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阿久根の枝垂れ梅と寒桜は見事!

先週から行きたかった阿久根大川の枝垂れ梅を出張明けの今日見に行った。先週天気をチェックした時は雨ではなかったはずだが今日は少し雨模様で残念。福岡に住んでいた時は毎年唐津にある野田堂の辻の枝垂れ梅を見るのを楽しみにしていた。だが『かごしま かとこ100選』の絵を見れば阿久根の梅はこれに勝るとも劣らぬ規模とも思え、しかと我が目で確認したかった。

阿久根表川内の枝垂れ梅 さてちょっとだけ探した阿久根の枝垂れ梅だが地元の方に聞くと先週がピークだったらしく、今日はすでに少し花が散り始めていた。でもやはり絵になる美しさだ。樹齢約100年の梅は当然だが、その後ろにある民家とのマッチングがすこぶるいい。なんと縁側には『かごしまよかとこ100選』四季の旅、196ページも開いて置いてあった。傍を流れる川を見れば水も澄んで魚が泳ぐ姿も見える。山紫水明とはこの事なり!単に風景だけじゃなく、ここに住む人が土地とどう関わって来たか、この美しい環境を守って来た先達にまで思いが及んでやっと地域が理解できるんだと思う。                                     

すぐ傍で特産品販売のテントも設けられ柑橘類、海産物など販売さ 阿久根表川内の寒桜 れていたのでさっそく買い物のついでに話を聞かせて頂いた。実は枝垂れ梅の手前に見事な桜が満開となっていて驚いたが、例年はこの桜(寒桜)が咲いて枝垂れ梅が咲くんだそうだ。しかし今年は梅が2週間ほど早く咲き始め、遅れて寒桜が咲いたらしい。だから寒桜は丁度満開状態で花は散ってはいなかった。それにしてもこの尻無川沿いに広がる里山は美しい。

ついでと言っては悪いが久しぶりに湯川内温泉にまで足を伸ばした。 出水『いわし屋』 上の湯はさすがにすこし寒いらしく下の湯に入ったが先客も3人ほどいた。壁向こうの湯船には奥さん方も入っておられるようで隙間から手が伸びてミカンの差し入れもありローカルムード一杯のいい湯だった。この後これも久しぶりに『いわし茶屋』でお昼を頂いた。昼は午後2時40分までの営業だがギリギリ間に合った。最後にを見に行ったが12,000羽を越す鶴達が餌を啄ばんでいて美しかった。北薩には季節感のある資源が多い。しかもレベルが高い。県民の皆さんももっと足を伸ばして欲しいものだ。

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みんなのグリーンツーリズム研修会in出水

17日は県北出水でのグリーンツーリズム研修会に講師として参加した。この研修会は県農政部からの委託でNPOさつまが運営し、県内各地で開催され2月19日が最後だと聞いている。

出水のみかん園 さて出水は業務、プライベイトを含め何度も訪ねているが今回は研修会に先立ち竹崎農園さんにあらためて出水をご案内頂いた。概ねコースは東光山展望台(ここは必見)、平成9年の大水害を被った針原地区、井伊直弼殺害に関わったとの科で自刃した有村雄助の首実検の地、野間の関所跡、特攻の碑、特攻神社、鶴観察センター(まちの駅側)、 出水の鶴 荒崎の展望台、船と荷の出入りをチェックした旧番所跡、菅原道真が座ったとされる菅公石そして神酒造本宅だ。今の時期は鶴の飛来数も12,000羽を超えて空を悠々と飛ぶ様は圧巻だがこれだけで出水観光が終わったとすれば結局出水の極めて季節的かつ表面的な部分だけを垣間見ただけで終わることになる。 尚鶴観察センター隣のまちの駅には旧薩摩街道の地図や篤姫がらみの説明も受けられる。

この出水は鹿児島に於ける島津氏発祥の地でもあり、薩摩街道の要所でもあった。篤姫の将軍家へのお輿入れに際し、小説では大坂まで海路、そこから江戸に登ったとされているが、史実はこの出水市野田郷を経由して江戸に登ったらしく篤姫が立ち寄ったことが記された掛け軸も残っている。だからこそ来年早々のNHK天璋院篤姫のロケも麓地区の竹添邸と宮路邸で去る10月実施された。またつい最近収録を終えたばかりだが来年1月中旬過ぎには2回に渡り鶴瓶さんが出水を紹介することにもなっている。古くからの人と土地の関わりを少しでも知って頂くことが本物の出水を知ることでもある。

みんなのグリーンツーリズムin出水 さて夕方6時過ぎから遠くは水俣からも数名の参加を得て30名程度の規模で竹崎邸の和室を繋ぐ形で開催された。私の方からは10月県が新しい『鹿児島県 本物。』PRポスターを作成したが、この本物をどう捉えるかが重要であること。結論から言えばあるものをあるがままにという姿勢を基本とすることが大切だと説いた。水俣では水俣病をも地域の財産と捉え、逆にその長い苦しみをバネに、水とゴミと食べ物に世界で一番のこだわりを持つ地域としての新しい水俣を作っていこうとする動きが生まれ、今一度先人達の知恵に学ぼうという座学『地域学』の実践に結びついた。要は古くからその地で人がどう生きてきたのか、そして今も住んでる人たちが先人の教えを活かしながらどう生きているのか、生活者としての土地との関わりと次の世代への継承にどう真剣に向き合っているのか、その姿を見て貰う事だと思う。『あるものをあるがままに』とはけっして何もせずじっと傍観することじゃない。

