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No.417 「薩摩藩英国留学生記念館」入館者10万人達成を寿ぐ~ストーリー性のある展示が人気に~

2016年6月27日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光


          黄鶴楼送孟浩然之広陵
          黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る
                       ~李白~

       故人西辞黄鶴楼   故人西の方黄鶴楼を辞し
       烟花三月下揚州   烟花三月揚州に下る
       孤帆遠影碧空尽   孤帆の遠影碧空に尽き
       唯見長江天際流   唯だ見る長江の天際に流るるを

『注釈』
我が友の孟浩然が西の地の黄鶴楼を去って花霞の広陵へと下って行く。
名残を惜しんで楼の上から見送ると、舟の帆はみるみる遠ざかりついには碧い空に吸い込まれてしまい、あとにはただ茫々たる長江が天の鏡に向かって流れているのを見るばかりだ。
※(参考)ビジネスマンが泣いた「唐詩」100選 :佐久協
「元二の安西に使いするを送る・・・王維」、「友人を送る・・・李白」とともに小生が大変好きな詩で、友人を心から送る詩です。


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 いちき串木野市の東方に、標高516mに達する冠岳があります。今から約2,200年前、中国の秦の始皇帝から命を受けた方士の徐福は、串木野の冠岳を訪れその景色の素晴らしさに、自らの冠を解いて頂上に捧げました。そのことからこの地を冠岳と呼ぶようになったとの説があります。また、霊峰冠岳は南九州古代山岳仏教発祥の地であり、真言密教開祖の地であります。串木野市制施行50周年を記念して、2,000年に石像としては日本一の徐福(高さ6m)が建立されました。桜の咲く4月や紅葉の11月頃は特に山の景観が美しくなり、多くの観光客が訪れます。


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 ところで串木野駅から10分の位置にある羽島海岸に造られた「薩摩藩英国留学生記念館」の入館者数が5月21日、オープンから1年10カ月で10万人の大台に達しました。
 多くの小・中・高校生も遠足等で訪れており、海外への夢を掻き立ててくれているのではないでしょか。



 当初目標は年間2万3千人であったことから、当館の人気ぶりが伺えます。船出した羽島の地は関係者以外にはあまり知られておらず、地理的にも不便な位置にあることから集客が懸念されていました。市・観光協会・商工会議所等の前広なPR戦略、貴重な資料、ストーリー性を前面に出した展示が共感を呼んでいるものと思います。また、博物館の総合プロデューサーである砂田光紀さんの手腕が大きく貢献していると思います。


 留学生たちの足跡をたどる時、忘れてならないのが、元治元年(1864年)6月に開設され、科学や軍事に関する人材育成のために設立された洋学校「開成所」です。
 島津斉彬が在任中に計画し、蘭学者石河確太郎に設立準備を命じていたものです。


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 元時冶2年(慶応1年、1865年)薩摩藩は、国禁を犯して15名の若者と随行者4名を英国に派遣します。「薩摩藩英国留学生」と呼ばれており、優秀な人材が集まっていた開成所からほとんどが選抜されています。
 留学生たちは、帰国後は官界、実業界で活躍し、近代日本の礎を築く活躍をします。
 畠山義成は、帰国後「岩倉使節団」にも招集されました。その後文部省に出仕し、東京開成学校(現在の東京大学)初代校長として、日本の大学の基礎作りに貢献しています。
 町田久成は、維新改革の流れの中で、多くの美術品の破壊や海外への流出を惜しみ、博物館事業の重要性を認識し、東京帝室博物館(後の東京国立博物館)の初代館長に就任しました。


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 森有礼は中国大使や初代文部大臣を務め、教育制度の改革を行いました。
村橋久成は、戊辰戦争の際砲隊長として活躍し、その後北海道開拓使となり、サッポロールの生みの親として知られています。鹿児島にサッポロビールのファンが多いのもうなずけます。
 留学当時13歳と最年少であった長沢鼎は、その後イギリスから渡米し、生涯をアメリカで過ごし、広大なぶどう園の経営とぶどう酒製造に尽くし、ワインの帝王と称されました。鹿児島県民にも「ナガサワワイン」として親しまれています。


