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鹿児島が誇る偉人・西郷隆盛はなかなかの温泉好きだったようだ。
西郷研究所の文献(※)によるとかなりの頻度で各地の温泉へ出掛けていることが分かる。
どちらかといえば山間部の温泉が多いのは、狩猟が趣味だったからだろうか。
訪れた温泉は、お気に入りの日当山温泉をはじめ、個性的な温泉が多く、それぞれの魅力を楽しんでいたのだろう。
明治維新に貢献した体を湯でじっくりと癒した西郷さんは、湯気が立ち上る空を見上げ、日本の未来を思い描いていたのかもしれない。 |
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| 西郷隆盛が訪れた温泉地
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| 文久2年(1862年) |
2月 |
指宿温泉 |
| 明治元年(1868年) |
11月 |
日当山温泉 |
| 明治2年(1869年) |
2月 |
日当山温泉 |
| 明治3年(1870年) |
4月 |
伊作温泉 |
| 明治7年(1874年) |
2月 |
鰻温泉 |
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7月 |
霧島白鳥温泉 |
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12月 |
日当山温泉 |
| 明治9年(1876年) |
7月 |
桜島有村温泉 |
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4月 |
栗野岳温泉 |
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11月 |
日当山温泉 |
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◆明治6年(1873年)秋には川内高城温泉を訪れたという伝説もある。
※「西郷隆盛全集」(大和書房)などを参照。
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| 西郷隆盛が頻繁に訪れたのが天降川沿いにある日当山温泉。肌に優しいアルカリ泉が特徴とされ、一日中日当たりがよいことからその名が付いた。山あり川ありののどかな風情の地形が西郷隆盛の大らかな人柄にも合っていたのかもしれない。現在、宿泊したとされる屋敷も保存されており、入浴したという湯は懐かしさあふれる共同湯として残っている。 |
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霧島市隼人町内
日当山温泉
西郷どん湯 |
| 電話: |
0995-43-3870 |
| [営]: |
6:00〜21:30 |
| [休]: |
第4月曜日 |
| 入浴料: |
250円 |
| 泉質: |
炭酸水素塩泉 |
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鰻集落は火口湖鰻池湖畔の温泉地で、集落の家々には巣目(すめ)と呼ばれる噴気を利用して煮炊きなどができるかまどがある。
この地で西郷隆盛は、明治政府の参議にもなった江藤新平と会談している。
江藤は鰻集落を訪れる直前に、地元佐賀で反乱を起こし、西郷隆盛に援助を求めてやってきたのだった。
そのとき西郷隆盛は決起しなかったが、この鰻温泉が歴史の舞台になったことは間違いない。 |
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指宿市成川鰻温泉
区営鰻温泉 |
| 電話: |
0993-35-0814 |
| [営]: |
6:30〜20:00 |
| [休]: |
第1月曜日(祝日の場合は営業) |
| 入浴料: |
200円 |
| 泉質: |
硫黄泉 |
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私たち現代人が温泉を好むように、昔の人々も温泉に親しんできた。
その名残りは、地域の神社の記録や記念碑、古文書などに残された記述に求めることができる。
それらには、温泉発見の由来や歴史上の有名人が入浴したことなどが記されており、
温泉を違う角度からも見ることができる。
歴史に触れながら湯を巡るー。そんな楽しみがここではできるかもしれない。 |
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慶応2年(1866年)、坂本竜馬と妻おりょうは、京都寺田屋の難を逃れ、鹿児島に入った。
これが日本で最初の新婚旅行と言われている。そのとき竜馬は、手に傷を負っていた。
そんな竜馬の傷を癒し、二人の愛を確認させてくれたであろう湯の一つが塩浸温泉。 |
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二人が入った浴槽は、施設の脇にひっそりと残っているだけで現在入ることはできないが、同じ泉質の湯には浸かることができる。 |
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霧島市牧園町塩浸温泉 鶴の湯
| 電話: |
0995-76-0007 |
| [営]: |
4月〜9月-9:00〜18:00
10月〜3月 9:00〜17:00 |
| [休]: |
毎月第1・3月曜日
12/30〜1/3 |
| 入浴料: |
250円(霧島市外の方) |
| 泉質: |
重炭酸土類泉 |
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