みんなのグリーンツーリズムin出水 しかし夜はとても寒かった。竹崎さんの同級生達も手作り灯籠を準備してくれた。出水の出身で40年間関西に暮らしてきたご婦人による見事な手延べ蕎麦も振る舞われた。料理の中にダイコンなますがあった。土地柄か新鮮なキビナゴが入っていたが素晴らしい味で何度もおかわりした逸品だった。翌朝は高菜の漬け物を戴いた。これまた最高に美味な味だった。しばし忘れていた本物野菜の味だった。ごちそうさま!

 

初冬の風景とツー大

先週土曜日から月曜まで南さつま市の新産業創造委員会の一員としてツーリズム大学12月講座に参加した。土曜は朝9時半に福岡を出て約2時間で小国に到着。午後1時からの講義の前にご飯、味噌汁、豆腐の単品で昼食。豆腐がもっと美味しければいいのにと感じた。(実はこの豆腐を福岡で麻婆豆腐にしたんだがこれは結構旨かった。食べ方で印象が違うようだ。) 12月ツー大竹の湯

先月同様嬉しいことに我が鹿児島からは5人の参加だった。種子島からも来られている。今回は何と北海道からも3名の参加があった。農産物加工の分野での先進事例として小国の名前は北海道でも通じるらしい。近くの大分県大山町にも視察に行かれたがここも大いに参考になったらしい。

さて今日の朝刊でも限界集落の再調査が一面に出ていた。今回の講師でもあった熊本大学の徳野教授12月ツー大授業風景 これまでも村落に入り込み、戸別にチェックして限界集落と言われる村落が手の施しようのない真性限界集落か、支援すれば存続可能な仮性限界集落かを見極める詳細なチェックをされている。限界と言うレッテルを貼られただけでやる気をなくしてはいないか。軽々にこのような言葉を使うべきではないという立場だ。こんな地道な研究が本物の研究だと思った。正直口は悪いが核心を突く話に引き込まれる。だからグリーンツーリズムに対しても厳しい。上辺だけのグリーンツーリズムは都市が農村を食い物にするだけで農山村の真の振興に繋がらないと言い切る。観光型 、地域活動型、自然・農志向型など農山村が関わるグリーンツーリズムを基盤とした交流の形態毎にしっかりとした位置づけと、農山村の誰とどんな交流をするのかを都市側も明確にしないといけないと説く。

また流行の地産地消について東大特任研究員の船戸氏から、元々1980年代初期に農村の食生活改善と医療費削減を目的に地域農民に対して発せられた言葉がだんだんと消費者全般を対象に発せられるようになった経緯、イタリアでスタートしたスローフード運動がアメリカのハンバーグショップの進出による地域の味の消滅に対する危機感に由来している話など参考になる講話があった。地域の味を守ることが今でも運動の骨子らしい。

12月ツー大味噌の地獄蒸し さて実習は味噌作り体験だった。土曜日に小国産大豆5升を洗い、翌日米袋に入れて地元の方々が地獄と呼ぶ蒸気の自然噴気を利用した釜に入れ(写真左)、翌朝これを引き出して擂り粉木で潰し、米麹、麦麹、塩を入れて掻き混ぜ、小国産杉樽に詰めて半年寝かせるという作業だ。特に潰しの作業は体力が相当に必要で、とても1~2人じゃできる仕事ではない。昔から地域で一緒に作業したのも頷ける。日本の文化は発酵文化だと言われる。こんな共同作業が地域を結んでいたんだろう。昔 12月ツー大味噌作り は麦味噌が多かったそうだがいつの間にか米味噌が主流になった。これは日本陸軍に納入していた信州の米味噌が東京の家庭のスタンダードになったことに起因するのではというのが九大の石村先生の説だった。

1日湧蓋山の途中にある山小屋に泊まったが空気が澄んでいるのか満天の星空に驚いた。何十年ぶりかでこんなたくさんの星を見た。翌朝は案の定凍えるような寒さ。水も凍り湯たんぽの残り湯で顔を洗った。落ち葉を掻き集めて、釜に汲み入れた雨水を暖めて食器を洗った。この地域今年の紅葉は数年ぶりの当たり年だったそうだ。

紅葉にはまだ早いが、、

先日さつま町~大口市~菱刈町を訪ねる機会を得た。途中藺牟田温泉下の湯の共同浴場に初めて立ち 藺牟田温泉下の湯 寄ったが¥100だし、源泉温度も高く、湯量も豊富でなかなか良い湯だった。藺牟田池の方に立派な施設 藺牟田温泉下の湯② もあるが古くからの良さを感じるにはこちらがお勧めかもしれない。朝は6時から何と夜は10時まで開いてるという。見ると住み込みでの管理のようだった。

