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プロデューサーズコラム

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長島町でのラクレット!

阿久根のタイマッサージ 18日は長島町で獅子島航路活性化の会議があったので3号線沿いに車を飛ばした。途中阿久根の手前の民家に突然タイの国旗が翻っているので戻ってみると何とタイ古式マッサージの店だった。好奇心もあって玄関を開けるが鍵がかかっていて不在の様子。でも何でこんなところで店開いているんだろうか。ちなみに70分¥3,500だから悪くはない。機会あれば試したいと思いながら長島へ向かった。

会議が終わり翌日旧長島町で開催予定のラクレット研究会の件で役場の方との打ち合わせをして図書館を覗くとこれまでにない活況!お母さんと子供が絵本を読んでるし、おばさま方も本を読まれてる。係の方に挨拶してるとおばさま達が明日のラクレット作りに参加するんだと言われ、料理の本を手元に置いて事前勉強中だとか。

さて翌19日朝9時過ぎに今日の料理人吉田氏が到着。彼はヒルトンの総料理長も長く、その後欧州での経験も豊富でラクレットもよく知ってる達人。先ずは私が開催の趣旨を語り、若い女性陣に人気のある料理であること、これを使った仕掛け作りは今北海道でも準備中であること、海の幸と野の幸を使った新たな長島の売り込みのヒントを長島町の皆さんが探すきっかけ作りが目的であるとお伝えした。

長島ひおうぎ貝 事前に食材については100%地産地消を原則にしたいと役場にもお願いしていたので前日には役場の方と一緒に島の新タマネギも買ってきたが並んだ食材は柑橘類も豊富だし、ホタテに似た2枚貝のヒオウギ貝の自然の色には驚いた。勿論特産のブリ(鰤王)も3枚におろして準備してあった。

先ずは今日のメインのラクレットに使うその名もラクレットチーズを細かく切って貰う作業を数人で分担、そのまま試食して貰ったがそのままでも結構旨いチーズだ。次に柑橘類を使ってドレッシングを作り、これに長島町で作る醤油を加えて味を調えた。次にブリの 長島町ラクレット カルパッチョを作り、裏の加工場で蒸したジャガイモの準備ができた段階でいよいよラクレットチーズを溶かし始めた。本当は専用の機械もあるんだが今日は敢えて使わない。このラクレット、芋もチーズも熱々でなければ駄目だ。だから本場でも小皿で数回おかわりして食べる。チーズができあがって即試食に入ったが黒胡椒の粉をちょっと振ると味が一層引き立つ。若い方々を中心にこんな料理があったのかという声も上がり、おかわりも続いた。私もジャガイモを盛る作業に多忙でこのラクレットの写真を撮らなかったのが悔やまれる。この前後ブリのカルパッチョも大皿4,5枚に載せて食べて貰ったが好評ですぐ無くなった。

最後の料理は例のヒオウギ貝で、活きのいい貝を開いて中身を取り出し、そのままフライパンでニンニクと  長島町ラクレット 油で炒め、これにヒオウギ貝から出たスープを煮詰めて味を調えた。大皿に島産の天然アオサと千切りにして炒めたタケノコをベースに敷き、その上に熱々のヒオウギ貝を載せ、皿に煮詰めたスープをかけたこの料理、取材の報道関係者から料理名を聞かれたが私には分からない。でもすごく美味しかった。準備して貰った食材を全部使いたいとの吉田料理長の思いから生まれた創作料理だ。

この後意見交換会に入ったが観光協会長からは是非もう一度やって欲しい。ラクレットを長島町の宿での1品にできるだろうかとの声もあった。吉田氏も長島は海の幸が看板、ラクレットはこれに新たな魅力を添えるものであること、また私からこの料理はどちらかと言えば美しい風景を愛でながらのイベント用の料理 長島町ラクレット の方が似合うこと、とにかく熱々の状態をどう保つかが大切であること、芋煮会などの名前では人はこっちを向かない、島に域外からの人々を呼ぶきっかけになる料理であることを説明して皆さんで今後どう活用するか検討して欲しいとお願いして終えた。始まったら忙しい作業の連続で吉田氏もお疲れの様子だったが私的には面白いイベントだったと考える。

 

徳野貞雄教授の講話(蒲生町)を聞く

前後したが14日の金曜日、部内の女性から今日蒲生町に徳野貞雄先生がやってくると聞いた。開演は夜7時ということもあって連盟の仕事を終えて車で駆けつけた。 ちょっと時間があったので旨いと聞く蕎麦屋『にいな』に行くと灯りは点いていたがすでに店仕舞いで食べられなかったのが残念。

先生はツー大でもお馴染みの熊大教授で、最近NHKにもよく登場している。先生がNHKに出ると聞いた時先ず私が心配したのが頭だった。聞くと局側からも頭髪の見てくれを良くするようご指示があったそうだ。でも何度か先生の話を聞いていると本物の研究ってこんなもんなんだとちょっと尊敬の念も出てくる、なかなかのフィールドタイプ。野生動物的で時に荒々しいが最後は優しさがないとこんな研究はできないと思ってしまう。

さて本日の講話のタイトルは最近の著書のタイトル通り『農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せ』と題するもので数年に渡り蒲生町の漆集落や四国の中山間地域に入り込んでの研究活動をベースに、最近メディアで頻繁に取り上げられている所謂限界集落についてのフィールドワークだ。あんまり前に座ると熱が籠る話の最中、時に唾も飛ぶことを承知しているので中程に座った。

先生は自称文学部の農学者。一般的に農学者が農のインフラ、生産、流通を語るのに対し、先生の場合は徹底的に人に重点を置く。農村に住む人々が何を考え、何に生き甲斐を覚え、次世代へのバトンタッチ、つまり担い手作りの面で何に苦労し、何が問題と考えるか、徹底的な戸別ヒアリング作業を通して地域の問題を洗い出す。そしてその集落が真性の限界集落か仮性なのかを見極める。再生の可能性があればどうすれば負担が少なく、地域住民が核となって進められるか、これらを導き出す地域再生の伝道師でもある。ちょっと神懸かり的な紹介になったが私にはそういう印象が強い。大の愛妻家としても世間に通じているが自分が留守することを考えて自宅の立地も奥様の実家や姉妹の家に近いところに確保している位だから身内にも優しい人だ。

大隅半島の方でも集落の戸別ヒヤリングに入ったとの新聞報道を先日目にしたが、先生が絡んでの調査であることを私は直感的に感じた。コンピューターで自動的にはじき出した65歳以上が50%を超える集落=限界集落のレッテルを心底嫌う先生だ。コンピューターには分からないそこに住んでる人のものの考えを理解せずに限界集落などのレッテルを張ることは許さないという姿勢は感動的でもある。

しかし先生7時に始めて何と延々2時間半の長丁場。9時半に終わった講話の後は彼の著作を求める長蛇の列で、あっという間に売り切れた。講話の要所要所にこの本に詳しく書いてあると示される。そういう意味ではなかなかのセールス教授でもある。私は写真機も持たずただひたすら聞いておりました。最初は悲観的に聞こえる話も、最後は何となく勇気と元気を貰ったように感じる。やはり農村の伝道師なんだろう。蒲生町の皆様、長時間お疲れ様でした。感謝!

 

1年ぶりのノーティカを歓迎!

ノーティカ号 今日は台湾の基隆からマーシャル船籍のノーティカ号マリンポートに入港した。今回のクルーズは船長に聞くとバンコクが出発地だったそうだ。約400名の乗客はそのほとんどが欧米人なので皆、今流行のフライ&クルーズのスタイルでバンコクjに到着、アジアンクルーズを楽しんで確か北京で終了、再度フライトで帰国するそうだ。

以前知覧の方からせっかく外国から来られるのに事前の情報が無く、準備ができない。せめて1週間前に概要でも知らせて欲しいとの要望もあり先日部内に発破を掛けて1週間前にはお伝えできた。今回は半日観光7台、知覧3台のバスが動いた。でも船と市心を結ぶシャトルバスの手配が無く斡旋事務所がある『ふれあいぽーと』に来られたお客様からもお小言を頂いた。これは船側の問題だと思うがやはりサービスとして必要だろう。その分タクシーは一時不 ノーティカ号② 足の状態で利用度は高かった。

私はレセプションに立会い、船長、機関長、ジェネラルマネージャーの皆さんと意見交換した。昨年3月に同船が入港した際は谷山港であり、その際に私は次回は新港でお迎えするとお約束したがその通りになったこと、船長はクロアチアのご出身でマリンポートが年間約40隻弱の客船を迎えるのに対し、クロアチアは昨年が650隻で、欧州を中心に大人気であること、環境保全を考慮して年間受け入れクルーズを700隻に限定したことなど参考になる話だった。正直規模が違うがそれだけクルーズマーケットには可能性があるということでもある。

