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桜島の噴火の影響を最小限に~日常と変わらない生活の姿を発信~

2013年9月2日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

桜島(空撮).jpg

 先月18日に桜島が、観測史上最も高い噴煙を上げ、5000メートルの上空まで達しました。現在噴火しているのは昭和火口で、爆発は今年500回目を数えました。 噴火のたびに、鹿児島市内や周辺の街に大量の火山灰が降り、市民はその対策に頭を痛めているのが実情ですが、自然現象であり大きな災害につながらないよう防災の意識を日頃から徹底しなければなりません。

 鹿児島を訪れた観光客は、錦江湾に浮かぶ桜島の雄姿、もくもくと上がる噴煙のスケールの大きさに驚嘆の声を上げ、特に外国人にはその驚きが顕著なようです。

 今回の爆発的噴火で鹿児島市内が薄暗くなり、マスクをした市民、ライトを付けた車が走り、フロントガラスに降り注ぐ大量の火山灰の様子等が、当日の夕方のNHKトップニュースで報道されました。また民放各社は、翌朝のワイドショーでも大きく取り上げていました。

教育旅行(桜島).jpg

 噴火の翌日、小生は教育旅行誘致で神奈川県と横浜市役所の訪問、首都圏での説明会等にのぞみました。会う人ごとに「桜島が大爆発しましたね」、「大量の火山灰による健康被害はないですか」、「生活はちゃんとできますか」等心配する声とともに、「秋に修学旅行を予定していますが、大丈夫ですか」と旅行実施を危惧する質問もありました。

 訪問先で述べたのは、「鹿児島では桜島の噴火は日常茶飯事であり、特別生活に支障はありません。火山灰が堆積し、風により舞い上がり、その除去や洗車、洗濯物が外に干せないなどの影響はあります。」と桜島の影響を払拭するのに大変でした。 桜島の噴火を経験していない県外の方々は、メディアで報道される桜島や市民の姿に驚きと恐怖感を覚えたのではないでしょうか。

 爆発による取消等が発生しているのも事実です。特に桜島近辺の施設は影響が大きくなっています。きちんとした情報を提供し、噴火の風評被害の終息を図らねばなりません。

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 これから2学期になると、修学旅行生が多く訪れます。通常の時期であればバスガイドさんが、「鹿児島に滞在中に皆さんに桜島の噴火の雄姿をぜひ見せてあげたい」と説明します。運良く噴火をし、生徒さんが感激したという話を聞きました。生きた火山の姿を目のあたりにするのも、鹿児島ならではの観光の魅力ではないでしょうか。

 霧島の新燃岳噴火の際は、影響が長引き観光に大きな影響がでました。在福のメディアや都市圏のエージェントを訪問し、霧島温泉の実情や日頃と変わらない生活の実態を説明し、風評被害の拡大防止に努めました。

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 今回の噴火後はすぐに、県のホームページに桜島の噴火の情報を詳しく掲載しました。また、JNTOや東南アジアのエージェント、県の海外事務所、九州観光推進機構、国内のエージェントに対し、観光には全く支障がない旨の情報を発信しました。

 ところで今運行している「よりみちクルーズ」に加えて、9月から「錦江湾魅力再発見クルーズ」が運行されます。(9/14~11/9の土曜日、10/5を除く) 海から見る鹿児島市と反対側から見る桜島の魅力や奥錦江湾、昭和火口、新島等違った景観が眺められるのが今回の就航船の特徴です。

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 噴火が続いている桜島ですが、厳しい生活環境の中でも約5,800人の住民が住み、限られた農地では「びわ」、「桜島大根」、「桜島小みかん」などの農産物が収穫され、島の特産品として人気があります。


 桜島には、桜島ビジターセンター、国際火山砂防センター、黒神埋没鳥居など火山に関する施設、噴火遺跡があるのに、その魅力が意外と伝わっていないのではないかと思います。噴火は現実問題として捉え、桜島を1つのフィールドとして位置づけ、自然と対峙している島民の暮らしにもっとスポットを当て、生きている火山を学ぶ教材として小中学校の勉強にも活かすべきです。

 桜島の噴火を負の遺産として捉えるのではなく、噴火がもたらす自然の贈り物をプラスに変える取組が必要ではないでしょうか。

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 一方、観光客は県内を広域に回るため爆発と報じられると桜島だけでなく、県内の宿泊地にも多くの宿泊のキャンセルが発生します。霧島の新燃岳噴火のときは、霧島温泉だけでなく県全体への観光客の減少につながり、情報発信の正確性が問われました。

