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鹿児島県のこのあたり
種子屋久・十島三島

治承元年(1177年)、京都・鹿谷でめぐらした俊寛の平家討伐の陰謀が漏れ、藤原成経、平康頼らとともに流されてきたのが鬼界ヶ島と呼ばれた硫黄島です。成経と康頼は後に許され、島を去ってゆきましたが、俊寛だけは平清盛の怒りが解けず一人取り残されました。そして長浜川の上流に粗末な庵を結び、ひとり住んでいましたが2年後の1179年、失意のうちに37歳で亡くなりました。 島の人たちはその生涯を哀れみ、俊寛が行き来した川原に墓を建て、のちに彼の住まいの跡に墓を移転し、俊寛堂として祀ってきました。今もお盆には俊寛を弔う送り火が焚かれます。

※詳細はお問い合わせください
※三島村へお越しの際は、必ずこちらをご確認ください

基本情報

住所 鹿児島県鹿児島郡三島村大字硫黄島
電話番号 09913-2-2101(三島村硫黄島出張所)
FAX番号 09913-2-2101
アクセス [車]
・硫黄島港から約10分
駐車場 お問い合わせください
ホームページ 公式サイトを見る
関連リンク 「俊寛流刑の地、鬼界ヶ島伝説」が残る三島村硫黄島

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