ノーティカ号③ バスの出発に際しバス乗務員とガイドさん達のブリーフィングも真剣で、横のテント内では物産の案内、少し離れて別のテントではさつま町の皆さん方による臼を利用した餅つきもあって船の機関長も杵を振っていた。私は一旦斡旋事務所に戻ると今日船内を案内してくれたツアーマネージャーの女性が案内カウンターで情報を聞いているところだった。銀行はすでに閉まっていることもあって何といっても先ずは最寄のATMに行かねばならない。そこに船で勤務する別の女性2人も来て、結局女性3人を乗せて私が近くのATMまで送り、更に天文館まで連れて行くことになった。道すがら聞くと1人は英国人、1人はスウエーデン人、1人はフランス人だった。船長も確か40数カ国の多国籍スタッフが乗船していると話してくれたが確かにそのようだ。勿論日本人も働いていた。船内装備は豪華な船だ。いつかゆっくり乗ってみたい船だと思った。

今日に加え明日はゴーリキー号、明後日は飛鳥Ⅱと初の3日連続での入港だ。マリンポートの本格的利用が始まったと実感した。

第1回九州観光ボランティアガイド大会in宮崎

第1回九州観光ボランティアガイド大会in宮崎 11日から12日にかけて宮崎で開催されたボランティアガイドの大会に参加した。鹿児島からも総勢60数名の参加を得て会場は各県の色違いのジャケットで埋め尽くされた。初日は舞台での夜神楽に始まり、推進機構田中会長のご挨拶に続き東国原知事のご挨拶を頂いたがさすがメディアの世界に慣れておられることもあって極めて愉快で面白い挨拶だった。県庁ツアーも37万人を超える人気で当日の朝も県庁を出る際におばさま軍団に取り囲まれ、記念写真となったらしいが、おばさま達の鞄の中のカメラを探しの様子など実に再現が巧みで、写実的な言葉の使い方が上手な人だと思った。

次にJTB清水常務の講話があったがこれも良かった。この中で『旅』という言葉の由来を『他火』とする仙台の民族研究家の話をされた。火は古来暮らしの中心で、己の火が揺らぐと人は旅に出て他人の火にあたり知恵と土産を持ち帰ったという。我が村の暮らしを豊かにするこの行動が旅の原点だ。これはよかった。仕事柄日本を飛び回っていることもあって世界遺産の白川郷の問題点、最近登録された石見銀山の優れた環境保全の為の車規制なども語られた。

パネルディスカッションでは各県の代表が揃ったが何と言っても篤姫第1回九州観光ボランティアガイド大会in宮崎 光ガイド会の吉留さんの語りは珠玉だった。会場からの質問にも余裕のある受け答えをされ会場内のほとんどの方から喝采を受けた。小柄な吉留さんだが会場では大きく見えた。その後懇親会も開催され各県ボランティアガイドの交流が活発だった。

2日目は広域交流の促進に向け事例発表が2件あり、質問も活発になされ、来年の開催地熊本への引き継ぎもあって、その後3つのコースに分 第1回九州ボランティアガイド大会in宮崎 かれて現地視察に向かった。私は西都原古墳群と周辺の記・紀の道(古事記、日本書紀の神話コース)めぐりに参加したが汗の出るような快晴とベテランボランティアガイドの皆様のおもてなしもあって、すこぶる内容の濃い研修だった。宮崎を後にする際には来年も熊本に一緒にというような声が交わされていた。これまで何となく不安だった自分の案内に自信が持てる大きなきっかけになった大会ではないかと思う。

 

むらを楽しむ 『かごしまの農泊』を考えるセミナー開催

昨日午後1時15分より黎明館にて『かごしまの農泊』を考えるセミナーが開催された。昨年3月実施した農泊セミナーに続く企画だ。生憎昨日は雨で少し客足も鈍ったかと思うがそれでも多くの熱心な方々の参加を得たことは主催者として嬉しい限りだった。

今回は北海道大学観光学高等研究センターから佐藤誠教授をお招きした。先生は昨年まで熊大で教鞭を執られれていたこともあり、また今も小国のツーリズム大学の学科長も兼任されていることから県内にも先生の教えを受けた方々は増え始めた。元々経済学者だが日本の社会の成熟度に連動して日本の観光産業もマスツーリズムから個を重視したニューツーリズム、更には田舎の快適性(アメニティー)を軸とするグリーンライフ型への移行を予想し、ネオツーリズムの到来と称されている。この範疇は広く個人を中心とする観光性旅行、ロングステイ、二地域居住、UIターンもカバーする。

前夜の打ち合わせの席上、先生のパーソナリティーを全面に出して頂き、できるだけ柔らかく、面白く、冗談も遠慮無くとお願いしたが開会直後の基調講話だったせいか滑り出しはちょっと硬めだったようだ。笑いを得るところで会場の反応が鈍かったこともあって若干調子が狂ったようだと閉会後の先生の弁。でもいつもの通り主張は明確、直球型で私には心地良かった。

次に人吉から来られた農家民宿開業丸2年が経った『つばき坂』の上井さんの報告を つばき坂 上井さん 頂いた。私は1度上井さんの自宅を訪ねたことがあるが小高いところに土蔵と母屋それに客用の別棟がある古い農家だった。農産物の直売所を開設し、生まれて初めて自分で自分の商品に値段を付け、一ヶ月の売り上げに基づき初めて自分自身の預金口座に振り込みを貰った喜びは忘れないという。その後首都圏の女子大生の体験受け入れを数回こなして経験を積み、コツコツ貯めた自分の貯金を元手にご主人の退職金も一部借りる形で農家民泊を開設された。上井さんの魅力と身の丈の田舎流おもてなし、更にはご主人の理解もあって初年度からお客も付き、2年目は倍に伸び、3年目の今年は初の3桁を達成しそうだ。後でパネルディスカッションの中で私からホームページの開設は?と聞いたところ『同地区で開業されている人の中には高齢で自前でホームページが開設できない方もいらっしゃる。娘に頼めばできるんだが地域全体で伸ばそうという人吉市グリーンツーリズム協議会の趣旨もあって自分ではやらない。』とのこと。何と素晴らしい連携だろう。幸い市の方で同地区6軒の民泊紹介ページを作って貰っているとのこと。これは我々にも大いに参考になる話だ。

パネルディスカッション さてパネラーには『久富木ピンころ村事業』を展開するさつま町の満留さん、南さつま市の峰元新産業創造室長にもご登壇頂いた。それぞれ自分たちのフィールドに根ざしたグリーンツーリズムの受け入れに努力されている。旅行業者の支援・仲介がどこまで必要かも問うたが認可型農泊では不要、教育体験型では必要とする意見のようだった。県は平成11年に農家民泊の開業の手引きを作成しているようだ。だがこのことを知る人は少ない。私も今朝まで知らなかった。勉強不足は大いに反省するが県ももっとこの活用を呼びかけたらいい。ただその後の広域合併や状況の変化、規制緩和もあり、県では平成20年度にあらためて手引き書を作成するらしい。私はこれに期待している。ただ縦横無尽に網の目を細かくするのではなく、地域特性が十分生かせるような県のミニマムスタンダードでいいと考える。特に教育体験型農泊については急ぎ準備する必要があると思う。

 

鹿児島ふれあい交流会に参加

先週22日東京池袋の東武デパートで開催された鹿児島ふれあい交流会に参加した。我が連盟と県からの6人一緒に東京に到着したが先ずは時間的に腹ごしらえが必要だ。そこで私の行きつけの店で有楽町にある『小洞天』で¥777のシュウマイランチを食べることにした。私は東京に行くと必ず昼か夜の1回はこの店で食べる。最初に行ったのは入社当時だから30数年前だがここの味とボリュームは今も変わらない。日本橋にも店があり、数か月前は昼は有楽町、夜にまた日本橋店で食べてしまう程だから惚れようが分かる。写真も撮ろうとは思うが食べるのに忙しくいつも失念!