 毎年桜島では、避難訓練が行われるなど万全の体制で危機管理がなされており、そのような情報もきちんと伝える必要を感じています。

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 作家梅崎春生は、小説「桜島」の最終章で、桜島を次のように表現しています。 「崖の上に、落日に染められた桜島岳があった。私が歩くに従って、樹々に見え隠れした、赤と青との濃淡に染められた山肌は、天上の美しさであった。」桜島の美しさは今でも変わらず魅力的です。


 県民の皆さんも国内外の友人に、桜島の噴火による影響等について、正しい情報発信を宜しくお願いします。

先人が成し遂げた改革に学ぶ~明治維新150周年~

2013年8月26日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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 2018年は、明治維新150周年の節目の年となり、偉人たちの足跡をたどり、薩摩の新進気鋭の精神を学び、受け継いでいく取組が求められています。 250年以上続いた幕藩体制に終止符を打ち、新しい政治体制を作り上げたのが薩摩藩、長州藩、土佐藩、肥前藩を中心とする西南の雄藩でした。


 28代当主島津斉彬は、日本の近代化を牽引した名君と称せられます。早くから海外事情や科学、文化などに造詣が深く、欧米列強の力が日本に及ぶことをいち早く察知して様々な事業を展開します。

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 1865年串木野の羽島港を出立した14名の「薩摩藩英国留学生」は、斉彬公の生前の発案と言われ、国禁を犯して渡欧した若き薩摩の俊英たちは、帰国後多くの分野で近代日本の礎となり活躍しました。

 初代文部大臣となった森有礼、東京国立博物館を創設した町田久成、東京開成学校(後の東京大学)初代校長の畠山義成、日本初のビール工場の設立に尽くした村橋久成、アメリカに渡り、ぶどう農園の経営に成功してカリフォルニアのぶどう王と呼ばれナガサワワインで有名な磯長彦助(後の長沢鼎)らです。

 2014年春には、羽島の地に記念館がオープンします。鹿児島の小・中・高校生に必ず見ていただき、海外への夢を抱いて欲しいと思います。(島津斉彬は1858年急死している。)

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 また、斉彬公は近代国家建設には、新しい産業の創出が不可欠と考え、反射炉、製鉄溶鉱炉、ガラス製造所、紡績工場など日本で初めて近代的な工場群「集成館」事業を展開します。当時アジア地域では最大の工場群といわれています。


 また、新田開発、かんがい事業などの農業、真珠やコンブの養殖等の漁業、錫の増産する鉱業等の事業にも着手します。それはやがて明治維新の「富国強兵」や「殖産興業」という大きな政策として受け継がれていきます。

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 一方、斉彬公は人を見抜く才能に長けており、身分を問わず積極的に人材登用につとめ、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らは、幕末・明治維新体制の中枢として活躍していきます。

 大局を見抜く能力、将来の人材として見抜き育てる力、新しい産業の創出と、島津斉彬が展開した日本近代化への道筋には、学ぶべき事が多くあります。彼なくして日本の変革はありえず、このことは世界にも十分PRしていかねばならないことです。  不透明感のぬぐえない現在の時代において、十分活かせるものがあるのではないでしょうか。

 勝海舟は、著書『開国起源』の中で「幕末において世界の大勢を察する活躍を有した人は、薩摩侯斉彬だけだった。・・・・その辛苦経営の力によって開国の基礎はできた」と称賛しています。

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 幕末から明治にかけて西郷隆盛、大久保利通らの活躍は、現在放映中のNHK大河ドラマ「八重の桜」でも描かれています。 明治維新150周年まで5年足らずです。「近代化遺産事業」の世界遺産登録は、150周年事業の最大のテーマであり、鹿児島の魅力を世界に発信する最大の力となります。

 薩摩藩とりわけ島津斉彬が先見の明を持って日本の近代化に取組んだ偉業を、県民の皆様がもっと関心を持ち広げていくことが、明治維新150周年の意義であり、鹿児島の風土や文化を受け継いでいくことになります。

 県、市町村、経済界、観光団体と一緒になり、薩摩を題材とした次の大河ドラマ制作の働きかけを行っています。新幹線開業効果が、一段落しつつある中で継続した運動が必要です。明治維新150周年という年に向けて、毎年話題性のある取組を展開していきたいと思います。

参考:かごしまよかとこ100選

環境保護の取組が屋久島の魅力に~世界自然遺産登録20周年~

2013年8月19日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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 屋久島と白神山地(青森県、秋田県)の世界自然遺産登録20周年を記念するトークセッションが開催されました。両県知事をはじめ関係者が参加し、世界遺産保護や環境問題について活発な討議がなされました。 鹿児島県と青森県は、湾を挟んで2つの半島があり地図を反対にすると、地形が似たような県であることがわかります。