途中山肌が少し赤くなっていたがハゼの木を中心に紅葉が始まっている。大口への途中曽木の第二発電所跡も訪ねた。この時期もう水没して見えないものと諦めてはいたんだが何と写真の通り立派な姿を水面に映し出していた。現在裏側から鉄骨で支える作業が展開中だ。途中大型土木工事も行われていることもあって細い道を大型トラックが結構な 曽木第二発電所跡 スピードで走ってくるのでマイカーの運転には十分注意を要する。しかしこの発電所遺跡はなかなか絵になる。私より早く女性のグループが来ていたがやはり期待以上の姿だったようで私が立ち去るまでまだ見ていた。ただこの展望所に至る途中の階段で長い紐が落ちてるのかなって思ったものが大きな、2m位の真っ黒な蛇だったのには驚いた。私は幼い頃から蛇はよく見てきたつもりだがこの歳になっても正直怖い存在だ。復路でも同じ蛇を見たが冬眠前とはいえその姿は痩せていた。この時期ここに立ち寄られる方はお足元に注意を!

菱刈町の役場と図書館で伊佐米の美味しい店を聞いたら数軒の名を上げてくれた。さっそく近いところにある『さつま路』という店に入り、丁度一緒に入店したカップルに何が旨いかと聞くと、ここは何でも旨いと答えたので¥650の蕎麦定食を注文した。定食に何が付いてるのか聞くと魚の塩焼きだと言う。これは不思議なセットだ。しかし出てきた鯵の塩焼きはなかなか新鮮で美味しかった。蕎麦も自家製麺ではないが腰もあり、当然米は旨かった。聞くとこの店の前のラーメン屋も地元で好評というが屋号は忘れた。 曽木第二発電所展望台前

この時期この方面は稲の刈り取りで賑わっている。道路沿いにコスモスの花も美しい。曽木の滝も覗いたがまだ客は多くはないが少しづつ始まった紅葉が佳境に入る11月中旬は見頃だろう。さつま町の鶴田ダム下流の工事も進んでいる。来年の5月のホタルの乱舞が楽しみだ。

 

『日本の旬』霧島九面太鼓

今日は旅行社主催の企画商品『日本の旬』のお客様に企画された霧島九面太鼓を見にみやまコンセールまで走った。夜8時からとは聞いていたが早めに到着したので丸尾まで行き、足湯に入った。日ごろ足湯はあんまり好きじゃないが今夜は寒いからせめて足から暖めたいと思った。近くのホテルを見れば土曜日ということもあって結構部屋の灯りが付いている。満館とはいえないがシーズン直前でもあり結構の賑わいだと思った。足湯にも浴衣姿のカップルも来られた。聞くと東京・福岡のカップル、熊本のカップルで今夜のイベントを紹介、ご参加を促した。

夕方6時を過ぎれば宿泊者以外が簡単に食事できるところは減る。丸尾のそば茶房で¥840の蕎麦定食を食ったが、なかなか気の利いた器を使った綺麗なもの。知人のお勧めはセイロらしいが今夜は手袋も欲しい位寒いので暖かい蕎麦のセットだ。店の前の足湯は何時までと聞けば、この店が湯を抜いて帰るそうで店が開いてる限り足湯もOKなんだそうだ。こんな話はたわいも無いと思いがちだがこれが結構ストーリーになるから重要だ。豪華な食事は要らないがちょっと軽めに、、と思う客は多い。足湯から湯煙が昇ってれば店は営業中というサインは道路から見て分かり易くていい。

日本の旬 さて1時間を過ごして再度みやまコンセールに行ったがまだ8時までには時間がある。小ホールを覗いてみればピアノとバイオリンの奏者が練習されていた。多分名のある方々なんだろうが門外漢の私には分からない。8時になると徐々にホテルからお客様が到着され、多分250名位は来られたと思う。 日本の旬

この九面太鼓、今までも女性だけの太鼓は見たが今日は保存会の皆様、若手の集団の演技もあって優に1時間はあった。しかしこの大ホールで聞く太鼓の音は格別で聴衆の皆様、息を飲む演奏の連続で見応え、聞き応え満点の内容だった。1972年に発足の保存会だから35年に及ぶ長さだ。日本でも有数のチームで日本は勿論、海外まで公演活動のエリアが広がっている。聞けば今日のお客様の中には遠くスイスから来られた方もいらっしゃるようだ。有難い。

日本の旬 8時半から9時40分まで、たっぷり1時間以上の躍動感ある演奏に満ち足りた思いで山を下った。ご多忙な中、遅くまで会場案内などを務められた霧島のホテルの皆様方に厚く御礼申し下げたい。

 

 

頴娃町図書館と大野岳

お盆のピークでもあり特にお客様も来られないし、参加する会議の予定も無い今日、天気がいいので以前より登りたかった頴娃町大野岳に行ってみた。

久しぶりに指宿スカイラインを走ったが時々垣間見える風景もあるがやはり指宿ブッシュラインと言った方が似合う。料金所で通行料を払った後の一般道路の方が広くて快適だから極めて不思議な道路だ。