鹿児島ふれあい交流会 食後私は離団して遊楽館を覘いて担当者と立ち話。その後電車で池袋に向かう途中でつい寝てしまい、池袋を2つ越したところで目覚めて逆戻り。この車中両手にいっぱいに買い物袋を提げた男性と話した。私が鹿児島からと言うと於一(おかつ)さんの鹿児島ですかと歓迎してくれた。池袋に着いて会場を探すのに手間取ったが準備のお手伝いをしてお客様を待った。観光セミナーでは県と連盟、更 鹿児島ふれあい交流会 に奄美と志布志から最近の状況を報告して貰い、その後特産品協会さんによる県産品を使ったお料理の披露と懇親会に入ったがなかなか美味しかった。特に黒毛和牛は良かった。ご参加の皆さんも舌鼓を打っていただいたものと確信する。ガチョウの肉もメタボ系にいいと妙に説得力のある話だった。セミナーから懇親会まで東武百貨店の橋本常務にもご同席頂いた。

さて鹿児島で聞いた渋谷の店を探して行くとすぐに見つかった。ビールのつまみに何かと問うとソラマメがいいと言う。それ、指宿?と聞くとそうだと答える。熱々の豆は本当に自然いっぱいの味がして旨かった。県産品を東京で食するのもなかなかいい。次に三越百貨店本店に近い小料理屋に行くと目の前に鹿児島の焼酎がずらりと並んでいた。篤姫も中央に置いてあるし黒糖もいろいろ揃っている。吹き飛ばされそうな位強いビル風の中、辿りついた店は温かかった。

土曜日は神奈川県海老名で店を開いた友人を訪ねた。たまたま福岡から元一緒に仕事をしていた女性陣も来ていて奇遇な再会となった。2泊3日の東京だったが同窓会もあって楽しい旅だった。

 

種子島地区観光推進セミナーと浜上ストア

29日は朝8時の船で種子島に向かった。あまり良い天気ではなかったが船は大きく揺れることもなく、ほぼ定刻西之表に到着。歩いてホテルに行き、荷物を置いて、さっそく朝の腹ごしらえにタクシーに乗って浜上 浜上ストア ストアまで飛ばした。10時を過ぎれば開いてるものと勝手に思い込んでの事だが、店は明かりも灯ってオープン状態。入って左の魚コーナーの親父さんに『旨い刺身、お願い!』って頼むと、店に並ぶ首折れサバの中から形のいいものを選んで、見事に捌いて刺身に変身。これに手を出す間もなく次から次に今朝揚がったばかりの魚を刺身にして出してくれた。相変わらず店の一角で立ったまま食べるんだが、こうして食べると不思議に旨さが増す。何度も食べているがここの刺身は本当に絶品だ。烏賊も2種類出て、全部で8種類の魚を4人で食ったが身の締まりといい、甘口の醤油によく合う。

親父さんが面白い話をしてくれた。今日食べた首折れサバは種子島のものらしいが屋久島で獲れたサバは持ちが少々違うそうだ。絞め方に秘訣があるようで屋久島の秘伝の技はなかなか教えないらしい。店に置いておくと時間の経過とともに色が 浜上② 変わるそうだが屋久島産のものはなかなか変わらないんだそうだ。同じ熊毛地域、しかもすぐ近くの漁場なんだろうが獲った直後の技が違うようだ。こんな話は鹿児島市内にいてはなかなか聞ける話ではない。やはり現場でこそ聞ける話だ。食いきれないほどの刺身に大満足してホテルに戻った。

さて午後1時過ぎにセミナーが始まった。冒頭私がご挨拶させて頂き、すぐ阿蘇地域振興デザインセンターの坂元事務局長の講話が始まった。前日から種子島に入って貰い、時間の許す限り島内を視察して頂いたこともあって最初から千倉の岩屋が自然の海蝕だけではなく、人為的な力が加わっているのではないか、2つの入り口から太陽光が岩屋中央の広場に達する可能性もあり、エジプトのアブ・シンベル宮殿との類似性も考えられるとする仮説も披露された。学術的な根拠とは別にロマン作り、ストーリー作りが滞在時間を延ばす手法の一つであることを示された。

このほか地域づくりとは地域性の向上、人間性の向上、経済性の向上であり、地域の活性化とは地域づくり、人づくり、元気づくり、そして元気な人とは学習意識に富み、素直な性格で、プラス思考の強い人だと説く。一語一語に含蓄ある話だがこれを阿蘇地域でどう具現化しているのか事例も発表されて聞く側にとっては分かり易かったと思う。2時間近くの熱演だった。この後意見交換会も開催され、1市2町からの取り組み状況、県観光課のコメント、昨年1本化された種子島観光協会の会長、副会長、事務局長からの報告やこれからの方向性を語って頂き、支庁長からもコメントも頂いた。3月には市制50周年を記念してあの飛鳥Ⅱも入港するという。昨今の発砲事件で銃砲管理が厳しいのは分かるが火縄銃による歓迎セレモニーは最も種子島らしいイベントのはずだが、これがなかなか許可されないことについて何とか関係機関の了解が得られないものかという現場の声が強かった。

夕刻から懇親会も開催され民間、行政の方々多数が参加された。私も過去2年間このアカデミー事業には参加しているが本音での意見交換に勝る物はない。今回の事業の総合評価はご来場の皆様からのアンケートなど待って判断するべきだが、当事者の一人としては内容的に良かったのではないかと考えている。

夜飲みに街に出たが先週静岡からやって来たという女性もいれば、種子島在住10年目という人もいて、なかなか多彩な方々が多かった。昼間はサーフィン夜はお勤めというパターンだ。いろいろ聞いていくとここのIターン者には3種類あるようだ。一つは冬場のサーフィンスポットを求めた短期滞在型と島の心地よさに居着く長期型、また最初から移住を前提にお試しステイから入った本格移住型とも言える方々だ。南種子町でのUIターンサポートセンター(通称サポセン)の活躍は前回触れた。単身であれ、家族持ちであれ地域との接点無しには住めないことからサポセンの支援と地域の懐の深さがあればこその話だろうと思う。

新幹線の全通、空の交通網の再編成、教育旅行マーケットの沖縄離れ、韓国旅行者の急増など考えていくと種子島の可能性は大きい。今回のセミナー、意見交換会が全島的な機運醸成に何らかの役割を果たしたのではないかと考えている。

 

図書館のミッションー前鳥取県知事片山氏の講話

今日は朝からJRで宮崎に日帰りで行き、前鳥取県知事で現在慶応大学大学院教授をされている片山善博氏の講話を聞いた。県の首長経験者がなんで図書館を語るんだろうという単純な興味もあったが彼ならきっと面白い話が聞けるだろうという期待感のほうが大きかった。

図書館ミッション講座 さて今日の正式なタイトルは『Live! Library 人づくり・地域づくり 図書館のミッション』という少し長いものであったが冒頭片山教授が講和された。あのテレビでよく見る柔和なお顔を見ながら最前列に陣取って聞いたが話しの内容は結構厳しいものだった。気分の悪い方もおられるかもしれないが以下は片山氏の言葉だからご勘弁願いたい。

1999年から2期8年間知事を務める中で国の進める地方分権が量的拡大のみを重視し、質的改善に繋がっていないことが地域の疲弊をむしろ進めているのではないかと危惧した。公共事業と交付税の『先食い』であの夕張の破綻が生じた。今また合併特例債の『先食い』が始まろうとしている。800兆もの借金を抱える国がもはやそんな甘い支援が出来るわけがない。結局自治体の考える力が無ければ騙される。地域住民も、議会もチェック機能を失えば民主主義は成り立たない。『馴れ合いと学芸会』では本物の地方自治とは言えない。だから図書館は地域の知的自立支援を最大のミッションとしなければならない。図書館を見れば地方自治のレベルが分かる。図書館は地方自治のリトマス試験紙だ。

彼には6人のお子さんがいる。官舎住まいでは本も置けない。だから皆 図書館ミッション 地域の図書館にお世話になってきた。今もできるだけ図書館の近くに住むようにしている。図書館の運営を指定管理者に任せようとする最近の動きについて、片山氏は①収入アップ②コスト軽減③質の向上が図れる行政サービスはその対象と考えるが図書館には指定管理者制度は基本的に馴染まないのではないかと考えている。

昔は国が言う通り全国一律の基準で動けば済んだが、今は同じことをやってたら生きていけない時代だ。だから地域住民が自分で判断する能力が問われている。トークセッションに参加された同じ慶応大学の糸賀教授が米国の図書館のポスターを紹介された。『If information is a currency of Democracy, The Library is the bank』 とあった。もし情報が民主主義の通貨なら図書館は銀行だとする標語だが、これは米国の現役政治家の作だそうだ。教授のコメント『本物の銀行と違い情報の銀行は貸し渋りはしない。』は会場を大きく沸かせた。

100分のトークセッションを含め12:50~16:10まで途中15分の休憩があったがみっちり内容のあるシンポジウムだった。

 

みんなのグリーンツーリズム研修会in出水

17日は県北出水でのグリーンツーリズム研修会に講師として参加した。この研修会は県農政部からの委託でNPOさつまが運営し、県内各地で開催され2月19日が最後だと聞いている。

