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夏から秋を見据えた商品企画を~需要を的確に取込む為に~

2013年8月5日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

          ころがりし カンカン帽を 追うごとく
                    ふるさとの道駆けて帰らん
                              ~寺山修司~

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 夏休みも佳境に入り、日本人の民族移動が始まりました。高速道路や交通機関はお盆でふるさとへ帰る人や、旅行に行く人で大混雑です。 日本人は正月とお盆にはふるさとへ帰る習慣があり、心のよりどころであるふるさとに何かを求めているのではないでしょうか。

 戦後日本は、どちらかというと農魚村から離れることが当たり前となっていました。鹿児島では高度成長時期に多くの若者が職を求めて都会に旅立ちました。人の流れは田舎から都会へ、農業から工業へと転換し、その結果過疎や過密、田畑の崩壊、限界集落の増加、環境汚染、高齢化と少子化等様々な問題が浮き彫りになっているのが現状ではないかと思います。

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 田舎を出た若者は都会で結婚し定住します。生まれた子ども達にとって親が生まれ育ったふるさとを訪ねて、日本の原風景や祖母や祖父の元気な姿に触れさせることは、子供の教育にとっても貴重な経験と思います。

子供たちに魚が泳ぐ清流や、稲穂が黄色づいた田やさつまいも畑、クワガタムシ、セミが鳴く森林等を訪ね、美しい景観や自然の生態を見せることは、子供の心に大きな印象を与えることになります。

 また、帰省を機に3世代一緒に旅行に出かけることが多くなります。宿泊施設では、子供たちに夏の思い出作りのため工夫が必要であり、ロビーに縁日を作り金魚すくいや風船釣り、外では昆虫採集や花火のイベント等の演出が必要です。 親が子供のころ体験したことを、宿泊施設や周辺の自然の中でできる環境を与えることが必要です。

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 お盆が過ぎると観光地や宿泊施設では、暇の時期となります。誘客対策として、夏休み終盤の企画として、「夏山トレッキング」、「静かな部屋で残りの宿題をすませませんか」、「課題のテーマとして昆虫採集や貝掘りなどしませんか」などの名目で、夏休みにまだ旅行に行ってない人達をその気にさせる努力が必要です。

 また、子供たちのお世話で忙しく、休む暇がなかったお母さん方のために「お母さんの夏休み」と題して、女性向けのリラックスできる宿泊企画も求められます。

 鹿児島の観光にとって9月以降は、大きなイベントや大会もなく正念場を迎えます。紅葉の美しい北海道、TDL30周年や東京スカイツリーで賑わいが続く東京、「八重の桜」効果が出てきた東北、式年遷宮が佳境を迎える伊勢神宮と、東の方が相変わらず話題となります。

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 そのためには、秋の鹿児島の魅力をPRしなければなりません。秋は熟年層の旅行が多くなります。「七つ星in九州」が運行され話題となり、「はやとの風」、「いぶすきのたまて箱」、「いさぶろう・しんぺい号」、「おれんじ食堂」等の観光特急列車も運行されています。 以前鹿児島に来ていただいた人々には列車の旅がお勧めです。県民の皆様もぜひ乗ってもらいたい列車です。

 また、無料化になった佐多岬や、イプシロンロケットの打ち上げのある内之浦等大隅半島も見どころ満載です。

 28日のNHKの「ダーウィンが来た」でアマミノクロウサギが取り上げられ、その生態と奄美の自然の素晴らしさが放映されました。奄美群島は、琉球諸島とともに世界自然遺産の登録候補地として暫定リストに記載され、平成28年度登録を目標に準備が進められています。(平成25年1.31政府決定) 奄美群島は、離島観光の目玉の一つであり、皆様もぜひ奄美の夏を訪ね、美しい自然美を堪能しPRしていただきたい。

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 海岸をウォーキングしていると、夕方の夏空に赤とんぼが飛んでいました。「アブラゼミ」とともに「ミンミンゼミ」の鳴く声が木々の間から聞こえて来ます。夏の暑さも少しずつ和らいでいるように感じます。 各観光施設では夏休みの後半から秋にかけての商品企画を、早めに顧客に提供していくことが求められています。

