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1年ぶりのノーティカを歓迎!

ノーティカ号 今日は台湾の基隆からマーシャル船籍のノーティカ号マリンポートに入港した。今回のクルーズは船長に聞くとバンコクが出発地だったそうだ。約400名の乗客はそのほとんどが欧米人なので皆、今流行のフライ&クルーズのスタイルでバンコクjに到着、アジアンクルーズを楽しんで確か北京で終了、再度フライトで帰国するそうだ。

以前知覧の方からせっかく外国から来られるのに事前の情報が無く、準備ができない。せめて1週間前に概要でも知らせて欲しいとの要望もあり先日部内に発破を掛けて1週間前にはお伝えできた。今回は半日観光7台、知覧3台のバスが動いた。でも船と市心を結ぶシャトルバスの手配が無く斡旋事務所がある『ふれあいぽーと』に来られたお客様からもお小言を頂いた。これは船側の問題だと思うがやはりサービスとして必要だろう。その分タクシーは一時不 ノーティカ号② 足の状態で利用度は高かった。

私はレセプションに立会い、船長、機関長、ジェネラルマネージャーの皆さんと意見交換した。昨年3月に同船が入港した際は谷山港であり、その際に私は次回は新港でお迎えするとお約束したがその通りになったこと、船長はクロアチアのご出身でマリンポートが年間約40隻弱の客船を迎えるのに対し、クロアチアは昨年が650隻で、欧州を中心に大人気であること、環境保全を考慮して年間受け入れクルーズを700隻に限定したことなど参考になる話だった。正直規模が違うがそれだけクルーズマーケットには可能性があるということでもある。

ノーティカ号③ バスの出発に際しバス乗務員とガイドさん達のブリーフィングも真剣で、横のテント内では物産の案内、少し離れて別のテントではさつま町の皆さん方による臼を利用した餅つきもあって船の機関長も杵を振っていた。私は一旦斡旋事務所に戻ると今日船内を案内してくれたツアーマネージャーの女性が案内カウンターで情報を聞いているところだった。銀行はすでに閉まっていることもあって何といっても先ずは最寄のATMに行かねばならない。そこに船で勤務する別の女性2人も来て、結局女性3人を乗せて私が近くのATMまで送り、更に天文館まで連れて行くことになった。道すがら聞くと1人は英国人、1人はスウエーデン人、1人はフランス人だった。船長も確か40数カ国の多国籍スタッフが乗船していると話してくれたが確かにそのようだ。勿論日本人も働いていた。船内装備は豪華な船だ。いつかゆっくり乗ってみたい船だと思った。

今日に加え明日はゴーリキー号、明後日は飛鳥Ⅱと初の3日連続での入港だ。マリンポートの本格的利用が始まったと実感した。

奄美にこんな店!最新事情

先週金曜日奄美市にて県の『奄美長寿・子宝プロジェクト』の今年度第二回目の会議が開催された。各委員の皆様と話をすればこの会議の前に喜界島を訪ねた方が2人いらっしゃった。どなたも喜界の魅力の深さはすごいとの認識だ。

さて県は平成21年度以降の通称奄振事業の継続に向けて国への働きかけを進めているが平成16年度から今年度までの今次奄振事業の最終年度を迎え、群島各地域が独自の地域資源を活かした産業創造により自活できるよう支援体制を組んで来た。群島の特徴である長寿・子宝の視点から独自の活性化を模索しようと保健福祉部によりこのプロジェクトが組まれ、各種モニターによる実証も済んで、いよいよ各地域の皆様による本格的取り組みの年となった。若干の地域格差を感じるが私は全地域が一斉に動くことこそ奇異に思う。危機感を抱いて早く動ける地域から動いたほうがいい。行政の勤務タームが2,3年というシステムの中で5年に渡る長期プロジェクトを継続することは正直難しい。こんな重要なプロジェクトの場合関係者の異動は据え置く位の覚悟がないといけないのではないだろうか。

amami kyoraumi koubow さて会議の報告は別の機会にして今回は奄美の新しい発見を2つほど紹介したい。先ずはAMAMI KYORAUMI KOUBOWというモダンなイタリア料理店だ。場所ばしゃ山村のすぐ手前で昨年オープンしたらしい。何と言っても作りがしゃれている。道路沿いには黒糖の精製工場が丸見えで鎮座する。もうもうと蒸気が道路まで押し寄せる。丁度トラックに山積みされたサトウキビが降ろされるところだった。この工場の隣がガラス張りの調理室、 amami kyoraumi koubow その向こうがレストランになっていてイタリアから持ち込んだピザ釜に火が入れてあった。店に入ると元々旧名瀬市の方でお菓子屋さんをやっておられた関係でケーキ、パン、地域特産品を加工したジャム、アイスキャンデーなどが並んでいる。それを過ぎればレストランという構造だ。よくレイアウトされていると amami kyoraumi koubow 感心した。完全なオープンキッチンではないが見せる店づくりというポリシーが貫かれている。ここでは鶏飯ピッザなるものも創作されている。生憎時間が合わずに1個¥100の饅頭とジャム類を買っただけだが試食したケーキ類(特に左写真の一番下)は美味しかった。もちろんここで作る黒糖2種類も味見したが合格だ。

さて次なるご紹介は『創作料理あきつ』だ。ここは旧名瀬市の閑静な住宅街にある普通のお家だ。ここでお昼を頂いたが郷土色豊かな素材と工夫があって、しかもお味もすこぶる満足いくレベルだった。リビングルームを利用して12~14名が一同に座れるようになっていたがクラシックが流れ、雰囲気も良い店だ。個々のメニューの解説は割愛するが烏賊スミの茶わん蒸しは特に絶品だったことだけ付け加えたい。全6品で¥1,370だったと思う。端数違ってたらお許しを!