 日本で初めて屋久島と同時に世界自然遺産に登録された白神山地について説明したいと思います。

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 白神山地は「神々の住む森」といわれます。遥か彼方まで広がる広大な森の姿に、人知を超えた偉大な力を感じ、神々の姿を想起したのかもしれません。白神山地とは、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる13万ヘクタールに及ぶ広大な山地帯の総称で、このうち原生的なブナ林で占められている約1万7千ヘクタールが世界自然遺産に登録されました。

 ここには、東アジアで最大級の原生的なブナ林、約500種の植物相、ニホンカモシカ(特別天然記念物)、ニホンザル、イヌワシ(天然記念物)、クマゲラ(天然記念物)、クマタカ、無脊椎動物などによる、豊かな生態系が存在しています。 こうした豊かな自然あふれる白神山地は、一般に「原生林」として知られていますが、決して人々の暮らしと離れた場所ではなく、マタギをはじめとする人々が古くから暮らしの糧を得てきた場所でした。

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 ブナの森は、薪炭、山菜、熊を与え、森が蓄えた水は川魚育むとともに穀倉地帯の水源となり、伏流水とともに海に流れ出た水は豊富な魚介を育んできまし礎となり、白神山地の恵みや厳しさと共生してきた人々の暮らしは、多くの文化人も惹きつけてきました。白神山地の周りの地域=環白神地域には、そうした、様々な魅力があふれています。

 一方屋久島は、鹿児島港から高速船で約2時間で行くことができます。洋上アルプスと呼ばれる屋久島最高峰の宮之浦岳をはじめ、1000メートルを越える山が連なり高い地域は北海道と同じ亜寒帯の気候と植生となっています。島の低い地域は亜熱帯であり、日本列島が縦に並んでいるのが、屋久島の姿です。

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 かつて屋久杉は藩の重要な財源であり、多くの木が切り出され、島外に搬出されました。切り出された屋久杉は、トロッコで麓まで運ばれていましたが、今でもその名残の線が残されています。 縄文杉登山には、毎年約10万人が訪れていますが、そのトロッコ列車の軌道を歩きながら渓谷を登っていくのも魅力の一つです。



 また、屋久島は文化人にも愛され、林芙美子の「浮雲」、椋鳩十の「片耳の大鹿」、「大造じいさんとガン」などの文学作品の中に屋久島の自然の美しさが描かれています。映画「もののけ姫」で一躍有名になった「白谷雲水峡」は、散歩姿で訪れることができ幻想的な森の姿に遭遇できます。

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 屋久島は「大川の滝」、「千尋の滝」、「ヤクスギランド」など気軽に車で行ける観光地も多く、年間の入込み観光客は25万人を越えています。(平成11年度) 二つの町が合併して島は一つになり人口減が少ないのは、安定した観光客の入込みによる観光産業の発展が地域への経済効果をもたらしているからだと思います。

 一方では今、屋久島の自然をいかに守るかが問われおり、登山者増による縄文杉の保護対策、繁忙期の一部地域への車の乗り入れ規制や、環境に優しいエコカーの導入等などが進められています。


 ところで昔から葛飾北斎や安藤広重などの絵で有名な富士山が、世界文化遺産に登録されました。富士山は日本の象徴として親しまれています。

 この度静岡県と山梨県では、富士山の保全協力金の名目で「入山料」の徴収を試験的に実施しました。その結果7月25日から10日間で、34,327人の登山者から3,412万円の協力金が得られました。両県では今回の協力金を環境保全に役立てる計画であり、来年度からの本格的導入に向けて検討を進めることにしています。

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 今回のシンポジウムで両県の知事は環境問題の大切さを再発信すべきと訴えていました。伊藤知事は、現在の任意の協力金で管理されている山岳トイレ問題にふれ、入山料を公的に徴収した方が良いかもしれないと問題提起されました。

 また、三村知事は地球環境をみんなで考え、ブナ型文化の動きにつなげようと訴えていました。いずれにしても環境問題と地域経済の発展が両立できることの重要性を感じました。

 2つの世界自然遺産は日本で最初の登録であり、その後、知床、小笠原と続きました。今「奄美・琉球」が暫定リストに掲載されています。正式登録が待たれるところです。

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 世界自然遺産20周年を機に、屋久島の自然保護の大切さについて入山者のみならず、県民ももっと理解を深める必要があります。屋久島での自然保護が徹底されることが、屋久島の魅力を世界に発信することにつながり、そのことが持続できる観光地になるのではないでしょうか。

参考:世界自然遺産 白神山地 発行環白神エコツーリズム推進協議会

武家屋敷を観光に活かす取組~日本の四季をいかした情報発信が必要~

2013年8月12日
鹿児島県観光プロデューサー 奈良迫英光

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 薩摩川内市の入来町にある入来麓は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されており、歴史的景観に優れた「建築物」、門・石垣・土塀などの「工作物」、生垣・樹木・水路などの「環境物件」が残されています。