         思い出の一つのようで そのままにしておく
                     麦わら帽子のへこみ
                              ~俵万智~

志ある経営者~顧客と家族を思う心に感謝~

2013年7月29日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

 最近経営者の熱い思いに触れる機会がありました。ある運輸機関のバスの座席の前に次の言葉が書かれたステッカーがありました。「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る」と。

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 経営者は、社員の皆さんに訴えています。仕事を始める前は朝日に手を合わせて一日の無事を祈願し、昼間は事故なく一生懸命に自分と顧客のために働き、夜眠る前には事故なくお客様を運ぶことができたことに対しての感謝の気持ちを、そして自分自身の行動を反省することの大切さを問うていると思います。                   

 常に感謝の気持ちを忘れず、また、一日一度は冷静な空間に自分を置き、明日に備えることの心構えの大切さを教えています。社員を大事にする心が企業の発展には不可欠と思います。「おもてなしの心」はこのような企業風土から生まれるのではないでしょうか。

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 先日ある役所での会議を終え、国道沿いの小さな食堂に入りました。従業員の女性が明るい声で「お疲れ様です」と大きな声で挨拶し、すぐおしぼりと冷たい麦茶が出てきました。猛暑の折疲れた体に一服の清涼剤となりました。

注文の品を頼み何気なく壁を見ると、「祖先と親を忘れるな、親あっての子。90歳以上のお年寄りと同居されている方は、レジで申し出てください。そばをお持ち帰りいただきます。」の言葉の書かれた手書きの張り紙が目に付きました。

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 食事をしながら経営者の心に思いを馳せました。日頃親のお世話で疲れている人へのご苦労さんの気持ちと、同居している年寄りにそばを持って帰ることで、両方に喜んでもらいたい思いがこめられています。鹿児島では子供の頃は、親がそばを作って家族に食べさせてくれました。特に年越しそばは各家庭で準備したものであり、小生も親戚総出でそばづくりに励んでいた姿を覚えています。今は家でそばを打つ人はほとんどいません。

 また食糧難の時代は「そばがき」などを食べて飢えをしのいでいた時期がありました。かつて身近な場所にあったそば屋も少なくなり、お年寄りが気軽に食べる機会も少なく なっていると感じます。持ち帰ったそばを、お年寄りが喜んで食べている姿が連想されます。いつまでも元気で過ごしていただけたらという思いがつのります。

 ところで、連日メディアで子供や親の虐待、親子殺人、また老人の孤独死等が伝えられる等、悲しい出来事が多く残念でなりません。 家族の構成状況を表す「日本の世帯数の将来推計調査」によると、親子3世代で住んでいる家庭は、2010年で全世帯の11%程度ですが、2035年には7%程度になると推計しています。(人口問題研究所:平成25年調査)。

 これから核家族化が一段と進み、親・兄弟全員が揃うことさえも少なくなるのではと危惧しています。少子化とともに高齢化に拍車がかかる日本の悩める将来の姿があります。

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 まもなくお盆の入りです。人の命は先代からずっと続いてきて尊いものです。家族全員で祖先のお墓参りに出かけて自分が生かされていることへの感謝と、命の大切さを子供に悟らせる良い機会ではないでしょうか。

 訪ねた食堂の経営者の心には、いつも祖先や親への感謝の気持ちがあり、そのことが来店者への接遇にもつながっていると感じました。暑い夏の日心が和んだ時間でした。

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ひまわりは金の油を身にあびて            ゆらりと高し日のちいささよ                            ~前田夕暮~

奄美のすばらしさとは~自然を守る人達の取組に感謝~

2013年7月22日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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 日本には多くの島がありますが、沖縄本島、佐渡島に次いで大きいのが奄美大島です。県内には、28の有人の島があり、それぞれ独特の文化、歴史、自然の魅力があり訪ねてみたい島ばかりです。しかし多くの島は交通が不便であり、必ずしも観光客誘致には恵まれているとは言えません。

 厳しい自然や離島というハンディの中で生きてきた島の人々の暮らしの知恵は、われわれの生活に多くの示唆を与えてくれます。

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 島に客を呼ぶ方法としていくつかの方策が考えられます。イベントを開催する場合には、限られた船便や飛行機には定員があり、一度に多くの誘客は厳しくなりますが、南の島でしか見ることができない動植物などの希少価値や美しい海を活用した体験などを売りにPRすることが必要です。