創作料理『あきつ』 創作料理『あきつ』 創作料理『あきつ』

創作料理『あきつ』 創作料理『あきつ』     

さて奄美で行くいつもの店『ラグタイム』で心地よい音楽と酒を楽しんだあと、ホテルに帰る前に鶏飯の店『よろこび庵』に立ち寄ってうどんを食べた。大学の先生と一緒だったが、屋号を確認することもなく不思議に2人ともこの店で食べるつもりだった。本当はうどん、そばの店で暖簾にもそう書いてあるんだが私はいつも鶏飯丼を食っている店だ。でもさすがに今日はうどんを選んだ。その旨そうな、事実美味しかったんだが写真だけ御披露する。

                   奄美『よろこび庵』

喜界島は世界島! その②

前置きはさて置き、さっそく島の中で私の目線で捉えたお宝を紹介しよう。

喜界島の地下ダム まずは農産物加工センター隣にある地下ダムだ。外目は大きくはないががっちりとした建物の地下に300mを超える地下ダムが建設されている。隆起珊瑚礁でできた島は雨が降っても保水力が乏しく、これを地下に貯めて風力発電を利用して数か所から揚水し、田畑を潤す農業用灌漑施設として2003年11月に完成した。スケールが大きすぎてその全てを見ることはできないが地下に通じるトンネルがあり、説明のナレーションも流れる。大きなトンネルを歩いて行くと蛇口が設けてあり、水圧に耐えるガラスの向こう側は水で満たされている。当然蛇口を捻れば水が勢いよく出てくる。もっと奥までトンネルは続くんだが、なんとなくタイムトンネルに入っているような錯覚を覚えた。これは立派な観光資源だ。

次に喜界島の石垣の美しさを上げたい。島の南東に位置する阿伝集落には立 喜界島阿伝の石垣群 派な石垣が多い。しかもこの阿伝は立派に生きてる集落だ。台風被害を最小限に食い止めようと先祖代々築き上げた石垣は周囲の緑の濃さと調和した立派な観光資源だ。丁度観光で来られた若い女性2名も歩いていたが絵になる風景だった。この他地名を失念したが人の背丈の2倍にも達するような石垣も残っていた。この島には石垣がよく似合う。

三番目に巨木を上げたい。まずは島の南に位置する手久津久の巨大ガジュマルだ。ガジュマルの木は 喜界島のガジュマル 奄美群島どこにでもあるんだろうが私が以前一押しした徳之島のガジュマルも立派だったが季節にもよるのか葉の付き方がまばらで壮年期を過ぎた感は否めない。しかしここのガジュマルはその大きさといい、枝ぶりといい、見上げんばかりの迫力がすごい。ガジュマルはここだけではなく南東の蒲生にも群落があったがこれも樹齢850年という相当立派なものだった。道路沿いなのでせっかくの自然が白いガードレールで邪魔されているのが残念だ。 喜界島の巨樹フクギ もっと自然に配慮した設備はないものかと思う。これ以外にも畑の畔道にどっかりと腰を据えたガジュマルもお気に入りの木だった。これは巨木ではないが形が面白く、根の張り方が立派だった。道路沿いの民家にハスノハギというここが北限といわれる樹木も立派だし、先内という集落にあったフクギも巨木に相応しい立派なものだった。アカテツというとても硬い巨木も中里の民家にあって、倒木を切ったものが役場の入り口にも鎮座していたが、これも相当大きい樹木だ。なんでこんな巨木に成長するのか不思議な島だと思った。

喜界島のアサギマダラ 四番目は勿論蝶々だろう。今の時期『アサギマダラ』の集団越冬風景が見れる。車で通り過ぎると葉っぱのように見えるので見過ごすが時々羽を動かすので蝶と分かる。ここの道路に立つ標識がユニークでいい。私はあんまり蝶々には 喜界島の標識 興味を持つ人間ではないが蝶好きにはたまらない場所らしい。以前東北で採取した蝶の羽に個体番号を書き入れて放した人が同じ蝶をここで再度採取したという。自然界の不思議さを感じる話だ。真っ赤なポインセチアに蝶が乱舞する姿も写真で見たが綺麗の一言だった。

五番目はガーデニングだろう。これを目的に訪問したのではないのでお薦めのすべてを見たわけではな 喜界島の庭園 いが世界に通じる豊かさを感じる庭園があった。ガーデニングというと英国などが有名だが営々と手を入れて今に至る長い歴史は英国だけのものではない。喜界の庭園にも350年以上の樹齢を誇る蘇鉄もあって庭好き人間にはたまらない宝だろう。数年前ガーデニングの島喜界というキャッチフレ 喜界島の庭園 ーズを新聞で見たような気がするがこれは本物だった。この切り口で喜界島を見たとき、該当する箇所が多くて選択に苦慮することだろう。

