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鹿島・下甑 甑島の旅
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瀬々浦にあるナポレオン岩は、写真でみるより圧巻の大きさ。何しろ高さが127メートルもある。 横からみた姿が皇帝ナポレオンそっくりだったことから名付けられた。甑島に以前あった中学校の教頭先生が40年ほど前に言い出したのが始まりだとか。ナポレオン岩はその大きさゆえに、いくつもの眺望スポットがある。 専用の展望台から見たものは、右手にナポレオン岩、左手に集落、とそのコントラストが面白かった。瀬々浦港から見上げる姿も迫力満点。
テレビドラマで話題になったDrコトーは、甑島の診療所がモデルになっているというのは有名だが、ドラマの中に出てきた「しんきろうの碑」が実際にあることをご存知だろうか。 下甑島青瀬で医師をしていた故平田清さんは、往診の途中の山道で、海の向こうにビル街のしんきろうを見た不思議な体験を歌に詠んだ。ちなみにここからもナポレオン岩を見ることができる。
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しんきろうの丘の歌碑
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甑島の歴史を知りたくて、手打にある歴史民族資料館を訪ねた。館長の坂口さんは元教員で、資料のひとつひとつを分かりやすく教えてくれた。甑の移住の歴史や島津家との関係、島津が島にやってくる前の話なども聞かせていただいていると、手作りの年表が張ってあることに気がついた。 甑島が、続日本紀に出てくるところから現代までが達筆な手書きでしたためられている。「これを作った人はまだお元気ですよ、この方に何かあったら島の歴史の大部分が分からなくなるくらいの生き字引な方です」。それはぜひお会いしたいと、無理を言って急に訪ねた。奥様に聞くと、「今、裏の畑ですので呼んでまいります」。出てこられた方は傘寿を過ぎたとは到底思えない足腰のしっかりした年配の男性だった。文系のインテリを想像していたのに日焼けした顔に白髪、キリリとした印象が、笑うと途端に崩れる。はて、どこかでお会いしたような気がするがそんなはずはないか。
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橋口義民さんの経歴が興味深い。下甑で生まれ、鹿児島市の高校に入学。昭和18年に予科練に入隊、特攻隊に入るも終戦。下甑で農業を営んでいるうちに酒造メーカーに就職が決まるが、1年勤めたある日、警察官になる。昭和26年ごろ下甑に戻り10年農業をやっていたが役場に勤めることになり教育委員会の社会教育課から収入役になる。昭和58年に歴史民族資料館を作り退職。東京で働く息子のところに行き、「俺もそろそろ遊ぶかな」と思っていたところへ「資料館の展示について分からないことが多いから甑に帰って来い」と呼び戻され館長として勤めることになった。 今は、下甑のナポレオン岩をもっと有名にするために文化委員として活動されているのだそうだ。「10年前だったかな、フランス人が来たんですよ。何かの理由でたまたま船が出なかったからって、まだ寒い季節なのに海で泳ぎたいって言うんで慌ててとめて、その代わりに島を案内するからって一周したんです。それで、あの岩のところに来たら彼が叫んだのです。“おお!我が国のナポレオン皇帝だ!!”って。それでナポレオン岩って名前が付いたのですよ」。まさか本国フランスの人間までがそう言ったとは驚きだ。あまりの楽しさに立ち話が長くなってしまいそうだったので、次に行きたいと思っていた釣りバカ日誌9の舞台、手打湾のことを聞いた。
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下甑郷土館(歴史民俗資料館)と中庭にある甑島の伝統的な武家屋敷内部を再現した家。 橋口義民さん。美しい砂浜が続く手打湾は映画「釣りバカ日誌9」でもおなじみ。
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「あの時は大変でした、栗山監督(釣りバカ日誌)が、島の結婚式のカットで、島に昔からある、嫁をおくる時の唄を歌ってくれる人はいないか?と聞かれて、ようやくひとり見つけてその人に出演交渉を行ったのはなぜか私。ロケの前夜に何とかうまく行きそうだと安心していたのもつかの間、監督に『明日、あなたは礼服を着てきてください』と言われてエキストラかと思いきや、台詞付きでもうどうしようかと…」。 それで思い出した!甑島に渡る前夜に、資料として釣りバカ日誌9を見たのだが、ラストシーンで小林捻侍演じる恒太郎に、餞の説教を吐く老人はまさしく橋口さんだったのだ。道理で、どこかでお会いしたことがあるはずだと納得。尽きない話に後ろ髪引かれながらも、必ずまたお会いしましょうと約束し手打湾に移動した。全長1.5キロほどの、砂浜が美しい海岸に、透明な海。夏にもなれば大勢の海水浴客が訪れる。
島ならではの大らかさがある。それはどこの島でも似通っているところがある。ただ、その大らかさとは、食べ物が豊かで敵がいないから培われたものではない、逆なのだ。島には人々の生活があり、確実に歩いてきた歴史がある。それを少し紐解くと、支配だったり飢饉だったり天災だったりと、そのたびに人々は必死に働き、祈り、歌い舞い、乗り越えてきたのだ。そしてその先に笑顔があり、祭りがある。大らかさやのんびりとした雰囲気は、人生の楽しさも辛さも味わった人だけが醸すことができる特別なものなのだ。5日間の滞在で、あまりの居心地の良さに身も心も蕩けそうだったが、その憧れの竜宮城で、大切なことに気付くことができた。 心にもらった玉手箱の中には“生きる元気”が入っていたようだ。
下甑郷土館(歴史民族資料館) 鹿児島県薩摩川内市下甑手打1031 0996−97−0419
9:00〜17:00 入場料210円 閉館日/月・火
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