベントが必要です。
②もの創りを楽しむ工房があり、小物の販売店が数店ある。
③文化イベントを定期的に開催し、女性が街に出かけたくなる仕掛けや心を満たす
雰囲気づくりが必要です。
④小川や水辺を、花の回遊路や夜のライトアップで楽しめる演出が必要です。
⑤平日は知名度の高い文化人の講演会や演奏会を、休日は近隣の住民の参加型イベントを開催することが、より有効的な集客ができるのではないでしょうか。
日本は少子高齢化社会が加速しており、特に地域経済の疲弊が懸念されます。
これから日本の人口は減少していきますが、都道府県の中で、沖縄県のみが人口の増加が見込まれます。県民所得は最下位にもかかわらず、人口増につながっているのは、子供がふるさとにUターンすることや、地域コミュニティが確立し暮らしやすく、県外からの移住者が増えていることが要因の一つと言われています。
ところで、これからの地域づくりは、
①消費の主役は女性であり、女性を呼び込む仕掛けが必要です。
②シングル世代や夫婦のみの家庭が多くなり、個人客に対する商品提供の工夫が必要です。商品を小分けして、買いやすく、購買の機会を増やすことで売上増に繋げる必要があります。
③地域活性化には、循環型経済の確立が重要であり、農・商・工連携を活かした店舗の品揃えが求められています。原産品を加工し、調味料や菓子、練り製品などオンリーワンの商品として価値を上げることが重要です。
最後に
日本の人口は確実に減少していくため、高度な成長は望めないと思いますが、地域住民にとって必要な商店街とは、息抜きができ「楽しいまち歩き」が楽しめる街ではないかと思います。
参考:中心市街地の成功方程式 細野助博「著」 時事通信社
2009年4月20日 最後に知覧町が南九州市となり、観光宣伝の位置づけも変わってきました。従来は知覧町としての情報発信がほとんどで、認知度を高めることが出来ました。今後は南九州市の中における知覧をどれだけPRできるかが課題です。観光客は広域に回ります。鹿児島市、南さつま市、指宿市と連携した広域観光の戦略が必要です。知覧の観光復活を期待します。

今後の知覧の観光のあり方について考えてみたいと思います。知覧の観光の目玉は「武家屋敷」と「特攻平和記念館」です。「武家屋敷」は日本の伝統庭園としてその美しさと整備された通りが多くの観光客を魅了します。しかし観光客は庭園を一度見学すると、再度見ることは少なくなります。リピーターを呼ぶには、季節ごとに移り変わる庭園の見せ方と、庭園を活用した日本の伝統的行事を演出する必要があります。冬には正月人形や羽子板、雛人形の展示を、5月頃にはこいのぼりや兜を、夏には風鈴、秋には野点の茶会など日本の美を再現させることで、庭園がいっそう価値あるものとなり1年を通して観光客を呼ぶことが出来ると思います。庭園通り周辺は、色、高さ、干し物、広告の制限をするなど景観を守る取組みをいっそう強化することが大切です。
次に「特攻平和記念館」ですが、戦争体験者、遺族だけでなく観光客の多くの涙を誘う施設です。しかし年代を経過するごとに戦争関係者は少なくなり、大人の見学者は減少していくことと思います。最近では多くの修学旅行生が訪れています。広島、長崎と比較すると平和学習の位置づけは違っており、館内に展示されている修学旅行生たちの感想文を読むと、平和に対する子供たちの純粋な気持ちが伝わってきます。新幹線の全線開通に合わせて、中国方面からの新たな誘致を進めていますが、武家屋敷から特攻平和記念館までの散策ルートが学習の場として活用できると思います。アクセスの確保と観光ガイドのさらなる確保が重要です。
今南さつま地域では、グリーンツーリズムの体験と農家民泊の予約が急増しています。知覧地域でも農家民泊を受け入れる家庭が増えていますが、知覧の平和学習と組み合わせることで、さらに誘客ができると思います。修学旅行は1回来ると3年、6年と定着することになります。県の農村振興課では、教育旅行におけるグリーンツーリズムの受入指針を作成しました。体験メニューの充実と受入農家が増えることが誘致につながります。又知覧のある南九州市は、お茶やお花の産地でもあり農業体験の素材は豊富にあり、鍵は地域をコーディネートする人の育成です。