出水のみかん園 さて出水は業務、プライベイトを含め何度も訪ねているが今回は研修会に先立ち竹崎農園さんにあらためて出水をご案内頂いた。概ねコースは東光山展望台(ここは必見)、平成9年の大水害を被った針原地区、井伊直弼殺害に関わったとの科で自刃した有村雄助の首実検の地、野間の関所跡、特攻の碑、特攻神社、鶴観察センター(まちの駅側)、 出水の鶴 荒崎の展望台、船と荷の出入りをチェックした旧番所跡、菅原道真が座ったとされる菅公石そして神酒造本宅だ。今の時期は鶴の飛来数も12,000羽を超えて空を悠々と飛ぶ様は圧巻だがこれだけで出水観光が終わったとすれば結局出水の極めて季節的かつ表面的な部分だけを垣間見ただけで終わることになる。 尚鶴観察センター隣のまちの駅には旧薩摩街道の地図や篤姫がらみの説明も受けられる。

この出水は鹿児島に於ける島津氏発祥の地でもあり、薩摩街道の要所でもあった。篤姫の将軍家へのお輿入れに際し、小説では大坂まで海路、そこから江戸に登ったとされているが、史実はこの出水市野田郷を経由して江戸に登ったらしく篤姫が立ち寄ったことが記された掛け軸も残っている。だからこそ来年早々のNHK天璋院篤姫のロケも麓地区の竹添邸と宮路邸で去る10月実施された。またつい最近収録を終えたばかりだが来年1月中旬過ぎには2回に渡り鶴瓶さんが出水を紹介することにもなっている。古くからの人と土地の関わりを少しでも知って頂くことが本物の出水を知ることでもある。

みんなのグリーンツーリズムin出水 さて夕方6時過ぎから遠くは水俣からも数名の参加を得て30名程度の規模で竹崎邸の和室を繋ぐ形で開催された。私の方からは10月県が新しい『鹿児島県 本物。』PRポスターを作成したが、この本物をどう捉えるかが重要であること。結論から言えばあるものをあるがままにという姿勢を基本とすることが大切だと説いた。水俣では水俣病をも地域の財産と捉え、逆にその長い苦しみをバネに、水とゴミと食べ物に世界で一番のこだわりを持つ地域としての新しい水俣を作っていこうとする動きが生まれ、今一度先人達の知恵に学ぼうという座学『地域学』の実践に結びついた。要は古くからその地で人がどう生きてきたのか、そして今も住んでる人たちが先人の教えを活かしながらどう生きているのか、生活者としての土地との関わりと次の世代への継承にどう真剣に向き合っているのか、その姿を見て貰う事だと思う。『あるものをあるがままに』とはけっして何もせずじっと傍観することじゃない。

みんなのグリーンツーリズムin出水 しかし夜はとても寒かった。竹崎さんの同級生達も手作り灯籠を準備してくれた。出水の出身で40年間関西に暮らしてきたご婦人による見事な手延べ蕎麦も振る舞われた。料理の中にダイコンなますがあった。土地柄か新鮮なキビナゴが入っていたが素晴らしい味で何度もおかわりした逸品だった。翌朝は高菜の漬け物を戴いた。これまた最高に美味な味だった。しばし忘れていた本物野菜の味だった。ごちそうさま!

 

初冬の風景とツー大

先週土曜日から月曜まで南さつま市の新産業創造委員会の一員としてツーリズム大学12月講座に参加した。土曜は朝9時半に福岡を出て約2時間で小国に到着。午後1時からの講義の前にご飯、味噌汁、豆腐の単品で昼食。豆腐がもっと美味しければいいのにと感じた。(実はこの豆腐を福岡で麻婆豆腐にしたんだがこれは結構旨かった。食べ方で印象が違うようだ。) 12月ツー大竹の湯

先月同様嬉しいことに我が鹿児島からは5人の参加だった。種子島からも来られている。今回は何と北海道からも3名の参加があった。農産物加工の分野での先進事例として小国の名前は北海道でも通じるらしい。近くの大分県大山町にも視察に行かれたがここも大いに参考になったらしい。

さて今日の朝刊でも限界集落の再調査が一面に出ていた。今回の講師でもあった熊本大学の徳野教授12月ツー大授業風景 これまでも村落に入り込み、戸別にチェックして限界集落と言われる村落が手の施しようのない真性限界集落か、支援すれば存続可能な仮性限界集落かを見極める詳細なチェックをされている。限界と言うレッテルを貼られただけでやる気をなくしてはいないか。軽々にこのような言葉を使うべきではないという立場だ。こんな地道な研究が本物の研究だと思った。正直口は悪いが核心を突く話に引き込まれる。だからグリーンツーリズムに対しても厳しい。上辺だけのグリーンツーリズムは都市が農村を食い物にするだけで農山村の真の振興に繋がらないと言い切る。観光型 、地域活動型、自然・農志向型など農山村が関わるグリーンツーリズムを基盤とした交流の形態毎にしっかりとした位置づけと、農山村の誰とどんな交流をするのかを都市側も明確にしないといけないと説く。

また流行の地産地消について東大特任研究員の船戸氏から、元々1980年代初期に農村の食生活改善と医療費削減を目的に地域農民に対して発せられた言葉がだんだんと消費者全般を対象に発せられるようになった経緯、イタリアでスタートしたスローフード運動がアメリカのハンバーグショップの進出による地域の味の消滅に対する危機感に由来している話など参考になる講話があった。地域の味を守ることが今でも運動の骨子らしい。

12月ツー大味噌の地獄蒸し さて実習は味噌作り体験だった。土曜日に小国産大豆5升を洗い、翌日米袋に入れて地元の方々が地獄と呼ぶ蒸気の自然噴気を利用した釜に入れ(写真左)、翌朝これを引き出して擂り粉木で潰し、米麹、麦麹、塩を入れて掻き混ぜ、小国産杉樽に詰めて半年寝かせるという作業だ。特に潰しの作業は体力が相当に必要で、とても1~2人じゃできる仕事ではない。昔から地域で一緒に作業したのも頷ける。日本の文化は発酵文化だと言われる。こんな共同作業が地域を結んでいたんだろう。昔 12月ツー大味噌作り は麦味噌が多かったそうだがいつの間にか米味噌が主流になった。これは日本陸軍に納入していた信州の米味噌が東京の家庭のスタンダードになったことに起因するのではというのが九大の石村先生の説だった。

1日湧蓋山の途中にある山小屋に泊まったが空気が澄んでいるのか満天の星空に驚いた。何十年ぶりかでこんなたくさんの星を見た。翌朝は案の定凍えるような寒さ。水も凍り湯たんぽの残り湯で顔を洗った。落ち葉を掻き集めて、釜に汲み入れた雨水を暖めて食器を洗った。この地域今年の紅葉は数年ぶりの当たり年だったそうだ。

ブルーツーリズムモニター (延岡市北浦町) その2(終り)

横島展望台 さて2日目は朝8時半に出発、車を連ねて約25分の横島展望台に行く。ここからは四国西端が見えるそうだが生憎雲がかかっているようで目を凝らすが見えなかった。やがて今から行く定置網を持つ船長さん(宇戸田さん)がやって来て定置網のイラストコピーを配って網の構造と特徴を面白く語ってくれた。やはり素人に興味を持たせる語りが絶対必要だ。船長はこの役回りが適役だと思った。この展望台から船長の定置網が3つ見えた。親から聞いてきた魚の回遊ルートに沿って張ってある。

この定置網に金庫網というゾーンがある。何でこんな名前なんだと船長に聞くと、魚の知能指数により簡単に取れるものと、なかなか取れないものとがあるようで、金庫網に入る魚はもう逃げられない構造だそうでIQの低い魚がここに入るんだそうだ。魚の話なんだが何となく人間世界の話にも聞こえて来るから不思議だ。俺も金庫網に入る類なんだろうなって、、、、

北浦町定置網体験 さて船長の持つ第十八繁栄丸に乗って10分で定置網に到着。さっそく船長と長男の2人で網を巻き上げた。だんだん網が狭まってくると網の中の魚が見えてくる。50~60cmの大型魚もいれば太刀魚、サバ、鯵などの大衆魚もいる。タイもいるし活きのいい水烏賊も結構入っていた。金目の魚は船長が先に生簀に移し、残りを家 北浦町定置網2 族一人一人が網で掬って生簀に移した。人間の手で触ると死ぬんだそうだ。だから手で触らずできるだけ手早く生簀に入れるのがコツだ。何でも活魚とそうでないものとは倍の価格の開きだそうだ。また烏賊は佐賀呼子まで出荷するんだそうだ。お茶かなんかでも似たような話を聞いた事を思い出した。港に戻りさっそく活きのいい鯵、サバを刺身にしてくれたが甘くて旨い。