 今年も13日から、「あまみシマ博覧会」が始まりました。 奄美の郷土料理をつくる、味わう。自然を歩き野生動物を見る、観察する。伝統的な工芸や芸能を体験する。美しい海でのマリンスポーツを体験する等、奄美群島で70のプログラムが用意されています。取材のために奄美を訪ね、今年のプログラムを体験しました。

 一日目は、観光ネットワーク奄美事務所の水間さんのガイドによる「亜熱帯の森・金作原原生林探検」です。 原生林の近くは道路の横まで木々が生い茂っているため、途中で車を乗り換えることとなった。

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 奄美の市街地から車で30分、金作原(きんさくばる)原生林では、10メートルを超えるヒカゲヘゴやイタジイ、タブノキ、イジュといった巨大な植物群をみることができます。また、アマミノクロウサギやルリカケスなど貴重な動物が生息する固有林で、その神秘的なジャングルは、映画「ゴジラ」の舞台ともなっています。

 水間さんのガイドは、奄美の成り立ちから、現在の動植物の生態系まで具体的な説明があり、理解しやすく興味深く聞いていました。原生林はひんやりとして涼しく、下界とは別世界の感じです。鳥や虫の鳴き声がいたるところからきこえてきます。いつまでも美しい神秘な自然が保たれることを祈りながら2時間あまり散策しました。

 2日目は奄美群島観光物産協会の石原さんの案内で、南部にある黒糖焼酎工場の見学と宇検村、湯湾岳、大和村を廻りました。奄美特産のひとつである「奄美黒糖焼酎」は、古くから長寿の酒として楽しまれており奄美群島でしか作ることができない焼酎です。

 黒糖焼酎の命は黒砂糖と水にありますが、宇検地域は後背に奄美で一番高い湯湾岳があり、そこに降る雨が湧き水となり、美味しい酒を作り出しています。特に音楽の振動音で美味しい酒を造る手法には、興味が惹かれました。また、工場誘致は地域での雇用を生み出していることで、地域づくりのあり方を示唆しているように感じます。

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 湯湾岳に到る渓谷沿いには、奄美独特の植物で他の植物に着生し成長する「オオタニワタリ」が見られます。豊富な水がこの植物を育てています。山頂から見る奄美の自然はすばらしく、世界遺産候補の一部になっている地域は特定できませんが、どこまでも続く森林とはるかに見える海の青さが印象的であり、この自然をぜひ世界自然遺産に登録したい思いにかられました。

 大和村に入ると、「島育ち」の歌詞に歌われている立神のある美しい海岸線にでます。 高倉を集めた群倉(ぼれぐら)が道路沿いにありますが、工事中の看板の置き方や休憩用に置かれた長椅子の背には飲料水メーカーの広告があるなど、まわりの景観に不具合で残念な気持ちになりました。美しい自然の中では、景観には特に配慮する必要があります。

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 夜は、24時間眠らない奄美の森、夜行生の生物が多く生息する山中の見学で「奄美の森のナイトウォーク・リスニングツアー」です。「観光ネットワーク奄美事務所」の越間さんに案内していただいた。暗い山道をゆっくりと車を運転しながら移動し、ウサギを見つけると、車のライトを消して息を止めて観察です。夜行性であるため灯りを警戒しています。

 今回は特別天然物のアマミノクロウサギ、オオトラツグミ、アマミイシカワガエル等貴重な動物に遭うことができました。特に絶滅危惧種に指定されているアマミノクロウサギには、7羽ほど会うことができ一同大感激です。暗い夜道にはカエルや昆虫がおり、ガイドさんは虫一匹も轢かないようにと慎重に運転していました。エコガイドの皆さんはそのような心構えで自然保護に努めていると、語った言葉が印象的でした。

 ハブは猛毒を持つ動物ですが、エコガイドさんの話によると、本来ハブは人間を襲うものではなく、従来から健康食品や傷薬に加工され共存共栄の道を歩んできたのも事実であり、最近では街角ではほとんど見かけることはないとのことです。 我々も3日間の滞在中、野生のハブに出会うことはありませんでした。奄美の大自然と共生していくことの大切さを教えてくれました。