昨年奄美を舞台にしたNHKのドラマ『ジャッジ』が放映され、その映像の美しさもあって好評だったと聞くが、どうもジャッジⅡの撮影も間近らしい。喜界島でも撮影が期待される。総論めいて恐縮だがこの喜界島にお住まいの皆様は経済的にと云うよりライフスタイルがリッチだ。その豊かさゆえ観光客を呼び込まなくとも生きていけるとの考えが強そうだ。よそ者がああしろ、こうしろと言うのはおこがましいとさえ思える。でもちょっとだけ域外の方々にお裾分けの気持ちもあっていい。ここの良さ 東経130度線 を知った国立大学の先生も立派な別荘を建てられてるし、牧場も併設された家もある。カントリーの音楽が流れても一向に不思議さは感じない。事実喜界島にある畳屋さんを訪ねたが表からは変哲の無い普通の畳屋さんだが一歩中に入って壁を見上げればカントリーのポスタが一杯に張ってあり、毎年の熊本でのカントリーフェスタは勿論、本場米国にも何度か通っている程のファンだとか。こんな隠れファンが島にあと一人いるようだ。北部の道路に黄色い2本線が斜めに引いてあるが何と東経130度線だった。立看板に説明に加えてクイズまで載せてある。心のゆとりだろう。

最後に喜界町図書館だ。この図書館は某企業の社長さんが寄贈されたも 喜界島図書館 の。総額2億2千万ほどかけて昭和60年にオープンした。特に郷土のコーナーは充実している。丁度蔵書整理の期間にあたりお休みだったが気安く開けて頂き係りの方と意見交換した。彼は図書館運営に情熱を持っていた。図書館が喜界島の交流人口拡大に果たす役割を認識されていた。こういう方は県内では珍しい。先見性豊かな方とお見受けした。頑張って!ここは色んなことができる可能性の高い島と見た。

 

 

 

 

県最北端の島『獅子島』

週の中日ちょっと足を伸ばして県最北端の島『獅子島』を訪ねた。これまで長島には何度も足を運び、都度私の好きな針尾公園から伊唐島の先にその姿を見ていたが渡ったことは一度もなかった。

獅子島 今日は朝8時半に家を出て天長フェリーの出る諸浦港まで急いだが船の出る10分位前の11時に着いた。さっそく乗船手続きを済ませて車を積み込む。この天長フェリー『ロザリオ』号は330トンで形がユニーク。何となく海に浮かぶ空飛ぶ円盤みたいで、子供達はきっと喜ぶだろうなと思った。船の中もサロン風で綺麗だ。乗ることわずか20分で獅子島の片側(かたそば)港に着いた。港の前の小高い丘に獅子島中学校があるが教室の電気の点き方からすれば空いた教室もあるということだろう。

さてこの獅子島は約2億年も前に海底が隆起してできたらしく、島の至る所でファン垂涎の化石が出るらしいが雲仙天草国立公園に指定されていることもあって島からの持ち出しはご法度だ。来年2月3日は獅子島一周ウオーク(24km)が開催されるが早々と定員500名を超え、申し込みを締め切ったらしい。やはり化石ファンはこんなイベントを待っているんだろう。でも今の獅子島には若干の問題がある。それは食事場所だ。天長フェリーに事前に聞いて前日に予約の電話を3軒に入れたがことごとく断わられた。宿泊以外は相手にしないらしい。今日も片側港に着いて地元のお母さんに聞くと食事場所は無いと言われた。つまり日帰り客はお呼びでないということだ。やっと午後0時半ごろ幣串で電気の灯いた食事処に車を停め、腹ごしらえしようと戸を開けると家族でテレビ観覧中でダメだと言う。つまり個人客は相当心構えをして来る必要があるということだ。その場で何とかの世界はここには無い。

獅子島② 島を一周しているとなかなか絵になる村落を見つけた。村の入り口の道祖神が愛らしい。しかし歴史のある館が多い。皆川に沿って同じ方向を向き、概ね造りも同じように見える。今封切り中の椿三十郎が爪楊枝を口に挿して出て来ても違和感を感じない。多分日本の家屋の 獅子島③ 研究をされている方には興味ある対象になるんだろうと思った。また獅子島と呼ばれる所以にもなった獅子谷七郎を祭る神社も小さいながら存在感を示していた。

 

 

再度人吉へ

昨日は南さつま市の新産業創造委員会の皆様と一緒に肥薩線しんぺい号に乗って人吉に行き、市役所の農業振興課の方から現在のグリーンツーリズムへの取り組みを聞き、更に市内に5軒ある農家民泊の一つを視察した。