 今年の4月には、入来麓武家屋敷群の「旧増田家住宅」が3年かけて大正期の姿に復元され、現在一般公開されています。

 薩摩藩は、領内を113の区画にわり、それぞれに地頭仮屋を設け、その周囲に「麓」という武士の集落を作り、その地域の行政と軍備を管轄させました。この制度は島津家当主の内城に対して外城といい、歴史用語として外城制と言われています。県内では、「出水麓」、「知覧」、「入来麓」の3地域が保存地区に選定されており、いずれの地域も武家屋敷群を中心とした武家町の名残を留めています。

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 このたび、出水市の渋谷市長、南九州市の霜出市長、地元薩摩川内市の岩切市長や、武家屋敷保存会、観光協会の役員等が参加し、3市の貴重な観光資源である「武家屋敷群」を観光に活かす取組をメインとした「重要伝統的建造物群保存地区」~武家屋敷サミット2013~が、入来麓の「旧増田家住宅」で開催されました。

 入来麓は、江戸時代の古い建築物もありますが、中世から近世の遺稿が残り、石垣と生垣が連続した区割りと入口から玄関まで何度も折れ曲がる入口が配され、これらの武家住宅の様相が残る武家屋敷群となっています。3つの武家屋敷群の中では、歴史的に一番古く、特に屋敷の配置や区割り、庭園・石垣など全体的な歴史的な景観が魅力的です。

 3つの「重要伝統的建造物群保存地区」を観光にいかに活かすかが課題となっており、3市が協調し連携することで新たな観光に発展させることを目的に、サミットを開催してきました。今までモニターツアー、共同宣伝などの取組を推進し一定の成果も上がっています。一方では武家屋敷群を核に、地域に波及効果をいかにもたらすかが問われています。武家屋敷群の活用方について述べてみたいと思います。

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 まず「知覧」に比べて他の武家屋敷群は県民にも十分知られていないと思います。メディアでの四季の情報発信や旅行エージェントの商品企画に反映させることが認知度を高めることになります。


 武家屋敷群を活用した様々なイベントの取組も必要です。日本の各地には四季折々に伝統的行事が残されており、それを活かす場所としてふさわしいと思います。 正月の式典、3月のひな祭りの人形の展示、春の桜の開花に合わせた花見の宴、5月の節句のこいのぼりの掲揚、秋の月見の宴、静かな音楽のコンサート、年越しの行事、年間を通しての野点や生花展等会場としては最高の舞台となります。そして女性を意識したイベントの中身が問われます。

 今多くの県民が訪れている大隅地域をめぐる「かごしま宝探し大冒険の旅」の武家屋敷版も面白いのではないかと思います。それぞれの武家屋敷に3つ程度の宝箱を設置して、回遊してもらえば全体の魅力を感じてもらえるのではないでしょうか。県民が訪れていない歴史的遺産であり、夏休みの親子の旅を誘因できる企画となります。 鹿児島で開催される歴史に関する学会のアフターコンベンションや、大学生のゼミの教材の場所としてPRすれば誘客のチャンスにもなります。

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 また、景観保護の大切さと地域全体に観光の波及効果をもたらす取組も求められます。 「旧増田住宅」では、高台の城跡に入来小学校が、目の前に民家がありますが、色彩に配慮し広告がなく景観が守られています。伝統的町並みが残る地域では、看板・広告等景観に特に配慮しなければなりません。

 観光客が地域を訪れる楽しみは、食や農産物などそこでしか味わえないものに触れる期待感です。手づくりの調味料や飲料水、スイーツ、地域の産物を加工したおみやげ物などを求めます。

 入来麓の古民家レストランでは、大馬越地区で取れたシソに、炭酸を入れたジュースがのどを潤おしてくれました。また、東京からIターンした女性従業員のおもてなしがすばらしく、地元野菜や豚肉を活用したランチが提供され、夏の盛りのひと時を過すことができました。

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 観光地の評価は人のおもてなしであり、そのことがリピーターを育て、持続できる観光地になるのではないでしょうか。子供たちが観光客に挨拶をし、手を振る姿は印象に残ります。

 3市の連携により、武家屋敷群をはじめ地域全体の活性化がなされることを期待し、ミンミンゼミが鳴き、緑の池垣と美しい田園風景が続く入来を後にしました。

         不来方(こずかた)のお城の草に 寝ころびて
                   空に吸われし 十五の心
                                   ~石川啄木~

参考:清色城跡と入来麓:薩摩川内市教育委員会
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プロフィール

古木 圭介プロデューサー
鹿児島県
観光プロデューサー
古木 圭介
(平成29年4月より就任)
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