 今後島への誘客に当たっては、エージェントのクラブ組織、大学やカルチャーセンター等で島の生活や文化を学ぶ機会を増やす取組や、自然保護の重要性を事前に学習する必要があると思います。そのことが奄美の価値を高めることになります。

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 最後の日に赤木名の海岸で、スタンドアップパドルというマリンスポーツを体験しました。台風接近で、予定していた笠利の東海岸は荒れてできませんでしたが、半島の反対側の海岸は凪の状態で海の魅力を堪能できました。


 サーフボートに立ちパドルで漕ぎ進むNEWスポーツで、小学生からご年配まで楽しめます。東京からのIターンの福田さんは、永年ハワイに住み、そのすばらしさを知り尽くしているひとりですが、今後奄美の海をこのスポーツのメッカにしたいと意気込んでいました。

 ところで2013年1月31日に、「奄美・琉球」を世界遺産暫定リストに記載することが決定しました。その理由として「地史を反映した独特な種文化・系統的多様化の過程を明確に表す見本」があることと、「世界的に重要な絶滅のおそれのある種の生育・生息地など生物多様性の生息域内保全にとってもっとも重要な自然の生育・生育地を抱合した地域」であることをあげています。

 日本で初めて「世界自然遺産」に登録された屋久島は、登山者の急増で、ごみやし尿処理が大きな課題となっており、登山制限や入山料などの問題が議論されています。登録前にきちんと条例を定めて、自然保護の大切さを知らしめる必要があります。

 また、地域一体となり、自然保護の重要性、世界自然遺産に登録されることの価値を共有しなければなりません。その意味でもエコガイドさんの考え方をいかに浸透させるかが「世界自然遺産登録」の重要なかぎとなると信じます。

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 45年前から奄美を訪ねていますが、あらためて奄美の自然のすばらしさ、貴重な動植物を保護することの重要性を認識しました。 13日から「あまみシマ博覧会」が始まっていますが、エコガイさんの案内で島の自然の魅力に触れてください。今年の夏は新たな体験で、本土と違った自然の姿に感動するのではないでしょうか。

高校野球とふるさと意識~母校の後輩の活躍に声援を~

2013年7月16日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

 梅雨空が晴れて、入道雲が見られるようになり本格的な夏の到来です。近くの山の木々の間からセミの鳴き声が賑やかに聞こえてきます。これから約1ヶ月が鹿児島は一番暑い時期を迎えます。

      さじなめて 童(わらべ) たのしも 夏氷      ~山口誓子~
      夏の風 山よりきたり 三百の
               牧の若馬 耳吹かれけり     ~与謝野晶子~

 第95回全国高校野球選手権鹿児島大会が、82校の参加のもと開幕し、順調に進めば 23日には出場校が決定して、8月8日から15日間阪神甲子園球場で開かれる全国大会 に出場します。

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 鹿児島の高校野球といえば従来鹿児島市内の学校が甲子園行くのが常連でしたが、ここ 数年地方の学校も甲子園に出場するようになり、実力伯仲で楽しみが増えます。文武両道をめざす学校や優秀な選手が地元の高校に入学し入部するようになり、指導者も甲子園への夢を求めて練習に熱が入るのではないでしょうか。

 連日県立鴨池球場と鴨池市民球場で熱戦が繰り広げられていますが、皆様は母校の応援に行きましたか。母校の名前が刻まれたユニホーム姿や、後輩たちのプレーに一喜一憂しながら懐かしい高校時代に思いを馳せているのではないでしょうか。応援団席では在校生やOB、父母の会、ふるさと会などが校歌や応援歌などで応援を送っており、その仲間の列に自然に入っている自分の姿があります。

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 高校野球は日本の夏の一大行事で、メディアで毎日話題になることから、ふるさと意識を高揚させるスポーツではないかと思います。鹿児島市内には市町村のふるさと会や各高校の同窓会がありますが、甲子園出場校が決まると関西地域のふるさと会が大阪で激励会を開いてくれます。

