天保山砲台跡

薩英戦争で先陣を切って 砲撃した天保山砲台

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天保山砲台は島津斉興による建設後、島津斉彬が改修して薩英戦争時には11門の大砲が配備されていました。1863年7月2日、イギリス艦隊が薩摩藩の蒸気船を捕獲したことで薩摩藩は開戦を決定。天保山砲台からの砲撃を合図に、各砲台一斉に砲撃を開始します。発掘調査では、敵の砲撃から兵士や大砲を守るための胸壁や、大砲を据えた砲座、船着場などが発見されました。胸壁は凝灰岩でつくった石垣の外側を盛土で覆って構築されており、昇降用の階段が2カ所残っています。砲台の海側周辺は、昭和以降の海岸の整備によって埋め立てられて陸地化しました。
文化財指定 鹿児島市指定史跡
住所 鹿児島県鹿児島市天保山町 MAP
アクセス 鹿児島市営バス「共月亭前」
駐車場 無し
建築年代 嘉永3年(1850)
土地所有者・管理者 鹿児島市
標柱・説明版 標柱,説明板有り
地表遺構の有無 胸壁の石垣の一部や、砲架(キユスト・アホイト)を据え付けるための砲床、砲座が2基残っています。天保山公園全体が砲台跡の範囲です。
関連リンク 明治維新とかごしまみて歩きHP

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