さて先月オープンした頴娃町の図書館に行ってみた。役場の先の松林に近いところになかなか素敵な平屋 頴娃町図書館 建ての建物があったが、これが目指す頴娃町図書館だ。1996年8月に設立準備委員会が発足し、11年弱の時間と4億8千万をかけて造り上げたこの図書館は入ってみただけで使い勝手の良さが分かる。私はハコ・モノは嫌いだが図書館は生活施設だけに地域に1館無くてはいけないと思っている。先ずは書架の高さが極めていい。 頴娃町図書館 高くもなく低くもなく、大人も子供も抵抗無い高さが保たれている。入り口左が雑誌、  新聞コーナーで明るくて気持ちがいい。その左にトイレを挟んで子供専用コーナーがある。広さも明るさも十分だ。その前方がAVコーナーで子供達が快適な椅子に座りながら使いこなしていた。入り口入って右がカウンターで若い職員さん達が3人ほど働いている。貸し出しはコンピューター化されていて利用者各人が自分で簡単に操作できる最新式が取り入れられている。

和式(畳)の閲覧コーナーも十畳の広さ。十分な椅子、机が備えられ、個人別に仕切られた学習コーナーもあってなかなかいい。第一窓から見える風景が最高だ。開聞岳だって見えるはずだが、たまたま私が座った席からは一面の茶畑と大野岳だった。 頴娃町図書館

失礼ながら子供用のトイレも見せて貰ったというか勝手に見た。可愛いトイレだ。また赤ちゃんのベッドまで用意されていた。ここまでの若いお母さん達への気配りはなかなか他の図書館には無い。こんなに使い勝手が良ければ利用者も多いはずだ。係員に大野岳に登るルートを聞いたらさっそく詳しい地図をコピーしてくれ、これに赤いルートを書き入れて詳しく教えて貰った。ツーリズム時代にふさわしい、最近見た中ではダントツに素敵な図書館だ。

大野岳 さて今日は天気も良く大野岳展望台からの眺めは格別だ。錦江湾、知林ヶ島、池田湖は勿論、雄大な開聞岳のすぐ後ろには三島が手に取るように鎮座し、硫黄島の火口からの煙ももう少し雲が晴れれば見えるはずだ。更に後ろの屋久島までも良く見えた。こんな景色は私は初めてだ。 大野嶽神社仁王像 空にはすぐ近くから飛び立つパラグライダー2機が気持ちよさそうに飛んでいる。 暑いがそれを忘れさせるほどの絶景だ。 復路すぐ傍の大野嶽神社で眼光するどく睨みをきかせる元禄年間建立と言われる石の仁王像(生憎1体は廃仏毀釈で上半身壊されているが)を見たがこれは相当立派なものだ。でも京都あたりの仁王様のお顔に比べると可愛いくて親しみが持てる顔だ。道祖神様か、大きな田のかんさあと言うと失礼だろうか。

大野岳から見て北の方向に風力発電機と瀟洒なコッテージが見える。これは『アグリランドえい』だ。茶畑を掻き分けるように進んでいけばいい匂いがする。鹿児島黒毛和牛の焼肉だ。昼は¥1,000のサービスランチもある。私は¥1,680のミックス(牛カルビとロース)を食ったが薩摩川内の『かんだ』には大きく及ばないがそれなりに美味しかった。ただワカメスープは即席モノ、もっと研究した方がいい。ここには『アグリ温泉えい』もあって¥300で入浴可能だ。開聞岳と海に向かっているので湯船からの眺めもなかなかいい。

復路喜入の図書室も見学した。少々古い建物の3階にあるが階段が急だ。とてもお年寄りには上れないと思う。大きな建物だけに何とかして1階にスペースが確保できないもんだろうか。それと少しトイレの匂いが強い。これも改善を要すると思った。利用者も夏休みということもあって学生中心に結構いたが本は新しいものが少ないようだ。図書室本来の利用向上に向けてもう少し行政の意識向上が必要だ。

東北の祭りはすごいぞ!

乳頭温泉 夏休みを頂いて東北に来た。目的は今最高潮の祭り見学だ。東北三大とか四大とか言われるが仙台の七夕は見たことがあるが、正直秋田の『竿燈祭り』は見たことが無かった。何となく北九州の戸畑に似た祭りがあるがどんな規模で、見学者がどれほど楽しめるのか知りたかった。

4日秋田に着いてさっそくレンタカーを借り、角館経由田沢湖、さらに乳頭温泉にまで足を伸ばした。台風5号の関係で午前中は雨で心配したが夕方は必ず晴れるとの信念で行動した。この乳頭温泉、まるで江戸時代の関所に来たかと思うほど古びた作りで、映画のセットかと勘違いする。入浴料¥500だが見てると払わずに入る人も多いようだ。それほどの人がこんな山中深くに押し寄せる様子は驚きだ。湯はまさに牛乳色とでも言うのだろうか不思議な色だ。あとで人が乳頭温泉に行ったでしょう?って聞くので何で?と聞くと匂いが残ってると言うから驚いた。

私の前にドイツから来た家族が3人いたが湯船を廻る間にまた一緒になった。聞くと3週間弱の休暇を貰って日本の東北地域を温泉と山歩きをメインに廻っているらしい。この乳頭温泉、湯船が幾つかあって、その中のまた幾つかは混浴だ。このドイツ人家族と一緒になった場所も混浴。今夜は是非秋田の竿燈祭りを見るべきだと知ってる限りの歴史を紹介した。今度は是非鹿児島にも来てくれるよう風呂の中でのかごしまプロモーションも実施した。