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 随行者の一人である五代友厚は、初代大阪商工会議所会頭に就任し、商都大阪の経済発展に寄与しました。NHKの朝の連続テレビ小説「あさが来た」では、五代ブームが起こるほどの人気ぶりでした。大阪商工会議所の玄関には彼の銅像が立っていますが、鹿児島市内の産業会館前の公園にも銅像があり、若い女性ファンが訪れカメラに収めています。


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 ところで2018年は明治維新から150周年という節目の年になります。
明治維新の立役者となった偉人を多く輩出したのが薩摩藩です。薩摩藩中興の祖と言われる島津忠良公がつくった「いろは歌」や、「郷中教育」という薩摩独特の教育システムも青少年の人材育成の源といったと言えます。その精神は今でも十分活かされています。
  鹿児島城下では、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らの偉人を輩出していますが、その要因は第11代薩摩藩主島津斉彬の情報収集力、先見性、人材発掘と人の登用ではなかったのではないかと思います。


 日本へのインバウンドが昨年2千万人を超え、今年に入ってからも昨年以上の伸びとなっています。日本は少子・高齢化時代に入り、地域の活性化にはインバウンドによる交流人口の拡大も不可欠です。


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 一方、海外に興味を示さない若者が増えているのも事実です。県民が海外の生活や文化を経験することは重要なことであり、視野を広めるべく、若い内に海外に出掛ける仕組みづくりや海外でのカリキュラム取得支援強化等の必要性を痛感します。
 海外修学旅行やホームスティの積極的な推進、留学生の受け入れ拡大や日本文化の海外への発信等も求められます。夏休みになると、各市町村では青少年の翼、姉妹都市交流等の海外派遣事業が盛んですが、これらの事業に参加した者が学校の選択やその後の社会人生活に役立っていること等、海外派遣の重要性を語りついでいく必要性も求められています。


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 最後に、「旧集成館事業」等3つの構成資産が、「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録されました。2018年は、薩摩が日本の近代化に果たした役割を世界にPRできる絶好の機会です。薩摩藩英国留学生の偉業を学ぶことで、人材育成の大切さを知る機会にもしたいものです。
 「薩摩藩英国留学生記念館」では10月24日まで、五代友厚に関する特別展が開催されています。羽島のボランティアガイドさんも来訪者を温かくお迎えし、地域ぐるみの活動が定着しています。


 「薩摩藩英国留学生記念館」10万人達成は一つの通過点であり、これからも留学生の足跡を多くの人に伝え、羽島地域が常に話題となるスポットであり続けることが求められています。



         君が田と 我が田と並ぶ 畔ならぶ
         我が田の水を 君が田へ引く
                           ~良寛禅師~

No.416 震災対策のお得旅や割引付旅行プラン等の有効活用を~家族旅行や暑気払い旅行に~

2016年6月20日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

          噴水が 輝きながら 立ち上がる
          見よ天を指す 光の束を
                    ~佐々木幸綱~


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 鹿児島市役所前にある「みなと大通公園」の入り口には、平らな面に数十の穴があけられている一角があり、そこは定期的に水が上がる噴水となっています。
 柵が無いため下着姿で子供たちは水の出る近くまで行き、ゆっくりとちょろちょろ上がる噴水や、時々高く上がる噴水に戯れて楽しそうです。噴水の傍では、母親が日傘をさしてハラハラしながらわが子を見つめています。


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 海が恋しい季節となりました。あと1か月で夏休みです。かつて夏休みは家族で海水浴に出かけ、海や隣接するホテルのプールで泳ぐ親子の姿がよくみられましたが、最近では海で泳ぐ子供たちの姿もあまり見られなくなっています。