第2回九州観光ボランティアガイド大会が、熊本で開催されました。今注目をあびている着地型観光には、地域を良く知るボランティアガイドの役割が重要となってきました。九州各地の取組の現状が報告されましたが、今後の課題と方向性について述べたいと思います。 次にガイドをする上での日頃の準備と行程での心掛けです。日頃から行程上の歴史的遺産、景観、地域の名産品店などは把握して説明する必要があります。特に地域の生活・文化を語ることは、観光客が地域を知る機会となり大切なことです。最近は熟年の参加が増えており、ルート沿いのトイレの場所等も頭にいれておく必要があります。予約団体名が分かっていれば、どの地域からどのような目的で来ているかを調べ、自分が知る範囲でお客様の地域のことに触れると、親近感が深まるでしょう。 説明のしかたの工夫については、地域の歴史、背景など専門的な知識の羅列では観光客は飽きてしまいます。客の表情を伺いながら退屈していれば案内はさらりと流し、楽しい話題に切り替えることで客との融和が図れます。また、途中の茶店に立ち寄り和んだり、逆に参加者に質問をさせる雰囲気づくりも重要です。慎まなければならないことは、政治や宗教のことに触れることであり、お客様が気分を害することになります。ボランティアガイドの究極の目的は、おもてなしの心です。 県では今年秋に「よかとこ博覧会」を計画していますが、集客するにあたって重要なことは、地域ならではのメニューをいかにつくりあげるかです。そのためには地域を知るボランティアガイドが参画することが必要であり、中身の濃いコースをつくりあげることにつながります。 さて、来年の第3回九州観光ボランティアガイド大会は、鹿児島での開催が決まりました。県内には現在26の団体があり約700人のボランティアガイドがいます。本年中にボランティアガイドの協議会を発足させ、それぞれの団体の連携強化と会員同士の交流を図り、大会の成功に向けて準備を進めたいと考えています。

まずガイド料金については、ほとんどの団体が無料で行っているのが実情ですが、資料代、ガイドの連絡交通費等を考えると一定の料金を収受するのが妥当と考えます。自治体の負担や善意だけでは限界があり、きちんと対価をもらうことで責任感も高まり、会員同志の勉強会や研修会への参加も可能となり、スキルアップにつながると考えます。特に参加者の万一の事故を考えると保険を付保することが、不可欠と思います。
終了後は自分の説明で面白かったことや、行程上でまた来たい場所などをアンケートに書いてもらい、次回にいかしていかねばなりません。また後日案内した団体に、お礼状を差し上げることが今後の誘客につながることになります。ボランティアガイドの組織がうまく機能するためには、会員それぞれのガイドする回数が増えていくことです。特定の人だけに集中することは、組織に亀裂を生じさせます。その意味で全員のスキルアップの機会を増やして日頃の勉強会を増やすなどの取組みが大切です。
九州新幹線の全線開業まで2年となりました。開業に合わせて、新大阪から鹿児島中央駅間に直通の列車が予定されており、この度JR九州、JR西日本から「さくら」と言う名称が発表されました。大阪まで約4時間で結ばれ、関西圏と鹿児島が近くなり、観光面でも大きな効果が期待されています。
県では、新幹線開業効果を県内全域にもたらすために、「新幹線効果活用プラン推進会議」を設置し、「観光・交通部会」、「産業部会」、「まちづくり・イベント部会」の3つの推進部会で新幹線効果活用プランの取組を推進しています。各振興局でも、推進会議をつくり取り組むべき課題を整理し、誘致策を作成しています。
基本的な方向性は、「増やす」、「広げる」、「活かす」の3つの視点であり、新幹線による県内への交流人口を増やし、それをいかに各地へ広げるか、そして地域の活性化に活かしていくかです。
観光・交通の分野について課題を整理したいと思います。新幹線は、博多と新八代が開通し鹿児島中央から東京まで、1つのレールで結ばれます。しかし今まで開通した新潟、長野、東北、秋田の各新幹線の沿線都市は、最大の消費人口を抱える首都圏から遠くても2時間から4時間の距離であり、観光客誘致には事欠かない状況があります。しかし九州新幹線は、東京から8時間程度かかるため、観光客誘致の面からみると、関西から以西がターゲットになり、今まで宣伝力の弱かった岡山、広島、山口など中国地域へのPRが必要です。安定的に観光客を確保するためには修学旅行の誘致が重要であり、運賃の低減や利便性の確保、集約臨時列車などの運行を働きかけることが大事だと思います。
