谷山作硝局跡 (タニヤマサクショウキョクアト)

火薬製造の原料となる大規模な硝石製造工場

中薩摩エリア 火薬

島津斉彬は蘭学者の石河確太郎に人工硝石のつくり方を調べさせ、谷山の中之塩屋(現小松原町)に大規模な硝石製造工場を建設しました。1863年、工場は長田川近くに移転。広さは約46,500㎡、作業場は30軒あり、敷地の周囲にはカラタチやシュロ、松の木が植えられていました。工場の敷地内には関係者以外は立ち入ることができなかったと伝えられています。また、他藩の見習い藩士を受け入れており、技術の伝習も行っていました。しかしながら、硝石製造工場は西南戦争の際に、官軍によって焼き払われ焼失してしまいました。

産業遺産情報

建設年代 安政5年(1858)
標柱・説明版 標柱,説明板有り
地表遺構の有無 西南戦争の際、官軍の手によって焼き払われたため谷山作硝局は現存しておらず、遺構も確認されていません。
見学の際の留意事項 ・資産名称は「谷山作硝局」ですが、説明板及び標柱等では「煙硝倉跡」という名称で一貫しており、「谷山作硝局」という名称は使用されていません。

基本情報

住所 鹿児島県鹿児島市小松原
交通アクセス JR谷山駅
鹿児島市営バス「谷山駅前」徒歩10分
駐車場 無し
ホームページ 維新のふるさと鹿児島市HP

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