 夏休みの体験は、幼い頃の思い出として脳裏に焼き付いています。海や野山など自然の中での体験は、子供の成長にとって大切ではないでしょうか。



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 間もなく梅雨明けです。熊本震災はいまだに九州の観光に大きな影響をもたらしています。九州新幹線は臨時運行ですが、宿泊パックや夏休み企画商品がエージェントの店頭に揃ってきており、夏休みにかけて回復が期待されます。
 政府も国を挙げて九州観光の復活に努めており、メディアでのPR活動や「割引付旅行プラン助成制度」が、いよいよ7月からスタートしますので夏から秋に向けて鹿児島観光の回復への期待が高まります。
 また、海外向けの大規模な誘客プロモーションも実施され、正確な情報発信がなされますと一時落ち込んでいるインバウンドの回復も期待されます。


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 ところで熊本震災で減少した観光客をいかに取り戻していくか、これから地域にとっても、各施設も大きな課題です。梅雨が明けると最大の需要期である夏休みが近づくことから、誘致対策を急がねばなりません。


 鹿児島県では、6月1日から「鹿児島お得旅事業」が展開されています。また、エージェントとタイアップした商品企画や地域で使える商品券を提供している自治体もあり、各施設も工夫を凝らしたアイデアの提供が必要です。
 夏休みのターゲットは家族・ファミリー層の取り込みです。ほとんどが、列車、マイカーやレンタカーが中心となります。家族が動きやすく、今まで訪ねていない場所など興味をそそる地域資源の提供も不可欠です。


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 今の旅行者の多くは、インターネットを検索して情報を入手し、予約サイトで宿泊する地域や宿を選択しています。また、宿泊先だけを決めて、翌日の行程は宿に着いてから決める方もいます。宿泊先のフロントで「半日自由時間があるのですが、どこかお奨めの場所や食事店はありませんか」などを尋ねる旅行者が多くなります。情報サイトの充実や宿泊施設の従業員の方々は、地域を知ることの大切さが問われています。


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 夏は家族向けの企画を充実させなければなりません。近くに子供の自然体験ができる場所があると喜ばれます。星空観察、昆虫の採取できる山林、トレッキングのできるコースの設定、海辺での貝殻集めなどが興味を引き付けます。
 また、観光客を宿泊施設だけにとどめるのではなく、地域の生活文化にふれさせることも大切です。昔懐かしい縁日の開催や夜家族で出かけられる地域のイベントも不可欠です。
 そして感動のおもてなしは、リピーターとなり、あらたな客を創り出します。


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 ところで、宿泊者の1年間の動向を霧島地区で例にとると、宿泊者の県内シェアは7月が45%、8月は35.8%を占めています。九州全体では5割を超えており、地元や隣県、九州内にもっと目を向けるべきです。指宿地区も同様なことが言えます。


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 県内には28の有人離島がありますが、隣県からの誘客にも力を入れるべきです。サンゴ礁や白砂の海岸が続く海、原生林などは夏が最大の売りです。豪快なサーフィンのできる種子島や奄美の海岸、屋久島の世界自然遺産、縄文杉や宮之浦岳登山、奄美群島の多様な生態系は来訪者を魅了します。離島の最大の魅力は本土にないスケールの大きい大自然であることです。また、奄美では居酒屋などで食事していると、六調や島唄の調べにいつのまにか仲間にひき込まれていきます。


 若者にはお手頃な価格で行ける船旅がお奨めです。満天の星空を眺めながら夜を楽しんでいると、明け方には名瀬港に着きます。国立公園と世界自然遺産登録を目指す島としての魅力が若者の心を捉えるものと思います。


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 夏休みを最需要期と捉え、県内や隣県から誘客を図るため、「鹿児島県お得旅事業」や国の「割引付旅行プラン助成制度」を有効に活用して積極的な商品造成と情報発信に努め、地域活性化につなげたいものです。
「暑気払い」や「農閑期のお疲れツアー」、「同窓会」、「帰省した人との親睦旅行」、「周年旅行」などにもいかがですか。


 これから九州観光の再生を図るべく、7県が連携し大幅な割引付旅行プランを活用した事業が推進されます。鹿児島県としては、昨年実施した「国内旅行やインバウンドに対するお得旅キャンペーン」を上回る成果を残したいものです。
*旅行商品及び割引等については各エージェントにお問い合わせください。