竿燈祭り、秋田 さて肝心の祭りだが雨は止んでも風は結構強く、主催者代表で市長が力強い開会宣言、しかも日本語、英語でのスピーチだった。海外からもたくさん来ていることを承知の上でのことだろう。今年は248本の竿燈が参加とのこと。この竿燈にも幼竿、若燈、など4種類あるそうで、大人の竿燈には46個もの提灯がぶらさがり、高さも10mを超えるような大きさだ。竹ざおで組んだ竿とは言え、竿の直径は10cmを超える大きさだから重さもすごい。これを片手、肩、腰、額、顎の上に乗せて、空いた片手に扇子、もう片手には番傘をぱっと開くと観衆は 秋田、竿燈祭り 一斉に拍手する。秋田に生まれ、秋田に育った男は必ずこれをやるはずだ。秋田男のアイデンティティーとして脈々と受け継がれていることは間違いない。小学生の男の子達も小振りの竿燈を抱えて、大人同様の仕草をするが、これがまた喝采を呼ぶ。女性達は太鼓や笛の演奏がメインだ。これらの竿燈が街のメインストリートにずらりと並ぶ姿は壮観そのもの。中には風で倒れる竿燈もあって、何人かで消えた蝋燭の明かりを再度灯す作業もみたが、これまたなかなか面白い。この祭りただわいわいがやがやではなく伝統の重みを感じさせる、これが醍醐味だ。

さて冒頭にも触れた角館は東北の小京都と言われるだけあって街中はとっても古いたたずまいだ。武家屋敷通りは長く続く黒壁が重厚さを際立たせている。緑も多く素敵な町並み。秋田の祭り見学を兼ねた大型バスも何十台も来ていた。本当に道に人が溢れていた。ここで食事もしたが古民家を移築して周囲の雰囲気にピッタリはまった素敵な空間だった。本場稲庭ウドンも食べたが¥1,050もした。 稲庭うどん もともとこの稲庭うどんは将軍家への献上用に作られたものだそうで、日本で一番高いウドンだと当地の人も言うくらいだ。でも写真の通り肩幅より広い大きな丼、一人じゃ食べられないんじゃないかなって心配したが、どうして味はなかなかよかった。

簡単だが旅先から一報する。

 

 

 

SLの街湧水町(旧吉松町)&『いさぶろう・しんぺい号』

肥薩線が2009年11月21日に100周年を迎えることは残念ながら我が県ではあまり知られていない。しかしお隣の熊本県では数年前から動き始め、具体的な成果としてあの一旦運行を終えたSLあそBOYが台枠、ボイラーの全面取替え、更には客車の改修を済ませて2009年に熊本~人吉間にまたまた登場することになった。大正11年生まれだから2009年だと人間様じゃ米寿の一歩手前だ。新幹線が開通すれば熊本までは福岡からはあっという間に到着する。このまま通過駅になってしまうのではとの全県的危機感が今徹底的なアナログ型列車の旅とこれを支える1市10町でのグリーンツーリズム型受入態勢の整備という方向で進んでいる。もう肥薩線100周年記念の立派なパンフレットも出来上がっている。 

さて今月4日に初めて湧水町から人吉まで車で走ったが、何とたった35分で到着した。鹿児島市内から湧水町に行くより速いことに驚いた。そして人吉からこれも初めて『いさぶろう・しんぺい号』に乗ったが客の多さに驚いた。この『いさぶろう・しんぺい号』はなかなかいい。途中駅が少なく、スイッチバックの際の運転手の車内移動と運転が直接見れること、かつ各駅に停車、下車観光ができ、各駅が木造で歴史を物語っている。この点だけに絞ってみれば『はやとの風』より観光的には優れている。大畑駅にはループとスイッチバック、石積みの給水塔、石造り噴水があるし、この路線の最高地点矢岳駅にはSLが置いてある。ここには元々あのSL阿蘇ボーイ、SL人吉号が保存されていた。矢岳駅を出発、すぐに難工事の末完成した肥薩線最長の2096mの長さを誇る矢岳第一トンネルがある。このトンネルの入り口には人吉側が着工当時の逓信大臣山縣伊三郎、吉松側には当時の鉄道院総裁後藤新平の石額が掲げられています。矢岳第二トンネルの前に日本三大車窓と言われる大パノラマが展開して3つ目の駅は真幸(まさき)駅に到着します。ここもスイッチバックが設けられています。駅名が『幸せに真っ直ぐ』ということから女性には大の人気で駅舎には幸せの鐘があり、職場旅行の若き女性陣は一目散に鐘打ちに走ります。でもおじさんは恥ずかしくて叩きません。   

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第6回 『観光・まちづくりネットワーク九州』に参加して

24日から九州観光推進機構主催の首記企画に参加しました。研修は2泊3日ですが私は1泊2日の参加とし、1日早めに戻りました。今回の参加者は福岡、熊本、鹿児島で総勢といっても13名。これに機構側から4人が参加。鹿児島側からは初めて県職員も参加していました。