北浦町定置網3 この2日とも天気も素晴らしく、全家族とも和気藹々の仲間となって楽しく過ごした。この北浦町をドライブすると道には猿が出てくる。まだまだ自然が豊かに残っている地域だ。最後に今回のモニターのアンケートを書いて、昨日作業した一夜干しをお土産に解散した。今回のモニターのよかった点は子供中心でスケジュールがゆっくり組まれていたこと、塩作りが体験できたこと、魚の捌き学習と干物つくり、定置網体験だと思う。逆に反省点は1日目の夕食に冷たい料理が多かったことだ。ここが改善されれば素晴らしいモニターツアーだと思った。

世の中グリーンツーリズムが盛んだが鹿児島は日本で第4位の水揚げを誇る県だ。このブルーツーリズムも今回を参考にすれば鹿児島でももっと地域性を組み入れた面白いプログラムが組めると確信して、再度あの時間のかかる国道10号線を南に下った。 錦江湾沿いの道路で何気なく目を海に移すと何とイルカ7,8頭が泳いでいた。話には聞いていたが運が悪いのかこれまで櫻島フェリーに乗っても遭遇したことが無かった。ラッキーな1日だった。

 

 

ブルーツーリズムモニター (延岡市北浦町) その1

23日が勤労感謝の日でもあったので金、土曜日の二日連休を使って延岡市の北にある北浦町でのブルーツーリズムモニターツアーに参加した。申し込みが遅かったこともあって心配したが何とか7家族27名の末席に1名加えて貰う事が出来た。今回を含め全4回のモニターらしいが全て催行できたらしい。

しかし木曜日の夜に宮崎に移動し、金曜日朝9時に宮崎を出たのだが国道10号線はなんとも歯がゆい道路だ。延岡まではたった85kmなんだが何と2時間半もかかる。むしろ延岡から北浦町までの道の方がいい位だがそれでも35分を要した。鹿児島県内の移動とは雲泥の差だ。国道がこんな状態だからJR日豊線はその強みを如何なく発揮する。延岡市内までだったら絶対JRが便利だ。でも更に国道388号で北浦迄向かうなら車で行くしか方法は無い。

北浦町ブルーツーリズムモニタツアー さて定刻1時に現地に到着してみると延岡市役所の皆さんが待っていた。7家族も時間通り揃ったが福岡市内、大分からも参加者がいた。これは多分月刊紙『みちくさ』に今回のモニターが紹介されていた関係だと思う。さて初日最初の研修は塩つくりだった。この地方はかつて揚げ浜式の塩づくりが盛んだった所。目の前には下阿蘇海水浴場が広がっている。日本のベスト10にも選ばれている程の綺麗な海水浴場だ。鹿児島でも結構製塩行程の見学はできるんだが自分 北浦町マイ塩づくり 達でマイ塩を作るような作業をさせてくれる所は残念ながら見たことが無い。北浦では塩についての一通りの説明の後、家族単位でコンロ、小さめのフライパン、コーヒーの濾過紙を使って塩を作った。これは感激モノだった。ここでは毎日50kgの塩を作っているらしいが製塩が間に合わないほど人気だとか。確かに二日間とはいえ朝から薪を燃やす煙が工場から立ち上っていた。

次の体験は魚の干物の作業だった。家族単位でバケツ一杯の鯵が用意 干物つくり され、これを指導員の包丁裁きを見ながら開いていく。最初は慎重にゆっくり作業を進めるが慣れるにつれてスピードが増す。1家族で多分40~50匹の魚を捌く。これだけ訓練すれば子供も段々手馴れてくるのが良く分かる。そしてこの海から作った塩(マイ塩も使うがこれだけじゃ足りない)を片面に塗って1,2時間重ねて寝かす。その後魚を1枚づつ取り出し、水で洗い、舌で表面を舐めて塩加減をチェックし、必要なら更に水で塩を洗い落とし、今度は網に1枚づつ開いた方を上に並 干物一夜干し べて、蝿などが来ないように同じ網の蓋を被せ、蚊帳を吊るような格好で空中に吊るして一夜待つ。この作業、最初は辛いが手順が分かるとなかなか面白い。婦人会の皆さんも来られ、ハモのすり身をその場で天ぷらにして振舞ってくれたが、これが最高に美味しかった。各家庭で味付に差異があるらしいが伝統の味を守っているんだそうだ。    (その2に続く)

霧島市観光振興議員連盟総会

昨日は午後から霧島市国分に行き、市の観光振興議員連盟の総会前の時間を頂き講話する機会を得た。日頃車では来ているがJRを使っての訪問は初めて。なかなか快適な旅で車窓風景も素晴らしかった。観光列車と言っても十分だ。

さてこの市観光振興議員連盟は県下市町村議会の中で最初に設立された組織で現在33名の議員で構成されている。会場は市役所に併設の公民館だったがアクセスも至便で使い勝手が良さそうだ。聞けばこの市役所先日亡くなった有名な建築家の設計らしい。天日を多く取り入れようとの設計の為かガラスが多用され夏は結構冷房に負荷がかかるんだろうなと感じた。

15:30過ぎから講話を始め17:10まで語ったが県の現状と将来を語り、人口減に伴う経済的なダメージをどう挽回していくか、幾つかの手法を検討し結果的に交流人口の拡大を図る手法が極めて現実的であることをご理解頂いた。ただ霧島市の場合鹿児島地域経済研究所の推計人口と高齢化率を見れば他市町村と比較すれば現在時点と2025年時点ではわずか1,600人ぐらいの減だとされている。また高齢化率も2025年時点で県平均の32.3%と比較すれば26.7%と低い。これは多分に既存大手企業による労働人口の維持拡大による町の発展というシナリオに立脚しての推計だろう。以前夜の国分の町を歩いて見たことがあったが結構飲み屋も繁盛していたようだし、若者向きの店もあった。カラオケも安い。中心地への大型デパートの出店も重なって間違いなく発展のベクトルに乗ってると見える。

一方で霧島温泉の方は思うほど客足が伸びていないようだ。先日のnikkeiプラス1の行ってみたい温泉、大規模(年間入湯税1億円以上)温泉のカテゴリーで堂々の第4位に位置しているんだからマーケットの期待感は依然として大きいことは間違いない。これを更に高めるには価格以上の価値の創造に尽きる。期待以上の満足感だ。湯はすでに十分にいい、おもてなしの心も関係者の努力の継続もあって(例外はあるが)見劣りはしない。あとは食事の質の向上だ。パンフレットに掲載される価格の最安値を競うようなことはイメージの低下にしか繋がらない。そんな価格を設けても仕入れの現場では冷凍物しか手当てできず客の満足なんかとても得られない。以前にも言ったが昨日、今日、明日の客の中で一番重要な客は今日の客だ。宿泊産業の最大の特徴は朝を味わせる産業と言う。霧島の朝の演出はどうしてるんだろうか。まだまだできると思っている。

香港・深セン出張報告

先週12日から16日まで香港と深センに出張した。福岡に10月末から就航したドラゴン航空の香港直行 ドラゴン航空往路 便を利用したがほぼ満席の状況。勿論香港の方々も乗っている。やはり直行便の魅力だろう。所要時間は往路3時間20分、復路が丁度3時間だ。当地からは県観光課職員、連盟職員それに私の3人で、現地で県の香港事務所長、岩崎グループ台湾事務所長が加わった。約1年半ぶりの香港は活気が満ち溢れていた。その理由は中国本土からの投資呼び込みによる不動産、株の高騰だ。ホテルの値段も以前に比べると著しい値上がりだ。

私は以前にも泊まった事があるホテルだったが日本ならとても払う気にならないお値段に唖然とした。朝食は軽く¥3,000を超える。しかも楽しみにしてるNHKの朝ドラの写りは極めて悪く、映像も声も乱れてとても見ていられないレベルだった。これは他の部屋でも同じだったそうだ。別のホテルに泊まった関係者に聞くと1泊朝付きの部屋代が霧島や指宿の1泊2食よりはるかに高い。しかも部屋は狭く、シャワーなど身を縮めて入らないといけない狭さだ。このお値段でこのクオリティー? これで香港が回ってるなら海外から来た客はバブルに金を払っていることになる。免税店と称する店にも立ち寄ったが私が見る限りとても高い。価値と価格のアンマッチが今の香港だ。来年のオリンピック、2010年の上海万博までこの景気が続くと言うが本当だろうか。

旅行会社の話を聞くと皆様異口同音に景気の良さを語る。ある会社では社始まって以来の成績だとか。豪華な社員旅行、規程を超える臨時成果配分など結構な話なんだがどうもバブルを経験した日本からすればそんなに長く続くはずが無い、本当に大丈夫かと心配が先行する。 現地の旅行会社との打ち合わせの席でこんなに香港が好景気なら鹿児島の地上費をもっと上げさせてくれないかとまで言ってしまった。今の鹿児島の旅館、ホテルのサービスに100点を上げるつもりはないが、それでも香港のそれと比較すれば間違いなくレベルは高い。関係者は自信を持って欲しい。安売りは禁物だ。