          椰子の実 島崎藤村~「落梅集」より~

      名も知らぬ遠き島より   流れ寄る椰子の実一つ
      故郷の岸を離れて     なれはそも波に幾月
      旧の樹は生ひや茂れる   枝はなほ影をやなせる
      われもまた渚を枕     孤身の浮き寝の旅ぞ
      実をとりて胸にあつれば  新たなり流離の憂ひ
      海の日の沈むを見れば   激り落つ異郷の涙
      思ひやる八重の潮々    いづれの日にか国に帰らん

*伊良湖岬に滞在していた柳田國男が、浜にたどり着いた椰子の実の話を島崎藤村に語り、その後藤村がその話を元に創作したものです。渥美半島の西端の田原市日出町に記念碑があります。ぜひお訪ねください。

No.415 旅のパートナーは異日常を共有できる人と~あなたは誰と旅しますか~

2016年6月13日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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 2015年の国内旅行に於ける日本人の延べ宿泊者数は4億3,908万人泊(前年比+2.4%)でした。総人口で割ると日本人は1年間に3.1泊していることになります。
 円安等により海外旅行から国内旅行へのシフト、北陸新幹線の開業、TDLやUSJの人気が続いていること等があげられます。せめて日本人が毎年5泊すれば、さらなる大きな経済効果が見込めます。

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 一方、日本人の海外旅行者数は、1,621万人で前年比95.9%と2年連続で前年を割り込んでいます。円安やパリ、中東での相次ぐ爆発事故などがあり、旅行の手控え感が顕著となり、特にヨーロッパへの海外旅行者が減少したことなどがあげられます。

 日本へのインバウンド客の伸びは、日本人の海外旅行者数を大きく上回りました。特に東アジアの中国、韓国、台湾、香港からが顕著ですが、ここ数年タイ、マレーシャ、シンガポール、インドネシア等からも増加傾向にあります。
 LCCの就航、免税品目と店舗の拡大、日本食の世界無形遺産登録、日本文化への憧れ、安全・安心な国日本の魅力が浸透していることなどがあげられます。

 しかし鹿児島にとっては多くの課題があります。急激な個人旅行拡大に対応すべく外国語表記の充実、市中でのコンシェルジュ機能の充実、通訳案内士の確保、爆買だけでなく観光も加えたツアーの充実、北九州方面から南九州を周遊できる割引切符の導入などです。

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 また、東名阪に集中している外国人を九州まで誘致するには、大都会にない九州の大自然や温泉、食、農村や海の美しい景観、観光列車などオンリーワンのPRが必要です。
 九州観光推進機構や各県と連携して、九州の明確なコンセプトを前面に出しPRすることで、ゴールデンルートとの差別化が図られると思います。

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 ところで先日初めての海外旅行で、ハワイ旅行から帰った夫婦を訪ねました。楽しかった土産話を聞くためです。
 ところが、旅行の話になると奥様が開口一番「二度と主人とは旅行には行きません」と不機嫌な様子、会話を聞いていると夫と旅行に行っても楽しいことは一つもなかったと。

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 「朝早くからごそごそ起きだして、日本宿に泊まったかのようにお茶を催促する」、「観光地では、見学することもなくバスから下車せず寝ている」、「フリータイム中に二人でショッピングに行くと、退屈そうで早く済ませろと急がせる」、「夜は日本から持ち込んだ焼酎を部屋で晩酌して、外食に行く気配もない。」等々日本での生活とほとんど変わらず、異国情緒を楽しむ気配も感じられなかったという奥様の怒りが良く理解でき、これでは何のために海外旅行に行ったのか今後が思いやられます。