11時40分のしんぺい号の乗車率は平日でもあり50%程度だと思った。前回人吉から逆コースでいさぶろう号に乗ったが同じルートでも方向が違うとそれなりに新たな発見もある。今の時期は紅葉もそれなりに美しい。真幸(マサキ)の駅は小振りで可愛い。それに比べると矢岳大畑(オコバ)の両駅は立派だ。やがて100年を迎えるこの肥薩線だが駅舎も何度か手を入れてSLの動態保存並の努力が払われているんだろうと思う。各駅停車のスローないさぶろう・しんぺ号による日本三大車窓や先人達による種々の工夫と仕掛けは一般の観光客でも十二分に楽しめる。

2011年春の新幹線全通を迎えたとき、中央駅から速度も増したNANOHANA号で指宿に向かい、帰りは中央駅からはやとの風で吉松、更にしんぺい号で人吉に渡り、旧SL阿蘇BOYで八代、新幹線で福岡(または以遠)という組み合わせ、または人吉から九州横断特急で別府というルートは旅好きの熟年には堪えられない醍醐味を提供することは間違いない。事実すでに先週別府から逆回りで鹿児島に戻って来た新産業創造委員会のメンバーもいた。

新幹線は単に今まで遠かった大都市だけを簡単に結ぶだけではなく、新しい周辺観光の促進に役立てないと意味がない。しかも県境を越えた広域観光だ。以前も言ったが2011年は韓国KTXのソウル・釜山線の全通の年でもある。朝食をソウルで済ませ、昼はビートルの船上か博多のラーメンで済ませ、鹿児島で沈む夕日を愛でた後にゆっくりホテルにチェックイン、薩摩料理と焼酎をじっくり味わう時代はもうすぐそこだ。だから遅くとも2009年までに準備を整えて、新幹線全通の2011年まで、実質1年数ヶ月の間を団体型から個人型への移行期間と捉えて訓練とレベルアップが必要だと言って来た。

2011年以降の県境、国境を越えた人の移動に伴いお客が選ぶ選択肢も増やす必要がある。その代表例が農家民泊だろう。人吉は平成17年にグリーンツーリズム推進協議会(会員20名)を立ち上げ、1年遅れて県が人吉・球磨グリーンツーリズム推進協議会を立ち上げた。農家の奥様方、市、県が一体となった動きは鹿児島でも可能なはずだ。人吉で最初の農泊を開業した上井さん、安心院の農泊にも何度も通い、あの中山さんに相当影響を受けたようだ。やはりツーリズムについてしっかりとした基盤の共有がないと単なる真似事に終わってしまいかねない。先月5カ所目の民泊が人吉市内に開業した。保健所から何度となくチェックが入るらしいが皆さん自分が当事者という意識でこれをクリヤーされている。目標10軒に向けて努力中だ。

尚同じ時間に曽於市の女性グループ代表9人も視察に来られていた。皆さん大規模専業農家の方々が中心だが曽於の大地でいつかは農家民泊も、、とお考えの方々だった。

東北の祭りはすごいぞ ② 終

先週は秋田の竿燈祭りの報告をした。秋田の少し殺風景な港を深夜出港して一路ねぶた祭りの青森に向かう。1日レンタカーで動き回り、祭りも最後まで見学すればもう体はクタクタに疲れていたが快適なベッドに横になり、次に目覚めればもう青森の港だ。台風も去って天気も良さそうだ。

奥入瀬渓谷 今日はバスで八甲田山奥入瀬を見た。もはや昨今のガイドさんの、テープを聞くような、教本に沿った語りに満足できないと講話の席でも話する私だが今日のガイドさんは違った。一見して超ベテラン、少なくとも年季30年は下らないと見た。通常の教本に沿った説明は標準語、生活者としての本音は青森弁と巧みに使い分ける。しかも方言の方が多い。つまり本音の語りだ。この話術、船の上で聞くプロの落語家より格段に上だ。こんなプロ中のプロのガイドさんがまだ第一線で活躍する青森はいい。休憩の際にガイド歴何年?って聞いたら笑って教えてくれなかったのもいい。毎年の功労者表彰でも鹿児島のガイドさん達が登場するが彼女達の技はどのレベルなんだろうかって考えた。以前鹿児島で観光バスに乗ったが標準語での案内だった。やはり方言の持つ価値は大きい。県の関係者には機会を捉えて是非青森観光バスのプロの話術を聞いてほしいと思った。

奥入瀬は確かに綺麗だが車が多過ぎる。十和田湖の水を水門を開閉して流す人工渓流だ。だから夜間から早朝は川は流れない。今後どこまで今の環境が守れるか心配だ。大分の宇佐院内にある岳切(たっきり)渓谷ってご存じろうか、奥入瀬は渓流を外から見て楽しむが岳切は幼児が足を踏み入れても安心な岩盤渓流の中を歩きながら清涼感に浸って自然を楽しむ。近場の自然の素晴らしさを再認識した。

青森ねぶた さて肝心のねぶたは青森の港からでも歩いて10分程度のところ、街を囲む長方形の街路に沿って22台の大型ねぶたが太鼓、ねぶた、跳人(はねと)の順で登場する。企業スポンサーの冠がついたものが多い。これは1台の制作・運行経費が2,000万もするからだそうだ。確かに写真写りはいい。同時期同じ青森の五所川原でもねぶた祭りをやるが青森が横に広がるねぶたに対し、五所川原は高さ22mにも及ぶ縦に長いねぶたが特徴だ。弘前は台数が60台を超えるねぷた祭りで賑わう。しかし前日の秋田の感動がどうも今日の青森では感じられない。この理由は何だろうか?それは跳人にある。山車はダントツ立派なんだがどうも跳人が思うほど跳ねないのが原因だ。ここに手を入れないとこれからの客は満足しない。 青森ねぶた祭り 青森ねぶた