 なぜそれほどまでにふるさと意識が高揚するのでしょうか。美しい自然に囲まれた環境や幼い頃から無心に遊んだ仲間が多い地域で育つと、人は郷愁が強くなるのではないでしょうか。特に伝統的祭りや、地域の運動会、文化祭、食育祭り等大人も子供も一緒になって、地域の活動に参加していたことも影響しています。そのような経験を持つ人々は母校の試合があると、ふるさとの仲間や田舎の近況を尋ねて、暑い中球場に足を運びます。

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   小生は何回となく、甲子園出場校の添乗で甲子園に行きました。かつては夜行バスや臨時列車が多くありましたが、最近では排出ガス規制などで環境基準をクリアーしたバスしか球場周辺への乗り入れができないため、利用交通機関も多様になっています。

 甲子園球場は選手にとって憧れの場所で、独特の雰囲気があり、試合では多くのドラマが生まれます。また、将来プロ野球で活躍しそうな選手がいるチームとの対戦は、興味がそそります。勝ったチームの応援席にいると、甲子園球場に流れる校歌に涙するOBやふるさと会の方々が多く感動を覚えます。校歌は、自分のふるさとを自覚させるものです。

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 やはり、ふるさとは心のよりどころであり、元気をかきたてる場所です。特に伝統ある学校が初出場となると、同窓会が資金集めに奔走し、選手の出場を支えています。出場にあたっての経費は、初戦は全校応援の学校が多く交通費、統一ガウン、帽子、メガホン、旗等数千万円かかるといわれます。地域、卒業生の支援は、ありがたいものです。

 甲子園出場は、地域に多くのメリットをもたらします。生徒募集に苦労していた学校が翌年から志願者が増え、勝ち進むと学校名も浸透し、観光ルート上にある学校は地域の名所として紹介されることもあります。

 昭和41年初出場で初優勝した「三池工業高校」は、炭鉱の街として知られた大牟田市にありますが、当時は労働争議の最中でしたが、沈滞していた街をよみがえらせ、ひときわ歓喜に包まれました。

 今年の選抜大会に出場した志布志市の「尚志館高校」は、大隅半島から初めての快挙であり、しかも地元の生徒だけのチームとして話題となりました。志布志市は今スポーツ合宿に力を入れており、全国にPR効果をもたらしました。

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 高校野球のすばらしいところは、生徒たちが一球一球に真剣であり、全力疾走でベンチへ戻るなど、教育的にも教えられることが多くあります。試合後は勝敗にかかわらず、応援席に向かって一列に並んで、一礼をする姿にはさわやかな印象を感じます。

 今年の鹿児島大会は激戦が予想されています。どこの学校が優勝するか楽しみですが、甲子園出場校には県民として大きな声援を送りたいと思います。 鹿児島に深紅の大優勝旗が凱旋することを夢見ているひとりです。選手諸君にとって青春の一ページを飾るすばらしい試合を期待します。

少年たちは異国に何を求めたか~日本の近代化に貢献した若者の息吹を感じる施設に~

2013年7月8日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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 1865年(慶応元年)4月17日19名の若者を乗せた蒸気船「オースタライエン号」が、密かに英国に向けて串木野の羽島を出港しました。 当時日本は鎖国状態であり、甑島、大島出張という名目での密航でした。2か月後の6月21日にロンドンに到着しロンドン大学に留学しますが、途中の船上で髷を切り落としています。

 留学生を派遣した理由は、産業革命を経たヨーロッパ列強は、19世紀初頭には市場を求めてアジアに進出して来ていました。当時の薩摩藩は日本本土最南端の藩として、琉球を治めており、地理的位置からも外国の危機に直面していました。

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 特に清国とイギリスとの間に1840年アヘン戦争が起こり、危機感を感じた28代藩主島津斉彬は集成館事業に代表される、近代事業に取組み、その一貫として欧米への留学生の派遣を計画していました。しかし1858年斉彬候が急死したため、計画は中断されていました。

 しかし1863年、薩摩藩は生麦事件が発端となり、イギリスと戦争(薩英戦争)をおこし、欧米列強の圧倒的な強さを知ることとなります。それでも薩摩藩は、1865年江戸幕府が鎖国令が出ている中、4人の使節団と15名の留学生を旧敵のイギリスに派遣することになったのです。留学生たちはロンドン大学で勉強した後それぞれの道を歩み、日本に帰った若者は明治維新の政府の中心として活躍しました。

