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斉彬の集成館事業を学ぶ

鹿児島市の磯地区に展開する、島津斉彬の行った集成館事業のキセキをたどります!

  • 所要時間1日
  • 交通手段レンタカー、徒歩

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鹿児島中央駅から車で約20分

集成館ガラス工場跡

 
 集成館ガラス工場跡
島津斉彬はガラス製品を量産するため集成館にガラス工場を建設。1858年に集成館を見学したオランダ海軍の軍医ポンペはおよそ100名もの職人が働き、贅沢品から日用品まで幅広く製造していたと記録しています。1858年、斉彬の死に伴って工場は縮小。1877年頃にはガラスの製造が途絶えます。1986年、島津興業が磯にガラス工場を建設し薩摩切子の製造を開始しました。集成館事業が行われていた場所で現在も操業しているのは薩摩切子税造のみ。100年以上の時を経て復活した薩摩切子の製造を間近に見ることができます。
住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯
電話番号 099-247-1551(仙巖園代表)
営業時間 8:30~17:30
休日 年中無休
※かごしまマラソン開催日を除く

歩いてすぐ 

旧集成館機械工場(尚古集成館)

 
 旧集成館機械工場(尚古集成館)
洋式船や蒸気機関の修理、部品製造を行った集成館の機械工場。この石造りの建物の責任者は、技術者・竹下清右衛門でした。竹下は長崎製鉄所などの西洋式の建物を参考に工場を建設。そのため屋根を支える小屋組が不完全で、和小屋のような太い梁や石壁の基礎部が神社建築によく見られる亀腹石であるなど、日本人だけの力で苦労してつくった様子がうかがえる建物になっています。工場内にはオランダやイギリスから輸入された最新式の機械を設置。現在は博物館(尚古集成館)として島津家や集成館事業の歴史を学ぶことができます。
住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯
電話番号 099-247-1511(尚古集成館)
営業時間 8:30~17:30
休日 年中無休
※かごしまマラソン開催日を除く

歩いてすぐ

仙巌園

 
 仙巌園
 350年以上の歴史がある島津家の別邸は、1658年に島津光久が景勝地であった磯に造営。その後、島津重豪をはじめとする島津家歴代が整備などを行いました。桜島を築山に錦江湾を池に見立てた雄大な借景庭園で、琉球国王から贈られた望嶽楼など中国文化の影響も。隣接して島津斉彬が築いた日本最初の近代工場群「集成館」も置かれ、一帯では薩摩焼の研究や耐火レンガの製造、ガス灯や地雷の実験なども実施されています。また、藩における迎賓館として、集成館事業を視察した幕臣の勝海舟やカッテンディーケらオランダ人一行、イギリスのパークス公使一行の接待も行われました。
園内には、オランダの技術書をもとに建設された大砲の砲身をつくる反射炉跡。隣接して鉄鉱石や砂鉄などから鉄を大量につくる高炉跡 。洋式船や蒸気機関の修理・部品製造を行った旧集成館機械工場などの産業遺産関連の史跡が、現在も遺されています。​​​
住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯
電話番号 099-247-1551(仙巌園代表)
営業時間 8:30~17:30
休日 年中無休
※かごしまマラソン開催日を除く

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磯窯跡

 
 磯窯跡
耐火レンガの製造や薩摩焼の技術改良を行うために建設された登窯です。朴正官らは、「金欄手薩摩」と呼ばれる金を多用した、華やかな薩摩焼の研究を行いました。さらに、ヨーロッパ式の食器の生産も試みられたといわれています。窯は石垣の上に建設されており、10~11室の焼成室をもつ大きな窯であったと推測されています。これらは集成館の東側にある丘陵を造成して建設されました。窯本体は薩英戦争によって破壊されてしまいます。現在は跡地にレストランが建っており、下の斜面には当時の石垣が残されています。
住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯
電話番号 099-247-1551(仙巖園代表)
営業時間 8:30~17:30
休日 年中無休
※かごしまマラソン開催日を除く

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旧鹿児島紡績所技師館(異人館)

 
 旧鹿児島紡績所技師館(異人館)

日本で最初期の木造西洋建築。西欧人たちがアジアなどの植民地によく建設したコロニアル様式の建物です。外見は洋風ですが、屋根裏の小屋組みが和小屋であり、見えないところに日本の建築技術も用いられていました。イギリス人の指示に基づき、日本人の大工が建てたと考えられています。イギリス人技師は3年契約で来日しましたが、予定より早く約1年で帰国。これは戊辰戦争がはじまったことや、薩摩の職工たちがすでに水車館で機械による作業を経験していたことから、技術を短期間で習得できたためといわれています。

住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯
電話番号 099-227-1940(鹿児島市教育委員会)
営業時間 8:30~17:30
休日 年中無休

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磯造船所跡

 
 磯造船所跡

 

ヨーロッパ式の船を建造するために設置された造船所は、磯海岸にありました。島津斉彬は、藩主になると長崎からヨーロッパ式の船の技術書を取り寄せ、ヨーロッパ式の船の建造を開始。この船の建造は、御船手で働いていた地元の船大工と長崎から招かれた3~4名の船大工が行いました。完成した船は「伊呂波丸」と呼ばれ、全長は約40mで外国船と同じ3本マストの船です。内部はヨーロッパ式で、外部は幕府の大船建造の禁に違反しないように和船に。磯造船所では、蒸気船の研究も行われていました。

住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯

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鹿児島紡績所跡

 
 鹿児島紡績所跡

 

薩摩藩英国留学生とともにイギリスに渡った、藩使節の五代友厚や新納久脩。彼らはプラット・ブラザーズ社に紡績工場の設計を依頼します。そして、機械を発注し、技師派遣も依頼しました。工場はプラット・ブラザーズ社の設計に手を加え、地元の凝灰岩を使った石造りの建物。現場では、司長ホームを含む7名のイギリス人技師が200名余りの職工に技術指導を行いました。原料の綿花は関西方面で買い付けたもので、これを紡績工場で白木綿や、絣などに加工。その多くは関西方面で販売されていました。

住所 鹿児島県鹿児島市吉野町磯
電話番号 099-247-1551(仙巖園代表)

鹿児島中央駅まで車で約20分 

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