ねぶたは七夕祭りの変形との事で、その起源については諸説あるが、短い東北の夏の眠たさを吹き飛ばす『ねむた流し』の説が私には心地よい。

以上1週間前の話で恐縮だがご報告まで。 

 

SLの街湧水町(旧吉松町)&『いさぶろう・しんぺい号』

肥薩線が2009年11月21日に100周年を迎えることは残念ながら我が県ではあまり知られていない。しかしお隣の熊本県では数年前から動き始め、具体的な成果としてあの一旦運行を終えたSLあそBOYが台枠、ボイラーの全面取替え、更には客車の改修を済ませて2009年に熊本~人吉間にまたまた登場することになった。大正11年生まれだから2009年だと人間様じゃ米寿の一歩手前だ。新幹線が開通すれば熊本までは福岡からはあっという間に到着する。このまま通過駅になってしまうのではとの全県的危機感が今徹底的なアナログ型列車の旅とこれを支える1市10町でのグリーンツーリズム型受入態勢の整備という方向で進んでいる。もう肥薩線100周年記念の立派なパンフレットも出来上がっている。 

さて今月4日に初めて湧水町から人吉まで車で走ったが、何とたった35分で到着した。鹿児島市内から湧水町に行くより速いことに驚いた。そして人吉からこれも初めて『いさぶろう・しんぺい号』に乗ったが客の多さに驚いた。この『いさぶろう・しんぺい号』はなかなかいい。途中駅が少なく、スイッチバックの際の運転手の車内移動と運転が直接見れること、かつ各駅に停車、下車観光ができ、各駅が木造で歴史を物語っている。この点だけに絞ってみれば『はやとの風』より観光的には優れている。大畑駅にはループとスイッチバック、石積みの給水塔、石造り噴水があるし、この路線の最高地点矢岳駅にはSLが置いてある。ここには元々あのSL阿蘇ボーイ、SL人吉号が保存されていた。矢岳駅を出発、すぐに難工事の末完成した肥薩線最長の2096mの長さを誇る矢岳第一トンネルがある。このトンネルの入り口には人吉側が着工当時の逓信大臣山縣伊三郎、吉松側には当時の鉄道院総裁後藤新平の石額が掲げられています。矢岳第二トンネルの前に日本三大車窓と言われる大パノラマが展開して3つ目の駅は真幸(まさき)駅に到着します。ここもスイッチバックが設けられています。駅名が『幸せに真っ直ぐ』ということから女性には大の人気で駅舎には幸せの鐘があり、職場旅行の若き女性陣は一目散に鐘打ちに走ります。でもおじさんは恥ずかしくて叩きません。   

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奥薩摩のホタル船

偶然昨年と全く同じ日になったが今夜さつま町のホタル船に乗った。ホタルの舞は気温、風、満月でないこと、暗さなどが条件になるらしい。今夜は概ねこの条件に合っているように思った。

船は8時の予定なのでアビール館で船旅の前の腹ごしらえ。うどんも蕎麦も¥350~。おにぎりも1ヶ¥50~だから嬉しい。私は初めての店ではまず麺類から攻めることにしているので蕎麦にした。なかなかいいが結果はうどんの方がいい味だった。だいたい麺自体うどんの方が旨い。おにぎりは概ねOKだが、いま少しいい米を使った方がいい。後刻船から下りてボランティア用のおにぎり弁当を頂いたが、正直ボランティア弁当の米の方が数段上だった。

さて昨年の今日は多分船が6艘位出たことを記憶するが今夜は2艘のようだ。知り合いのさつま町役場の方の話だと昨年に比べるとかなり少ないとのこと。勿論そう聞いていたし、昨年7月以降も当地を訪ね災害の現状を目の当たりにしていただけに私の評価はゼロシーリング。つまりホタルの成育環境の壊滅的状況からどこまで復興したかで評価したかった。結果は合格、昨年の1/50位までは戻っていたという印象、でも期待以上の復興に満足しました。

川の右岸はかなりホタルが飛んでいます。一方左岸の損傷が思ったより激しく、竹林などに代わり部分的とは言いながらコンクリートの護岸工事が進んでいるようで来年以降のビオトープの回復がどこまでできるのか心配。昨年は頭を右に左に忙しく動かしていたが今年は右だけに集中。

船の運航は6月3日までとなっています。相変わらずボランティアでの運営は立派です。町長の奥様も保険手続き担当で一生懸命ご説明頂きました。21時、アンケートもきっちり書いて宮之城を後にしました。

                                                                      

 

