泰平寺

豊臣秀吉が薩摩侵攻の際島津義久と和睦を結んだ場所

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708年元明天皇の勅令により創設されたと伝えられています。
1587年豊臣秀吉の薩摩侵攻の際豊臣軍の本営となり、秀吉と島津義久が和睦を結んだ場所として有名。
島津義久は泰平寺に出向いて秀吉と対面し和睦が行われました。
会見は両者ともに武将らしい態度であったと伝えられ和睦が成立。

また、泰平寺に伝わる民話「塩大黒天の昔話」はアニメ番組「日本むかしばなし」にも取り上げられました。

昔、川内川という大きな川のほとりに泰平寺という寺がありました。
あるとき、この地方で塩が手に入らず困ったことがありました。
そんなとき、ひとりの小坊主が本堂で掃除をしていると、壇上でどっかりとしてにこやかなに座っている大黒さんが目に入り、『大黒さんはいいね。塩が足りなくて皆が困ってるのに、のんびりと笑って。』『あなたは、福を持ってくるのが仕事でしょう。何とかして下さい!』とぼやきますが、相手は木彫りの大黒さん。
いくら文句を言っても返事をするわけがありません。

ところが2、3日たったある日のこと、大黒さんが本堂から無くなってしまいました。
盗まれた?この大黒さん実は、伝教法師作と伝わる泰平寺の秘宝でもありました。
寺の者総出で村中を探しましたがみつかりません。
川向こうの村々まで探しに行きましたがとうとう見つかりませんでした。

それから数日経ったある日、荷物を満載した船が川内川をさかのぼり、泰平寺の船着場に着きました。
何と山積みの塩ではありませんか。寺の者も村人も大喜びです。
『これはどうしたことか?』と住職が船頭さんにたずねると、『こちらの坊さんが甑島に来られて、寺の近辺で塩が無くて困っているので、一刻も早く集めて欲しいと泣いて頼まれたのじゃ。お代はその坊さんからもらったので、この塩は納めて下さい。』とのこと。

しかし、盗難騒ぎの中、甑島に渡った坊さんなどいません。
すると、船頭さんは、『ほれ、今本堂に入って行かれた坊さんだよ』というので、本堂に駆け込んでみると誰もいません。
ところが、入口から点々と土足の足跡があり、それは壇上に続いておりました。
そして、その先には無くなったはずの大黒さんがいつの間にか戻っていたのです。
そしてその足は泥だらけでした。これを見て、あのときの小坊主は『これは、きっと大黒さんが私の愚痴を聞いて下さったのに違いない。
大黒さん、この前はすみませんでした。そして、沢山の塩を有難うございました。』と言って、手をあわせてあやまるのでした。

このときから、この大黒さんは『塩大黒』と呼ばれるようになりました。
住所 〒895-0076
鹿児島県薩摩川内市大小路町48-37 MAP
電話番号 0996-22-4593  (泰平寺) Phone
駐車場 3台
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