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【特集】島津斉彬生誕200年

特集

特集 島津斉彬生誕200年


アメリカ建国の父と讃えられるリンカーンも生誕200年にあたる今年。倒幕から明治維新へかけて、日本の近代化に向け大きな力を発揮した第28代当主・薩摩藩主島津斉彬。この歴史的偉人もまた生誕200年を迎える。多くの近代化事業をはじめ、中でも国家的プロジェクト・集成館事業を見れば、一目瞭然。藩政はもとより、幕府の行く末を描いていた稀世の名プロデューサーが、ここかごしまから歴史にどれだけ貢献したかがわかる。その偉業に思いをめぐらせば、心が熱くなる旅が待っている。

History of Nariakira Shimadzu
1809斉興の長男として誕生する。
1826曽祖父重豪らと医師シーボルトと会見。英姫と結婚。
1827西郷隆盛誕生。
1830大久保利通誕生。
1835江戸から初めて鹿児島に入る。
1837アメリカ船モリソン号が山川沖に来航する。(モリソン号事件)
1846琉球問題解決のため、幕府より藩主斉興に帰国を命じる。
1847砲術館創設。
1849お遊羅騒動
1851斉興が隠居し、斉彬は家督相続の命令を幕府より受ける。
1852磯反射炉建設に着手する。
1853桜島瀬戸村の造船所で洋式軍艦の製造に着手する。
浦賀沖に黒船来航。大船建造が解禁される。
1854洋式軍艦「昇平丸」を建造した。翌年幕府へ献上する。
1855磯にガラス製造所建設。
1856篤姫は江戸幕府第13代将軍徳川家定と結婚する。
1857反射炉第二号炉が完成する。
磯の工場群を集成館と命名する。
1858山川港に入港中の咸臨丸を視察。
勝海舟、カッティンディーケらと会談。
将軍家定死去。
天保山で大軍事演習を指揮したのち発熱し、死去。
1860桜田門外の変。
1862寺田屋事件。生麦事件。
1863薩英戦争。
1864照國神社の創建工事開始。
1865薩摩藩英国留学生と使節をイギリスに送る。
1866薩摩藩は鹿児島にて洋式紡績工場建設に着手する。
1867明治天皇即位。大政奉還。
1868江戸改め、東京となる。
1870小松帯刀死去。
1877西南戦争勃発。西郷隆盛死去。
1878大久保利通暗殺される。
1883天璋院篤姫死去。
生誕200年 島津斉彬探訪
世界遺産候補としても注目を集める日本初の工業地帯「集成館」。

世界遺産暫定リスト入り

旧集成館機械工場 (尚古集成館)
「幕府や藩が一丸となって強く豊かな国に」という斉彬の熱い願いを継承した島津忠義が、慶応元(1865)年に建てられた機械工場(通称・ストーンホーム)。斉彬の考えは鹿児島のみにとどまらず、その後様々な産業に多大な影響を与えた。博物館として利用されるようになってからは尚古集成館の名称で知られ、国の重要文化財にも指定されている。


世界遺産暫定リスト入り

旧集成館 (反射炉跡)
集成館事業において現存する遺構として、仙巌園入り口近くに基礎部分が遺る反射炉跡。斉彬が藩主に就任した翌年から着手し、竹林を切り開くところからはじまる。オランダの技術書の翻訳書を参考に建設された。安政4(1857)年に完成した2号炉を見ることができる。(尚古集成館提供)

旧鹿児島紡績所技師館 (異人館)
日本初の洋式紡績工場の建設と操業指導のために招かれた、イギリス人技師たちのために建てられた施設。国の重要文化財にも指定。(尚古集成館提供)

新波止場砲台跡
慶弘化・嘉永年間(1844~1853年)に波除としてあったものを改造。薩英戦争時は大小11門の大砲が備えられた。幕末、外国船を威嚇するためにも必要不可欠であった。「かごしま水族館」横。(尚古集成館提供)


芸術家のセンスが光る斉彬の感性。
島津斉彬筆朝顔図 - 島津斉彬筆鷹図屏風(部分)と牡丹図

島津斉彬筆朝顔図
劣性遺伝子がでやすく変種が現れやすい朝顔。希少種の朝顔栽培を好んだ斉彬らしい題材といえる。幼少時に描いたとされる直筆の絵は文政5年に家臣が拝領したもの。(尚古集成館蔵)

島津斉彬筆鷹図屏風(部分)と牡丹図
著名な奥絵師の指導を得て、絵心という範疇をこえた芸術家としての顔を覗かせる。卓越した筆さばきはもとより、配色のセンスなど現在でもまったく色あせない。(鷹図屏風/尚古集成館蔵・牡丹図/尚古集成館保管)


