コラム~鹿児島しま旅~

鹿児島県は広い。しかも、南北に広い。最北の県境から最南の与論島まではおよそ600キロもあって、鹿児島から大阪までの距離とほぼ同じだ。鹿児島から東京まではおよそ960キロあるにも関わらず、韓国のソウルまでは750キロ、中国の上海までは860キロで、距離でいえば、東京よりもアジアに近いことになる。無論これは鹿児島市からの距離だから、離島からだと、台湾にも近くなる。さらに調べてみると、与論島から東京は1450キロで、フィリピンのルソン島までとほとんど変わらない距離になった。このように考えていくと、鹿児島の離島はアジアへと、より広く開かれた場所のように感じられる。陸続きではなく島であることによって、他の地域との同質化や均質化をまぬがれ、それぞれの島には異なる方言や民俗文化が保存されることになった。悪石島のボゼなどは、アジアとの関わりを感じさせる最たる例だろう。鹿児島県を境界線の内側で考えるのではなく、日本列島という島々の連なりの一部として、あるいはアジアという広大な地域の一部として、広く柔らかく考えてみるのに一番適した場所が、ぼくはこうした離島だと思っている。

ぼくの島との出会いは高校卒業直後、18歳の時に遡る。当時、錦江湾の磯海水浴場に住んでいたカヌーイストで作家の野田知佑さんに声をかけてもらって、一緒にカヤックを漕ぎ、桜島にほど近い新島に上陸したのが、初めての鹿児島旅行だった。その後、ひとりで屋久島に渡り、九州最高峰の宮之浦岳にどうにか登った。4月だというのに宮之浦岳の頂上付近で雪に降られ、温暖な海辺との気候の落差に驚かされた。かれこれ20年以上も前のことになる。このときのひとり旅以来、ぼくは今日まで何十回と鹿児島の離島を訪ねてきた。冬の屋久島でまた宮之浦岳に登ったのだが、完全なる雪山に変化していて、まさかこんなところでアイゼンとピッケルを使うことになろうとは思いもしなかった。また、何年間もかけて、夏の祭りの時期に三島村や十島村の全島を訪ねた。悪石島のボゼには二回遭遇できたし、皆既日食のときは宝島にいて、天候は悪かったが、忘れがたい朝を過ごした。奄美群島もほぼすべての島をまわり、徳之島で迫力のある闘牛を見たり、与論島ではその先の沖縄の空気を肌で感じた。下甑島で年越しを迎えたときには、トシドンという仮面神にも出会った。それぞれの島はどこも強い個性を放っていて、ひとくくりには決してできず、しばらく滞在すれば必ず大きな出会いや経験を得ることができた。

ユーラシア大陸の果てに位置する島々がどれだけ多様で重層的なのか、鹿児島に住んでいる地元の人でさえなかなか離島までは行っていないという現実を聞いて、こんなに近くに見知らぬ世界が広がっているのにもったいないなあ、とぼくは思ってしまう。目と耳と体全体で、ぜひとも未知の島を感じてみてほしい。

石川直樹 Profile

石川直樹 Profile

Naoki Ishikawa

写真家
1977年東京生まれ。2001年に七大陸最高峰登頂に成功。その後も世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。写真集『N E W DEMENSION』『POLAR』で日本写真協会新人賞、『CORONA』で土門拳賞受賞。近刊に『極北へ』(毎日新聞出版社)。2018年夏、鹿児島県の黎明館にてPIECE OF PEACE(レゴ展)開催。2019年には霧島アートの森で写真展を開催予定で、奄美大島の観光大使も務めている。

かつては船が島へ渡る唯一の交通手段であったが、現在はこれに橋や飛行機が加わった。到達するスピードも格段に速くはなったが、それでもある程度の時間と労力を要する。こうしたひとつの壁を乗り越えてでも島に行ってみたいと人々は思い、旅立つ。島には、それだけの価値や期待を満たしてくれる何かがあるからだ。

しま旅の魅力は、渡る前からはじまっている。鉄道の世界に列車マニアがいるように、しま旅のお手伝いをしてくれる乗り物や橋に注目しても面白い。種子・屋久に向かう高速船は、浮上する際の姿がスマートであり、奄美航路のフェリーは大きさに安心感を覚える。長島へと渡る黒之瀬戸大橋は、独特のトラス構造と青の外装が景観と調和し、渡る度についつい眺めも楽しんでしまう。さらに甑大明神橋と鹿の子大橋は、夕陽がセットになって人々を魅了してくれる。
島への期待感を胸に秘めた旅人たちにとって、その旅の入口となる港や空港の風景も旅の重要なポイントである。竹島と硫黄島の港は、鬼界カルデラ形成に起因する絶壁が傍らにあり、「生きている地球」を実感させてくれる。トカラの島々も港と集落にかなりの高低差があるところが多く、ワイルドな島の暮らしを彷彿させてくれる。奄美諸島の空港は、着陸寸前に現れるサンゴ礁に目を奪われ、「南の島にやって来た」という感情を高ぶらせてくれる。
島に上陸してから旅は本番となる。まず島で一番人口が密集しているような市街地や集落を歩く。そこには島の大切な要素や土地ならではの特別な情報が転がっているからだ。そして、その場を起点にして島内の旅を始める。入口も大切だが、出口となる島での最後のひと時もじっくりとかみしめていい。人口の少ない島に行くと、島民のほとんどが船出に顔を揃え、港から見送ってくれる。送られるひとは、甲板に立って次第に小さくなる島を見つめながら、楽しませてくれた島に対して感謝の気持ちを込めて手を振りつづけることだろう。

しま旅の楽しみ方に正解はない。お気に入りの島にこだわることもよいが、かごしまの島々はそれぞれに歴史的背景、風習、文化が異なっている。だから「比較」するという最大限の楽しみ方が選択肢にあってもいいのでは。次はどの島に行こうかなという楽しみと期待を抱いて、ぜひ、島々へつながるかごしまの港や空港に降り立ってほしい。

東川隆太郎 Profile

東川隆太郎 Profile

かごしま各地のまち歩きなどを通して、地域資源に関する新たな価値付けをし、まちづくりに活用していく活動を展開中。温泉、近代化産業遺産、歴史的な偉人などに関する、雑誌、書籍などでの執筆をはじめ、全国各地での講演活動など、精力的に活動している。鹿児島市生まれ。
NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会 代表理事
NPO法人桜島ミュージアム理事
NPO法人NPOさつま理事
志學館大学 非常勤講師

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