トカラ視察を終えて(その3ー終り) 悪石島、宝島

船は小宝島での検診を終えるとすぐに悪石島に向けて北上、約1時間20分で到着。当初は20:30位の予定でしたが各島の検診が早めに終わって、予定より1時間半以上も早く到着。まだ明るいんです。そこでさっそく悪石島小中学校を視察、ここは急峻な悪石島の高い位置にあり、観測場所としては最適かもしれません。ここも生徒数の問題は他島と同じで9名とか。でも体育館も立派だし、運動場の広さも十分だ。やはりここが天文観測の最適の場所の一つかもしれない。

この島は温泉が2つと砂蒸しが1つあります。見に行きましたが特に砂蒸しの背後にあるまさに急峻な絶壁とも言える岩壁から噴出す硫黄の傍で、不思議に咲くさつきの一種の『マルバサツキ』がとにかく綺麗です。花の色は白か薄紫で、こんな可憐な花がこんな悪条件とも思える岩壁に這うように群落を成して咲く姿は、精一杯の抵抗と存在を誇示しているようでした。ここのすぐそばに湯泊温泉がありますが今日は他の船客もいて相当の混雑状況。でも温度もいいし疲れを取るには最高でした。露天もありますが清掃が悪く気持ちよく使える状況ではなかった事が残念。この他に海中温泉というものもあるようですが条件次第のようなので今夜は諦めました。

 夕食はフェリーとしまの側での地元料理のバイキング。正直どれもこれも美味い料理で驚きました。ここでもサシミが出ましたが平島のサシミ同様極美味。この他飛び魚と玉ねぎの南蛮漬、飛び魚のつけあげ、つわぶきの料理が素晴らしく、特につわぶきはこれまでの最高だった。もって帰りたいほどのいい料理だと思いました。これに島野菜のサラダ、豚汁、ミカン、リンゴ類のデザート、最後のご飯も白米と五穀米があり共に旨く、たくわんの漬物も美味しいものでした。他のお客様も一緒と言うこともあり打ち解けあっての楽しい夕べは忘れられない思い出となりました。一部の人達は地べたに車座を作って食べていました。   

ここに平成7年に学校の先生として赴任し、島の男性と結婚して住み着いたというまだ若い女性の方の話を聞きました。鹿児島市内の生まれでありながらこんなに長く住み、年を重ねるごとに島への愛着が増すという話はとても感銘を受けました。これは島の自然の素晴らしさだけがその要因とは思いません。いい自然もあれば厳しすぎる自然もあるからです。私は本土では失われた島ならではの小さなコミュニティーに生きる人と人の結びつき、支え合い、絆の強さが主な背景ではないかと考えます。島で生まれた人が先天的に持つと思われるこの特性を本土生まれのそんな若い方が簡単に身に付けられるとは思えません。何らかのインターフェース的役割を旦那さんが果たしておられるんだと思います。

 船べりで食事していると着陸前の飛行機のような光が一直線に走るんですが、よく視ればこれは急峻な坂を登り下る車のヘッドライト。これだけでも見る価値はあると考えます。 再度船内で飲み会をやり24:00終了。船内で東京から来た宇田川さんという人と話し込んだんですが何と彼は船の愛好者で鹿児島の離島船もほとんど乗ってる。しかも何回もリピートしてるからすごい。彼とその友人はあの子宝島で温泉一番乗りのグループなんです。この十島航路は2000年から毎年乗ってるんだって。ご本人様は電車の運転手さん。学校卒業する際に船会社を探したそうだが夢実現せず、電車に変わったとか。でも気持ちは変わらず以来鹿児島の船に乗ってくれている。ありがたいお客様だ。こんな人がトカラの本物のファンだろう。

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トカラ視察を終えて(その2) 平島、諏訪瀬島、小宝島 

次の平島でのお勧めは大浦展望台。平島が他の島に比べ西に位置することからこの展望台からは残り6島全てが見通せる絶好のスポットとなっています。更にここには樹齢1,000年とも言われるガジュマルがあると聞き歩いて行ってみました。 平島の1000年ガジュマル なかなかの枝ぶりが見事です。ここで村長に差し入れていただいた新鮮な『とろ鰹』の味は今まで食べた刺身の中でも最上級。鰹も身がしまっていてもう肉は食べなくてもいいとさえ思う次第。 平島の『とろ鰹』

約50分の船旅で到着の諏訪瀬島はなかなか綺麗なところですね。綺麗な形の山と広く広がる裾野の美しさは十島全島でもなかなか見られません。今は使われないヤマハの滑走路もありますが三島の硫黄島で見た同じヤマハが設けた滑走路に比べてとても保存状態が良く、今にでも使えそうな感じなんです。近くにある今やもう廃墟と化したホテルもすでに手を入れて再建できるレベルを通り越して廃屋に近い存在になっているのは実に寂しいことです。何とか 諏訪瀬島の滑走路 この滑走路の再利用を考えられないでしょうか。トカラの中間に位置する島だけに意味があるような気がします。ここの東海岸に位置する作地温泉は秘境中の秘境温泉ですが通常は行けません。次回の楽しみに取っておきます。 