緑色切子碗・紅色切子碗

緑色切子碗・紅色切子碗
ヨーロッパのカットグラスに見られる鋭く複雑な形をしているのに比べ、薩摩切子は、カットの切り込み角度を緩やかにすることで、ぼかしが生まれ、繊細な仕事が絶妙と言われている。(尚古集成館蔵)


金襴手菊籬文水指

金襴手菊籬文水指
海外へ輸出できる伝統工芸品にしたいと、絵付けをはじめデザインを再構築した白薩摩。西洋の技術を取り入れ新しい絵の具も開発した。その結果、パリ万博ではSATSUMAと呼ばれ、地位を確立。(尚古集成館蔵)


島津斉彬銀板写真

島津斉彬銀板写真
日本で銀板写真をどこよりも早く入手した薩摩藩。写真は1857年に撮影されたもので、日本人が撮影した写真で現存する最古のものになる。国の重要文化財。 (尚古集成館蔵)


地球儀(伝島津斉彬所用)

地球儀(伝島津斉彬所用)
斉彬愛用の地球儀は、鹿児島にとどまらず、世界の中の日本を意識していた何よりの証。 (尚古集成館蔵)


仙巌園(磯庭園)・尚古集成館

仙巌園(磯庭園)・尚古集成館
■ TEL : 099-247-1551
■ 住所 : 鹿児島市吉野町9700-1
■ 料金 : 尚古集成館と共通券 大人1,000円 子供500円
■ 開館時間 : 8時30~17時30(3/16~10/31)
        8時30~17時20(11/1~3/15)
■ 年中無休


斉彬のリーダーシップは時代のヒーローたちへ。
西郷隆盛/大久保利通

藩政において気づいたことを何度となく建白書、意見書として提出していた西郷隆盛。斉彬の目に留まり庭方役として登用される。斉彬は有能な若者を育てるべく、当時の幕政や国際情勢などを伝え、その問題や解決策を教育していた。自らの代わりとして他藩の有力者と交流させることで、諸藩にも「薩摩に西郷あり」と知らしめていった。大久保利通はその活躍に常に刺激を受けていた。


西郷隆盛終焉の地

西郷隆盛終焉の地
■住所 : 鹿児島県鹿児島市城山町19
西郷軍は西南戦争田原坂の戦いに敗れ、城山にたてこもった。5日に及ぶ籠城戦を試みるも、政府軍の総攻撃にあい、明治10年9月24日、西郷隆盛は南洲洞窟近くで切腹。享年49歳

西郷隆盛銅像

西郷隆盛銅像
■住所 : 鹿児島県鹿児島市城山町4-36
制作は安藤照氏。昭和12年5月23日に設置された。銅像は台石を含むと約8mになる。

大久保利通生誕の地

大久保利通生誕の地
■住所 : 鹿児島市加治屋町
維新ふるさと館近く
大久保利通は高麗町の川岸の近くに生まれ、まもなくして加治屋町に移り住んだ。

大久保利通銅像

大久保利通銅像
■住所 : 鹿児島中央駅近くにある高見橋側


幕末から明治時代にかけて活躍した幕臣・勝海舟。長崎海軍伝習所時代に斉彬の元を訪ねるのが最初の出会いになる。蘭学や海外事情に精通する二人は意気投合。その後の生き方に大きな影響を受ける。江戸城の無血開城の裏にはこの二人と篤姫らの働きがあった。そんな勝海舟の志に惹かれ、右腕となり働いていたのが、坂本龍馬になる。西郷隆盛や小松帯刀とも親交が深く、襲撃された際の傷を癒すために、妻お龍を伴って訪れた霧島の旅は、日本で最初の新婚旅行とされている。

勝海舟/坂本龍馬

坂本龍馬とお龍碗
坂本龍馬とお龍
新婚湯治碑は天保山(写真)、霧島(塩浸温泉)、白イノシシや春の藤まつりで知られる和気神社で見ることができる。

新婚湯治碑(天保山)
■TEL:099-808-3333
  (鹿児島市総合案内コールセンター『サンサンコールかごしま』)
塩浸温泉、和気神社
■TEL:0995-45-5111
  (霧島市商工観光部観光課観光グループ)


犬飼の滝
犬飼の滝
高さ約36m、幅約21.8mの滝。龍馬はここで高杉晋作に貰ったピストルを試し射ちしたり、魚釣りをしたりしたとされている。

■住所 : 鹿児島県霧島市牧園町下中津川
■TEL : 0995-45-5111
(霧島市商工観光部観光課観光グループ)