さて今回の出張で深センまでの往復列車を利用したが香港の生活者のいい観察機会でもあった。いい点は年齢に関わらず、いや若い方々だと言い直したほうが正しいだろうが、老人に席を譲る姿を何度か見た。これはいい。悪いのは車内での携帯電話のマナーだ。とにかく呼び出し音が大きくうるさい。しかも呼び出しが長い。そして大声で話す。隣り合った人同士が会社、友人等と話す。座った人も立った人も実によく話す。これには往復の車中閉口した。ペースメーカーでも利用する人なんかとても電車には乗れたもんじゃない。一面人に優しさを示しながら他方では全く無関心、この2面性は一体なんだろうか。これが香港というかもしれないが私は嫌だ。

今夏さらに9月以降鹿児島にチャーター便を運行している香港航空の会長、CEOにも会った。このCEO、途中から突然英語に切り替えて話し始めたが、私がこれまで聞いた中国系香港人の英語としては最高のレベルだった。多分海外経験も長く、語学としてちゃんと修められた人なんだろう。この会社、鹿児島への関心は高いと感じた。

面白い話を聞いた。昔日本人観光客は香港に行くとマカオを代表的なオプションとして申し込んでいた。ところが今じゃ反対で羽田、関空から直行でマカオに行く日本人が香港をオプションとして買っているんだとか。今マカオは中国本土の好景気を背景に投資事業が活発で、世界的な大手ホテル業者が進出し、ホテル建設のラッシュらしい。香港のベテランホテルマン・レディーがどんどん引き抜かれているそうだ。これも結構な話のようで私には心配な話だ。

EGL新本社命名式① 15日には鹿児島の他の皆様とも合流して9名でEGL社の新本社ビル命名記念式典に参加した。実際の移転は来年2月23、24日だがビルの外壁はもう綺麗に出来上がっていた。この中の3フロアを使うらしい。何とこの式典に総勢 EGL新本社命名式② 500名が参加した。香港領事館や日系航空会社、日本の各都道府県の代表 や民間の皆様方が参加されていた。顔見知りの東京の大手ホテルチェーンの社長もいた。九州からも推進機構は勿論、長崎、熊本、宮崎の皆さん方の顔も揃っていた。ほぼ全員がバスに乗り、ペニンシュラホテル前のレストランでお昼の飲茶をご馳走になったが、ここのグラスの汚いことには参った。このレストラン、全くチェックがなっていない。他の方々のグラスの中にも汚れの目立つものがあった。発展する香港だがこれじゃいけない。

尚先に述べた香港航空始め業界関係者から来年度以降の鹿児島への取り組みについて明るい話題も聞いた。関係者には別途報告したい。 

 

11月の九州ツーリズム大学

九州ツーリズム大学についてはすでにいろんな機会にお話してきたが今年度11期になってようやく我が鹿児島からの参加者が増えてきたと聞き、土曜だけではあったが覗いて 途中の風景 みた。小国で時間があったので近くの蕎麦屋に立ち寄ったが待ちが多く、隣の小山の上に建つ蕎麦屋にした。 ¥700の一番安いものを注文したが本当に手打ちなんだろうかと思う位麺が細かった。正直数年前、佐賀のとある山間部にある私の好きな蕎麦屋に徐々に客が増えて来る中で、最近の小国の蕎麦に満足できず、佐賀の山あいまで蕎麦を求めに来るとの声を聞くにつれ、もう小国の蕎麦も終わりかとさえ思っていた。私的には今回小国で食べた蕎麦は都会的で、洗練されてはいるが、もう少し素朴な蕎麦の方がここには似合うはずだと思っている。

九州ツーリズム大学11月講座 さて午後最初の講義は東大大学院農学生命科学研究科森林科学専攻の下村教授の『地域風景の保存活用とツーリズム』だった。とにかく内容が豊富で景観法の背景から説いて、1864年のヨセミテ国立公園に始まり、1972年スタートの世界遺産、更に1992年の文化的景観という流れの中で、従来の『探勝景』から『生活景』への価値のシフトの話が面白かった。特に1936年日本で初めて出版された国立公園写真集に載っている写真の構図が何とあの安藤広重の構図にピッタリだとの詳しい解説は面白く、驚きの発見だった。また同じ杉の植林でも日田では1ヘクタール約3,000本に対し奈良の吉野では10,000~12,000本植えることからテクスチャーと言われる森林密度が異なり、これが地域特異の景観を作っていることなど、日ごろ目にする山にも地域特性がある話も面白かった。いろんな専門家がツーリズムを語る時代だ。狭い観光の範疇では語れない時代でもある。

さて先生の話のハイライトは西表島で実際に調査した環境保全に島外者が幾らなら払うかという調査だった。現在入場料0円の場合の来訪者数が入場料の漸増に伴いどう変化するか、 九州ツーリズム大学11月 中央値と呼ばれる料金を現地アンケートから導き出し、これをベースに持続性のある受け入れ人員規模と適正な料金設定を求める手法だと思うが、できればどこか九州内でフィールドワークが出来るともっといいのに、と思った。地域に理解ある人を増やしながら環境保全の為に大きな負担と思われない金銭的支援の絶妙なバランスを求めるシステムだ。極論だが誰にでも来て下さいという時代は終わり、生活景を保つ為に協力してくれる人を選別していこうという時代だということだろう。

今日はその後商家民泊『ササク蔵ブ』の北里香代さん、『地域計画研究所』の井原満明氏の話など盛りだくさんの内容だった。しかし今日の参加者はざっとみたところ33,4名だったと思うが、私を含めて何とこの中の7名が鹿児島の皆さんだった。種子島、大口市、南さつま、鹿児島市、、、、やっとここまできたんだと感慨もひとしおだ。夕刻私は小国で行き付けのUターン者が経営する店『竹蔵』で夕食を済ませて移動した。ここは最近日田にも店を出した。小国ブランドの発信基地だ。今回鹿児島から参加の皆さんには他県から参加の方々と是非横の繋がりを作って欲しいと考えている。これからの鹿児島には重要だ。

銀杏のライトアップ それにしても卒業生も再度聴講生で参加する姿はいい。懐かしい宮崎高千穂町の課長さんは新鮮な椎茸を竹ざるにいっぱい運んできた。農政局の係長さん、福岡在住で毎月セミナー、シンポジウムのお誘いを頂く女性、そして小国町の皆様の顔は生き生きしていて、こちらが元気を貰う始末だ。だからこの学びの里は貴重だ。 左は近くにある熊本県下最大の下城の大銀杏。国指定の天然記念物に指定され、幹回り9.6m、樹高25~6m、樹齢1,000年以上と言われる。今ライトアップが美しい。

ひとよし球磨食と技の文化祭 & フォーラム

昨年11月にも開催された『ひとよし球磨 食と技の文化祭』が11月23日、『グリーンツーリズムフォーラム』が11月24日、今年も人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会の主催で開催されます。場所は人吉から更に車で30分、またはくま川鉄道でも同じく30分、宮崎側に入った多良木町です。

今年のキャッチフレーズは『見て楽しい、食べておいしい、やってうれしい』で球磨地域に伝わる伝統米料理が大集合したり、MYおむすびを作ったり、球磨のうまか鍋の先着1,000名様へのふるまい(但しレンタサイクル利用などの条件付き)、球磨の匠の技の伝授コーナーなど盛りだくさん。昨年は国際グリーンツーリズムフォーラムという記念イベントでしたが今年は普段着に着替えて漬け物作りの達人山北幸さんが登場、地域の食と健康をメインテーマに対談の形式で進められます。

尚宿泊希望者には人吉、多良木周辺の全16軒の農家民泊が対応します。

お問い合わせは人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会 事務局(球磨地域振興局振興課内 担当増馬 マスマ) ☎0966-24-4111 内線332 E-MAILmasuma-t@pref.kumamoto.lg.jpまで。 尚前回の私の報告は昨年11月のプロデューサーズコラムに掲載しています。参考までにご覧ください。                                                                                                                        

 

 

『日本の旬』霧島九面太鼓

今日は旅行社主催の企画商品『日本の旬』のお客様に企画された霧島九面太鼓を見にみやまコンセールまで走った。夜8時からとは聞いていたが早めに到着したので丸尾まで行き、足湯に入った。日ごろ足湯はあんまり好きじゃないが今夜は寒いからせめて足から暖めたいと思った。近くのホテルを見れば土曜日ということもあって結構部屋の灯りが付いている。満館とはいえないがシーズン直前でもあり結構の賑わいだと思った。足湯にも浴衣姿のカップルも来られた。聞くと東京・福岡のカップル、熊本のカップルで今夜のイベントを紹介、ご参加を促した。