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 旅行業界で各種のアンケート調査を取っていますが、「誰と旅行をしたいですか」の問いには、夫婦を含めて「家族」で旅したい人は8割を超え、夫婦で過ごしたい方は4割を占めています。人気の高い「家族」との旅ですが、その中でも特に「夫婦二人で」と答えた人を性・年代別で見てみると、特に男性は50代以上になると急激に「夫婦二人で」旅をしたいという気持ちが高まるようです。20代~40代では男女の差はありませんが、50代以上では、男性に比べると女性は「夫婦二人で」旅をしたいという人が少なくなります。
 「夫婦の旅」では「リラックス・ゆったりする旅」や「結婚記念日、ハネムーンの場所をもう一度訪ねる旅」、「家族の絆を確かめる」などがその理由となっています。
夫が妻の考え方を理解し、歩調を合わせられるかが、楽しい旅のポイントではないかと思います。

 仕事がら研修会に講師として参加する機会が多いので、参加者によく質問することがあります。「退職したら誰(妻または夫、子供、友人、一人旅)と旅をしたいですか」と。 年代で多少の違いはありますが、男性の8割は妻と行きたいと手をあげ、女性は子供、友人と続き、御主人との旅行を望む人は3割にも満たない。

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 女性は年齢を重ねるごとに自立心が強く、自分の時間を大切にし、積極的に行動し旅を楽しみたいという傾向が表れています。夫婦旅行の行先は女性が主導権を握り、日頃の趣味や買物などの消費行動にも表れています。
 昼間のバイキングレストラン等を見ると、女性の姿であふれています。
男性は定年を迎えると、家に引きこもりがちで、妻への依存心が一層強くなる傾向があるのではないでしょうか。

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 高度成長期に粉骨砕身働き、社会を支え、バブル崩壊期には人事面で苦労を強いられた多くの「団塊の世代」が退職し、これから旅行を楽しんでもらいたいものです。
 自分が家族を支えたという自負心が一番強い世代ですが、世の中の仕組みやものの考え方についても弾力的にならないと生きていけません。
 今消費を握っているのは女性です。女性に支持されない地域や商品は淘汰されていきます。旅行においても、自分の我を通すのではなく「牛に引かれて善光寺参り」のごとく妻の行動に合わせる余裕が欲しいと思います。

 そう言う自分もなかなか実践できませんが、海外旅行に誘ってもらう条件は、「異文化を理解する余裕を持つ」ことかもしれません。
 1年に数回は旅に出て、国内外の観光地を訪ねてはいかがですか。もちろん夫婦同伴で。

         「夏の思い出」江間章子作詞 中田喜直作曲

160613_10.jpg 夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空
霧のなかに うかびくる やさしい影 野の小径
水芭蕉の花が咲いている
夢見て咲いている水のほとり
石楠花色に たそがれる はるかな尾瀬 遠い空
*6月下旬~7月中旬ごろの尾瀬沼の遊歩道や水芭蕉の群落が目に浮かびます。

夫婦で一度は訪れたい場所です。


No.414 田舎の魅力にふれる旅~古民家でおもてなし~

2016年6月6日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

 日置市の吹上浜公園の東側に、九州最大級の「ホテイアオイ」の群生地である正円池(しょうえんのいけ)があります。6月の正円池は、池全体が緑と薄紫色に埋め尽くされます。

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 植物名の由来は、葉柄の部分が七福人の布袋様のお腹に似ているために、その名がつけられたと言われています。
 ホテイアオイは水草の一種でミズアオイ科、別名はウオーターヒヤシンスとも呼ばれ、原産地はアメリカです。開花最盛期は6~7月ですが9月頃にも花を咲かせます。池の小さな橋を渡り山際の遊歩道を進み、気が付くと少しずつ湖面の情景が変化してきます。
 浮草は風が吹くたびに移動するので、刻々と湖の姿を塗り替えています。毎日その姿を変えるため、一日として同じ風景は見られない。ホテイアオイの花言葉は「揺れる想い」。
 ゆったりと時間の流れに身をまかせませんか。これからが花の見ごろです。
                参考:かごしまよかとこ100選:四季の旅より

 ところで、日置市は吹上町、日吉町、伊集院町、東市来町の旧4町が合併してできた市で、鹿児島市に隣接し人口は5万人弱で、美しい自然と歴史、温泉、窯元等が各地に点在する魅力ある市です。