西米良 さて24日の初日は宮崎駅前からバスが出ましたが私は酒泉の杜にて合流、約1時間40分かけて緑濃い西米良に到着、推進機構及びみやざき観光コンベンション協会のご挨拶の後、さっそく西米良村長で観光カリスマ黒木定蔵氏の講話が始まりました。村長は昭和23年生まれのまさに団塊の世代。ですが顔も若々しく自称49歳だそうです。西米良も昭和30年前半は人口5,600人程の規模を誇ったもののその後減少に入り、今や1,400人程度となっています。これを何とか食い止めようと日本初のワーキングホリデイをスタート、訪ねる側と受ける側の対等な関係に基づく交流人口の拡大は今定着期に入っています。平成6年の国の予測で平成22年には村の人口が748人にまで減少すると言われたそうですがワーキングホリデイの嬉しい誤算として村の若者とのカップルも誕生、今や出産適齢期人口も一時の15人から54人にまで拡大したとか。村をあげての生き残り作戦は地道ながら着実に成果を生み出しているように思います。西米良は今『奥宮崎広域観光協議会』のメンバーとして綾、西都と一緒になって人吉からの山越えルートを『森の仲道』と称し、広域連携を図っています。村のアイドルは『カリコボーズ』。カリコボーズは村に伝わる神様みたいな存在で河童伝承の一つと言われます。でも季節により川に住んだり、山に住んだりするそうで、この地の環境の守り神なんです。

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トカラ視察を終えて(その3ー終り) 悪石島、宝島

船は小宝島での検診を終えるとすぐに悪石島に向けて北上、約1時間20分で到着。当初は20:30位の予定でしたが各島の検診が早めに終わって、予定より1時間半以上も早く到着。まだ明るいんです。そこでさっそく悪石島小中学校を視察、ここは急峻な悪石島の高い位置にあり、観測場所としては最適かもしれません。ここも生徒数の問題は他島と同じで9名とか。でも体育館も立派だし、運動場の広さも十分だ。やはりここが天文観測の最適の場所の一つかもしれない。

この島は温泉が2つと砂蒸しが1つあります。見に行きましたが特に砂蒸しの背後にあるまさに急峻な絶壁とも言える岩壁から噴出す硫黄の傍で、不思議に咲くさつきの一種の『マルバサツキ』がとにかく綺麗です。花の色は白か薄紫で、こんな可憐な花がこんな悪条件とも思える岩壁に這うように群落を成して咲く姿は、精一杯の抵抗と存在を誇示しているようでした。ここのすぐそばに湯泊温泉がありますが今日は他の船客もいて相当の混雑状況。でも温度もいいし疲れを取るには最高でした。露天もありますが清掃が悪く気持ちよく使える状況ではなかった事が残念。この他に海中温泉というものもあるようですが条件次第のようなので今夜は諦めました。

 夕食はフェリーとしまの側での地元料理のバイキング。正直どれもこれも美味い料理で驚きました。ここでもサシミが出ましたが平島のサシミ同様極美味。この他飛び魚と玉ねぎの南蛮漬、飛び魚のつけあげ、つわぶきの料理が素晴らしく、特につわぶきはこれまでの最高だった。もって帰りたいほどのいい料理だと思いました。これに島野菜のサラダ、豚汁、ミカン、リンゴ類のデザート、最後のご飯も白米と五穀米があり共に旨く、たくわんの漬物も美味しいものでした。他のお客様も一緒と言うこともあり打ち解けあっての楽しい夕べは忘れられない思い出となりました。一部の人達は地べたに車座を作って食べていました。   

ここに平成7年に学校の先生として赴任し、島の男性と結婚して住み着いたというまだ若い女性の方の話を聞きました。鹿児島市内の生まれでありながらこんなに長く住み、年を重ねるごとに島への愛着が増すという話はとても感銘を受けました。これは島の自然の素晴らしさだけがその要因とは思いません。いい自然もあれば厳しすぎる自然もあるからです。私は本土では失われた島ならではの小さなコミュニティーに生きる人と人の結びつき、支え合い、絆の強さが主な背景ではないかと考えます。島で生まれた人が先天的に持つと思われるこの特性を本土生まれのそんな若い方が簡単に身に付けられるとは思えません。何らかのインターフェース的役割を旦那さんが果たしておられるんだと思います。

 船べりで食事していると着陸前の飛行機のような光が一直線に走るんですが、よく視ればこれは急峻な坂を登り下る車のヘッドライト。これだけでも見る価値はあると考えます。 再度船内で飲み会をやり24:00終了。船内で東京から来た宇田川さんという人と話し込んだんですが何と彼は船の愛好者で鹿児島の離島船もほとんど乗ってる。しかも何回もリピートしてるからすごい。彼とその友人はあの子宝島で温泉一番乗りのグループなんです。この十島航路は2000年から毎年乗ってるんだって。ご本人様は電車の運転手さん。学校卒業する際に船会社を探したそうだが夢実現せず、電車に変わったとか。でも気持ちは変わらず以来鹿児島の船に乗ってくれている。ありがたいお客様だ。こんな人がトカラの本物のファンだろう。