夕方6時を過ぎれば宿泊者以外が簡単に食事できるところは減る。丸尾のそば茶房で¥840の蕎麦定食を食ったが、なかなか気の利いた器を使った綺麗なもの。知人のお勧めはセイロらしいが今夜は手袋も欲しい位寒いので暖かい蕎麦のセットだ。店の前の足湯は何時までと聞けば、この店が湯を抜いて帰るそうで店が開いてる限り足湯もOKなんだそうだ。こんな話はたわいも無いと思いがちだがこれが結構ストーリーになるから重要だ。豪華な食事は要らないがちょっと軽めに、、と思う客は多い。足湯から湯煙が昇ってれば店は営業中というサインは道路から見て分かり易くていい。

日本の旬 さて1時間を過ごして再度みやまコンセールに行ったがまだ8時までには時間がある。小ホールを覗いてみればピアノとバイオリンの奏者が練習されていた。多分名のある方々なんだろうが門外漢の私には分からない。8時になると徐々にホテルからお客様が到着され、多分250名位は来られたと思う。 日本の旬

この九面太鼓、今までも女性だけの太鼓は見たが今日は保存会の皆様、若手の集団の演技もあって優に1時間はあった。しかしこの大ホールで聞く太鼓の音は格別で聴衆の皆様、息を飲む演奏の連続で見応え、聞き応え満点の内容だった。1972年に発足の保存会だから35年に及ぶ長さだ。日本でも有数のチームで日本は勿論、海外まで公演活動のエリアが広がっている。聞けば今日のお客様の中には遠くスイスから来られた方もいらっしゃるようだ。有難い。

日本の旬 8時半から9時40分まで、たっぷり1時間以上の躍動感ある演奏に満ち足りた思いで山を下った。ご多忙な中、遅くまで会場案内などを務められた霧島のホテルの皆様方に厚く御礼申し下げたい。

 

 

志布志市商工観光戦略会議に参加して

昨日は朝08:25の垂水フェリーに乗って鹿屋経由志布志まで走った。船上から眺める桜島は雲もかからず絶景だった。途中東串良の総合センター内にある図書室を覗いた。本の数は多くはないが一通り揃っている。担当の女性の方に串良の旧海軍滑走路の事を聞いたが丁寧なご案内だった。

志布志市商工観光戦略会議 さて11時に本田市長にお会いして市が掲げる『志』のある街について市長からお話を伺った。私的に解釈すればこれからの街作りには行政だけではなく市民自らが当事者意識を持つこと、挨拶、返事、言葉使いを通じて志布志市民の暖かい思いを伝えることから街づくりが始まるということだ。これを午後の研修会と分科会の基調とすることにした。

私の方からは2025年までに市の人口統計から推定して約90億の経済的なマイナスが発生する可能性があること、これを年間の交流人口に置き換えれば約60万人を呼び入れる必要があること、更に他の地域より高めの高齢化率を考えれば市が昨年から目標にしている100万人という目標には妥当性があることなどをお話しさせて頂いた。これがこの戦略会議の参加の面々の共通の認識になれば今後の分科会での話にも弾みがつくと考える。 志布志市商工観光戦略会議

終了後市役所のすぐ裏の岳野山展望台に登ったが思った以上に視界が良く360度の展望は迫力がある。石油備蓄基地、停泊中のサンフラワー、高千穂峰も見える必見の地だと思った。但し通行はマイカーのみだ。先日紹介した頴娃町の大野岳もそうだが県内にはバスでは行けないがマイカーなら行ける絶景のスポットが結構あるようだ。個人化が進む中、こんなポイントをどんどん紹介したいと考える。

志布志郊外の風景 尚今回昼食を志布志市の『蓬の郷』で戴いた。志布志は養鰻の一大基地だと聞いた。ここのお湯も良いそうだ。平成7年の礎石があるからもう12年にもなるが昨日も入浴客が多く人気が高い。今の志布志の畑を見ればまだ一部芋の収穫待ちもあるが蕎麦の白い花が一面に咲いていてとても綺麗だ。志布志市有明町には三七十屋という有名な蕎麦屋さんがある。私の持っている番付表でも横綱の地位にある。いつか食ってみたい、だから志布志にまた行こうと考えている。

『県内公立図書館長及び業務担当者会』に参加して

前後しての報告となったが10月5日かごしま県民交流センターで開催された県内図書館の会議で『図書館とツーリズム』と題して講話する機会を得た。日頃はお声をかけて頂いてお話しすることが多い中、今回は県のご担当者に労を取って頂き、県立図書館長にお会いして、是非語りたいと訴えた。関係者のご支援、ご協力にこの場を借りて御礼申し上げたい。

私がこれからの地域振興には図書館が積極的に関わる必要性があると述べたのは赴任早々まとめた所謂『観光かごしま10の提言』に付随したコメントの中だった。時代が大きく変わる中で今までの群れから個に価値観が移転する中で、単に地域の光る資源だけではなく、反省や失敗も含めて、その土地が、そこに住む人々が生き続けて来た証を求めたいとする動きが出てきた。従来は良いことだけで観光は成り立ったが今からは違う。本物が見えない、本物を見せない観光地は間違いなく淘汰される時代だ。

しかし三位一体の改革とやらで仕事は増えたが歳入は増えない地方行政にとって今更箱・モノを用意する力は無い。だから街歩きを含め地域のボランティアの力も借りて我が町の成り立ち、歴史を歩いて見て回ることが一種のブームになりつつある。しかし時流に乗り損ねたくないというだけのファッション的な取り組みでは今までと同じだ。金と時間だけ使っても実りは期待できない。

昨日報告した農山漁村地域活性化シンポジウムでも発表したがこれからの人口減少により65歳以上が人口の半分を占めるような、地域コミュニティーとして機能しない限界集落が県内にも204カ所もあるという中で、地域が生き残る為には交流人口を活性化する道しか残されていないと考える。しかも新しい価値感覚を持ったツーリズム時代の客層は偽物を見破る眼力に優れ、生活者指向、本物指向が中心だ。だからこそ金をかけず、長続きする地域情報報の掘り起こしと域外者への情報発信・提供が必要になる。地域のほぼ真ん中(概ね役場の隣)に位置し、初めて足を運ぶ人にとってもアクセスにたいした支障がない地域図書館の存在は重要だ。しかも地域住民と域外者の交流拠点にもなりうる。日頃から地域情報に精通し、歴史を追って整理・保管している図書館にこの機能を求めることは県民総PR担当の時代決して酷とは思えない。しかも土・日・祝日は開いているのが公共図書館だ。図書館が町歩きのスタート地点となってもおかしくはない。地域団塊の世代の活躍の場にもなる。

県内の図書館を見て歩くと実際すでに域外者への情報サービスを違和感無く提供されている箇所も結構ある。九州・沖縄の中ではダントツ1位の人口比図書館数を誇る鹿児島だ。実際調べると東京23区よりはるかに恵まれている。今日の新聞にも2009年オープン予定の奄美県立図書館の話が掲載されていた。これだけ県内に張り巡らされた充実した図書館ネットワークを地域振興に生かさない手は無いと考えている。

図書館は建築家に頼めばできる物ではない。地域住民と行政のコラボレーションで初めてできる。頴娃町の図書館は11年もの歳月を掛けた結果だ。団塊の世代に限らず移住者の決定要素には情報格差より、地域医療、図書館サービスのレベルが大きく関わっている。だから定住促進の点からもいい図書館が必要だ。歳入厳しき折りではあるが更に充実した図書館立県鹿児島を目指して予算配分にも関係者のご理解を賜りたいと考える。

九州地域農山漁村活性化シンポジウムに参加して

昨日は平成19年度かごしま観光アカデミー事業としての観光PRスタッフ研修で冒頭ご挨拶させて頂き、そのまま熊本に向かい、先日この欄でもご案内した九州農政局主催の『九州地域農山漁村活性化シンポジウム』にパネラーとして参加した。

熊本駅に降り立つと集合時刻の12:30まで約45分あったのでさっそく駅の近くのあのラーメン店『風林亭』で¥610のラーメンを食べたが相変わらずなかなかいい味だった。昼になると客がどんどん押し寄せるがやはり大盛り(¥740)の注文が多いようだった。タクシーの運ちゃんに聞けば、ここもいいがもう少し離れたラーメン老舗の『黒亭』も旨いそうだ。次回挑戦したい。