ここで明日の天候を考えて当初の予定が変更になり1時間40分掛けて悪石島を超えて小宝島に先に向かいます。島は小ぶりで40分もあれば歩いて見れます。船客も我先に降り始め、皆温泉に向かいます。もう植 小宝島のアダン 生も奄美に近く海岸端にはアダンの木々も多く繁茂しています。ここの温泉は港から歩いても10分程度。泥がブクブクする、まるで別府の地獄めぐりのような感じの情景を見て海岸に向かえば白く濁った温泉が右手に見えてきます。しかし熱すぎます。とても入れません。もっとも資料の写 小宝島の湯泊温泉 真を見れば人が入っていますから入れる時もあるんでしょう。この温泉の反対側のちょっと小高いところに湯船が2つあり、ここは入浴大丈夫です。あのいつも下船の早い男性3人組は今は最後の1枚を脱ぎ捨て入浴直前の状態でした。確かに彼らはやること、なすこと早いんです。しかし今回の寄港地でこの小宝島の港は波が入ってくるのか、船が停泊中も上下に大きく揺れ少し怖い感じがしました。明日は天候が悪化する可能性が高いだけに先回りしたものだと思います。

トカラ視察を終えて(その1)口之島、中之島

14日夜から16日まで年に1回の通称レントゲン船(村営船フェリーとしま)に乗ってトカラ列島7島を廻って参りました。これまで何度も計画を立てながら天候その他の理由で伸ばさざるを得ない状況が続いていただけに今回に期する思いは殊の外大きかったと言えます。船は定刻23時に出航、一路最初の寄港地口之島を目指します。 小宝島のフェリーとしま いつもは各島に15~20分程度しか停泊せず荷物の上げ下ろしと島関係者の上下船を手際よく済ませるそうですが今回は大きなレントゲン車2台を積み込んでいます。島民の健康管理に年1回こんな形で巡回してるんだそうです。だから各島に1時間~2時間程度停泊するんです。船が着くと島に住んでる住民の数もだいたい分かるという仕掛けです。

船に乗っての第一印象は変わった人間が乗ってる船だということです。今回の検診に関わる人々は別にしても、資料を机に置いて議論し合う学者風と思える4人組集団、長い傘を持ったいつもTシャツ姿の若者とそれに類する集団、パソコンと携帯を常時モニターする得体の知れない2人組(食事がいつも他の人より早いんです。)、男3人組で下船はいつも一番乗りの一見してトカラリピーターと思われる集団。県の関係で島々の家畜の検診に廻る獣医師集団、40歳過ぎと思われる女性だけのグループで手に古本屋で見つけてきたような黄色く変色した部厚めの本『トカラ列島』(正確には読み取れませんでしたが)を手にして動き回る集団。カーテンを閉めたままいつになっても起きてこない寝たきり人間、まともな集団は九電のグループと我々くらいじゃなかったのではないでしょうか。勿論久々にこの機会に島に戻るような方々も見られます。商売関係と見られる方も当然いらっしゃいました。でもこういうタイプは船の中では目立ちません。

さて初めて訪問した口之島ですが昨夜出航後の飲み会と寝起き直後、しかも朝食前ということもあってボンヤリした頭でのままで上陸。以前三島に行ったときに思わずそのお姿に笑ってしまった全島はりねずみのような竹林とまではいきませんがやはり竹の多い島でした。でも竹島のように延びていないんですね。地を這うような竹とでも言えましょう。 セランマ温泉 ここのセランマ(瀬良馬)温泉も覗いてみましたが以前に比べ湯量が減り気味なことが気になります。でも露天風呂の湯温は適当でした。入ってみたかったのですが時間がありません。隣の中之島の山が富士山みたいな形でとても綺麗です。2009年7月22日の皆既日食の下調べの為に学校や公園もチェック。

次の中之島ではトカラウマの牧場で初めてトカラ馬を視ました。黒く小柄ながら色艶がよく、私にはやさしそうな目に見えました。他の島でも見ましたが牛1頭に白い、鷺のような鳥が1羽(時に数羽)がペアを組んでる姿は不思議でした。天文台では館長さんのお話もお聞きしました。我々にはわかり易くご説明頂きましたが専門筋にもきっちりとお答えされる学究肌の方でした。各島の学校を廻れば教員数の方が小中生徒数を超える学校が多い事に驚きます。中之 中之島小中学校 島小中学校も聞けば生徒数が8名とか。来年中学3年生が卒業しても新入生の予定は無いそうで島の生き残りを賭けた大きな問題になっています。今話題のユビキタス社会、いつでも、どこでも、誰でも、の原則が離島ということで実現できない矛盾、格差をここに強く感じるのは私だけでしょうか。また島にある2つの温泉のひとつ東区温泉も見学しましたがなかなか湯加減も良く口之島を含め2回のチャンスを逸した無念さは大きなものがありました。他の下船組みは入浴された方も結構いらっしゃったと思います。 中之島東区温泉  

 

第13回鹿屋エアメモリアルと体験搭乗に参加して

12日は朝早くから準備して鹿屋に出かけました。昨年往復はがきで応募して見事に落選した体験搭乗に今年はチャンスがやってきたからです。聞くと昨年は雲が低く、視界が悪かったようですから例え当選したにせよ満足できなかったかも。