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トカラ視察を終えて(その2) 平島、諏訪瀬島、小宝島 

次の平島でのお勧めは大浦展望台。平島が他の島に比べ西に位置することからこの展望台からは残り6島全てが見通せる絶好のスポットとなっています。更にここには樹齢1,000年とも言われるガジュマルがあると聞き歩いて行ってみました。 平島の1000年ガジュマル なかなかの枝ぶりが見事です。ここで村長に差し入れていただいた新鮮な『とろ鰹』の味は今まで食べた刺身の中でも最上級。鰹も身がしまっていてもう肉は食べなくてもいいとさえ思う次第。 平島の『とろ鰹』

約50分の船旅で到着の諏訪瀬島はなかなか綺麗なところですね。綺麗な形の山と広く広がる裾野の美しさは十島全島でもなかなか見られません。今は使われないヤマハの滑走路もありますが三島の硫黄島で見た同じヤマハが設けた滑走路に比べてとても保存状態が良く、今にでも使えそうな感じなんです。近くにある今やもう廃墟と化したホテルもすでに手を入れて再建できるレベルを通り越して廃屋に近い存在になっているのは実に寂しいことです。何とか 諏訪瀬島の滑走路 この滑走路の再利用を考えられないでしょうか。トカラの中間に位置する島だけに意味があるような気がします。ここの東海岸に位置する作地温泉は秘境中の秘境温泉ですが通常は行けません。次回の楽しみに取っておきます。 

ここで明日の天候を考えて当初の予定が変更になり1時間40分掛けて悪石島を超えて小宝島に先に向かいます。島は小ぶりで40分もあれば歩いて見れます。船客も我先に降り始め、皆温泉に向かいます。もう植 小宝島のアダン 生も奄美に近く海岸端にはアダンの木々も多く繁茂しています。ここの温泉は港から歩いても10分程度。泥がブクブクする、まるで別府の地獄めぐりのような感じの情景を見て海岸に向かえば白く濁った温泉が右手に見えてきます。しかし熱すぎます。とても入れません。もっとも資料の写 小宝島の湯泊温泉 真を見れば人が入っていますから入れる時もあるんでしょう。この温泉の反対側のちょっと小高いところに湯船が2つあり、ここは入浴大丈夫です。あのいつも下船の早い男性3人組は今は最後の1枚を脱ぎ捨て入浴直前の状態でした。確かに彼らはやること、なすこと早いんです。しかし今回の寄港地でこの小宝島の港は波が入ってくるのか、船が停泊中も上下に大きく揺れ少し怖い感じがしました。明日は天候が悪化する可能性が高いだけに先回りしたものだと思います。

トカラ視察を終えて(その1)口之島、中之島

14日夜から16日まで年に1回の通称レントゲン船(村営船フェリーとしま)に乗ってトカラ列島7島を廻って参りました。これまで何度も計画を立てながら天候その他の理由で伸ばさざるを得ない状況が続いていただけに今回に期する思いは殊の外大きかったと言えます。船は定刻23時に出航、一路最初の寄港地口之島を目指します。 小宝島のフェリーとしま いつもは各島に15~20分程度しか停泊せず荷物の上げ下ろしと島関係者の上下船を手際よく済ませるそうですが今回は大きなレントゲン車2台を積み込んでいます。島民の健康管理に年1回こんな形で巡回してるんだそうです。だから各島に1時間~2時間程度停泊するんです。船が着くと島に住んでる住民の数もだいたい分かるという仕掛けです。

船に乗っての第一印象は変わった人間が乗ってる船だということです。今回の検診に関わる人々は別にしても、資料を机に置いて議論し合う学者風と思える4人組集団、長い傘を持ったいつもTシャツ姿の若者とそれに類する集団、パソコンと携帯を常時モニターする得体の知れない2人組(食事がいつも他の人より早いんです。)、男3人組で下船はいつも一番乗りの一見してトカラリピーターと思われる集団。県の関係で島々の家畜の検診に廻る獣医師集団、40歳過ぎと思われる女性だけのグループで手に古本屋で見つけてきたような黄色く変色した部厚めの本『トカラ列島』(正確には読み取れませんでしたが)を手にして動き回る集団。カーテンを閉めたままいつになっても起きてこない寝たきり人間、まともな集団は九電のグループと我々くらいじゃなかったのではないでしょうか。勿論久々にこの機会に島に戻るような方々も見られます。商売関係と見られる方も当然いらっしゃいました。でもこういうタイプは船の中では目立ちません。

さて初めて訪問した口之島ですが昨夜出航後の飲み会と寝起き直後、しかも朝食前ということもあってボンヤリした頭でのままで上陸。以前三島に行ったときに思わずそのお姿に笑ってしまった全島はりねずみのような竹林とまではいきませんがやはり竹の多い島でした。でも竹島のように延びていないんですね。地を這うような竹とでも言えましょう。 セランマ温泉 ここのセランマ(瀬良馬)温泉も覗いてみましたが以前に比べ湯量が減り気味なことが気になります。でも露天風呂の湯温は適当でした。入ってみたかったのですが時間がありません。隣の中之島の山が富士山みたいな形でとても綺麗です。2009年7月22日の皆既日食の下調べの為に学校や公園もチェック。