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 吹上地区には古民家を改築したレストラン、窯元、雑貨店、カフェ等が揃い日本の原風景を眺めながら食事を楽しむことができます。「砂の祭典」の見学の帰りに、今話題の古民家レストランを訪ねました。
 国道から3分あまり、きれいに整備された田舎道の先に、100年以上前に建てられた民家の屋根がくっきりと表れます。「ひる膳 多宝庵」は、改装の設計をオーナー自ら担当しました。周りの山々の緑と水が張られた田んぼの景観が美しい山村の雰囲気を醸し出しています。門構えはお寺の山門を感じさせるような大きな屋根があり、木の板に書かれた店の名前が来訪者を迎えてくれます。

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 部屋に入ると予約客でほぼ満席の状態で、9割が女性で男性は夫婦連れのみです。
10種類近くの料理が個別の皿に盛られ、器はほとんど日置市内の窯元から調達しているとのことでした。人気のランチは、旬の野菜をたっぷり使い、地元の食材にこだわり、健康に配慮されていると感じます。

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 店内には、日置市内の工房でつくられた小物、茶わんやコーヒーカップ、花瓶、刺繍など女性が手に取って買いたくなる手作りのものが並べられています。
 古い柱時計、障子の格子にはめ込まれた和紙で作った四角い刺繍、光沢のある黒い柱、 天井には頑丈な梁が幾つも使われており、建物の歴史を感じます。

160606_10.jpg  経営者の泊さんの話によるとほとんどの日が女性で、滞在時間は1時間30分ぐらいで3時間いるグループも珍しくないとのことです。消費の主役はやはり女性です。
 庭から望む小高い丘は伊作城跡で遊歩道が整備されています。中心に本丸である亀丸城跡が残されています。伊作島津家の居城があった場所で、10代当主忠良、関ヶ原の戦いで知られる義弘、その兄弟の義久・歳久・家久がここで生まれ育ったと伝えられています。
 今も城内には数十の椎の巨木がそびえ、島津家の重要な人物たちが生まれ育った荘厳さを表すかのようです。

 車で3分の場所にある吹上温泉は、西郷隆盛や小松帯刀も療養に訪れた湯治の湯として親しまれてきました。「みどり荘」や「中島温泉旅館」等は常連客も多く、温泉通には知られた秘湯です。食事の後に是非お立ち寄りをお奨めします。

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 日置市で忘れてならないのが、薩摩焼の発祥の地であることです。関ヶ原の戦いで名を馳せた島津義弘が、朝鮮出兵の際に連れ帰った陶工の手で窯が開かれ、薩摩焼が誕生しました。1603年、陶工たちは苗代川(美山)に移り、薩摩焼を伝承、今なお多くの窯元が並ぶ、県内随一の陶芸の里となっています。司馬遼太郎の小説「故郷忘じがたく候」は美山が舞台で、14代沈寿官氏が登場します。美山の町は整備され多くの県外観光客も訪れます。また、市内には24の窯元があり春と秋には窯元祭りが開催され、陶芸ファンが多く訪れます。

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 今回訪ねた古民家レストランは吹上にありますが、日置市内には道の駅、農水産物の直売所、工房、パワースポット、廃線巡り等一日楽しく過ごせる場所が点在しています。
 日置市商工会では「ひおき古民家遊楽里めぐり」というパンフを作り、訪れた方に相互のお店の良さをPRしています。地域に経済効果をもたらすことを第一に各店が取り組み、地域の結束でリピーターを創出しています。地域づくりの要諦です。

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 海が青く輝き、日本三大砂丘の吹上浜が夏の訪れを感じさせます。熊本地震の影響が続き県内の観光地は苦戦しています。みなさまが住んでいるところから近い場所に、楽しい工房や小物店、オープンカフェ等が次々に誕生しています。地元メディアも地域の特色ある食事店や匠の人などを良く取り上げて、放送しています。

 田舎の魅力は自然だけでなく、美味しい食、人の心の温かさが随所に残っていることです。人が動くことで地域は元気になります。日置市を訪ね、日本の原風景にふれてください。必ずや感動を覚える機会に遭遇できると思います。