さて定刻午後1時に開始のシンポジウムでは新現役の会の代表古賀氏の基調講演から始まった。新現役 の 農村シンポジウム 会は今から4年前にスタート、全国に20支部、約1,000名の会員がいる。これまで培ったノーハウ、経験を基にスモールマネー型ビジネスを構築して地域社会に貢献していこうと活動されている。しかし前宣伝ほど団塊世代のリタイヤは進んでいない。もの作り現場のノーハウ継承が進んでいないことからメーカーを中心とした定年制延長も一因だろう。では事務系の団塊世代はどうしているのか。各行政が相談窓口を設けて定住促進事業を進め、主要旅行社は所謂下見ツアーも企画してきたが定住にまで結びつく例は少ない。この要因として定住の希望者と受け入れ側の思惑の違い、期待感が先行して具体的マッチングのソフトが育っていないことが考えられる。地方が都会にあこがれを持つ限り都会からの人の移動は起きにくい。やはり今地域に住んでいる人たちが自分たちの環境の本当の良さに気づかない間は難しいという事だろう。

私からは人口減少が将来もたらす経済的なインパクトについて鹿児島を参考にお話しさせて頂いた。何をやるにせよ認識の共有が大事だ。今のまま何もしないと自分たちの住む町が生き残れないという認識から打開策の模索が始まる。特に多くの島嶼を抱える鹿児島の場合は深刻だ。高校を終え就職、進学で毎年多くの若者が島を去っていく。種子島のUIサポートセンターは4年ほど前に移住者の方々が中心になって生まれた任意団体だと聞いた。自分たちの後に続く移住希望者に自らの経験を語り、地域にソフトランディングする上での心構え、ノーハウを伝授する。行政も遅れて2年ほど前からこれに参画し、民間主導、行政支援のネットワークが形になり、年間90名を超す移住者実績を上げて九州の中でも数少ない成功事例として注目されてきた。種子島の特徴は全国的に団塊の世代を意識した定住促進事業が活発化する中で30歳から40歳台の移住者が多いことだ。しかも看護士さん、助産士、介護福祉の専門家や薬剤師の方もいて島としてもありがたい方々が多い。勿論農業を生業としたい方々もいる。人や組織に縛られず、自分の時間を大切にしたいとの思いが根底にあるようだ。だから自由な時間をサーフィンに費やす人たちも多い。

最近県外からの視察も多いこのUIサポートセンターだが私的にはここが都会モジュールと田舎モジュールのインターフェース的な役割を果たしていることが定住定着者が多い理由だろうと考える。しかも窓口担当者も移住者であれば聞く方も気兼ねない。これに行政が住宅や就業相談に親身に対応してくれる。空き家も思うほど無い中で少子高齢化の中で教職員住宅を一般住宅に転用する試みも的を得ている。今後ともこの活動に注目したい。

尚講師としてながさ田舎暮らしアドバイザーの松本さん、天草市経済部長の 農村シンポジウム② 奈良崎さんからは事例発表、武雄のNPO循環型たてもの研究塾理事長の山田さんからも人口減少による地域消滅への危機感が今の活動の根底にあることなど事例を含めて発言された。11月25日には福岡市で九州農政局主催の『都市と農山漁村の共生・対流シンポジウムーグリーンツーリズムと心の旅』が開催される予定だ。また昨日は鹿児島県からも農政部農村振興課、企画部企画課、志布志市企画政策課、南さつま市新産業創造室からも陸路長時間かけてご参加頂いた。感謝したい。

九州地域農山漁村活性化シンポジウムへのお誘い

九州農政局は10月10日午後1時より熊本市国際交流会館で農山漁村活性化シンポジウムを開催する。

団塊の世代の大量退職が今年から始まるとの前宣伝に過大な期待を抱いてみたものの、現実なかなか実績が上がらないという自治体関係者の声も聞くが一方では大きな金をかけず、少しづつながら実績を積み上げているところもあると聞く。一朝一夕には成果を得るには難しい、しかし成功事例から何か学びたいと思う方は是非このシンポジウムに参加して欲しい。10月5日まで受付可能だ。詳しくは以下を参照されたい。

『農山漁村活性化シンポジウム』http://www.kyushu.maff.go.jp/keikaku/kasseika/071010shinpo.pdf

尚このシンポジウムでは『新現役の会』の代表古賀直樹氏が基調講演をされる。氏は霧島市でも現役の会の支部設立にご尽力頂いた方だ。また当連盟のHPでも氏の団塊の世代への熱きメッセージを掲載している。尚パネリストの一人として私も参加する予定だ。

http://www.kagoshima-kankou.com/dankai_prol/index.html

日経の記事によると帰農・移住相談歓迎「ふるさと回帰フェア」が全国42道府県の240自治体が参加して東京・大手町で10月5、6日に、大阪・難波で同26、27日に開かれる。鹿児島県も3市1町(霧島市、薩摩川内市、種子島・西之表市、瀬戸内町)がこれに参加する。都会と田舎を往来する新たなライフスタイルを提案するイベントだ。移住先の家・土地に関する情報を提供する「ふるさと暮らし不動産情報コーナー」も設けられる。新たな定住者用住宅建設に一部反対を表明する地域もあるようだが空き家を比較的低価格で貸し出したり、割安の住宅をあっせんしている他自治体の事例も参考にしたい。このイベントの詳しい情報は以下を参考にされたい。

「ふるさと回帰フェア」 http://www.furusatokaiki.net/past/furusatofair2007/index.html

 

 

 

 

 

バンコクからの報告 (終)

またまた報告が遅れてしまった。先日の現地からの報告に加え、以下を追加したい。

出店2日目は午後4時頃だったが昨年取材に鹿児島に来てくれた女優のJAJAさん、ガイドブック版元の『まるごとタイランド』の丸山氏もブースに来てくれた。タイでは一般的に女優と称する方々は日本より多いと思 JAJAさん うのでJAJAさんの人気ぶりがどんなものかと思ってはいたんだが、彼女が登場するとカメラ群が押し寄せ、さながら撮影会の雰囲気となった。お揃いのTシャツも用意したんだがこれの着用はプロダクションとの関係で難しく、また彼女自身がマイクで鹿児島を語ることも難しいことが分かった。そこで丸山氏と打ち合わせ、会場の司会者が鹿児島のことを彼女に質問し、それに答える形なら行けることが分かり、これに切り替えた。これは100%彼女のボランティアであって、スケジュールの合間をぬって来てくれたことに感謝!ブースの後壁には彼女が昨年鹿児島で撮影した写真の中から選んだ3点を拡大して貼った。これも極めて廉価での提供であり『まるごとタイランド』に感謝したい。

金曜でもあり夕方から結構客足が伸びた。ケサラポン嬢もペラ全開で飛ばして ロケーション くれた。勿論我々も見てるだけではなく、脇から手を伸ばして来る新規のお客に対応した。中に来月宮崎、鹿児島を回るという女性がいた。何でも日南にえらく高名な鍼・灸の専門家がいて、ここにアジアから人が集まるという。その帰りに鹿児島にも立ち寄るそうだ。特に食い物情報に関心が高かったので鍋物の話をしたらなかなか興味を持って聞いていた。右は2日目の手作り案内板。

さて夕食は『まるごとタイランド』の丸山氏、JAJAと我々3人の5名で市内中央の日本料理屋さん(トンカツが有名だがそれ以外もなかなか美味)で取ったが途中車に追突され、その処理に優に1時間は掛かった。JAJAさんは会場駐車場に車を置いて、何とバイクタクシーに跨ってやって来たんだと言う。これには驚いた。タイには認可を受けたバイクタクシーが営業しているが、朝夕の混雑時はこれが結構活躍する。私も10年前まで住んでいたが約束に遅れそうな時は車から降りてこのバイクタクシーに乗って約束の場所に駆け込んだことも何回もある。しかし現役の女優さんが同じ事をするなんて想像を超えていた。逞しい限りだ。バイクタクシーの値段は交渉だが多分20バーツくらいと思うが私がバイクの運転手なら逆に彼女に100バーツ払ってもいいと思った。聞けば翌日朝9:45から彼女の出るドラマがテレビチャンネル3で流れるという。これは出勤途上の為見れなかった。

さて今回日本食を2回、タイ料理を3回食べたが、やはりタイ料理が美味いのは当然だ。店により味も異なるが庶民的なもの、高級なもの、いずれも本当に旨い。最初にタイに行ったのは多分30年以上前の事だったと思うが、当時のタイ料理は臭いがきつく、辛過ぎて、なかなか近づけなかった印象が強いが、この30年で確実に進化してきた。国際化と言っても良いだろう。さつま料理も昔のままではいけない。時代に即した進化がないと見放されてしまう。勿論良いものは残していくことは当然だが。

ソムオーサラダ 今回この中で秀逸