次に鹿児島中央駅が終点になりますが、県内各地へ観光客を広げるためには、駅からの第2次、3次交通の確保が必要です。指宿枕崎線へは特急の運行が計画されており、指宿方面はかなりの客が流れるとみており、その後指宿港からの種子・屋久への観光にも弾みがつくと思います。南さつま地域はルート的に指宿温泉や鹿児島市との連携が大事です。
大隅地域へは、鹿屋までの直行バスの運行や、週末には鹿屋バラ園、航空隊、吾平山上陵、佐多岬、指宿などに至る周遊観光バスなども検討すべきです。霧島地域は、肥薩線と新幹線を組み合わせた商品が魅力的です。北薩・伊佐方面は、行程を考えると新幹線の客を往路に出水や川内でいかにして途中下車させるかが最大のポイントです。また、ツルの越冬地出水、甑島、入来の武家屋敷、大口曽木の滝など季節感あふれる宣伝も必要です。
3点目は、個人旅行に対応すべく着地型のメニューの充実をはかり、ボランティアガイドの養成による体験・交流のプログラムの造成、地元食材をつかったメニューの提供、伝統芸能鑑賞の定例開催など観光客の滞在できる環境づくりが必要です。
今年から「よかとこ博覧会」が県内の数箇所で開催予定です。そこでしかできない体験・交流や、食の発表会、地産品の販売などを行うなどして、経済効果が持続できる地域を創出して全線開業に備えねばなりません。
4点目は、地域をコーディネートする人材の確保です。地域の多くの事業者をまとめ、商品をつくり、魅力ある情報として発信することが、求められています。旬の価値ある情報でも、発信先や時期を逸すると価値がなくなります。これからの観光地は、観光産業だけでなく、農林水産業、商業、工業、生涯学習など地域総力戦での地域の魅力創出が不可欠です。その意味でも地域をまとめる人の存在が不可欠です。
また、九州最大の人口を抱える福岡市とは80分で結ばれ、今以上に交流が活発になります。時間短縮効果により、日帰りも多くなり宿泊客が減少することも懸念されます。その対策としては、鹿児島市が宿泊したくなる街としての、魅力アップが求められます。エンターテイメントの構築による夜の天文館の魅力創出、「かごしま地産地消推進店」制度の推進による食の街としてのイメージアップづくりが、滞在につながります。また、美術館、博物館、図書館、宝山ホールなどで知的興奮を伴う展示やイベント開催の仕掛けが必要です。甲突川河畔の整備が進み、11年には維新ふるさと館周辺の両岸が美しく楽しい散歩道としてよみがえります。今年は、鹿児島女子短大が高麗町に移転し、若者が滞留するポイントになることは間違いありません。観光客誘致には、女性の視点での街づくりが求められます。全線開業により、離島を含めた県内各地に波及効果をもたらすためには、基点となる鹿児島市の魅力付けが、今以上に必要と思います。
最後に、新幹線開通で、自然にお客さんが来ると言うのは大変安易な考えであり、新幹線はあくまでも輸送の一つの手段です。それぞれの地域が差別化を図り魅力的になることが、誘客の要因となります。その意味で今年は、地域ごとに「地産地奨」を推進し内容のあるモニターツアーやテストマーケティングを実施するなど態勢づくりの年と位置づけ、全線開業に備えるべきです。開業まで残された2年間は貴重です。
2009年3月2日 鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫 英光
曽於市は、鹿児島県の東部を形成する大隅半島の北部に位置し、東は志布志市、南は大崎町、鹿屋市、西は霧島市、北は都城市と接し、宮崎県との県境に位置しています。 北部は大淀川支流域に開け、都城盆地の一角をなし、南部は菱田川流域に広がる地域となっており、全体的に起伏の多い大地となっています。財部町、末吉町、大隅町の旧3町が合併してできた市で、しかも広域に町が広がっており、住民相互の交流を促進しながら均衡ある発展をめざし、住民が安心して暮らしていける町をつくっていくことが重要な課題です。
今回、「曽於市の魅力を発見し、それをどのようにして観光や定住に結びつけるか」を考えるフォーラムが開催され、パネラーとして参加しました。県内で活躍している「みなみの風」の会員の交流会も同時に開催され、活発な意見が交わされました。曽於市で現在お客が日常的に来ている場所としては、「道の駅すえよし」がありますが、その他の場所は充分に活用されていないと考えます。以下の観光資源の活かし方について考えてみたいと思います。