次の中之島ではトカラウマの牧場で初めてトカラ馬を視ました。黒く小柄ながら色艶がよく、私にはやさしそうな目に見えました。他の島でも見ましたが牛1頭に白い、鷺のような鳥が1羽(時に数羽)がペアを組んでる姿は不思議でした。天文台では館長さんのお話もお聞きしました。我々にはわかり易くご説明頂きましたが専門筋にもきっちりとお答えされる学究肌の方でした。各島の学校を廻れば教員数の方が小中生徒数を超える学校が多い事に驚きます。中之 中之島小中学校 島小中学校も聞けば生徒数が8名とか。来年中学3年生が卒業しても新入生の予定は無いそうで島の生き残りを賭けた大きな問題になっています。今話題のユビキタス社会、いつでも、どこでも、誰でも、の原則が離島ということで実現できない矛盾、格差をここに強く感じるのは私だけでしょうか。また島にある2つの温泉のひとつ東区温泉も見学しましたがなかなか湯加減も良く口之島を含め2回のチャンスを逸した無念さは大きなものがありました。他の下船組みは入浴された方も結構いらっしゃったと思います。 中之島東区温泉  

 

ヒリーさんの100選案内と丸尾のS荘

日曜日はまたまた北部九州から友がやってきました。聞くと昨夜は栗野岳温泉の自炊棟に泊まったとか。美味しいものを食いたいとの話でさっそく加治木で待ち合わせしました。 好きな加治木饅頭屋さんはお休みでしたがラーメンもキビナゴ寿司も大丈夫。結局キビナゴ寿司を食べることにしました。相変わらずの美味しさに舌鼓を打ち、いつものコースで加治木をご案内。先ずは加治木図書館ですが何とここではテレビの撮影中。見ると外国人の方が、あのかごしまよかとこ100選と加治木饅頭のパンフレットを手に持ちカメラに向かって語 加治木図書館 っているではありませんか。この方がKYTレポーターのヒリーさんで同行の女性の方は加治木町の税務課職員だと後で聞きました。皆さん、地域の図書館が県の観光紹介の素材になるなんて考えたことありますか?12日午前中にはMBCの『ふるさとかごしま』で県が進めるPR戦略に沿って地域資源の再発見が語られ、この中でも加治木が登場しました。私は撮影途中で失礼し、滝、龍門司坂、さえずりの森公園を見学して霧島に向いました。

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秘境温泉を訪ねて

果たして今の時代に秘境と言える場所があるのかと問われる御仁もいらっしゃるかもしれませんが、見慣れている平地の温泉からすればやはり鹿児島にも秘境とでも言っていい温泉があります。

最近出水市に近い湯川内温泉と白木川内温泉の2つをチェックして来ました。両方とも観光かごしま大キャンペーンで作成したパンフレット『湯治ブァカンス』で探検の会の東川氏により『山里の和湯(なごみゆ)』として選定されています。
湯川内温泉は2つの中では出水の街中により近いのですが、これがなかなか探せないんです。目印は出水市青年の家です。この道沿いに進んで、間違ったかなと思う頃に宿が見えてきます。湯川内温泉は240年ほど前に発見されたようで長らく島津御用達の温泉だった関係で我々庶民が利用できるようになったのは明治以降だと、たった1軒の宿『かじか荘』のパンフレットに書いてあります。ここの入浴料は¥300です。お湯は39度だそうですからちょっと物足りなさを感じられる方もいらっしゃるかも知れません。熊本にその昔参勤交代の時に奴さん達が入ったと伝えられる奴留湯(ぬるゆ)温泉というところがあります。確かにぬるいのですがが、じっと座っていれば徐々に温まります。でも湯川内温泉はまだ奴留湯温泉より温度が高いでしょう。 
                                                           

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吹上浜温泉

3月のコラムに先輩の山男のことを書きました。その先輩が先日小国の湧蓋山(わいたさん)の山小屋から車で降りてきて吹上浜温泉にやって来ました。私も夕方からジョイントして『一人の予約でも3部屋利用』のあのお宿にまたまた宿泊をしました。

吹上浜温泉 決して豪華ではありませんが心の籠った今夜の夕食のメインは今日採ったばかりの竹の子。ミソ味も素晴らしく堪能。普通の温泉旅館ではお布団の用意となると座椅子や机を部屋の端っこに移動するものですが、ここは食事の間でビールのお酌も無ければ余計なサービスも一切無く、飲んで食って話せばあっという間に午前様。2つ隣のお休みの間に行けば寝る用意ができています。くつろぐとはこんなことだったのかと思います。勿論温泉の湯質は最高。1年で4回色が変わるという温泉は今回は深い緑色をしていました。

翌日の案内は私流儀で近くの図書館を2箇所ご案内、吹上浜の運動公園の桜を見て江口蓬莱館で買い物して先輩とお別れしました。彼は長島から牛深に移動して再び湧蓋山に戻ったようです。

今年は昨年のような豪華な桜三昧の旅が出来ませんでしたがこのコースで見た桜も綺麗でした。

 

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