今日の天気は上々です。定刻よりかなり早く着いたので前も視察した基地の資料館をもう一度見学します。入場無料で、しかも設備はいいし、もっと利用して欲しいところですよね。丁度クラブツーリズムの大型バスも着いて30人位のお客様を2グループに分け、各班に自衛官の方が付いてご案内されていました。

kanoya さて今日の一番機に搭乗となった私ですが受付のあと、荷物預かり、機器によるボディーチェック、更に搭乗前にはブリーフィングがあり、機内での写真撮影はコックピットのみであり、機内設備などに関しては一切の撮影が許可されないことなど細かく説明を受け、その後、前後を誘導班のお兄さん方に挟まれてロープを全員で握ってエプロン(駐機場)に入ります。何となく幼稚園生に戻ったような雰囲気なんですね。恥ずかしいような、懐かしいような、仕方ないような、、、見れば結構いいおじさんやおばさん方が多いんですよ。こういうの好きなんでしょうね。

今日の搭乗機は固定翼機です。あの不審船哨戒で有名になったP3Cというエンジンが4つも付いた飛行機です。さて機内に上る階段はあのYS-11と同じように機内からスルスルと伸びて地上に接する形。でも耐久性の問題から一度に2名しかダメだそうです。結構中は広く旅客機みたいです。各種コンピューターみたいな機械があって、見るのも避けなきゃなんて思ってしまいました。

この飛行機は正副2名のパイロットがいますが機長はその真ん中後ろに座っている人だそうです。 kanoya 3人で出発前のチェックなど大層忙しく、その合間に説明までしてくれます。見る間に滑走路に出てスルスルと走り出し離陸。今日の高度は300mと聞いていましたが高度計は450mを指し、海上に出ると右に旋回、一路櫻島を目指します。少しガスがかかっていましたがだんだん見えてきました。市内上空を経て砂州で繋がった知林ヶ島上空を経て指宿市街、開聞岳手前で旋回、再度知林ヶ島を過ぎて着陸。約30分位だっ  たかと思います。 

同行の隊員に聞くと今日の正パイロットは41歳、副は32歳、機長は44歳だと。ちなみに以前テレビで見た女性パイロットは鹿屋にはいないそうです。でもヘリコプターにはいるとのこと。 (左の知林ヶ島への砂洲、綺麗でしょう?)

途中窓から後ろを見ると2番機が近くを飛んでいます。もっと後ろを見ると3番機もちゃんと同じルートで付いてきます。下から見るとどんなに見えるんだろうかと考えました。

 

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志布志のお釈迦祭り (其田編)

私も昨年から少しだけ関わっている志布志のお釈迦祭りに初めて行ってみました。28日の天気は快晴、途中高峠のツツジを見て来ましたがまだ正直5分咲きの状況で、山の上はまだまだ。 高峠のつつじ でも家族でお弁当を広げる風景やグループでのバーベキューもあったりでなかなか良い所ですね。でもここに至る直前、鹿大農学部演習林の道路右側に林立する背の高い木々の姿、あれはいいですね。惚れ惚れしますね。

 

さて予定より早めに志布志に到着、以前何かで読んだ志布志小学校の近辺の蕎麦屋を探したのですがどこにもそのような店は無く、ポラリスホテルの社長に聞くと大崎方面にちょっと戻ったところに昔からの蕎麦屋があるといいます。さっそく行ってみました。屋号は『信州そば(はま)』。お品書きを見れば蕎麦には2種あって希望で使い分けると書いてありました。うどんも含め全て手打ちだとか。昼はセット¥780で蕎麦かうどんにかやくご飯が付きます。正直言いましょう。私は両方食ってみましたがうどんの方が私には合っていたようです。でも間違いなく両方とも美味いと思います。社長に感謝!

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サンフラワー利用促進ミッションに同行

サンフラワー利用促進 昨年10月の時点で志布志から宮崎港への移転を発表したブルーハイウエイライン西日本のサンフラワーが今年3月、先の決定を一旦白紙撤回し、継続して志布志を母港とすることはすでにご承知の通りです。

これに伴い11日から知事を団長とする総勢48名のサンフラワー利用促進ミッションに同行し関西に行って参りました。港での結団式の後、志布志『ちりめん太鼓』の日ごろの成果を披露していただく中、サンフラワーに乗船し、18;10出航。海の凪ぎも幸いし、約13時間の船旅は疲れもなく、快適そのものです。おまけに大きなお風呂も付いています。嬉しいことに食事は期待以上の美味しさ。旅の印象が一層良くなります。

12日朝大阪南港到着後、関西郷土会の皆様との懇談朝食会、その後ブルハイ本社での竹本社長への表敬訪問、意見交換会を開催。この中で竹本社長曰く『県に支援をお願いする前に自社で最大の努力をする』という言葉がありましたが女性乗務員達の一人で数役をこなす動きを見ればなるほどと思いました。さらに日本旅行業協会関西支部長であるJTB西日本鈴木社長へサンフラワー利用商品造成及び『俺・君』、篤姫、ねんりんピックなどへの協力依頼をして参りました。久しぶりの大阪でしたが桜も綺麗で、高層建築も増えています。特にNHK大阪の超近代的な建物には驚きましたね。あれがあの『芋たこなんきん』の発信基地だったんですね。 

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