末吉にある「花房峡のキャンプ場」は、夏場を中心に学生の教育の場所として最適です。教育委員会等を通じてPRし、市内はもとより近郊の市町村の学校にも利用してもらう努力が必要です。また親子での昆虫の観察やキャンプ場としても喜ばれると思います。夏休みに講師を招いて体験教室などを開くのも利用価値を高めると思います。
「道の駅すえよし」は、10号線沿いで分かりやすい場所にあり、ここを拠点に曽於の食の情報発信基地としての機能を高めていかねばなりません。曽於市の食材だけを使った「食事の限定販売」、「豆腐やお味噌など調味料の曽於ブランド品の販売」、「季節ごとの食フェアの開催」などを行うことで、新規顧客の開拓と地域産品の販売拡大を図っていかねばなりません。現在提供している食事も充実しており、グリーンツーリズムで民宿体験する場合、農家の負担軽減の方策として、夕食場所として活用する方法もあります。
大隅にはかつて航空基地がありましたが、その存在はほとんど知られていません。それは八号原の大地の「芙蓉隊」と呼ばれる部隊で、終戦末期の沖縄戦に備えて作られた航空隊でした。滑走路は残っていませんが、当時の司令室や部隊の住んでいた壕が残されており、戦跡として後世にきちんと残すべき場所と感じました。芙蓉隊の数少ない生存者が、当時の訓練や出撃の秘話を話してくれました。この基地を始め、県内にある戦跡をまとめた資料を作り、平和学習の素材として活用すべきと思った次第です。
また、大隅には県の肉用牛改良研究所があります。ここではバイオテクノロジー等の先端技術を駆使して肉用牛改良を促進し、産肉能力に優れた種畜生産を行い「鹿児島黒牛」の銘柄向上を図っています。予約すれば施設内の見学もできます。高級牛のルーツは大隅にあり、地域で美味しい牛肉を食べる施設や販売店があることが、観光客がその地域に選ぶ要素に繋がります。
鹿児島県を代表する祭りである「や五郎どん祭り」は、地域内の祭りに終わっており、隣接の市町村を中心に、もっと集客態勢を強めることが大切です。
財部は、JRの駅が三カ所有り、しかも鹿児島空港から1時間30分、高速道路にも近く、観光客誘致のアクセスに恵まれた町です。大川原峡に隣接した「悠久の森」は起伏が少なく、ウオーキングや自然観察に最適な場所です。インタープリターを同行した森林浴も魅力です。「桐原の滝」や「溝の口洞窟」も近くにあり、歩きながら自然を満喫できます。
また、財部は、甌穴で有名な「関之尾の滝」のある都城市と隣接し、広域で観光客誘致に努めることが大事です。春と秋の自然が美しい時期に、JRの駅を活用し周辺の景勝地を回る2日間のウオーキング大会を開くことで、宿泊にもつながり地域の活性化になると考えます。
曽於市全体としていえることは、豊かな田園地帯に恵まれ、食材も豊富であり、これを活用したグリーンツーリズムの推進が不可欠です。学生団体を中心に、農業体験や民泊を導入するには好条件が揃っています。夕食は「道の駅」を活用し、入浴は温泉センターの利用で農家の負担が軽減できます。グリーンツーリズムの推進に当たっては、地域をコーディネートする人の役割が重要であり、学校と農家との諸問題をスムーズに問題解決していくことが定着につながります。本年度から「子ども農山漁村交流プロジェクト」がスタートします。その受け皿づくりのためにも導入が急がれます。
2点目は、広域連携の推進です。観光客は地域内で完結することは少なく、広域に回ります。霧島市や鹿児島市、都城市は購買人口が大きく、また温泉や宿泊施設もあり、観光客も多く訪れています。そこの客を曽於市に誘導するためには、宿泊機関に出向いて曽於市の季節ごとのパンフを常備し、定期的なセールスを展開して自ら集客する態勢づくりが必要です。イベントや地域の祭りの集客には、ふるさと出身が多い鹿児島市をターゲットにすることも一つの方策です。
九州新幹線全線開業まで、2年となりました。地域に新幹線効果をもたらすためには、他の地域との差別化が必要です。曽於市は徹底的に田舎にこだわるべきと考えます。少子高齢化が進み、人口減少が地域の活力低下に拍車をかけています。魅力ある農村地帯に多くの人を呼び、農業体験や地域産物の購入が増えることで曽於市ファンづくりができます。そのためには「曽於田舎ツーリズム」の定着が一番と考えます。曽於地域の発展を期待してやみません。