山川港
山川港
外国や南西諸島の窓口になっていた山川港。1858年、勝海舟を総督とする幕府の練習船「臨海丸」が入港した

■TEL : 0993-34-2288(山川港・まちあるきボランティアガイド いっど・いっが・山川港の会)
■住所 : 鹿児島指宿市山川金生町38-1


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 喜入領主の肝付兼善の三男として篤姫と同じ年に誕生した。
22歳のときに斉彬の命によって小松家の養子となる。斉彬のもとでは火消隊長などとして活躍。斉彬の死後は側役として昇進し、第29代当主・薩摩藩主島津忠義のもと、島津久光を補佐した。
さらに、若くして家老となり、西郷、大久保といった薩摩藩の武士の活躍を支え、薩長同盟や王政復古に関わる。高い能力をいち早く見抜いていた斉彬の目に狂いはなかった。


栄之尾温泉(緑渓湯苑)
栄之尾温泉(緑渓湯苑)
硫黄谷温泉と共に古くから湯量の多さとその効能で知られ、島津家の当主も利用していたほどの名湯。体の弱かった小松帯刀は湯治のために何度も訪れ、歌も詠んでいる。

霧島いわさきホテル敷地内
■TEL : 0995-78-4888
■住所 : 鹿児島県霧島市牧園町高千穂3958
■料金 : 500円
※宿泊者のみ利用可。


小松帯刀銅像
小松帯刀銅像

霧島いわさきホテル敷地内
■住所 鹿児島市山下町 宝山ホール前


斉彬と篤姫。
石橋記念公園・石橋記念館
石橋記念公園・石橋記念館
鹿児島市の中心部を流れる甲突川に、江戸時代末期に架けられた5つの石橋のうち3つが移設され保存されている。そのひとつが西田橋。参勤交代の列が通る城下玄関口の橋であり、篤姫が江戸へ興入れする際も通った。

■TEL : 099-248-6661
■住所 : 鹿児島県鹿児島市浜町1-3
■開館時間 : 9時~17時(7~8月は19時まで)
■休館日 : 月曜日(休日の場合その翌日)年末年始12/31〜1/2
■入館無料


鹿児島市 維新ふるさと館
鹿児島市 維新ふるさと館
西郷隆盛など、篤姫と同じ幕末から明治の激動の時代に活躍した維新志士を多く輩出した加治屋町にある資料館。篤姫の生きた時代背景をより深く学べる。閉館した篤姫館の展示物のうち、篤姫の居室セットや御鈴廊下、ハイビジョンシアターの映像、衣装、パネルなどが移設され見学もできる。

■TEL : 099-239-7700
■住所 : 鹿児島県鹿児島市加治屋町23番1号
■開館時間 : 9時~17時(入館は午後4時30分まで)   ※時期により時間延長あり(お問合せください)
■入館料 : 大人300円、小・中学生150円
■年中無休


黎明館(れいめいかん)
黎明館(れいめいかん)
鹿児島の歴史・文化を古代から近・現代まで学べる資料館。篤姫が江戸に上るまでの約2ヶ月間を過ごした鹿児島城跡に建てられた。また「篤姫」コーナーにて大河ドラマで使用した衣装をはじめ、女乗物(姫籠)や篤姫と家定が対局していた基盤などの小道具も鑑賞できる。

■TEL : 099-222-5100
■住所 : 鹿児島県鹿児島市城山町7-2
■開館時間 : 9時~17時(入館は16時まで)
■休館日 : 月曜、毎月25日 土日祝の場合は開館)※12/31~1/2
■入館料 : 大人300円、高・大学生190円、小・中学生120円


今和泉島津家領主仮屋跡
今和泉島津家領主仮屋跡
現在は今和泉小学校が建ち、校内には当時の手水鉢や井戸などが保存されている。小学校に隣接する海岸付近には、篤姫が眺めていたであろう松林や屋敷の石垣も残っているので足を運んでみては。

篤姫観光ガイド
JR薩摩今和泉駅構内には観光ガイド事務所があり、ボランティアガイドによる篤姫ゆかりの地をめぐる旅もおすすめ。

■TEL : 0993-22-3257 篤姫観光ガイド事務局※事前予約
■時間 : 8時30~12時 13時~16時
■休み : 年末年始(12/29~1/3)、イベント開催日
■ガイド料無料※パンフレット代200円、保険料100円(任意)が必要。