          ふるさとを 離れて行く日
          もう一度 確かめたくて 乗る市内バス
                        ~俵 万智~

No.413 ありがとうの言葉を素直に言える人に~自ら感動を享受できる心を養う~

2016年5月30日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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打ちしめり あやめぞかをる ほととぎす
鳴くや五月の 雨の夕暮れ

新古今和歌集 ~藤原良経~




 旅先でおなかの調子が悪くなり「掃除中でしばらくお待ちください」と張り紙があるのに、無理にお願いして駅のトイレを借りた経験をした方は、少なからずおられるのではないでしょうか。
 用を済まして出てきたときに、「ありがとうございました」と素直に挨拶はできましたか。
 掃除をしている職員の方から、「清掃中にすみません。大丈夫ですか。気を付けて旅を続けてください」と言われ恐縮し、つい「ありがとう」と言う言葉を忘れてしまいがちです。

 人は日々の行動において「ありがとうございます」と素直に言える習慣を身に付けていると、とっさのときに挨拶として出てくるのではないでしょうか。

 先日、幼稚園児を連れた妊婦の女性が、電車に座っていました。次の電停で杖をついた老人が電車に乗ってきました。すると園児は隣のお母さんに相談することもなくさっと立って、老人のもとに行き手を引っ張って自分の席に案内していました。
 お年寄りからお礼を言われて、園児は逆に「ありがとう」という言葉を発していました。

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 お母さんもびっくりした様子でしたが、乗り合わせている人たちは園児の行動に驚いて席を立つ人や、気まずい顔をしながらも、そのまま座り無関心の人と様々でした。
 おそらく園児は、お母さんからお年寄りや体にハンディキャップがある人がいたら、車内では席を譲るように教えられているのだろうと感心して見ていました。


 このように親切な行動がとっさにできる人がいる反面、無関心の人がいるのも残念です。
 朝夕の通勤の中でもよく見かける風景です。二人掛けの椅子に足を開いて一人で席を占領している若者、窓側にかばんを置き通路側に座って席を譲らない学生、横にハンドバッグと袋を置き化粧をして席を占領している女性、二人椅子のまん中で居眠りをしている婦人等腹立たしい光景を数多く見受けます。

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 旅先でもいろいろな人に会います。駅の案内所、タクシードライバー、バスの運転手、宿泊先のメイド、観光地でのボランティアガイドなどその対応は場所によって、千差万別です。
 見知らぬ土地では、そこに住んでいる人の案内や応対が旅の印象を左右します。駅や空港に着いてまず尋ねる場所は案内所です。親切に案内いただくとその後の旅が楽しみですが、不愉快な対応をされると何しにこの地に来たのかと後悔が先に立ちます。

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 観光客が受けた接遇についてのクレームがよく新聞の投書欄に掲載されますが、常識を疑う行動に驚かされます。観光に従事している人は、お客様から仕事をいただいているという考え方に立つべきではないでしょうか。
 お客様に特別に接するのではなく通常の接し方で十分です。当たり前のことを当たり前に応対することが求められます。

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 人から親切にされ、また、感動した場面に遭遇したら心からその喜びを表すことが大切だと思います。
 人からうれしい言葉をかけられたら素直に喜ぶ姿勢を示すことで、相手にそのことが伝わります。感動体験を自分だけに終わらせるのではなく、相手にまた、お返しする心を育まねばなりません。
 感動体験を多く経験した人間は、心豊かな人となり相手も尊敬し、周りに人が集まります。そのことで自分も成長していくのです。

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 交通機関を利用して降りる際、駅の改札口の人、社内外での清掃会社の人、新聞配達、郵便や宅急便を届けてくれる人たち等日々接している人に心から「ありがとう」の言葉を発してもらいたい。
 「ありがとう」はすばらしい言葉です。
 職場や家庭で「ありがとう」の言葉が自然に出てくる環境を育てたいものです。

 桃李(とうり)もの言わざれども 下(した)自(おのずか)ら蹊をなす
                            ~史記より~

プロフィール

奈良迫プロデューサー
鹿児島県
観光プロデューサー
奈良迫 英光
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