 1865年といえば、幕末の志士坂本龍馬が長崎で日本で最初の貿易商社「亀山社中」を創設した年です。日本が激動の中で薩摩藩がいかに先見の明を持って、若者を異国の文化に触れさせる努力をしていたかが解ります。

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 この度留学生が船出した、いちき串木野市の羽島港の近くに「薩摩藩英国留学生記念館」が開設されることになり、先日新築工事の安全祈願祭が行われました。完成は2014年の春の予定であり、命をかけて世界を見聞しようとした若者たちの情熱や生きざまが甦ります。

 主な人の足跡を紹介します。
 村橋久成は、戊辰戦争の際砲台長として活躍し、その後北海道開拓使となり、サッポロビールの生みの親として語り継がれています。鹿児島で「サッポロビールの愛飲の会」が結成されていることなども、彼の足跡が大きいと思います。

 留学当時13歳と最年少であった長沢鼎は、その後アメリカに渡り生涯を過ごし、広大なぶどう園の経営とぶどう酒製造に尽くし、ワインの帝王と称されました。鹿児島でもナガサワワインとして親しまれています。

 畠山義成は、出航からロンドン到着直後の様子をまとめた「畠山義成洋行日記」を遺しています。1866年にはフランスに渡り見聞を広めています。帰国後「岩倉使節団」にも招集されました。その後文部省に出仕し、東京開成学校(現在の東京大学)初代校長として、日本の大学の基礎作りに貢献しています。 

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 羽島港の建設予定地の海岸には、彼の
「君か為 忍ふ旅路と知りながら きょうの別れをいかて 忍ひん」
の句碑があります。若者に託された使命と異国への旅立の不安が交錯している気持ちを歌った句です。

 鹿児島中央駅前は「薩摩藩英国留学生」の若き群像のモニュメントが建立されていま す。ぜひ碑に刻まれた彼らの功績をご覧下さい。

 ところで来春開館する記念館を観光客誘致にいかに活かすかが問われています。全国の博物館や仙巌園など近代化遺産群のまちづくりをコーディネートされた砂田光紀さんが、総合プロデューサーとして開設の準備に当たっています。

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 JRの串木野駅から20分の距離で国道から離れていることもあり、観光ルートに繰り込むには、かなりの宣伝力とエージェントへの売り込みが必要です。海外に船出した留学生の年齢を考えると、若者にPRすることが大切です。

 インターネットや各種メディアの普及により、リアルに海外の情報が入手できるようになり最近の若者は以前ほど海外に興味を示しません。その意味からも海外に渡ることの必要性をもっと抱かせるチャンスです。留学生たちの思いのこもった貴重な資料が展示される予定であり、校外学習の格好の教材になります。

 県内の小中高生に在学中に一度は、遠足等で訪れて欲しいと思います。学校行事のカリキュラムに組み入れてもらう必要があります。また、薩摩川内、いちき串木野地域へのグリーンツーリズムも増加傾向にあります。民泊先と提携し、体験のメニューとして会館の見学をぜひ組み入れていただきたいと思います。県外の学生さんに、留学生の夜明けは鹿児島から始まったことを伝える良い機会にもなります。

 また、知名度が十分でないため、NHKの「歴史秘話ヒストリア」や土曜劇場などの番組で取り上げていただく運動も引き続き行わなければなりません。くしくも2015年は、留学生派遣から150年目の節目の年を迎えます。「薩摩藩英国留学生」のヒストリーを語り、若いうちに海外に行くことの重要性を問いかける必要があります。

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 串木野の中心部から離れた羽島の海岸に立つと、広大な海が前に広がり、後背は緑の山に囲まれ、密航するには都合の良い地ではなかったかと想像されます。  若者に海外への志向を惹起させる会館として、大いにPRして多くの人々が訪れる施設にしたいものです。  

プロフィール

古木 圭介プロデューサー
鹿児島県
観光プロデューサー
古木 圭介
(平成29年4月より就任)
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